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2006年11月30日 (木)

「公正ナル会計慣行」と長銀事件(その5)

ちょうど1年前から、このブログでも「公正ナル会計慣行と長銀事件」というカテゴリーで「私のつぶやき」を綴ってまいりましたが、(これまでのエントリーは こちらのカテゴリーでご覧になれます。)この11月29日に、東京高等裁判所におきまして、旧日本長期信用銀行(現新生銀行)旧経営陣に対するRCC(長銀の損害賠償請求権を承継)の損害賠償請求を棄却する高裁判決が出された、とのことであります。(朝日ニュース)この高裁判断により、この長銀事件につきましては、高裁段階におきましても、刑事と民事で違法配当に該当するかどうか、判断が分かれたことになり、非常に珍しい裁判結果となっております。

原審(民事)裁判の判決書は110ページ(判例時報の頁数)に及ぶ長文でありまして、読むだけでもたいへんではありますが、要は違法配当とされる配当手続の時点において、いったい何が公正なる会計慣行だったのか、その認定された会計慣行が「唯一の」会計慣行だったのか、という点に対する裁判所の見解の相違に帰着するところであります。商法監査の会計監査人に公認会計士監査が採用されたことにより、会計基準が実質的には「法律」として扱われるような体裁になっているわけでありますが、それでは会計基準が変更された場合には、いつからその会計基準が一般に公正妥当と認められる会計慣行となるのか、また会計慣行と認められた場合には、それが唯一の会計慣行となり、従前のものに従った会計処理は違法となってしまうのか、これは非常に大きな問題を含む論点であります。ASBJ(企業会計基準委員会)が策定した会計基準そのものが「法」とは言えないわけですから、斟酌されるべき「会計慣行」になるためには、なんらかの「法化現象」が必要になってくるわけであります。私も基礎法学については詳しくないものですから、ここは少し自信のないところでありますが、いわゆる「事実たる慣習」は法源になる、ということから、会計基準が策定され、それが会計に携わる人達一般に周知徹底され、それに従う会計書類が作成されるような社会が認められたときに、はじめて「会計慣行」になる、というのが一般の理解ではないでしょうか。このあたりは、解釈のうえでも、だいぶ「擬制」が働いておりまして、たとえ周知徹底されている事実が認められなくても、周知徹底されることはほぼ確実な状態において公表されたとき、と解する学説もあるようです。この長銀事件の民事裁判におきましても、こういった「会計基準」の法化現象自体は認めるものの、問題はそれが「唯一」の会計慣行であるとは言えないとされているようです。つまりは、それまでの会計基準にしたがって会社の計算を行ったとしても、それ自体は違法とは言えないとされております。

私はこの民事事件に関する裁判所がお出しになられた判決のほうが筋が通っているように思います。もし企業会計基準委員会が出した「会計基準」が唯一の公正なる会計慣行になる、ということですと、ある基準の施行日(もしくは事実たる慣習として認められた日)を境にして、一瞬のうちに適用されるべき会計基準が変わるわけですから、これはまったく「法律」と同じ社会規範になってしまいます。しかしながら、「法」が社会規範として効力を有するためには、とりわけ強制力を伴うような法であるならば、法律を制定する正当性(国会による審議、もしくは法律による委任など)その中身が明確で特定性を有するものであり、しかもその施行日までに国民に広く周知徹底される必要があります。そういった厳格な手続が、果たして会計監査における会計基準の施行の場面においてとられているかといいますと、おそらく自信をもってイエス、とは答えられないのではないでしょうか。そのあたりが、この長銀事件の民事裁判所の一番思い悩むところではないか、と思った次第です。

もちろん法が会計慣行を斟酌する、とある以上は、会計原則の適用には柔軟な対応が必要であることを認めているからこそでありまして、なにも会計基準を策定する機関が、法の制定と同様の手続を経ることまで要求しているわけではありません。しかしながら、法と会計基準をまったく同レベルに置くことはできない、といった根本的な法思想に起因して、上記のような判断理由に至ったのではないでしょうか。法と会計の狭間にある非常に深い問題・・・、この問題への司法機関としての意見表明のムズカシサが、この刑事と民事の各裁判所における判断分立を物語っているように思います。

