監査役のジレンマ
大阪弁護士会と公認会計士協会近畿支部との共同執筆「二次合宿」に突入しております。社外監査役の実務指針に絞った共著本制作のための全体合宿ですが、朝から夕方まで議論をしておりますと、公認会計士さん方の会社法へ向けた思考過程というものも次第に理解できつつありまして、非常に参考になりますね。
ところで、「社外監査役の善管注意義務」といったものを検討するなかで、すこしおもしろかったのが「監査役のジレンマ」です。会社法はコーポレート・ガバナンスの一貫として、監査役制度の強化(体制整備事項のひとつとして)をはかっておりますので、一般的には監査役はその職責をまっとうするために、取締役らに対して監査役事務局の充実など、その監査環境の整備を要求するところが多いと思います。(このあたりは内部統制システム整備に関する基本方針として、各上場企業からも既に情報の開示がされております)監査役による要求の結果、専任事務局の設置まで実現した企業というところは、よほどの大手企業でないとなかなか困難なのが現状のようで、とりあえず内部監査部や総務部などとの兼任事務局といったものが設立されたところが多いのではないでしょうか。まぁ、たとえそのような事務局であったとしましても、これまでの企業一般における監査役制度への重要度は、このたびの会社法が成立したことを契機として確実に上昇したことは間違いないところだと思います。
さて、監査環境が旧法時代と比較して格段に整備されたのであれば、たしかに監査役の権限強化ということが現実のものになるわけですが、果たしてそれで監査役の方々は「自分達の地位が上がった」と喜んでおられるのでしょうか。どうも、手放しで喜んでばかりもいられないようでして、きょうの共同研究では、監査役の監査環境が整うということは、それだけ(常勤も含めて)監査役の善管注意義務の及ぶ範囲が広くなったり、要求レベルが高くなったりするのではないか、ということがかなり議論の対象になりました。おそらく実際にも監査役制度への社会の信頼が高まるぶん、もし社内の違法行為の兆候を見逃したような場合には、いままでの監査役でしたら「そやけど、調べたくても調べられへんやんか」と逃げることもできたかもしれませんが、これからは監査役スタッフを使って、あるいは会計監査人や内部監査人との連携によって調べようと思えば調べることができたのに、基本的な任務を怠った、と評価される場面が増えてくるように思われます。ここのところは、あまり議論されてこなかったかもしれませんが、よく考えてみますと弁護士や公認会計士が社外監査役や社外取締役に就任する場合の、社外役員の善管注意義務のレベルの問題と同じことがいえそうです。たとえば常勤監査役から監査役会において、さまざまな情報を提供されたとして、法律や会計の専門的な知見を有する社外監査役と、そうでない監査役とでは、同じ情報を共有していたとしても、「気づき」の度合いは異なって当たり前でしょうし、せめて専門家としての一定水準の能力を有していれば気づくべき問題を認識できなかったという場合、通常の社外取締役においては重過失がないとされるケースでも、その監査役が会計士さんや弁護士の場合でしたら、重過失の認定されることは十分ありうる話です。逆に申し上げますと、そういった専門的知見を有する社外監査役が存在することはコーポレートガバナンス報告書などによって開示の対象となりますから、社会的な信用が高まることと裏腹の関係に立つのかもしれません。
会社のなかにおきまして、監査役(会)制度の地位が上がってしかるべきだとは思うのですが、それは反面からいいますと、「聞かないでよかった話まで、聞かないといけなくなる、もし聞いてしまったら確実になんらかの対応が必要となる」ということですから、監査役の方々は思い責任を背負い込んでしまった現実を直視する必要がありそうです。上場企業の場合ですと、こういった場合に監査役会における職務分担の合意によって、いわゆる信頼の抗弁が成り立つほどの責任限定手段をとりうるかどうか、このあたりも次の問題として浮上してくるようですが、これはまた別の機会にでも取り上げてみたいと思います。
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コメント
常任監査役としての私の目標は、監査役監査基準第2条にあるとおり、「企業の健全で持続的な成長を確保し、社会的信頼に応える良質な企業統治体制を確立する」こと。この目標からすれば、会社法の規定はまだまだ生温く、監査役は温室住まいであると痛感する。先生には、監査役が目標を達成するための厳しい叱咤激励をお願いします。
投稿: 酔狂 | 2006年9月 7日 (木) 17時35分
>酔狂さん
はじめまして。コメント、ありがとうございます。私はいつも「社外監査役」という立場からエントリーを書いておりますが、監査役制度そのものにつきましても、酔狂さんのおっしゃるとおり、監査制度自体の実効性を高めるための運用(監査環境の整備)について今後も検討していきたいと思っております。
会社法の規定がもし生温いものであるならば、その趣旨を補完できるよう、現在の規定を前提としまして、いろいろと実効性確保のための具体策を考えてみたいですね。監査役の独立性、専門性、監査役と他の監査部門との連携、監査役制度の開示(ディスカバリとモニタリング)、説明責任のあり方、そして監査役相互関係(監査役会)など、良質なコーポレートガバナンス実現のための監査制度のために工夫すべき点はたくさんあると思いますし、その企業の状況によって、どこに力点を置くか、変わってくるものだと思います。
なんとかご期待に添えるよう、法曹の視点から今後も監査役制度について検討してまいりますので、こちらこそ叱咤激励をいただければ幸いです。今後ともどうかよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2006年9月 8日 (金) 02時40分