カネボウ事件と内部統制構築論
(葉玉さんのブログ関連の追記あります)
昨日(金曜日)は、日本取締役協会の内部統制研究会で東京に出張しておりまして、新幹線の往復で新刊の「粉飾の論理」(高橋篤史著 東洋経済新報社 1800円)を読んでおりました。このブログにも一度登場していただきました江上剛さんの新刊『不当買収』とどっちにしようかと迷いましたけど、なんか表紙の雰囲気に魅かれて買っちゃった、という感じでした。。。今度は江上さんの新刊も、登場する金融機関の名前などからも現実の世界を連想しやすい小説でオモシロそうなんで、ぜひ購入したいと思います。(なお、研究会のほうは、武井一浩弁護士の講演だったんですが、そちらのほうの感想などはまた日を改めまして。あっそうそう、ブログでコメントをいただくME先生とも初めてお会いしましたね。)
「粉飾決算はなぜ起こるのか?」と一言でテーマを掲げてしまいますと、新聞報道を要約したようなドキュメントタッチを連想するのですが、東洋経済の30代後半のこの高橋記者さんの執拗なほどの現場主義は、かなり私の琴線に触れるものがあります。とりわけカネボウ事件の粉飾発生の要因を、興洋染織側からスポットをあてて検証する様は、なかなか読み応え十分です。主にカネボウ事件とメディアリンクス事件に焦点を絞って、不正会計(粉飾)が発生する背景事情を非常に広く深く検証(現場の声を集めたり、現場の資料を検討するなどによる)されておりまして、企業コンプライアンスや内部統制などにご関心のある方にはご一読をお勧めします。ただ、カネボウの連結決算に関する説明などは、かなり詳細なチャート図が出てきますし、ときどき芸術的会計操作(著者の表現です)に関する説明なども、財務会計的知見をお持ちの皆様がたからすれば、すっと読めるところでも、私のような者には、その中身を理解するのに、何度も読み返したりしないと頭に入りませんので、「すっとばし読み」はかなり困難な書物だという感想です。( ̄▽ ̄);/
この本を読んであらためて感じますのは、粉飾決算が発生する経緯というのは、非常に複雑であって、机上で考案された処方箋などでは到底抗いきれるものではない、ということですね。伝統企業らしく、カネボウにも財務報告の信頼性を確保するための内部統制システムは存在していたことがわかりますし、その運用も適正になされていたことも、この本を読んで理解できるところであります。(カネボウ社内部の中央信用管理委員会の存在など)それでも、粉飾決算は発生してしまうんですね。このカネボウの事例というのは、そもそも内部統制システムとは無関係なのか、それとも内部統制の限界論として位置づけるべきなのか、それとも内部統制のどこかに「重大な欠陥があった」と考えるべきなのか、財務報告の信頼性、という観点から、読者の方のご意見というのをお聞きしてみたいと思います。まあ金融商品取引法に、日本版SOX法が導入されるに至った原因として、一般にこのカネボウ事件の存在があるとされています(そもそも最初の「投資サービス法の構想」段階では、内部統制報告実務というのは、どこにもなかったはず・・・)ので、「内部統制構築とは無関係」とは、なかなか考えにくいのかもしれませんが、粉飾決算を未然に防ぐことが本当に経営管理体制をいじることだけで可能なものかどうか、ちょっとこの本を読みますと自信を喪失してしまいそうな気もいたします。また、上場企業であれば、どこの企業でも、こういった深みにはまっていく要因はおそらく抱えていることが理解できるのではないでしょうか。
私が偉そうに言えるものでもありませんが、もしこういったカネボウ型の粉飾決算を予防することができるとするならば、①取締役・監査役等役員間の情報の管理、伝達に関する明確な規約の存在とその運用、②独立性の高い社外役員の登用、③上司から無理を言われたときの逃げ場としての「外部通報制度」(内部通報であれば、おそらく無理やと思います。少なくとも中立第三者的な方がおられる窓口が必要)、④そしてなによりも経営トップの姿勢に尽きるものと思います。
あっそれから、「運」もありますよね。カネボウ事件で逮捕された2名の方々は、どこでもやってることじゃないか・・・といった気持を最後まで持っていたんじゃないでしょうか。ロレアルが、そして花王が、もし化粧品事業をつつがなく買収していたとしたら・・・・・、お二人の人生は天地ほどの差であったに違いありません。それと「嗅覚」も必要かもしれません。しょせん、粉飾とは「どこからが粉飾で、どこまでがセーフなのか」明確な線引きはできないでしょうし、その線引きも時代によって変わるものでしょうから、「これは危ない・・・」といった独特のセンス(嗅覚)のようなものも、ブレーキをかけることができる立場の人に具備されているかどうか、そのあたりも重要なことではないかと考えたりしております。
