内部統制と企業情報開示
(追記あります)
お昼にも少しコメント欄に記載したのですが、今朝(10月23日)の日経新聞第二部では広告特集として「内部統制とIT」に関する特集が組まれておりました。とくに関心を持ちましたのは、第一面の西室社長(東京証券取引所代表取締役)のインタビュー記事でして、内部統制の整備が企業の透明性を高める、といった趣旨のものでした。この「内部統制と企業情報開示」の問題点は、内部統制論のなかでも最も理解が困難なところだと認識しておりますので、どんなことが話題になっているんだろう・・・・・と読み進めていたのでありますが、ちょっと途中から落胆してしまったような次第であります。
やはり、よくあるようにコーポレート・ガバナンスの議論と、日本版SOX法の議論と、市場における企業情報開示の問題が混乱しているように思えますし、結論的には日本版SOX法への備えはIT統制によって盤石を期せ、といったところに落ち着いておりまして、どうしても「広告特集」記事であることからくる限界のようなものを感じました。これを読んでの感想としましては、「これでは今後、経営者になる人はいないんじゃないか」とか「経営者は神様ではない」といったところでしょうか。そもそも日本版SOX法(金融商品取引法)で問題となる(企業によって整備されるべき、とされる)内部統制というのは、市場における企業情報開示とどんな関係があるのでしょうか?なぜ内部統制システムの整備を進めることが「企業の透明性を高める」ことになるのでしょうか?企業情報の開示という視点で考えれば、日本版SOX法においては財務諸表の正確性だけを経営者の確認書と並列的に内部統制評価報告書が担保すれば済む話であって、評価の対象とされる内部統制の仕組みなどはそもそも開示される対象ではないのでは?
もちろん日本版SOX法を離れて、「あるべき内部統制」を語るのであれば、立派なシステムを導入することも有意義ですし、また会社法上の内部統制のように、その基本方針が事業報告やガバナンス報告書によって開示対象とされるのであれば、それは株主による評価の問題となりますから、IT統制は重要といえると思います。しかしそれらは日本版SOX法とは関係ないわけですし、文書化や「見える化」と言われるものも、それは経営者評価の客観化や、監査証明における証憑としての必要性に由来するものでありまして、株主に見せるためのものではありません。以上が私の「内部統制と企業情報開示」に関する理解ですが、それでもなお「日本版SOX法への対応が、企業情報の開示制度に影響する、つまり企業の透明性を高める」ということが真実であるならば、そういった理論的な根拠や実質的な社会的要請といったものをとても知りたいところであります。
11月24日午後追記
本件エントリーとは直接関係ありませんが、アメリカのブッシュ大統領がSOX法の見直しを示唆する発言をしたようです。(日経ニュース)このまま厳格な要件のもとで企業改革法を適用させておくと新規公開企業がロンドンに流れてしまうことへの懸念でしょうか。ただ、SOX法といいましても、内部統制評価報告書についての404条問題はごく一部ですから、どのあたりの見直しが検討されるのでしょうかね。
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コメント
toshi先生こんにちは。いつも勉強させて頂いております。
> 文書化や「見える化」と言われるものも、それは経営者評価の客観化や、監査証明における証憑としての必要性に由来するものでありまして、株主に見せるためのものではありません。
> 「日本版SOX法への対応が、企業情報の開示制度に影響する、つまり企業の透明性を高める」ということが真実であるならば、そういった理論的な根拠や実質的な社会的要請といったものをとても知りたいところであります。
昨年12月に企業会計審議会から公開された「基準のあり方について」では、ディスクロージャーの信頼性を確保するために開示企業における内部統制の充実を図るべきとの考えから、欧米や韓国で導入された制度を参考にしつつ、「経営者は、内部統制の有効性を自ら評価しその結果を外部に向けて報告すること」を求めています。
これを受けた金融商品取引法では、「有価証券報告書を提出しなければならない会社は、事業年度ごとに、内部統制報告書を有価証券報告書と併せて内閣総理大臣に提出しなければならない」と定めました。また、内部統制報告書については、公認会計士の監査を受けることが必要とされています。
以上を読む限り、いわゆる日本版SOX法の目的は投資家に対する開示情報の信頼性確保であり、内閣総理大臣への提出を通じて投資家(株主)に見せるための内部統制報告書であると理解すべきではないでしょうか。
> なぜ内部統制システムの整備を進めることが「企業の透明性を高める」ことになるのでしょうか?
