企業結合規制(独禁法)と企業価値
たいへんありがたいことに、最近は法学部や法科大学院の先生方にも、このようなブログを閲覧していただいているようでして、一昨日の「内部統制と談合問題」(注記部分)のように、ちょっとしたご意見やご指摘をメールで頂戴する機会も増えました。証券取引法(金融商品取引法)分野なども、よく論稿を紙ベースで出しておられる先生や実務家の方にご意見を頂戴しておりまして、とりわけ「大証副理事長」さんの刑事事件のエントリーなども、高裁判決が公表された時点におきまして、またそういったご意見などをもとにもう少し深く掘り下げて検討してみようかと思っております。
さて、きょうは昨日に続いて独占禁止法関係のエントリーになってしまいますが、もともと独禁法は信託法と並んでとてもムズカシイ法律学だ、という印象を持っておりまして、あんまり勉強もしたことがないのですが、いよいよ来年からは新司法試験にずいぶんと多くの合格者を輩出している法科大学院の兼任教員をさせていただくこととなりましたので、関連法もある程度は勉強しとかないとマズイよなぁ、と思っております。(あっでも、大阪地裁の商事部で独禁法関係の訴訟はけっこうやってたりはしておりますが・・・、結局、体系的に勉強したことがないんですよね、これが。)他の実務家教員の顔ぶれをみましても、関西の大きな法律事務所の「プリンス」みたいな人ばっかりで、個人事務所の弁護士というのは私ひとりみたいでして、「つとまるかなぁ」と一抹の不安もよぎります。ただ年間にたくさんの授業料を払って真剣勝負で通学されている方々に恥ずかしくないプロの演習(ゼミ)をさせていただくようこちらも真剣勝負でやっていきたいと思っていますので、また来年あたり、このブログでもロースクールネタが増えるかもしれません。
長い前フリのわりには、本論はたいしたことはないネタなのですが、今朝の日経新聞の記事に「企業合併審査 シェア基準50%に緩和を」という見出しで、経済産業省が企業結合規制に関するガイドライン独自案を策定して、これを公正取引委員会に提出する、とのことが書かれておりました。合併の場合と株式保有による企業提携の場合とでは、公正取引委員会の現行指針も異なるわけでありますが、いずれにせよ、自民党が「企業統治に関する委員会」を立ち上げる予定のようで、経済産業省案はそこに「企業結合審査指針独自案」を提出して、それが政府与党のたたき台になる予定とのことです。私はこういった独禁法の専門家ではありませんので、いつもながら素人的な疑問しかわいてこないのですが、またまた「企業価値」との関係で非常に素朴な疑問を抱いております。たとえばこのたびの明星食品に対する日清食品の友好的TOBが予定されておりますが、なんとコントロールプレミアムが31%ということでして、一株870円で買い付けを行うとのこと。日清食品の社長様は、記者会見において「カップめんという一定の取引分野におきまして、51%の占有率となりますが、独禁法違反にはならないのでしょうか」との質問に「インスタント麺類全体で考えれば占有率は14%だから違反にはならない」と回答されておられました。うーーん、たしかに理屈はそうかもしれませんが、そんな厳しい競争が待っているのであれば、明星食品と資本提携(子会社化)しましても、そんなに企業価値(シナジー効果)が上がるというわけではないのでは?競争は確保されているのに、なぜ支配プレミアムを30%以上も乗せた価格で買収できるのでしょうか?これ、私ではなくても、日清食品の株主であれば、普通に発想される疑問ではないでしょうか。こういったケース、明星食品社以外の場合でも同様だと思うのですが、シナジー効果を株主に説明しなければいけない一方で、公正取引委員会には「競争状態は変わりません」と説明することに二律背反の関係は成り立たないのでしょうかね。
ちょうど「旬刊経理情報」の最新版(11月20日号)におきまして「クローズ・アップ M&Aのシナジーを実現させる事前検証の留意点」という記事が掲載されておりまして、ビジネス・デューデリジェンスのプロセス図をみてみますと(62頁)、まずは外部環境に関する調査が前提になっております。その外部環境に関する調査事項として、市場・業界に関する調査、競合状況に関する調査、顧客動向に関する調査、調達市場に関する調査とありまして、これはいずれも「競争制限」に関わる調査内容だと思われます。こういった調査をもとに内部要因に関する調査や投資回収に関する検討に進むものと解されますが、そうであるならば、やはり市場寡占状態になって、利益独り占めがある程度可能になるからこそ、企業価値アップ(シナジー効果の向上)につながる、というように読めます。