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2006年9月14日 (木)

続・敵対的買収への対応策「勉強会」

まほろばさんからコメントをいただきました。

>「企業会計10月号」の野村證券の方の論稿は、私も興味深く読みましたが、要は「経営の王道」に戻りなさい、という趣旨と捉えました。証券会社の方なので、市場というものを大事にする発想で至極真っ当な考え方と思います。

いや、本当にそのとおりだと思います。「あたりまえのことを愚直に実行することが、本来の企業防衛ではないかと考える。会社は第一義的には株主のものだが、社会の共有財産という面も有している。共有財産の価値を毀損するような買収がかけられたときには、これらのステークホルダーが、きっと味方になってくれるであろう。」(企業会計10月号47ページ)と、執筆された野村證券の方もおっしゃっています。また、経済同友会の北城代表幹事は、「株主、顧客、利害関係者のどこに対して敵対的であるのか、あるいは現経営陣に対して敵対的であるのかの判断をどうつけていくのかが課題になる」と、このたびの王子・北越問題を振り返っての感想を述べておられます。(ロイターニュース)現経営陣に対して敵対的であったとしても、株主、顧客、従業員などに対して友好的(賛同的)であれば、敵対的買収は成功するのかもしれませんし、すべてに対して敵対的であればなかなか買収が成功する可能性は低くなるのかもしれません。一般的には「敵対的買収」というのは現経営陣の意に反して統合提案を仕掛ける、というものを指すのでしょうが、現実の買収の成否を考えるのであれば、誰に対して敵対的なのか、もっと詳細に検討しておく必要がありそうです。とりとめのない話になりますが、いろいろと考えていることを以下に記しておこうと思います。

このたびの王子と北越のTOB紛争におきまして、7月24日に王子製紙がリリースした「北越製紙との経営統合」と題する提案書と、この9月12日に北越、日本製紙によってリリースされた「戦略提携の共同検討開始に関する合意」と題する報告書を詳細に比較してみますと、一般の株主が、どちらのほうが「企業価値を高める」提案なのか、判断することはおそらく困難だと思います。どちらの提案も北越製紙が大手製紙会社と提携することが前提でありまして、ただ片方は完全子会社化を狙い、片方は北越の独立性を認めつつも提携による相互シナジーを狙うというものであります。それではなぜ北越の独立性を認めたほうが北越の企業価値を高めることになるのか、読み比べてみても、説得的な説明はなされていない、と判断しました。(従業員のモチベーションが下がる、ということがいちおうの理由とされていますが、それ以上のわかりやすい説明というものはありません)ということは、やはりドライな敵対的買収といいますのは、まず第一にはTOB価格で勝負しなければ到底成功する可能性は低いということだと思われます。今後のTOB実務におきまして「意見表明の機会」というものが確保されるとしましても、(開示情報としての重要性という点は理解できるのですが)それが本当のところ、どの程度株主の選択に影響を及ぼすものか、ちょっと心許ないと感じるのは私だけでしょうか。

また、いろいろと「王子・北越紛争の総括」に関する記事などから考えてみますと、「敵対的買収防衛策」というのは、実は一つではなくて二つある、と割り切ったほうがいいのかもしれませんね。ひとつは最近主流の「事前警告型敵対的買収防衛策」に代表されるような、いわゆる発動の威嚇による「時間稼ぎ」のための防衛策で、もうひとつは株主や顧客、従業員などと現経営陣との良好な関係作り。したがって普段から株主価値の実現のために努力していて、たとえTOB価格が魅力あるものであっても、株主や従業員が現経営者を支援してくれる、といった信頼関係のある企業であれば、そもそもひとつめの防衛策は不要になるのかもしれません。また、逆にそういった信頼関係に不安があるケースであれば、TOB価格次第では敵対的買収が成功する確率が高くなるわけですから、現経営陣が支援をとりつけるための時間的余裕をもらうための「防衛策」が必要になってくるということだと思われます。

ただ、ここまではこのたびの王子・北越紛争による教訓として、頭で納得できるものだとしても、なかなか納得するのがムズカシイ一般的な疑問点もありそうです。たとえばまほろばさんのおっしゃるように株主共同利益を守ることを主たる目的とするのではなく、国力を確保したり、軍事転用技術を守ることを目的としてライツプランなどの防衛策を導入するということが可能なのか、ということであります。果たして国の財産としての日本企業の技術が、外国企業に流出されるのを防止するために防衛策を導入することが取締役の会社に対する善管注意義務に反することにならないのだろうか、といった疑問点であります。昨日、金融庁が東証に対して買収防衛策導入を検討するよう要望した、との記事が掲載されておりましたが、これも日本の社会的インフラを外国に買収されるのを防止するのが最も大きな目的でして、主たる目的が株主の共同利益を確保するため、というのとは少しニュアンスが異なるようです。企業価値研究会の論点公開で出された買収防衛策の目的論とは、また違った意味での防衛策のあり方、これを模索するのも「再検討」に含まれるのでしょうか。

