飲酒運転と企業コンプライアンス
きょうは最近相談を受けましたコンプライアンス関連の話題をひとつ。
きょうも飲酒運転による痛ましい事故のニュースが掲載されておりますし、(姫路市職員による飲酒運転事故)また、最近の悪質な飲酒運転への社会的関心を背景に、警察も悪質な飲酒運転事例について公表基準を変更するようです。(千葉県警の方針)2001年に、飲酒運転に関する刑罰が厳格化しまして、飲酒運転による事故件数はかなり減っていたようですが、今年はついに減少傾向に歯止めがかかってしまいました。(今年7月末までの集計結果、日本損害保険協会の調査による)酒酔いおよび酒気帯び運転による交通事故は繰り返され、飲酒運転による交通事故は単なる過失行為というよりも「限りなく未必の故意に近い認識ある過失」と社会的に評価される時代になってきたのではないでしょうか。(ちなみに、認識ある過失とは、酒を飲んでいるために、普段よりは注意力が散漫になって、事故を起す可能性が高くなるかもしれないけど、自分にはそんなことはない、と確信している状態を指します)
さて、社員が業務時間外に飲酒運転をして、検問にひっかかり、酒気帯び(呼気検査で一定以上のアルコールが検出された場合)もしくは酒酔い運転(検知値に関係なく、その言動から明らかに酔っていると判断される場合)で刑事罰(罰金を含む)で処分された、ということが会社に発覚した場合、はたして会社としてその社員を懲戒処分に付することは可能でしょうか。就業規則や服務基本規程などに明確な定めがない限り、これまでの裁判例をみますと、社員の私的な時間における飲酒運転につきましては、原則として会社の秩序維持にとって重大な悪影響を与えるものではなく、過失的行為によるものであることを理由に懲戒処分に付すことはできない、つまり懲戒権の濫用に該当する、というのが基本のようであります。こういった事例は昭和48年(住友セメント事件)、49年、52年ころにみられます。 しかしリベラルな気風の強かった判例の時代から30年が経過した今、同じように社員は飲酒運転の末、たとえ業務上過失致死傷の結果を招来しなかった場合においても、過去の判例と同様、会社からの懲戒権行使を否定することはできるのでしょうか。また、一緒に酒を飲んでいた同僚達は、懲戒の対象となるのでしょうか。飲酒運転をして人身事故でも起さないかぎり、罰金くらいならだいじょうぶ・・・と安易に考えてもいられない情勢になってきたのではないかな・・・というのが私の印象です。
たしかに最近の風潮として、飲酒運転の社会悪としての評価が強まり、人的な部分での非難の度合いが強まった、ということも理由として挙げられるかもしれませんが、それだけでは会社による処分との結びつきは薄いもののように思います。(けしからん!やめさせろ!では、法律的根拠とはなりえません)会社が社員の私生活の非行を懲戒のための評価基準とすることは過度の私生活への干渉となるおそれがあるからです。しかしながら企業コンプライアンスという面からみますと、飲酒運転事故が減少するなかで、かえって飲酒運転の「破廉恥性」が高まり、「○○の社員、飲酒運転で物損事故」といった報道がなされる可能性が高まりつつあることや、飲酒運転の常習性の高さからみて、交通事故の再犯による企業の使用者責任(運行供用者責任)を問われる可能性が高まること、重大な犯罪行為を未然に予防するために、厳格な刑罰に代えて社会的制裁によって補完することは、事前規制から事後規制へ(大きな政府から小さな政府へ)といった現代の要請とも合致しており、企業による合理的な範囲での私生活への干渉と言えるのではないか、といったことから、むしろ企業活動の正当な行為として懲戒権を行使できると解釈する余地もあるような気がします。このあたりは、最近のセクハラ事件や社内での不倫事件によって企業が社員を懲戒処分に付する、という事例において、解雇処分を有効とする判例が多くみられるところと合致してくるのではないでしょうか。
ちなみに、昭和59年6月20日の東京高裁判例ですが、これは酒酔い運転で物損事故を起こし、罰金5万円に処せられた一般会社の社員につきまして、会社の解雇処分を無効(懲戒権の濫用)としております。その理由としては
Ⅰ 事件が報道されず、被害も軽微であって、会社の社会的評価は毀損されていない
Ⅱ 過去に同種の前科前歴はない
Ⅲ ほかの従業員も解雇は重すぎるといっている
Ⅳ 労働基準局が解雇予告除外認定をしていない
Ⅴ 同業他社ではもっと軽く処分されている
Ⅵ 会社はこれまでほかの社員にももっと軽微な処分をしている
Ⅶ 公務員も停職以下の処分となっている
などとされております。さて、約20年前のこの判例の判断理由、いまの世の中でも、そのまま通用するものでしょうか。懲戒処分といっても解雇は重いけど、降格処分は妥当、など、いろいろな判断もありうるかもしれません。このあたりの感覚、これがまさにコンプライアンスを支えるところだと思います。
さて、私が相談を受けた会社につきましては、このほど飲酒運転によって刑罰を課されるに至ったケースではかなり厳しい懲戒処分の対象とすることにいたしました。(とりあえず自転車による酒酔い運転は除外しますが、警察が自転車にも酒酔い運転の摘発を強める模様ですので、今後の検討課題)そもそもその企業はお客様に深夜までお酒をサービスする会社であります。飲酒運転を助長しないよう細心の注意を払って酒食を楽しんでいただく企業でありながら、その従業員が平然と飲酒運転をし、これに寛容でいること自体、企業の行動指針に反するものであります。ただし、従業員に対する広報をしっかりとして、就業規則の変更を行い、いつからの行為について適用するのかを明示することになります。広報文のなかには「たとえその社員がどんなに有能で、企業に貢献していたとしても、企業行動倫理に反する行為は断じて許しがたい」との社長の宣言が含まれております。また、当然のことながら運転行為に及ぶことを知りつつ、酒席に同席していた社員も懲戒の対象となります。また、社員の飲酒運転については内部通報制度による報告義務を課すこととしました。さらにこういった就業規則変更を広く一般の方向けに広報することとなります。
さて、このような企業の対応、皆様がたは厳しすぎると考えますでしょうか、当然だとお考えになりますでしょうか。
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コメント
>認識ある過失
これだけ飲酒運転による致死事故が起きているのにそれでも飲酒運転をするというのは「認識ある過失」というよりもはや「殺意」があると言えるのではないか、と考えてしまいます。(法学部生が法的根拠を提示せずにこんな短絡的なことを言ってしまってはいけないとは思うのですが...。)
また日本で言われるコンプライアンスは「単なる法令遵守」としてしか見られてないのでは、と思います。日本はアメリカとは違い道徳等を重視すると主張しているにもかかわらず(私はそうは思いませんが)、この辺の意識があまりにも欠けているのではないでしょうか。「倫理という観点からの法令遵守」がコンプライアンスであるとすればtoshiさんがご相談をお受けになったケースでは全く厳しくなく、当然のことであると思います。
投稿: Kaz | 2006年9月10日 (日) 13時25分
コメント、ありがとうございます。
まさに「コンプライアンス経営はむずかしい」の典型例ですよね。
ここではおそらく飲酒運転という従業員の私的な法令違反問題、労働問題、被害者保護、そして将来における企業のリスク管理といったさまざまな問題が錯綜していると思います。そういった問題のうち、まず自社はどの利益を最優先すべきなのか、明らかにする必要があると思います。
企業コンプライアンスの答えはひとつではない、どの企業にもあてはまる最適解は存在しない、といった問題だと認識しております。
投稿: toshi | 2006年9月12日 (火) 03時29分