しかしながら、そもそもそんな独り占めによる企業価値アップ、ということであれば、やはりシェアが50%を超えるような資本提携はかなり独占禁止法上で問題になると思いますし、輸入品が多く参入している市場であって、国内寡占だけで独禁法違反状態と認定されることがないとすれば、やはりそのこと自体が将来収益には大きな影響をもたらすはずでありましょうから、安易にシナジー効果が発生する、ということもいえないような気がします。もし市場での競争制限とは無関係に30%のプレミアムを支払うだけの企業価値向上の要因があるとすれば、むしろそのところを強調して株主に説明すべきでしょうし、先の経済産業省の独自案策定にあたりましても、競争を制限しないけれどもおおいに企業価値を向上させるのはどういった企業結合を指すのか、明確にしていただけたら・・・と思います。このあたり、日常のお仕事でM&Aに関わっていらっしゃる方がおられましたら、また(私を含め)素人衆にもわかるようなご説明をいただけたら幸いです。
(11月19日追記)
最新号の旬刊商事法務(11月20日号)に、実務家の方によるデラウエア州におけるポイズンピル最新事情が紹介されていますが、これめちゃオモシロイですね。「アメリカでは・・・」といった一括りの議論はできないようですね。たしかにピルが発動するケースというのは希少かもしれませんが、ピルをめぐってこれだけ関係者が動くわけですから、まさに防衛策は身近な存在ですね。著名な学者さんが原告になって提訴する、ということはけっこうあるのでしょうか?司法と市民との距離というのは、各国によって違うのかもしれません。そう考えますと「裁判員制度」は本当に日本に根付くのかなぁと、少し不安になってきますが・・・
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コメント
こんばんは。
素人の身ではありますが、僭越ながら一言。
①独禁法(公取委)は「国内市場」しか対象にしません。他方、企業はグローバルに事業活動を展開し、必ずしも収益(企業価値)の源泉を「国内市場」のみに求める訳ではありません。こういった企業活動の実態と、それを規制する規範があくまでも国内法に過ぎないという実態との乖離というか埋めがたい溝というか、そういうものがありますよね。各国競争当局の協力(二国間条約など)とかOECD・WTOの部分的な統一ルールはあるものの、エンフォースメントを含め限界はあります。
②独禁法上の判定をする際の第一歩として、「市場の画定」というのがありますが、これがなかなか一筋縄ではいかないですね(特に「製品市場」)。日清・明星のケースでも、「即席めん市場」で一括りにされるのか、「カップめん市場」が括り出されるのか、更には「カップラーメン市場」が括り出されるのか、諸説ありそうです(本件は既に決着済みかもしれませんが)。
③結局、公取委も既に(公式には)自認していますが、(国内市場の)シェアだけで「競争上の効果(制限的か促進的か)」を測定するというのは、企業活動の実態から相当程度ずれているのではないかと思います。
④他方、(合併に至らない)企業結合により狙う「シナジー効果」というのは、人材や技術、調達先、販路等、場合によってはブランドを相互に活用することにより、弱いところを補完、強いところを更に強くするということかと思います。これが、「国内」の、かつ区分の明確な、あるいは非常に狭い「製品市場」のみを対象にした企業の場合なら、先生が提示される疑問もおっしゃるとおりなのでしょうが、通常はもっと広い「地理的市場」と区分のあいまいな曖昧な「製品市場」を対象にしています。
⑤従って、「競争制限的にならない(独禁法上問題にならない)こと」と「企業価値を向上させること」とは、通常は何ら矛盾するものではないと考えます。
とは言え、企業結合のプランニングにおいて、独禁法(公取委行政)が”邪魔”になりがちなのは、実務の感覚としては確かにあるとは思います。
投稿: 監査役サポーター | 2006年11月20日 (月) 00時32分
監査役サポーターさん、またまたご教示ありがとうございます。
ただ、明日(月曜日)、監査役を務める会社の中間決算の関係で、メチャメチャ早く起きないといけないもので、また明日の夜、きちんと理解できるように吟味させてくださいませ(笑)すみません。。
投稿: toshi | 2006年11月20日 (月) 00時55分
独禁法は、国内のみにて適用されるので、「市場の画定」は国内でのことと一般に考えられているようですが、果たして本当にそうなんでしょうか?