11月 30, 2006 「公正妥当な企業会計慣行」と長銀事件 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年11月29日 (水)

内部統制報告制度と刑事処罰の「現実性」

そもそも「内部統制報告制度と刑事処罰」など、こういったマニアックなブログ以外、どこで扱う問題だろうかと自問自答してしまうほど、ほとんどアクセス数を無視したテーマなのでありますが、やっぱり深く考えてみますと、いろいろと疑問点が湧いてくるわけであります。きょうは、軽めのエントリーでありますので、サラっとお読みいただき、また皆様方にもいろいろとご意見もあろうかと思いますので、「内部統制フェチ」の方にはお教えいただこうかと。

1 なんで懲役5年なのか?

金融商品取引法の施行によって、あらたに罰則付きで行為規範となるものを中心に紹介いたしますと、四半期報告書の虚偽記載と内部統制報告書の虚偽記載については「5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金または併科」(個人の場合)、経営者確認書の虚偽記載については罰則なし、となっておりまして、これは有価証券報告書等の不提出や大量保有報告書への虚偽記載と同等とされております。このうち、四半期報告書の虚偽記載は、そもそも半期報告書の虚偽記載が5年レベルとされているので、これに合わせたことは理解できますし、また経営者確認書の虚偽記載につきましては、有価証券報告書の虚偽記載とほぼ同様の構成要件に該当することになりますので、「二重処罰禁止」の思想によって罰則が賦課されないことも理解できるところであります。それでは、新設される内部統制報告書の虚偽記載については、なぜ5年なのでしょうか?巷間、いろいろな金融商品取引法の解説書が出ておりますし、そういった解説書や、とりわけ私の手元にあります立案担当者の方が執筆された「一問一答金融商品取引法」(商事法務)を詳細に読んでおりますが、その理由はどこにも記載されていません。有価証券報告書等の虚偽記載が懲役10年以下(個人の場合)とされているのは、証券被害者を多数発生させることにおいて詐欺的犯罪(詐欺罪は10年以下)であり、また会社経営者の立場からみると、株主や一般投資家のために果たすべき役割にそむくことにおいて特別背任罪(懲役10年以下)に近いものであるためと解説されていますが、そうであるならば内部統制報告書の虚偽記載も同様の性質をもつものとして10年以下の懲役、とすればいいのではないでしょうか。

いっぽうで、別の見方もできるように思われます。たしか先日公表されました実施基準におきまして、財務報告の信頼性を確保するための内部統制システムに「重要な欠陥」が存在する場合には、そもそも財務諸表監査はできないといった表現があったと記憶しております。そうしますと、重要な欠陥があるにもかかわらず内部統制報告書に「有効」と虚偽記載した場合におきまして、そのまま有価証券報告書が適正証明を受けて提出されていれば、これは有価証券報告書の虚偽記載に該当することになりますよね。これはさきほどの経営者確認書制度において罰則が付されなかったのと同様、二重処罰禁止の原則に該当するのではないでしょうか。もしそうだとするならば、内部統制報告書の不提出については罰則の適用はありえても、内部統制報告書の虚偽記載といった違反行為に刑事罰を付加することは、経営者確認書制度との均衡を失することになりそうです。「なぜ、内部統制報告書の虚偽記載が5年以下の懲役なのか・・・」けっこう、じつは立案担当者の方もよくわからない理由で、このようなレベルに落ち着かせたのではないか、とも考えますが、いかがでしょうか。ただ、いずれにしましても、有価証券報告書の虚偽記載とはその違法性においては半分程度の価値だと法律は捉えているわけですから、このあたりも世間一般における内部統制ルールへの関心と、立案担当者との「温度差」のようなものが垣間見える気がいたします。

2 「内部統制報告書の虚偽記載」で本当に立件できるの?

