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2006年10月26日 (木)

世界史未履修問題解決の行方は

(10月26日午前 追記あります)(追記その2 あります)

私のブログの性格上(また、わざわざビジネスタイムに閲覧されている方々の趣向の問題も勘案いたしますと)東京電力のフジテレビTOB応募に関する株主代表訴訟控訴審判決のほうのニュースをテーマに、またあれこれと議論させていただくほうが適切なのかもしれませんが、どうも今朝から「世界史未履修問題」が気になっておりまして、企業コンプライアンスへの参考という観点から、今後の文部科学省や各都道府県の教育委員会の対応や決断に注視しておりますので、触れないわけにはいかない話題であります。コンプライアンスというものを単なる「法令遵守」と定義付けるのではなく、世間の情勢に関する自社の適正な対応方法といったものと捉えるならば、先日の東芝とソニーのパソコン電池発火問題への対応と同様、今後「未履修問題」は他校に発展していくのかどうか、もし発展するとした場合、様々な利害関係者の利益や法的ルール(学習指導要領)をどう考慮して、すばやく公表するのか、そのあたりの対応が極めて参考になると思われます。

今朝、最初に高岡南高校の「世界史未履修事件」のニュースを聞いたとき、これは他でもやってるに違いないと感じましたが、案の定、10月25日深夜時点で、全国で65校の高校が未履修を公表しております。3年生はこのままでは卒業資格がなく、また既に卒業した生徒のなかにも、卒業資格を有していないまま大学へ進学した生徒がたくさんいるそうです。学習指導要領には法的拘束力がありますので、これはたいへんな問題になってしまいましたね。おそらく社会科よりも理科系のほうが「未履修」者は多いと思われますので、理科科目についてもたくさんの「未履修三年生」の公表が続くのではないでしょうか。

何の悪気もなかった未履修三年生にとりましては、大学受験の総仕上げの時期に、まったく自己の試験科目と関係ない科目の補習をするわけですから、非常に気の毒でありまして、なんとか特例措置を認めてあげたら、とも思いますが、いっぽうにおいて、いままでそういった受験科目でないものを、学校でマジメに授業を受けてきた生徒方にとりましては、特例措置は平等原則違反もはなはだしい、というクレームがつくことも必至だと思われますから、この問題の収拾は容易ではありません。

今後どれだけ未履修高校が増えるのか(公表するのか)、そのあたりをもうすこしチェックしてみたいと思いますし、「収集がつかないほど多数の未履修高校の存在が判明した場合の対応方法なども検討してみたいと思っております。すくなくとも社会の混乱を最小限度に抑え、なおかつ今後同様の「受験対策のために未履修とする高校」が再度出てこないような厳格な措置を考えてみたいですね。

(追記)bunさんがなかなかおもしろいコメントを投稿されておられます。こういった意見をもっと新聞やテレビニュースで誰か堂々と発表してもらえませんでしょうかね?(勇気いるかな・・・)また「法務の国ろじゃあ」のろじゃあさんが、同じ話題で詳細なエントリーを書いていらっしゃいますので、ご参考にされてはいかがでしょうか。

(10月26日午後8時 追記その2)

予想どおり、早くも未履修高校の数が98になりました。(読売新聞ニュース)安部首相は「子どもたちの将来に影響がでないよう配慮してもらいたい」と述べておられますが、この「子どもたち」というのは、いったいどの範囲をさしているのでしょうかね?未履修の子だけでしょうか、既習の子も含むのでしょうか。いずれにせよ、(たいへん厳しいようですが)未履修の生徒方のみに配慮するということは、1点を争う大学受験においては、既習の生徒を著しく不公平に扱うことになりそうですが、そのあたりは受験においてどのように配慮されるのでしょうか。それとも既習の生徒への配慮なく、未履修の生徒のみ特別扱いでの受験をさせる、ということは既習の方々から法令違反を申し立てられることはないのでしょうか。