公取委の方は、考え方を変えてきているのではないでしょうか。市場がグローバル化してきている時代にあって、公取委もいつまでも国内市場だけで市場の画定を行っているとは考えにくいのですが・・・
経済産業省の考え方の公表に近い形での報道記事は、公取委の考え方に変化ありと捉えているのではないかと推測しています。深読みしすぎかもしれませんが。あるいは逆に抵抗が強くて、世論をバックにして交渉しようとする戦術かもしれませんが。どちらなのかは、実はよく分かりません。
いずれにせよ独禁法の考え方も世界市場の中にあるというスタンスを取らざるを得ない時代になってきているのでしょう。それにしても、独禁法の考え方は、欧米各国と同一にして欲しいですね。国によって違えば、企業活動はグローバル化しているのに、規制当局とそのたび毎に交渉していくのも大変です。
>toshiさん
商事法務の星先生の文章は、専門家でないとその面白さは分からないでしょうね。難しいというのが一読した正直な感想です。読者としてプロのみを対象として書いておられるようですね。
投稿: こうじまち | 2006年11月20日 (月) 12時34分
どうもです。
私も星弁護士の「最新事情」わからんかった。
内容が難解というよりも、横文字が多くて、専門家以外は
理解できないように思えた。
むしろ梅本教授の新株予約権の解説のほうがためになったような。
しかしいつも更新が頻繁でものすごいブログですな。ここは。
ご苦労様です。
投稿: unknown | 2006年11月20日 (月) 14時12分
公正取引委員会が、国際競争を含めて「国内における競争制限の程度」を考慮するようになったことは間違いないようです。輸入品が市場で占める割合が10%を超えるかどうかによって、競争制限の基準を異にするのが最近の情勢ではないでしょうか。執行力は別として、外国法人に対する独禁法の域外適用ということも問題になりますよね。
ただ、これも監査役サポーターさんがご指摘のとおり、「取引分野」をどう考えるのかによって、一様ではないと私は思っております。輸入品の市場に占める割合が極端に少ない分野でしたら、国内基準がまだまだ通用すると思いますし、国際基準のようなものは不要なのではないか、そもそももっと取引分野を細分化すれば、違った見方も出てくるのではないか、といったことも議論されていいと思います。
ただ、いずれにしましても、企業価値の向上と競争の存在、という点につきましては、競争規制だけで企業価値は決まらないということであったとしても、その理由はわかりやすく説明していただきたい、と思いますし、ぜひ理解しておきたい論点ですね。
>unknownさん
梅本先生の論稿、まだ読んでおりません。
また、読み終えましたら、なんらかのコメントを差し上げたいと思っております。またご感想なども頂戴できましたら幸いです。
投稿: toshi | 2006年11月21日 (火) 02時59分
今日(11月21日)日経朝刊の11面に公正取引委員会委員長のインタビュー記事があり、「合併審査指針に米国式導入も」との見出しで輸入品との競争や海外市場も含めたシェアを考慮すべきかどうか、委員長のご意見が掲載されております。ご参考まで。
投稿: toshi | 2006年11月21日 (火) 13時47分
こんばんは。
先日の私の書込みが少々誤解を招いたようですので、少々言い訳させて下さい。
>独禁法(公取委)は「国内市場」しか対象にしません。
この部分が、「公取委は、輸入品との競争状況や輸入圧力、国際的な又は海外市場での競争状況を考慮しない」と受け取られたのかもしれませんが、真意はそうではありません。