うーーーん、これもよくわからないですね。「虚偽を記載した」という場合の被告人の「故意」はいったいなにを認識することになるのでしょうか。「経営者の意見表明」といった点におきましては、有価証券報告書の虚偽記載と変わらないのですが、有価証券報告書の場合では「正しい数字を記載していないことを認識しつつ、粉飾した」ということは立件できても、内部統制報告書のおきまして「内部統制が有効でないことを知りつつ、有効と評価した」というのはとても難しい認識ですよね。とりわけ、有価証券報告書に関しては立件しないで、内部統制報告書の虚偽記載だけを立件するといったことは現実に起こりうることなのでしょうか。経営者は「有価証券報告書は正しいものを作った」と考えているし、それを否定する証拠もないにもかかわらず、「内部統制には重要な欠陥があった」と認識していたことなど、実際にありえないのではないでしょうか。そもそも具体的な数字の信憑性とは異なり、「内部統制の有効性評価」といったものは、多分に規範的評価概念であって、罪刑法定主義(刑法の大原則)とは相容れない判断基準ではないかと考えます。「お飾り的」に罰則を付加したもの、とまでは申し上げませんが、果たしてどんな場面を想定して、内部統制報告書の虚偽記載の立件を考えておられるのか、このあたりは具体例を挙げていただき、どなたか詳しい方のご講義を拝聴してみたいと思っております。

いずれにしましても、この10年と5年の差というものにつきましては、法律家の立場から内部統制ルールを検討する場合に好きこのんで「解釈のための材料」として利用(援用?)するはずですから、法律施行に先立って、この「差」をどう合理的に解明すべきか、一度真剣に議論したほうがいいと思いますね。

11月 29, 2006 内部統制と刑事処罰 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月28日 (火)

証券犯罪とペナルティの実効性

「貯蓄から投資へ」を合言葉に、市場の活性化策をいろいろな機関が検討しているところでありますが、どんなに健全化をはかってみましても、(私を含めまして)「証券投資に関する知ったかぶりのできる素人連中」がどんどん参画してくるわけですから、今後は当然のごとく証券犯罪は増えるでしょうし、証券被害者も増えるはずです。自己責任を負担できる一般投資家の数が飛躍的に増えるということは、そういった「知識と経験のある素人」を騙す人達も出てくるでしょうし、また「知識と経験のある素人」さんだからこそ、今度は騙す側、法律を犯す側に回る人も増えることは間違いないと考えます。国策としての「貯蓄から投資へ」という世界が実現された暁には、おそらくインサイダー取引や不正な手段による相場操縦、証券詐欺事件など、いまでは想像もできないほどたくさんの証券犯罪事件が(摘発されるかどうかにかかわらず)増えることは確実だと思われます。さて、そういった犯罪増加を抑止する方法というものが、まさに刑事罰や課徴金制度に期待されているところでありますが、果たしてその実効性はどうやって確保されていくのでしょうか。これまで同様、証券取引等監視委員会によるピンポイント作戦で摘発する、といった方向性は変わらないとは思いますが、ただそれだけですと一件あたりの摘発までの証券取引等監視委員会の労力を考えますと、増え続ける証券犯罪への抑止力というのも限定的なものにならざるをえず、「捕まったほうが運が悪かっただけ」という風潮になってしまって、そもそも証券犯罪を思い留めさせる動機付けにはならないのではないでしょうか。

おそらくこのへんの事情につきましては、有識者の方々も十分承知されていると思いますので、最近の報道されているニュースなどを総合してみますと、増え続ける証券犯罪に対して、ペナルティの実効性をどう確保するか、という点に関する基礎作りが始まっているように感じています。たとえばいつも愛読させていただいているKOHさんのブログで「東日本ハウスに課徴金、虚偽記載で、証券監視委員会」というニュースに触れておられますが、KOHさんがご指摘のとおり、それほど悪質とは思えない事例においても監視委員会は積極的に課徴金処分の勧告を出す風潮が今後は目だってくるのではないでしょうか。これはまず、先日私がブログで申し上げましたように、大きな犯罪を適時的確に調査できるように、「広く浅く、グレーゾーンを敷く」ことにつながります。大きな犯罪の匂いがする場合に、その立証は困難でも、比較的容易に軽微な違法状態が存在すれば、まずその軽微なほうで強制的に調査をして中身を精査して、首尾よく主目的の犯罪証拠を探索する、といった手法であります。こういった手法が健全かどうかは別として、「巨悪は逃がさない」という取締側の有効な手段であることは間違いないものと思います。

