飲酒運転に病的酩酊はあるのか?
ダスキン株主代表訴訟控訴審判決(問題整理編)に、またまたコメントをいただき、誠にありがとうございます。いつもコメントをお寄せいただいております常連の方々のご意見からしますと、どうも私の意見は分が悪いようでして、このブログを訪れる法律専門家の方は、企業コンプライアンス的にみて会社役員に厳しい立場(いや、それは期待の裏返しというものなのかもしれませんね)のようであります。問題の整理編でこのシリーズを終わらせようかとも思っておりましたが、とーりすがりさんや濡れ衣と戦う会社員さん、そしてMEさんのご意見などをもう一度検討したうえで、再度続編をエントリーすることにいたします。(いつも個別のお返事が遅れましてすいません・・・・・・)
さて、「飲酒運転と企業コンプライアンス」シリーズも、すでにいくつかのエントリーを立てておりましたが、これも以前より、飲酒運転による刑事処分(罰金を含めて)を民間企業の懲戒免職処分と結びつけようといった私の意見が厳格に過ぎるのではないか、との疑問を何名かの方々より呈されておりました。どうして厳格に過ぎるのか、いろいろと考えているのですが、ひとつの可能性として、お酒を飲んでいるときの規範意識の低下というものにぶつかるのかもしれません。私自身が、飲酒時のハイな状態というものを理解していない可能性もありそうです。いくら厳罰でのぞむ、といいましても、お酒を飲んだ状態のときに、平常の規範意識が存在しなければ、なんら飲酒運転という犯罪への抑止力が働かないわけでして、そのあたりは私自身があまりお酒に強いほうではないので飲酒時における規範意識の低下については理解できないところなのかもしれません。たとえば、最近よく報道されるところの「痴漢事件」につきましても、現役の警察官の方が痴漢で現行犯逮捕されたり、某著名な経済学者の先生が逮捕されたときには、即座に「なんと破廉恥なことだろう」と思いますが、逮捕された当時に「酒に酔っていて、触ったかどうかも覚えていない」と言われますと、やったことは厳しく処罰されねばなりませんが、なんかどことなく、その人に対する破廉恥さの評価については減少されてしまうような、そんな気分になってしまいます。こういったことと同様に、この飲酒酩酊といった状態は、人の普段の規範意識を鈍麻させてしまうほどのものであると理解してよろしいのでしょうか。
私は過去に刑事事件で3回、無罪判決をもらった経験がございますが、そのうちの1回が「病的酩酊による責任能力なし。よって無罪」というものでありました。病的酩酊は単純酩酊と比較したものでありまして、飲酒酩酊によって脳波に影響を受け、別人格の人間に変わってしまう、というものであります。私が担当した強盗致傷事件の被告人の場合は、この病的酩酊に該当するという奈良県立医科大学の教授(裁判所が選任した正式な鑑定人であります)の意見書(詳細な実験と検査に基づく意見)がそのまま裁判所でも採用され、完全無罪を得た事例であります。(検察側も控訴せず確定)この事例のように、飲酒事故を引き起こしたようなケースにおいても、ひょっとすると、その飲酒によって被告人が別人格となって、なんの規範意識もないままに、そのまま飲酒運転をしてしまうような場合もあるのかもしれません。
(追記)昨日の夜は、ほとんど睡魔に襲われながらエントリーを書いてしまったため、不適切な内容が散見され、修正をいたしました。司法書士をめざす会社員さんから、問題点のご指摘を受けておりますので、そちらのコメントもあわせてご覧いただくと幸いです。また、誤解のないように申し上げますと、「病的酩酊」=責任能力なし ではございません。責任能力は法律上の判断ですので、たとえ医学的に「病的酩酊」であるとしても、裁判官の判断として責任能力あり、とされる可能性もありますし、限定責任能力ありとされる可能性もあります。
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コメント
はじめまして
いつも楽しく(?)拝見させて頂いております。
大変勉強になります。
さて、本日の「飲酒運転に病的酩酊はあるのか」についてですが、飲酒によって規範意識が鈍磨するといった趣旨の発言をされておりますが、飲酒運転の問題は飲酒時の規範意識というよりも、日常の規範意識、飲んだら乗るな、乗るなら飲むなに代表される飲酒運転はれっきとした犯罪行為という意識がないことの方が問題で、わが国の酒の席での云々という酒に対する寛容な態度が、飲酒運転を助長していると思います。