そしてもうひとつが、TOB価格の引き上げについてであります。先のロイター通信の報道内容によりますと、北越のフィナンシャルアドバイザーであったクレディスイスの法人本部長の方が「なぜ王子はTOB価格の引き上げをしなかったのだろう」と述べておられます。しかしTOB価格の引き上げといいますのは、そもそも最初に提案した価格はいったいなんだったんだろう、と株主が疑問に思うところではないでしょうか。そもそもMACのように、投資ファンドが戦略的にTOBを仕掛ける、という場面であればなんとなく納得もできるのですが、事業再編型の買収場面では、自社の株主の利益と買収先株主の利益とをギリギリのラインで調整したうえでのTOB価格の決定となるはずではないでしょうか。それを短期間のうちに、状況の変化に応じて価格を引き上げる、というのでは、買収提案自体の信用性に欠けることになるように思うのですが。自社の株主への影響なども検討しながら価格を算定するわけでしょうが、どうもTOB価格引き上げを正当化する根拠がよく理解できません。また、どなたかこのあたりの整理をご教示いただければ幸いです。

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コメント

>それではなぜ北越の独立性を認めたほうが北越の企業価値を高めることになるのか、読み比べてみても、説得的な説明はなされていない、と判断しました。

ロジックではなくて感情論で行動した結果について、後追いでいくら理屈付けをしても外部者に説得できる説明資料の作成は困難だと思います。

>事業再編型の買収場面では、自社の株主の利益と買収先株主の利益とをギリギリのラインで調整したうえでのTOB価格の決定となるはずではないでしょうか。

買収側は何通りかのシミュレーションを作成して、買収後のシナジー効果を幅をもたせて算出するのが普通です。そのシナジー効果の幅の枠内でTOB価格を決めていきますので、必ずしも当初のTOB価格がぎりぎりの価格だったということにはならないと思います。王子製紙のケースでは、三菱商事が増資の撤回をしないと分かった時点で勝負をあきらめたようですので、TOB価格の引き上げの検討もしなかったのではないでしょうか。部外者なので真相は分かりませんが。

>国力を確保したり、軍事転用技術を守ることを目的としてライツプランなどの防衛策を導入するということが可能なのか、

国防関係の企業は、外為法その他の個別業法あるいはナショナルセキュリティのための審議会(開催されたことはないようですが)があり、そこで守られることになっているので、該当する企業は、そのための買収防衛策を導入する必要はないと思います。

まほろばが懸念しているのは、「軍事に転用される可能性のある技術」を持つ会社のことです。これには幅広いメーカーが入ってくるので、そこに大変悩ましい問題があるな、ということでした。
海外企業に買収されて、従業員は全員解雇され、当該企業はもぬけの殻となり、設備・機械等はすべて当該国に移転する。その設備・機械そのものは軍事用ではないので不正な輸出には該当しない、しかし改良することで兵器製造装置や兵器の部品製造に使えるようになるものがあるのではないですか、ということです。
少し書きすぎましたので、この辺で・・・

投稿: まほろば | 2006年9月14日 (木) 12時16分

toshiさん、
いつもブログを読んでは勉強になるなあと感謝しています。でも、段々と買収防衛策の話しは食傷気味になりつつあるというのが読者の皆さんの一様な思いかもしれません。あまりにも色々なことが激しく起き続けて、もう過度の刺激にも鈍感になってき始めているのかもしれませんね。
野村證券の方も、もしかすれば心の中で何か叫びたかったのかもしれないあ、と感じるほどです。

鈍感になり始めたそんな時期から、まほろばさんが心配しているような事件が起きてくるのかもしれないなと考え直したりもします。
一方、欧州の方では、フランスなどがポイズン・ピルの導入を国会で決議したりするなど、各国ともEU指令に逆らって保護主義化し始めています。また、米国では金余りから買収ファンドに巨額の資金が集まり始めてもいます。

欧州企業への買収が国家の保護によって難しくなれば、ファンドの資金は米国内の企業か、もしくは本当に日本にやってくるかもしれません。日本では最近おとなしくなったスティール・パートナーズも本国のアメリカでは大分暴れていると聞いています。スティール・パートナーズの日本のファンドマネージャーは、少しおとなしくなりすぎて解雇されてしまったようですので、また暴れる日がやってくるかもしれないとも思ったりしています。油断してはいけません。