また、昨日、インサイダー取引の取次ぎ行為を対象に、監視委員会が大和證券に対する処分勧告を行ったというニュースが報じられておりますが、取次ぎ行為への処分勧告は初めて、ということのようです。東証におきましては、インサイダー取引への監視を強めている、とのニュースが報じられておりました。こういった報道で興味深いのは、刑事罰もしくは行政処分という「ハードロー」の世界のルールの実効性を確保するために、「ソフトロー」の世界を利用するところであります。普通、ソフトローといいますと、自主ルールや社会規範としての「法に強要されない」ルールをいかに実行させるか、といった点が論点になるはずですし、そこに「事実上の強制力」なる概念が用いられることになりますが、ここでは国家権力による強制にもソフトローの世界が利用されることがおもしろいところですね。おそらく証券取引等監視委員会としましては、証券取引所や証券会社による自主的な監視活動の結果を情報として取り込むことで、効率的に犯罪情報を入手したり、また犯罪立件に不可欠な証拠を収集することを検討しているのではないでしょうか。おそらく、今後証券市場における犯罪捜査のための土壌つくりがすこしずつではありますが進むものと予想しておりますし、これは何年もかけて構築されていくものだと思われます。

ただ、業界団体の自主ルールや民間企業の取引マニュアルなどの民間規制に刑事罰や課徴金賦課の対象行為の特定を期待することは、証券市場という特殊な世界のことであるために非常に効果的である反面、その適用場面は曖昧となるために、市場参加者の証券市場活性化のための行動を萎縮させてしまうことも確かだと思います。(事なかれ主義といいましょうか)とりわけエンロン、ワールドコム事件においても揺らがなかったアメリカにおける証券取引所の信頼感と、日本の証券取引所のそれとは大きく異なるものがあるでしょうし、その自主規制部門による判断が果たして刑罰の実効性を高めるために有用なものとなりうるのかどうか、そのあたりはまた続編にて検討してみたいと思っております。

11月 28, 2006 ペナルティの実効性を考える | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月24日 (金)

内部統制監査の「品質管理」

金融商品取引法上の内部統制評価報告制度に関する「公開草案」も公表され、いよいよ草案自体に対する議論も始まるものと思われます。第一法規出版社主催の「緊急内部統制セミナー」では東京、大阪、名古屋で内部統制部会のメンバーの方々が実施基準の解説をされる、ということでして、おそらく満員盛況のセミナーになるんでしょうね。(ちなみに、私も大阪会場分につきまして、早速申し込みましたが・・)

大きな枠組みで申しますと、この制度は金融商品取引法上の「流動性の高い事業型有価証券」に関する企業情報開示制度のひとつ(制度の柔構造化)という位置づけでありますので、金融商品取引法の制度趣旨との整合性を常に考えておく必要があると思います。あたりまえのことかもしれませんが、内部統制を有効と評価するための水準とか、内部統制監査における適正意見表明の最低水準という概念(線引き)をどう考えるのか、これはおそらく実施基準を一読しても明確な回答は出てこないはずです。そういった場合に、やはり法律の制度趣旨とか、金融商品取引法の企業情報開示制度の中に、内部統制評価報告制度を導入した経緯などを参照しながら検討していく作業は今後のステップとしては不可欠だと思います。