私が言わんとしたのは、「国内法である日本の独禁法を執行する日本の行政機関である公取委は、論理必然的に国内市場しか対象にしない(できない)。」ということです。いいとか悪いとか、あるいは公取委は怪しからんとかそういうことでは全くなく、所与の前提だということです。ただ、所与の前提とは言え、企業活動の実態からすると、何とも具合が悪い、ということなのです。
先生ご指摘の竹島委員長インタビュー記事も、「(地理的)市場の画定」は「国内市場」とした上で、そこでの競争状況に与える影響度を測定する「考慮要素」として、「輸入」とか「国際的競争状況」を「勘案」することもある、ということを言っているに過ぎないものと理解します。
特に、「世界シェア」なんてのは、竹島委員長のご発言からも伺いしれるように、極めて限定的なケース(製品市場)でしか考慮しないのではないかと思います。
(最近のケースでは、昨年の「ソニー・NECの光ディスクドライブ事業の統合」のケースで、「世界シェア」を考慮したようです。)
なお、この点については、やや旧聞に属しますが、事務総長は定例記者会見で、以下のように発言されています(出典:公取委HP)。
http://www.jftc.go.jp/teirei/kaikenkiroku060607.html
<以下引用・・・>
(問)ガイドラインの見直しといいますのは,世界市場も踏まえた上でのガイドラインの見直しというよりは審査基準があいまいだという批判もあるが。
(事務総長)そこはですね,国際的に競争が行われていれば,それは考慮される仕組になっていまして,日本市場を中心に,日本との輸出入,それから,外での競争状況等も見ますので,実際に世界と異なることをやっているとはちょっと思いません。世界市場というのがないのかというと,それはあり得るし,我々は,特に物ではなく技術の取引というのは,世界市場で行われているだろうというふうに思います。あと,世界的調達をやっているものですね。どこで使うかを問わず,地域を問わず調達しているような特殊なものというのがありまして,それはそれで判断しています。マーケットがどこであるかというのも,まさに当該財の特質が大きく左右するわけです。企業からすると,世界で厳しく競争しているのだから,日本でシェアが高くなったりしてもいいのではないかということだと思うのですが,そうであるならば,ちゃんと競争しているデータを示せればそこは判断できます。
<・・・以上引用>
要するに、主張責任・証明責任はいずれも企業側にあるということなのです。「考慮要素」に過ぎない以上当然ですね。(が、これがものすごく難しい・・・)
投稿: 監査役サポーター | 2006年11月21日 (火) 23時39分
公取委委員長いわく
欧米では、統合の可否を1社のシェアの増減ではなく、上位企業の市場寡占度を示すHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)を使って判断している。日本もHHIをシュアの基準と並行して合併審査基準に採用しているが、国際的な業界の再編や競争に対応するため、判断基準をHHIに一本化することを検討している
ようですね。
投稿: marubiz | 2006年11月24日 (金) 11時37分
監査役サポーターさん、marubizさん、ご教示ありがとうございます。
公取の判断基準というのも、これまでよく考えたことがなかったものですから、一度こちらの分野でもエントリーを挙げてみたほうがよさそうですね。
もうすこし勉強してから、また検討してみたいと思います。ご専門の先生方とはすこし違った観点から提示するほうがおもしろそうですね。
投稿: toshi | 2006年11月28日 (火) 03時17分