という訳で、繰り返しですが、食傷気味になり始めたこれからが本当の危機がやってくるのかもしれません。MACもホリエモン氏もほんの走りの時期に咲いた徒花だったという、そういうことなのかどうか、歴史はこれからが本番なのでしょう。

日本の経営者の方々、もう一度ふんどしを締めなおした方がいいかもしれませんよ。“市場型M&Aの時代”の始まりです。

toshiさん、また勉強させてください。

投稿: こうじまち | 2006年9月14日 (木) 19時12分

何か横槍を入れるような感じがしてあまり気が進まないのですが、どうも心に響かないものがあってやむを得ず投稿します。
「自分は最高の経営をやっているつもりだ。自分以上の経営ができる人が出てくるのであれば、その人に経営を譲る、それが会社のためであり株主のためでもある」と発言する経営者がいます。
それはその通りでよろしいんではないでしょうか、と素直に言っていいものかどうか、
という点です。その社長の発言は、どうも傲慢さの裏返しのようにも聞こえるのです。謙虚な姿勢で経営を行っている人は、そのような内容の発言をするとは思えません。
投資家や株主その他のステークホルダーからすれば、当該企業は社会的存在であり、何かしらの存在意義があるはずだと思っています。それが当該企業の守るべき価値そのものと表現してもいいのかもしれません。この守るべき価値があるもの、それこそが敵対的買収から守るべき対象となる、それを経営者として自らが自分の言葉で明確にすることが大事なことではないか。
最高の経営をやっているという言葉ではなく、自分が経営者として守らなければならない価値がこの会社にはある、それは具体的にはこうなんだ、それを守るために買収防衛策を導入するのです、とこのように言ってほしいのです。
自分自身の経営能力のことではなく、対象物は何か、なぜ守る必要があるのか、それはかけがえのないものなのか、そしてその価値をどのようにして高めていこうとしているのか、そのことが株主にどのようにメリットをもたらすのか、社会的にはどうなのか、そのようなもろもろのことを聞いている人の心の琴線に触れるような言葉で経営者には言ってほしいものです。
そんな庶民の目線に合わせた発言をすれば経営姿勢として分かりやすくなってくるのでは、と思いますが。自分にできないことを要求しているので少し気が引けるところも実はあるのですが・・・

投稿: シロガネーゼ | 2006年9月14日 (木) 23時39分

すきやきをお腹いっぱい食べた後で、「さあ、輸入解禁になったことやし、吉野家に牛丼食べにいこか?」というくらいに、しつこく買収防衛策に関するエントリーは今後も続けていきたいと思っております。そのあたりがマニアックなブログたる由縁でありますので、どうか今後ともおつきあいください>こうじまちさん(笑)

>まほろばさん
私の素朴な疑問に懇切丁寧にご回答いただき、ありがとうございます。まほろばさんの懸案事項につきましては、こうじまちさんがおっしゃるような事情もあり、今後の「再検討」課題としてしっかり認識しておきたいと思います。どうか本問だけでなく、ほかのエントリーでも忌憚のないご意見、よろしくお願いいたします。

>シロガネーゼさん
ごぶさたしております。いつも側面からのご支援、ありがとうございます。こういったコメントをいただけるようになったところに「ブログの成長」を垣間見るような気がいたします。
金融商品取引法が成立して、意見表明や現経営陣による代替案提示など、株主に対する企業側からの情報提供が重要性を増すものと思いますし、またそのためのスキルも向上するとは思うのですが、それではいったい企業はどういった株主に目線を合わせて情報提供すればいいのでしょうか?一般投資家なのか、議決権行使助言会社と一体となった機関投資家なのか。どこに目線を合わせるにせよ、自社存立への思いをわかりやすく公表することが必要なんですね。ご指摘の引用は、あの著名な社長さんの言葉だと思いますが、成功企業のトップの方々は、ご自身の成功体験=日本企業のあるべき姿、というところに一点の曇りもなく確信をお持ちでいらっしゃいますんで(笑)、コーポレート・ガバナンスを語るうえでも議論の収束がつきにくいようです。また、ひょとすると、企業の寿命のうち、どの段階の取締役か、といったところも、取締役のスタンスに影響を及ぼしているのかもしれません。
このたびのご意見、別のエントリーの題材に使わせていただきます。

投稿: toshi | 2006年9月15日 (金) 17時19分

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