たとえば、内部統制評価に非常に厳格に対応する上場企業があったとします。この企業の経営者は、一般に公正妥当と認められる内部統制評価基準に従うと、自社の内部統制には不備があると認められ、その後の不備解消の努力もむなしく事業年度の最終日までその欠陥は補正できず、「内部統制は不備がある」と評価したとします。しかしながら、内部統制監査を担当する監査人は、会計基準にしたがえば有効と判断していい、と考えている、としましょう。この場合、内部統制監査を担当する監査人(監査法人もしくは公認会計士)は、経営者の評価は間違っている(つまり、この企業については、他社の内部統制評価と比較しても、一般に公正妥当と認められる内部統制評価基準によれば内部統制は有効である、と判断される)と意見表明する(つまり、経営者意見について不適正意見を述べる)ことは十分ありうることなのでしょうか?理屈のうえではありうると考えられるでしょうが、さて財務報告の信頼性を確保するための開示情報という観点からみますと、一方で企業が「信用性に問題あり」と述べて、もう一方では監査人が「信用性には問題なし」と述べているわけです。財務諸表監査の場合には、経営者が数字によって意見を表明し、これに監査人が「信用性あり、なし」と意見を出すわけですから、これは投資家の自己責任で判断する材料としては、わかりやすいですね。しかし、数字を出した企業自身が「信用性はない」と言いながら、監査人が「信用性あり」と意見を表明したとしますと、そもそも投資家は開示情報のどれを信用していいか混乱するだけであって、投資家の自己責任の根拠となる企業情報開示制度としては、おそらく不適切なものになってしまうのではないでしょうか。もし今後、証券取引所が、この内部統制評価報告制度の運用を「上場基準」に反映させることになるとしたら、上記のようなケースではどういった取扱をするのか、非常に興味のあるところです。(企業側が信用性に問題あり、といいながら監査人が問題なし、と意見表明した場合に、もし粉飾決算や不正経理問題が発覚しますと、監査人の責任問題はクローズアップされる可能性も高くなりそうですね)

普通に考えてみましても、内部統制監査をされる監査人の方の監査スキルというものは、どこまで信用性があるのでしょうか。これは経営者による内部統制評価報告書に監査証明をつける、というものですから、「開示情報の適正性」に関わる問題として無視できないところだと思います。ある監査人は「甘い」けどある監査人は「厳格である」といった事態が発生する可能性というものは、いくら会計基準の適用のプロとはいえ、これまでの長い歴史を持つ財務諸表監査の場合とは大きく異なるところではないでしょうか。そこで、内部統制監査における「品質管理」を誰が担保して、開示情報としての適正性を確保するのか、といった問題にぶつかるような気がします。たとえば実施基準には「監査人は内部統制監査を行うに当たっては、本基準のほか、監査基準の一般基準および監査に関する品質管理基準を遵守するものである」と記述されております。したがいまして、いわゆる監査基準における「品質管理基準」に監査人が従うことで内部統制監査の品質管理はなされている、とも言えそうです。しかしながら、会社法におきましては、会計監査人の内部統制を監査役が報告を受ける、といった制度が会社法規則において定められております。これは会計監査人への監査役の監督手続を経ることで、第三者に公表される計算書類の適正性が担保される、との考えに基づくものでありまして、事後チェックである品質管理制度だけでは公表数字の適正性は担保できないことを物語っているように思います。これと同様、金融商品取引法における企業情報開示に関する手続の適正を重視するならば、やはり評価報告書が開示されるまでの手続の中で、こういった監査人の内部統制監査のチェックというものも(理屈のうえでは)考えておかなければいけないのではないでしょうか。たとえば、監査役は、その内部統制監査を担当する監査人のスキルについて、監査法人の研修制度や、監査経験などからみて問題なし、と判断する必要がある、といった議論をどこかでしておく必要があるかもしれません。

この実施基準の公開草案を読んでおりますと、全社的内部統制評価と業務プロセス評価の関係とか、IT統制の基本的枠組みとか、内部統制監査とか、いたるところに会社法や金融商品取引法の制度趣旨、導入経緯との整合性から由来する疑問点が浮かび上がってくるようですね。

11月 24, 2006 内部統制監査の品質管理について | | コメント (19) | トラックバック (2)

2006年11月22日 (水)