ただ、先生の関与された病的酩酊によって無罪という事案が報告されておりましたが、この事案は
考えさせられるものがありました。
投稿: 司法書士を目指す会社員 | 2006年9月26日 (火) 08時12分
>司法書士を目指す会社員さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
意外と「単純酩酊」「病的酩酊」と裁判制度との関係については知られていないところだと思いますし、すこし「ビジネス法務」とは離れてしまいますが、時間のあるときにでも「病的酩酊」についてはお話してもいいかなぁとは思っています。
不謹慎かもしれませんが、この鑑定実験というのが「爆笑モノ」でして、私は数名の医師の方々の並々ならぬ努力に感服いたしました。
もともと飲酒して運転するつもりで自動車を駐車していた、という場合ならばわかるのですが、運転するつもりでなかったけれども、気が大きくなって運転するに至った、といった事例だと、どうなんでしょうか。刑法には原因において自由な行為、といった実行行為概念があるわけですが、そういったところで説明されるのかどうか、最近は刑事問題から遠ざかっているので、またご教示いただけましたら幸いです。
今後とも、どうかよろしくお願いします。
投稿: toshi | 2006年9月26日 (火) 11時30分
「病的酩酊」という言葉、初めて知りました。きちんとした実験も行われているとのことで、「酔っ払い」の世界も奥が深いと感じました。
この概念が労働法務の世界にどのように当てはまるかは慎重な考察が必要だと思いますが、一瞬思いついてしまったのが、「ある特定の条件で自己制御が出来なくなる恐れがある人を、会社として雇用し続けられるか」ということです。これは、もしかすると『再犯の恐れあり⇒労働者にとってかえってマイナス』に作用してしまうかもしれないと感じました。
ぜひ機会がありましたら(爆笑モノという)鑑定実験についてもお聞かせいただければ幸いです。
投稿: Swind@立石智工 | 2006年9月26日 (火) 21時04分
>立石さん
いつもコメントありがとうございます。
その被告人も無罪判決を受けて安堵の表情を浮かべましたが、その後父親といっしょに大きな問題をかかえることになりました。
病気ですから、一生好きなお酒を飲めないのです。もはや病気であることが判明した以上、なにか酒に酔って犯罪に至れば「自由原因行為」でしょう。
鑑定医グループの爆笑鑑定につきましては、また追ってご紹介いたします。大学病院の医局というところは、スゴイ。
投稿: toshi | 2006年9月28日 (木) 02時26分
今週の週刊文春に「缶ビール6本飲んだら翌朝乗ってはいけない」という記事が出ています。
この「二日酔い」の定義のあいまいさと刑事罰領域と行政罰領域の二重性のことを考えると、職場での管理職の社員に対する監督の程度と範囲、監督義務の内容についてコンプライアンスの問題として社内規定にどのように書き込むと問題がより少なくなるんだろうか・・・と考えてしまいました。
具体的に考えてしまったのは取引先の接待で課長の指示で先方と引き続き飲酒してひどい二日酔いになった状態で翌日定時に車で出社する途中に飲酒運転で捕まってしまったような場合とかどうやって規定を整備して管理職と社員に対して徹底させるのか・・・。
自分の経験だと二日酔いと酩酊というのは一応不連続の概念かなあという気もするのですが(^^;)、お医者さんからみるとそうでもないのが原則なんじゃないかなあという気がすることもあり・・・。
toshiさんのブログでの議論をもう一度読み直して考えてみたいと思います。
投稿: ろじゃあ | 2006年9月28日 (木) 19時47分
ろじゃあさん、こんばんは。
なかなか難しいところですね。
ハードローのなかにも、ソフトロー的な
発想が必要なのかもしれません。
一度、検討してみたいと思います。
二日酔いの人に懲戒解雇とうのも、なんか
しっくりと来ないかもしれません。
投稿: toshi | 2006年10月 1日 (日) 02時17分