むしろ順番が逆で、
①内部統制の有効性について開示を義務付ける → ②経営者が内部統制の充実を図る → ③開示情報の信頼性が高まる
というロジックだと思います。
投稿: Yoshi | 2006年10月25日 (水) 17時08分
YOSHIさん、コメントありがとうございました。
また、貴重なご意見、拝読いたしました。
「見せるための内部統制」につきましては、私も政策的にはそのほうが妥当かなぁと考えております。ただ、金融商品取引法における内部統制報告実務と開示問題を検討するときに以下の2点が気になっておりましして、もしご検討いただいておりましたらご教示いただければと。
1 アメリカとは異なり、日本の内部統制報告書については、その報告書自体への「確認書」は要求されておらず、金融商品取引法においても、「確認書」と「内部統制報告書」制度が並列的に新設されている。これはつまり、「信頼を向上させるための開示の対象」はあくまでも有価証券報告書であるから、そもそも内部統制報告書自身の開示内容については「内部統制を見せる」ことは予定されていないのではないか
2 これは以前にも別のエントリーで触れましたが、八田先生の「実務の考え方」に出ている内部統制報告書の見本文とか、米国IBMの2006アニュアルレポートにおける実際の内部統制報告書においては、その企業の内部統制の整備状況や運用状況に関する記述はなく、ほとんどA4一枚の簡単なものに済まされているといった現実をどうみるか
という点であります。
結局、いまのところ法律の制度としては(会社法における内部統制問題はコーポレート・ガバナンスと直結しているので別扱いですが)、「見せる内部統制」は日本版SOX法のなかでは予定されておらず、その具体化は有価証券報告書の中味の運用問題や、ガバナンス報告書運用などなど、取引所の規則や証券業協会による自主規制ルールに委ねられているのではないでしょうか。
また、ご意見頂戴できましたら幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2006年10月26日 (木) 11時54分
確かに内部統制報告書の中身は、財務報告に係る内部統制の評価結果(有効であるか否か)を表明するだけのものです。先生のおっしゃられている「見せる内部統制」が、内部統制システムの整備状況や運用状況の詳細を広く投資家に開示することを意味するのでしたら、日本版SOX法では予定されていないようです。
ただ、内部統制報告書を作る(有効性を評価する)過程で、様々な実態が浮かび上がり、それが社外取締役や監査役、公認会計士の目に触れることになります。少なくとも、従来ならば容易に隠せた内部統制上の不備が第三者(業務執行者でない人)にも把握しやすくなるかと思います。
株主に選任される社外取締役や監査役、公認会計士には内部統制の整備状況と運用状況を説明しなければならない、投資家(株主)には評価結果を表明しなければならない、これだけでも企業経営者に与えるプレッシャーは小さくありません。開示のための費用対効果や競合他社への情報開示限界も含めて考えますと、十分ではないにしても妥当なレベルでの「内部統制の見える化」と言えるのではないでしょうか。
投稿: Yoshi | 2006年10月26日 (木) 19時33分
Yoshi様のご意見に賛成いたします。
管理者様の仰る「見せる内部統制」を何故予定しなかったのかと
いう点こそがアメリカにおける失敗の教訓を反映させた点です。
現在日本においても内部統制に関する議論が混乱しているのを
見てご存知のように内部統制の整備・運用をどこまで進めれば
経営者責任を果たしたといえるのか?
はっきりと結論の出せる性質の問いではありません。
詳細を開示することによって不特定多数から
重箱のスミをつつくような不備を指摘されてその対応のために
時間とコストをかけつづけることが投資家保護につながるのか否か。
ひたすら内部統制の整備と運用の完璧さを求めていくべきというので
あれば「見せる内部統制」は有効かもしれませんが、投資家の求めて
いるのはあくまで投資判断に資する企業情報の開示であるという大目的を
忘れてはならないと思います。
上場会社は限られた時間とコストのなかで企業情報の開示を行っており、最低限レベルの内部統制すら整っていない会社は上場しているべきではないのかもしれませんが、内部統制の整備・運用の向上を図ろうと思えば際限がありません。
ひたすら内部統制の向上を求め続ければ上場会社がなくなってしまいます。限られた時間とコストの中で開示作業を行っているのですから。
上場会社がなくなっていくことが投資家保護につながるのでしょうか?内部統制の整備にかかわるシステムやコンサル等の一部の業者を太らせるだけだと思います。
だからこそ日本ではダイレクトレポーティングを採用しなかったのです。
投稿: とくめいきぼう | 2006年10月26日 (木) 21時23分