内部統制報告制度(実施基準公開草案)公表される

(追記 質問回答コーナーを設けております。今回かぎり、ということですんで、著名な「会社法であそぼ」と比較なさらないでください 笑)

金融庁企業会計審議会より、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準~公開草案~」が11月21日、公表されました。

公開草案はこちらです

12月20日午後5時までパブリックコメントを受け付けるそうですので、皆様たくさんコメントを出されたらいかがでしょうか。たしかにコメントをお出しになったからといって、実施基準の中身がガラリと変わるということはないかもしれませんが、解釈指針には影響を与えるかもしれませんし、ひょっとすると皆様のコメントが「実施基準Q&A」のガイドラインの内容に影響を与えるかもしれません。もちろん、私もわからないところがたくさんございますのでコメントを提出いたしますが、これだけ世間で「日本版SOX法」と称され、騒がれてきた基準案ですから、たくさん出せば出すほど、わかりやすいものになるかもしれませんよ。

第14回内部統制部会の資料として提出されていた「公開草案資料」と、第15回部会で確定した「公開草案」とを比較いたしますと、まず「Ⅲ財務報告に係る内部統制の監査」につきましては、資料こそ14回部会で提出されていたものの、監査基準に関する実質審議は15回部会で行われたようですので、まったく変更点はございません。また「Ⅰ 内部統制の基本的枠組み」と「Ⅱ 財務報告に係る内部統制の評価及び報告」部分につきましては、段落整理記号の付記部分を含め合計17箇所の変更点(削除や追加付記など)がございます。変更点のほとんどが前後の文章との整合性を維持するための字句の修正や、趣旨が不明確な部分の明確化など、あまり大きな変動はみられないものの、2点ほど留意すべき点があるように思います。

そのひとつが、内部統制の基本的要素とされている「統制環境」に含まれる「経営者の意向及び姿勢」であります。経営者不正が最も財務報告の信頼性毀損に影響を与えるという趣旨からでしょうが、財務報告の信頼性確保のための内部統制整備運用に関して、経営者はその重要性を認識する意向を示し、その整備運用の基本方針や基本原則を明確にし(おそらく文書化するということだと思われます)、これを組織の内外に適切に伝えることが要求されています。会社法上も内部統制システムの整備運用に関する基本方針の決定義務が会社法上の大会社には要求されておりますが、上場企業の財務報告に係る内部統制評価報告制度におきましても、同様の開示が要求される、ということになるのでしょうか。ちなみに、「公開草案資料」(財務報告に係る内部統制構築のプロセス部分)の段階では「経営者が定めるべき基本的計画および方針」として、「組織にとって構築すべき内部統制の範囲及び水準」とされておりましたが、ここの文言も「適正な財務報告を実現するために構築すべき内部統制の方針、原則、範囲、及び水準」と訂正されております。この経営者による内部統制構築における基本方針、原則の明確化の意味につきましては今後いろいろと議論されるのではないかと推測いたします。

もうひとつが、このブログでも何度か議論してきました(基本的枠組みのなかにおける)「内部統制の限界」に関する記述追記部分であります。第14回資料に掲載されていた公開草案資料のこの部分を読みましたが、「内部統制を無視ないし無効ならしめることと、正当な権限を受けた経営上の判断により内部統制を逸脱することとは明確に区別される必要がある」との部分は、いったい何を記述しているのか理解困難だったのですが、この部分が「すなわち」として解説が施されておりまして、以前よりは少しだけ理解が進むようになりました。(ただ、付記されたといいましても、これだけでは内部統制の限界がいったいどこにあるのか、明確になったとは言いがたいようです)

なお、IT統制に関する基準についてはほとんど変動はないようです。コンプロさんもおっしゃっているように、今後いろんなコメントが出されて、金融庁からどのような回答が出されるのか、私も楽しみにしております。

(11月22日深夜 追記 質問コーナー)

ある法学部の学生の方よりご質問を受けました。(以下質問内容)

会社法の内部統制と金商法の内部統制について2つ質問したいことがあります。ブログのコメントで書こうと思っていたのですが、話題が変わってしまっていて書きそびれたのでメールで質問しました。