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コメント

こんにちは。

私は人並み以上に日本史・世界史を勉強しまして、高校の課程ではあれ以上勉強のしようがないというぐらい、どの部分についても手抜きなしでやりまして、一片の悔いもありませんが、本当にやってよかったと思っています。ぶっちゃけた話、特に海外に出て外国人と接するとき、この2つをきちんと知っているというだけでも、他の日本人とは全く違う、実に丁寧な尊敬に満ちた扱いをしていただけるし、こちらからも沢山お役に立てる機会があるしで、ありがたく思っています。たとえばshogun とかninjaとかの話題が出たときに、日本と欧米の封建制度の異同について詳しく説明したりして。歴史を知っているからといってたいして褒められもせず役にも立たず、というのは仮にそうであるとしても、日本だけの話です。

特に根が深いなあと辟易するのは、よかれと思ってやらなかった、というところです。これは歴史のよさや面白さを全くわかっておらず、受験のための方便としかとらえていない動かぬ証拠ですね。なんでそんなに小さく小さくしか知というものの力を評価できないんでしょうか。確かに受験にとても役に立ちましたが、そんな役に立ち方とは比べものにならないほどその後役に立っているのですが・・・それにこんなに役に立たなくても、それはそれとして何の問題もないですし。

確かに個々の史実に関する詳細は忘れるものですが、やらなかった人と同じになるかというと全く違いますよね。一度やって忘れた人を見てほら見ろ、俺はやらなくてよかった、という矮小な精神の持ち主ばかりであることが露呈していて、危機的であると思います。一度やって忘れるのと、全くやったことがないのとでは、大人になってからでは絶対に追いつくことができない差がついていて、そうした差に苦しまないように、今の生き方の差で将来そんな差が生じ得ることをまだ知らない生徒たちに、嫌われながらでも先回りして教えてあげて、自分の手を離れて何十年かしてからひっそりと内心で感謝されて、なんぼだと思いますが、そういう世代間の知の受け渡しが貧弱になっている社会に、明るい将来など望むべくもありません。目の前で面と向かって生徒に感謝されないと自分が役に立っていることがわからない教師なんて。私など卒業時に「先生一生懸命教えてくれてありがとう」なんていわれても「わはは、君たちが私の授業の本当のありがたさがわかるのはもっともっと先のことだ。そのとき俺の凄さに震えるがいい」などとうそぶいていたものです(笑)。

投稿: bun | 2006年10月26日 (木) 07時39分

さすがのtoshiさんのエントリーの選ばれ方と思いました。
でも、考えればコンプライアンスの問題なんですよね。法ではなく、文科省の指導要領であったかも知れないが、違反が露見したときのリスクについて学校長を初め責任者は考慮したのかと。

投稿: 売れない経営コンサルタント | 2006年10月26日 (木) 11時22分

>bunさん
いつもありがとうございます。とりわけ、今回のテーマについては、bunさんに身近な話題でもあり、考えさせられるところが多いです。
私は以前にも少しだけ書きましたが、大和古代史探訪が趣味でして、歴史的発掘がリリースされますと、すぐに見学に行くタイプの人間です。
史実に関する訂正があって、教科書の記述も変わるなどという場合、その原因が「1955年の古代史学術発表のときに、○○大学の先生が△△大学の先生がきらいで、委員会に手を回した」などといったところにあることがわかったりしますと、思わず「歴史研究の深さ」を思い知ることがあったりしました。(笑)
歴史というのは本当に面白い学問です。ひとつだけ面白くなかったのが「受験日本史」でした。

>コンサルタントさん
コメント、いつもありがとうございます。
ろじゃあさんも、やはりこういった問題の社会認識として、企業コンプライアンスに関係するのではないか、といったエントリーをされています。私も同感です。非常に難しい問題を含んでいるだけでなく、その問題解決方法を至急公表しなければならない、といった課題がありますので、今後のこの問題の取り上げ方に注目しているところであります。しかし、ヒヤヒヤしている学校って、いま日本にどれくらいあるんでしょうかね?