(追記)9月30日付けで、葉玉匡美検事さんが「会社法であそぼ」のブログから引退されました。東京地検特捜部に異動される、とのこと。neon98さんのときもそうでしたが、いつも閲覧させていただいていた方が、ブログ界から引退されるというのは、非常にさびしいものですね。(ブログをライブドアからココログに移転された時点で、すでに決定されていたんでしょうね。)短い間でしたが、会社法施行日前後にわたる激動の時期に、その交通整理をされた功労に感謝いたします。また、「会社法であそぼ」を引継がれるサミーさんには、どうかサミーさんなりの色を出して、立案担当者としてのご意見を積極的に配信していただくことを期待しております。(なお、さっそくこのブログリストも、サミーさんのブログに訂正させていただきました。)葉玉さん、本当にお疲れさまでした。今後はよりいっそう「日本のため」に頑張ってください。
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コメント
MEです。山口先生にお会いできるのではないかと期待して内部研究会のセミナーに参加しました。武井弁護士の講演の後の質疑応答も聴きたかったのですが、時間がなく先に失礼しました。講演ではダスキン控訴審や蛇の目最高裁にも触れられていたので山口先生も何か質問あるいはコメントをされたのではないでしょうか。後でまた教えてください。ブログで勉強させていただくだけでなく、今後、研究会でも先生の知見に接して研鑽する機会を楽しみにしております。今後ともよろしくお願いします。
投稿: M・E | 2006年10月 1日 (日) 09時18分
こんにちは。ごぶさたしております。これは面白そうな本をご紹介いただきました。早速拝読したいと思います。
乱暴かも知れませんが「粉飾」にあたる事態は、車のスピード違反くらい、起こる方が普通だと思いますので、地の色を逆転してしまって、「どういう場合に、なぜ、粉飾が起こらず、適正な処理がなされるか」を考えた方が有益な議論になるのではないかと思いますが、いかがでしょうか(笑)。こういう本音を隠して仕事をしなければならない専門家のみなさまが早く二枚舌の苦労から解放されるといいと思います。
投稿: bun | 2006年10月 1日 (日) 10時31分
興味深い本の紹介をありがとうございます。
内部統制と言ったときに、経営者の責任が問われるが、実務に携わり、実際に判断を下すのは、経営者自身ではなく現場の担当者や部所であることが多いと思っております。個々のビジネスにおいては、全て条件が異なるが、現場の実状は何よりも参考になるし、参考にすべきであると思っております。私も拝読したいと思います。
投稿: 売れない経営コンサルタント | 2006年10月 1日 (日) 11時22分
>MEさん
こんにちは。お察しのとおり、質問をさせていただきました。さすがに日本を代表する企業法務の先生は、「内部統制」を語らせても斬新な切り口で自信に満ちていておもしろかったですね。参考になりました。また関連エントリーをアップいたしますので、先生のご意見もぜひお聞かせください。
>bunさん
私も自分が企業の内部にどっぷり浸かるようになるまでは「粉飾など異例のこと」と信じて疑わなかったわけですが、そりゃ、諸々の事情から、やりたくもなりますし、やらなきゃいけない・・・とも思えてきますから不思議ですよね。たとえば、この本を読んでみて、一般企業の経営者の方々や経理担当者が「あっここはうちとは違うぞ!こりゃ異常やなぁ。これやったらうちではだいじょうぶ」と思えるかどうか、そして、その思いは経営状態が思わしくなくなった場合にも、そういいきれるかどうか、そのあたりかなり勉強になるんじゃないか、と思いますね。
雑誌「コーポレート・コンプライアンス」などでも、こういった事例検証の特集がありますが、取材範囲の広さという点では、秀逸ではないか、と思います。
>経営コンサルタントさん
いつもコメント、ありがとうございます。
現場の実務をフィードバックして、経営陣においてリスク管理を行うのが通例でしょうね。これがとても時間のかかる作業ですし、営業に結びつかないものであるがゆえに、トップの推進力を借りないと先に進まないところがやっかいですね。
この本は、カネボウの誰が何をした、ということよりも、利害関係者たちがカネボウに期待したもの、経営が悪化して「自社さえよければ」という態度に出たときの、周囲の対応がもたらす「おそろしさ」といったところがおもしろく描かれており、現場の空気が把握できるところが妙味です。
投稿: toshi | 2006年10月 1日 (日) 13時28分