 まず、金商法の内部統制の根拠規定についてです。金商法の内部統制は会社法の内部統制の一部というのが実施基準に書かれていたと思うのですが、とすると金商法の内部統制構築義務の根拠規定は362条4項6号となるのでしょうか。このように考えると、大会社でない上場会社は会社法の内部統制義務がないので金商法の内部統制義務もないということになると思うのですが。
 次に、仮に金商法の内部統制の根拠規定が362条4項6号とすると、金商法の内部統制は会社法施行規則100条1項のどの号にあたるのでしょうか。
 突然の質問で失礼極まりないのですが、どうかご教授お願い致します。

そもそも会社法における内部統制の構築(会社業務の適正を確保するための体制整備)義務というものにつきましては、362条4項6号に求めるというのがすこし違うのではないでしょうか。(4項6号は、もし会社が内部統制の基本方針を定める場合には、いわゆる専権事項として、これを取締役会で定めなければならない、つまり個々の取締役に委任してはいけない、ということを明らかにしたものですね。これは大会社に限られるものではありません。なお、大会社が基本方針の決議をする義務は5項となりますが、これもなんらかの決議をする義務であって、内部統制構築義務とは異なりますね。)大和銀行事件の判決は旧商法のもとで取締役、監査役らに対して(一般論ではありますが)内部統制システムの構築義務があるとしておりますように、内部統制の構築義務そのものにつきましては、取締役、監査役の会社に対する善管注意義務の一貫として認められると考えるのが筋だと思います。ちなみに362条4項6号につきましては、大会社の場合には内部統制システムの基本方針について決議する義務と考えられておりますので、大会社以外の株式会社におきましても、やはり内部統制を構築すべき義務、というもの自体はその善管注意義務の範囲内において認められるものと考えられます。

たしかに、このたびの実施基準におきまして、会社法上の内部統制と金商法上の内部統制評価報告制度との融合についても「ある程度」の配慮がなされているとは思いますが、一方は企業情報開示に関する制度であり、一方は企業の効率性やコンプライアンス経営、リスク管理のための制度として作られたものですから、金商法が完全に会社法上の内部統制制度の一部である、とまではいえないものと思います。(もし完全な一部であるとすれば、監査役における相当性の判断が、この内部統制評価報告制度すべてに及ぶということになりますが、このたびの11月20日公表の資料→公開草案における若干の訂正部分のなかに、「会社法上では」と付記して、監査役の相当性判断の及ぶ範囲が会社法上の内部統制に関するものに限定されることをあえて明文化している箇所があります。そのことからも、両制度が完全には包摂関係に立たないことを示していると考えられます)ただ、私自身、このあたりはまだ十分整理された議論がなされていないと思っておりますので、またエントリーのなかででも、触れていきたいと思っています。

11月 22, 2006 内部統制報告実務(実施基準) | | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年11月21日 (火)

社外取締役の辞任と適時開示

きょうは皆様方より、いろいろなご異論を頂戴しております。(どうもありがとうございます)とりわけコンプライアンス・プロフェッショナルさんのご意見につきましては、「マスコミの反応、もしくはマスコミの誘導と企業のレピュテーションリスク」といった新たなクライシスマネジメントに関連するものですし、問題の性質上、報道機関はあえて論点としては採り上げないものでありましょうし、これは私もかなり興味のあるところですので、また別の機会にきちんと検討したいと思います。(たしかに先日の郷原教授の講演におきましても、この点を教授が問題にされていましたよね)