投稿: toshi | 2006年10月26日 (木) 12時05分

自分は現役高3ですが、
むしろこれは学校側の姿勢とか受験至上主義というよりも
ゆとり教育による高校での学習内容の異常なまでの増加と
絶対的授業数の減少にあると思います。
 
正直言って土曜授業を独自で実施しない限り
3年間で必要な科目を十分に履修するのは普通の学校では困難だと思います。
特に、理系の学生にとっては近年医学部を中心に理科3科目を
義務付けられており地歴公民のどちらかはAか現代社会という2単位
の授業にしてやっと必要科目が満たせるのではないでしょうか。
 
文系の社会1科目はさすがにどうかと思いますが、
理系の世界史の未履修に関しては同情の念を抱きます。

投稿: しがない高3 | 2006年10月26日 (木) 17時20分

 対象となった受験生には同情するし、応援もしたいが、受験とは即ち競争であり勝負でもある。
 勝負である以上相手もいる訳で、ちゃんと事前に履修した人が、履修に費やした時間をハンデに背負わされるのは納得ができない。

 共通のルールに則って行われるからこそ受験は公正な訳で、この事で対象の受験生が志望校を格下げしたとしても、本来有るべき状態に戻ったに過ぎない。

投稿: unknown | 2006年10月26日 (木) 21時37分

大非難を覚悟で、極論を吐かせて頂きます。

大学全入時代を迎えようとしている今、何ともまぁノンビリしたニュースのように思えてなりません(当事者ほか渦中の皆様方には失礼ですが)。

「社員は悪くないんです。みーんな私が悪いんです。どうか社員を助けて下さい。」トカナントカ、記者会見で号泣した社長さんが昔いらっしゃいましたよね。それにならって、教育委員会や校長らが、取敢えず、土下座か号泣して世論・メディアの怒りを沈めるしかないんではないでしょうか。

現実問題としては、
①進学せず高卒資格が欲しい人は、淡々と補習なり何なりで取敢えず単位を取得する(行政・学校側は、「最大限の配慮」をし、単位をスムーズに取らせる)。
②進学希望者は、高卒資格を諦めて貰う一方、臨時の"徳政令"的な大検を実施し、大学入試受験資格を与える。
(「高校中退」という「中間学歴」に関しては、大学・企業をはじめ社会全体が特殊要因に基づくものとして寛大に受け入れ認知する。キャリア外交官の大学中退や1969年の東大中退の如く。)
という方策くらいでしょうかね…。
(各地域の進学校が多いようですから、多くは②のパターンでしょうか?)

勿論、行政・学校サイドの責任者は全員然るべき責任を取るのが大前提でしょう。が、これも旨くやらないと、うつの先生方がまた増えてしまうなど、新たな悲劇を生んでしまうかもしれません。

とにかく迅速に解を見出さないと、今の教育界が抱える病巣が更に拡大してしまうように思います。 

ちなみに、この問題、企業のコンプライアンスとか内部統制の参考に、という発想は少々理解し難いものがあります。本件は、一体誰が被害者か、困っているのは誰か、守らなければならないものは何か、今ひとつピンと来ないからです。「被害者」「困っているもの」「守らなければならないもの」…それは、「ためにする秩序」のような気がします。実業界(産業界)にこういうコンセプトは余りないのではないかと思います。

我ながら支離滅裂な言説…

投稿: 監査役サポーター | 2006年10月27日 (金) 01時29分

山口先生、おひさしぶりです。ひさびさに投稿させていただきます。
私も監査役サポーターさんの「極論」に賛成です。高校中退といった扱いであっても、大学側が受け入れればいいのではないでしょうか。まあ今回限りの特別扱いとして。ただしそれなりの受験上のハンデはあると思いますが。ちなみに東大とか京大は世界史と日本史の両方を受験しなければいけなかったのではないでしょうかね?いずれにしても、迅速な処理が必要やと思います。
ただし学校や文部省にとってはこれは一種のクライシスマネジメントでしょうから、私はコンプライアンス問題のひとつだと認識しています。どうやって迅速に文句の出ないような最適解を出すのか、その処理能力は企業にも要求されるものやし、こういった場面は企業でも普通に想定されます。

