堀江被告人の裁判と金融商品取引法
ライブドア前社長・堀江貴文被告人の公判が連日開廷され、検察側証人尋問が始まりましたが、なんとなく世間のムードでは「過去の人の刑事裁判」のような取り扱い方をしているような気がします。私も一般の事件とは異なり、公判前整理手続を経ている事件というものの争点整理がどこまでなされているのか、実務的によくわからないところもありますので、コメントがしずらい事件ですね。
宮内被告人ほか数名の事件が先行して、ほとんど争うこともないわけですから、風説の流布や偽計取引と評価されている全体のスキームの違法性や、投資事業組合などを利用した粉飾決算の実態について争うことは、堀江氏にとってはかなりしんどい闘いになりますね。新聞などで争点と指摘されているところとは少し異なるかもしれませんが、私は結局のところ、堀江氏の刑事公判に特有の争点、つまり「共謀」や「積極的関与」の有無が最大の弁護側の闘いどころではないかと思います。「共謀」というのは意外と立証するのは難しいです。他人のやったことを自分が実行したのと同じように評価して「正犯」として犯罪が成立するわけですから、自分と実行者との関係や最終目的に向けての認識、実行者との意思疎通の有無など、被告人が否認した場合にはけっこう立証すべき事実は多いはずです。実行行為に反復継続性があるような場合は容易に「共謀」を認定できるケースも多いのですが、本件の場合はそんなに反復継続性のある実行行為ではなかったように記憶しておりますが。(さて、どうでしたかね?)
企業法務に携わっていらっしゃる方々は、この裁判どう受け止めておられますでしょうか。「ホリエモンは有罪か無罪か」といったところに関心が向いてしまいますと、連日の報道をフォローする気持も少し萎えてきてしまうかもしれません。しかし少し視点を変えてみますと、ホリエモンの企業法務に及ぼす功績といったものもかなり大きいのではないか、と思えてきます。検察側と全面的に対決する事件であるがゆえに、これは企業法務にとって貴重な財産になりそうです。
まずひとつめは「メールと刑事裁判」の関係です。このたびの金融商品取引法における内部統制報告実務では、IT統制の評価基準としてメール等情報の保存管理に関する体制に焦点があてられるようです。今回のライブドア事件の捜査では、膨大な量のメールが証拠として押収されたり、(復元ソフトによって)復元されております。こういったメールによる意思疎通や犯行認識というものが、果たして刑事裁判ではどういった効果を及ぼすのか。検察はメールを用いてどのように立証計画を組み立てているのか、また裁判所はメールを証拠として、どういった犯罪事実を根拠付けるのか、それともメールは刑事裁判の証拠としては役に立たないのか、そのあたり、とりわけ「共謀」や「積極的な関与」が争点になっているだけに、おそらく判決では詳細に解説がなされることでしょう。したがいまして、検察官による立証計画におけるメールの用い方、弁護側によるメールの「証拠能力の乏しさ」(証明力の乏しさ?)に関する解説方法などを含めて、「メールと刑事裁判」の関係を研究することは、今後の内部統制報告実務の発展にかなり大きな役割を持つことはまちがいないと思います。
そしてもうひとつが不公正取引の処罰に関するところであります。「偽計取引」などというものは、定義すら語る人によってマチマチですが、意外によく検察が立件するときに利用する条文ですよね。今回の事件でもし堀江被告人が有罪とされる場合、裁判所はこのスキーム自体がどういった理由で「偽計取引」に該当するのか、おそらくこれも否認事件である以上は詳細に検討されることになると思われます。以前ホリエモン逮捕の折には、私のブログでは「罪刑法定主義」との関係でエントリーを立てておりましたが、どうも資本市場における不公正取引規制を実効性あるものとする要請からみますと、かなり罪刑法定主義が後退せざるをえない、というところが世間の一般常識のようでした。そうであるならば、相場操縦における「誘引目的」に関する判例同様、せめて裁判所における先例にこそ、今後の「偽計取引」の範囲を合理的に限定する機能を期待したいところであります。金融商品取引法には157条において立派な不公正取引取締のための包括禁止規定が存在するにもかかわらず、そちらは適用せずに158条の「風説の流布」「偽計取引」を用いて立件するといった手法は、今後も増えるものと思われます。つまり157条に代わって158条が一般法規としての有用性を持ちうるのであるならば、ぜひこのたびの裁判所の判断において今後の実務に参考となる判断基準を打ち立てていただきたいものであります。
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コメント
ごぶさたしています。
すっかり自分のブログはさぼりぎみです。
:IT統制の評価基準としてメール等情報の保存管理に関する体制に焦点があてられるようです。
これはそういう方向なのでしょうか。
会社法の内部統制ならともかく、金融商品取引法が目的とする、財務報告に関する内部統制からすると本筋から外れているような気がするのですが・・・
それとも、金融商品取引法の実務が、いわゆるフォレンジックという分野にかなり軸足を傾けているってことなのでしょうか。
投稿: KOH | 2006年9月 7日 (木) 00時57分
こちらこそ、ごぶさたしております。
ブログの更新がままならないほどにお忙しい様子でなによりですね。どうかお体だけはご自愛ください。
表記の予想はそのとおりかと思います。2,3日前の新聞報道のとおり、日本版SOX法はすべての上場企業に適用されることになりますので、100億円規模の売上の企業でも経営者が有効性を評価可能なIT統制ということで、その範囲内での取り組みになるものと思われます。そうしますと財務報告の信頼性確保のために最も重要と思われる経営者不正を中心としたIT統制に力点が置かれるところとなり、とりあえず何か不正が発生したときには証拠隠滅できないような仕組みから整えましょう、といったところが理由ではないでしょうか。不正の発見ということよりも、不正発覚時における証拠保全(不正が発見されやすくなるから、経営者は不正はしなくなるだろう)という意味のほうが強いのではないでしょうかね。
投稿: toshi | 2006年9月 8日 (金) 02時27分