さて、先週来、ちょっと気になっておりましたのはカタログ販売で有名な株式会社ニッセンの社外取締役2名が(来年2月9日付けにて)辞任する、といった開示情報が11月17日に公表されたわけでありますが、この情報を受けて、かなりニッセンの株価が下落しております(11月20日現在)。ニッセンの公表情報によるとおふたりとも「一身上の都合により」辞任する、というものでありますが、日経ニュースなどによりますと、ニッセンの子会社である信販会社の引当金問題(過払い金訴訟へ備える)や、業績不透明な時期における自己株買い推進への意見対立などが噂されているようです。(日経関西ニュースその1 その2)今年に入って「社外役員」がニュースとして話題になりましたのは、太陽誘電の社長追及、村上ファンドによる阪神電鉄社外取締役の続投指名、北越製紙社外監査役らによるポイズンピル発動勧告などございましたが、それらに次ぐ話題かと思われます。おひとりは投資ファンドの代表者の方ですし、もうおひとりは企業法務で著名な法曹でいらっしゃいますから、上場企業における社外取締役の役割というものは私なんかより、よほど精通していらっしゃると思いますが、あえて同じ「社外役員」としての立場から申し上げれば、たとえ「一身上の都合」であったとしましても、株主、一般投資家への説明責任というものは果たす必要はないのでしょうか?これは適時開示ですよね?適時開示の性格上、巷で辞任に関する憶測が流れたり、株価が急に動き出したような場合には、せめて憶測を否定したり、ノーコメントを貫く理由を説明したり、といった対応は必要ないのでしょうか。(ちなみに東証の適時開示に関するガイドラインによれば、社外取締役が辞任する場合の対応というものは掲載されていないようですが)このブログでは過去にも社外取締役の説明責任ということを検討いたしましたが、おおむね①経営者のアドバイザーとしての役割②専門家としての株主への説明責任を果たす役割③株主意思の代弁者としての役割、といったところでして、この経営アドバイザーという立場を重視するものでありましたら、「一身上の都合」程度の説明で辞任する、というのもごくあたりまえのようですが、②もしくは③の役割を重視する立場からしますと、おふたり一緒にお辞めになる、ということもあわせ考えますと、なんらかの説明が必要になるのでは・・・と(すくなくとも私は)考えてしまいます。

ニッセンの業績の急上昇を支えた功労者である方がお辞めになること、将来の収益向上が不透明な時期に自社株買いを続けること、引当金計上に関する経営陣の意見対立が生じたこと、10月19日に元従業員らが大阪地裁に「売上不足を理由に呉服を買わされた」としてニッセンと子会社である信販会社を提訴したこと等、株価に影響を与えそうな事実がいくつも存在するわけでして、こういった時期に社外取締役を辞任される場合には、なるべく株価に影響を与えないように「沈黙を守る」べきなのか、それとも様々な憶測によって株価が乱高下しないようになんらかのメッセージを公表すべきなのか、そのあたりはどう考えるべきなのでしょうか?(そもそも、功労者退任という事実以外の情報からすれば、社外取締役が辞任するといった事実とは関係なくニッセンの株価が動いている、ということも考えられますが)今後も社外役員は日本の上場企業には増加することが予想されますし、社内の経営陣と意見対立した場合の社外取締役の会社に対する善管注意義務、もしくは忠実義務の履行方法としては何が正しいものなのか、(辞任という方法も含めて)考えるべき問題ではないか、と思います。以前、ある社外取締役に関する研究会に参加した折、私が「企業不祥事を発見して、その不祥事の処理方針で経営陣と対立した場合、その会社と長くお付き合いしてしまったら、辞任はするけれども、不祥事を自ら世間に公表するのはちょっとなあ」と意見を申し上げたところ、現任の社外取締役のおひとりから「キミ、そんなこと言うなら社外役員になる資格はないよ!」とエラク怒られた経験がございます。というわけで、私個人の意見としましては、せめて「ノーコメント」を貫く理由もしくは、どういった一身上の都合なのか、もう少し説明が必要なのかな、たとえ会社側の適時開示だとしても、辞任する社外取締役の意向を盛り込んだ情報開示が必要なのではないか、と思いますがいかがでしょうか。(現にこれだけ株価が急落しているわけですから。)もう少し、適時開示に関するルールが進んでいくと、逆にノーコメント自体が、なにかのサインとして受け取られる時代が来るような予感もしますが。

11月 21, 2006 社外取締役・社外監査役 | | コメント (5) | トラックバック (0)