投稿: どんき大好き | 2006年10月27日 (金) 03時10分

toshiさんへ
どうもエントリーをご紹介いただきありがとうございます。
この問題については、ホントはもっと突っ込んで書きたいこともあるんですけど、腹六分目ぐらいっす(^^;)。
生徒の側についての解決策についてはある程度落としどころは決まらざるを得ないのではないのかと。
単位の取得自体は卒業認定の段階までに満たされていればよいという前提であれば、ある程度の工夫の余地も出てくるでしょうから。
卒業時期(正確に言うと高校卒業資格が認められる時期)を4月以降にずらすことも場合によってはあり得るかもしれませんが、実務的には大学サイドで「卒業見込み証明書」の取り扱いについて特例として扱う枠組みが必要になるのではなかろうかと(卒業見込みは通常は3月ぐらいを想定してるでしょうからねえ)。
学校サイドの処分の問題はこれは刑法の世界のお話を厳格に持ち出すかどうかというところがひとつあるかと思いますが監督官庁と「業界」の行政の世界の枠組みでのお話がまず最初に来るんでしょうねえ。
でもねえ・・・ろじゃあの悪い癖で、この手の問題については問題解決のための選択肢の仕分けが脊髄反射的に先行してしまったのですが、bunさんのおっしゃってることを昔の先生たちは前提にして動いてたような気がします。
ろじゃあのエントリーで「生徒たちの希望」というフレーズにちょっと反応したのもその辺の違和感があったからです。
この件は、「大人」が知恵絞ってなんとかしてやんないといけないお話だと思いますので文部科学省の方々の「妙手」を切に期待したいところです。
また遊びこさせてください。


投稿: ろじゃあ | 2006年10月27日 (金) 04時18分

別のブログにも投稿したが、マスメデァ及び世論の論調は偏向してませんか?やたら生徒達を被害者扱いしてるけど、彼らも共犯者ではないのですか?高校生、ましてや名門校に通うような比較的聡明な生徒がこれ位のカラクリがわからなかった筈がないと思うのですが。少なくとも他校と比較すれば自校のカリキュラムの不自然さはすぐわかると思うが。
マスメデァも本当に生徒達がかわいそうだと思うなら、客観的事実の報道は別にしてこれ以上センセーショナルな学校当局への攻撃はやめるべきです。報道するのなら履修不足を甘受しながら特定の受験科目の勉強に集中した生徒達に対する批判があってしかるべきではないかと思います。自分達の商売のためあえて生徒達の責任を全て学校当局に押し付ける報道姿勢はどうしても納得できんのです。

投稿: 洋 | 2006年10月28日 (土) 10時12分

メディアの報道姿勢の「偏向」振りはそのとおりかもしれません。

しかし、生徒が「共犯者」というのはどうでしょうか?

「カラクリ」が判らないはずはないというのもどうでしょうか。判っている生徒は少ないと思います(感覚に過ぎず、何の裏付けデータもありませんが)。

仮に「カラクリ」が判っていたとしても、生徒(その父兄も)側に、事態を是正させる意思表示や行為に向かわせるようなインセティブ、更にいえば期待可能性があるでしょうか。

「先生、ボクたちのカリキュラムは、指導要領を満たしていません。先生がボクたちの受験を考えてくれるのはうれしいのですが、指導要領は遵守して下さい。」「受験上の都合はともかくとして、必修科目はちゃんと(あるいは、一応)やるべきです。それが学校教育に携わる者の務めです。」とか、そういう声を挙げろ、ということでしょうか。

せいぜい「別にワタシらはいいんだけど、先生、ちゃんと卒業させてくれるんでしょうね。もしこれが問題視されてトラぶったら、どう責任をとってくれるんですか。」というのはあるのかもしれませんね。が、これ自体あまりインセンティブは感じられないばかりか、教師からは「バカもん、生意気なことを言うな。」と一蹴されるがオチでしょう。

・・・少しここから飛躍します。

洋さんのロジックでは、たとえば、「サービス残業」問題、「偽装請負」問題についても、被用者(労働者)側も「共犯者」ということになってしまいかねないように思います。

本件、生徒を責めてみても、何の解決にもならないのでは、と思います

投稿: ゆーこく | 2006年10月28日 (土) 15時32分

皆様方、いろいろなご意見ありがとうございます。
今朝のNHK番組で伊吹大臣が、今週中になんらかの結論を出すと答えていらっしゃいました。未履修の生徒、既習の生徒どちらにとっても、受験という現実をできるだけ公平な立場で迎えられるような措置を出していただきたいと思います。(現実には無理であっても、なるべく目標に近いカタチで)
未履修を知りながら報告書を提出していた学校の校長先生方が、すでに教育委員会の幹部になっているという現実や、指導要領の拘束力の問題を含めて、根本的な議論はその後じっくりと継続してほしいと思います。

投稿: toshi | 2006年10月29日 (日) 12時07分

時々コメントを入れさせていただいているものです。(ちょっと長いコメントになるかもしれません。)
モノが世界史というのが、なんだかなあという気がしました。
同じようなコメントを書かれた方もいらっしゃいましたが、私自身は理系で、世界史と日本史を共通一次(今のセンター試験ですね)で選択してました。
同じ理系の友達からは、「無謀」とか「自殺行為」など言われたのですが、やはりこの学問をきちんとやると、すべての学問(英語を除く)が学べるような気がして、どうしてもはずせないものでした。
個人的には、歴史というもの、そのものが選択になっていることが疑問で、こんなもの、必須だろうと思っていました。
今回、内部統制とか文部科学省の皆様の対応は別にして、純粋に、誰もが好きになれるであろうはずの学問が、こんなに嫌われていたというのが、正直ショックでした。
日本の大学には歴史を学ばなくても合格できるし、卒業できるかもしれないですが、海外でまともの勝負する気があるなら、歴史を勉強していないと、絶対無理だと思うんですよね。(私、理学部でわざわざ文学部の西洋史と東洋史を受講してました)
今、ITベンダーの会社にいて、そこそこに地位になりましたが、やはり海外の人と話をするときに、歴史のバックグラウンドを持っているのと持っていないのとではぜんぜん違います。話の深さ、読みの深さが違ってくるのがよくわかります。
学生の方やまだ受験生の方もこのブログ、読んでるかもしれませんが、富山の皆さん、これからの世界史の70時間は、皆さんにとって、絶対無駄ではないですよ。むしろ、この時期にすばらしい学問の時間を与えてくれたと思ってください。このくらいの時間で受験に問題があると思うなら、社会に出たあとも同じことを繰り返すことになると思います。むしろ、これまで勉強してきたことの立ち位置を一つ大きな世界観で見直すものだと思って前向きに取り組んでほしいです。それによって、自分が目指す方向がもっと具体的にみえてくるように思います。

って、大勢の皆様の前で少し吼えさせていただきました。またスレの内容と少しずれた内容になって申し訳ありません。また元に軌道修正していただいて結構です。
失礼いたしました。

投稿: まる | 2006年10月29日 (日) 22時08分

>まるさん
いつもありがとうございます。
bunさんや まるさんのような意見を拝聴しまして、まったく海外事情に精通していない私のような者は「歴史」を「学校」で学ぶことの大切さをしみじみと痛感いたしました。もちろん、現実の問題解決のためには、そういった筋論だけでは通用しないことは重々承知しておりますが、せめてどこかで文部科学省の方より、こういった正論で「世界史は必須である」とした理由を述べてほしいと思います。
内部統制以外のコメントも大歓迎ですので、今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2006年10月30日 (月) 03時14分

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