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2006年11月14日 (火)

インサイダー規制とコンプライアンス

先のエントリーでも少し触れましたとおり、先週土曜日に郷原教授の関西講演会に参加させていただいたのですが、そのお土産に季刊誌「コーポレート・コンプライアンス」のバックナンバーから最新号までいっぱい頂戴してきました。最新号の第8号では「証券取引法から金融商品取引法へ」というテーマが特集になっておりまして、そのなかで郷原信郎教授の「村上ファンド事件を通して考える金融商品取引法(証券取引法)」なる講演録が掲載されております。(関西講演のなかでも、この話題について解説しておられました。講演内容をあまり詳細に紹介するのはマズイかなぁと思っておりましたが、こうやって文書で公開されておられるようですので大丈夫のようですね)

この村上ファンドのインサイダー疑惑が毎日のように報道されている頃から、郷原教授は村上氏の一連の行動についてはインサイダー規制に関する構成要件(証券取引法166条)を適用するのではなく、むしろ証券取引法上のバスケット条項である157条1項で規制(捜査、公判維持)すべきである、といったスタンスで新聞に意見を述べておられました。

第157条  何人も、次に掲げる行為をしてはならない。
一  有価証券の売買その他の取引又は有価証券指数等先物取引等、有価証券オプション取引等、外国市場証券先物取引等若しくは有価証券店頭デリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること。

今回の村上氏の行動をインサイダー取引に関する166条で網をかぶせようとしている捜査手法への意見として、郷原教授は「重要事実の決定の時期」に関する構成要件該当性に疑問を投げかけておられ、これはかなり説得的な内容であります(詳しいところをお知りになりたい方は、前記コーポレート・コンプライアンス第8号をご覧ください)ただし、だからといって村上氏の行動が刑事処罰の対象とならない、というのではなく、堀江氏をそそのかして高値でニッポン放送株を売り抜けた行動全体を捉えて、先の157条1項を適用すべし、というものであります。ただ、私のような一般の刑事弁護の経験が長い弁護士からしますと、構成要件があいまいなうえに、被告人の故意を間接事実のみから立証しなければならない経済犯罪としては、157条1項を適用するのはかなり公判維持がキビシイのではないか、と思われますし、もっと端的に166条を維持しようとする捜査機関の真意はほかにあるのではないか(つまり村上氏を157条1項で有罪にしてもおもしろくない理由がある)と考えております。

「虚偽の風説・偽計取引」と「インサイダー規制」の2点セットの有用性

ライブドア刑事事件では「虚偽風説、偽計取引」で立件し、村上ファンド事件では「インサイダー規制」で立件して、いずれも有罪に持ち込むことができるとしますと、取締機関側からすれば(誤解をおそれずに言えば)、証券市場における関係者の行動を「一般的な違法状態」に陥れることが可能になります。つまり「うさんくさいことをやっていると思われる人達」が、原則的には偽計取引やインサイダーなど、基本的には違法なことを恒常的にやっている、という状態にしておくほうが(取り締まる側にすれば)のぞましいわけです。ただし、そういった違法状態すべてを取り締まるわけには(捜査体制には限りがあるでしょうから)いきませんので、投資家に大きな被害をもたらすような企業が出てきたり、市場機能の健全性を大きく損なわせるような行動が目に付く連中を「捜査機関の自由裁量によってピックアップして摘発できる」体制を整えることが本来の目的だと思われます。たとえば、本来の捜査機関の目的が、大型の粉飾決算事件だったり、企業トップの商法違反事件としての立件だとしますと、その前提として比較的立件が容易な証券取引法違反で強制捜査をかけて(つまり別件で身柄を拘束、捜索差押をして)本来の事件の捜査へ持ち込む、とか、たとえそこまでいかなくても、捜査機関に対して挑発的な行動にでる市場参加者をみせしめ的に摘発する、といった手法をとりやすくしたい、というのが本当のところではないでしょうか。もし157条1項で村上氏を有罪に持ち込めても、この157条1項で起訴するためには、かなり大掛かりな捜査をしなければいけませんし、また無罪となるリスクを背負うということになりますと、そういった捜査機関による「立件すべき事件の選択」というに用いることは困難であります。できれば「摘発することで社会的に意義のある事件」をピンポイントに狙って捜査できるほうが、捜査する側からみても効率的なはずです。

捜査機関が「違法状態」を利用できる企業環境

私のように風俗関連企業の顧問弁護士の経験をもつ弁護士(注 いまは他の仕事で忙しくなってしまったんで、やっておりませんが・・・)からしますと、警察行政というのが、まさにこのピンポイント作戦を多用する舞台だと思いますね。たとえばちょっと目立った行動でマスコミや一般顧客に注目される「ファッションヘルス」が登場したとする。すると近隣住民や風俗産業撲滅グループより「なぜ警察は取り締まらないんだ!」と警察がお叱りを受ける。「ハイハイ、わかりました」ということで、行政処分、刑事処分でそのファッションヘルスに圧力をかけ、業務停止60日(実質的には廃業)とする。もともと(全部とは言いませんが)風営法や旅館業法、消防法その他行政法規のどっかにひっかかって、違法状態を抱えつつ営業をしている業界ですから、警察としては、「あれ、オタク裏口の階段の踊り場の面積がすこし足りないよ。じゃあ行政処分ね」「あれ、従業員名簿の形式が警察指定と違うみたいよ。じゃあ行政処分」みたいなところから始まるわけです。ほかのお店も似たり寄ったりであるにもかかわらず、ピンポイントで摘発をして、「ハイ、このとおり社会の害悪を摘み取りました」として一件落着となるわけであります。これは風俗の話とは別ですが、たとえば先日のイーホームズの藤田氏や、木村建設の篠田氏の刑事裁判におきましても、耐震偽装とはまったく別の「見せ金」(電磁的記録不実記載罪)や「粉飾決算」(建築基準法違反)で捜査しておき、最終的には耐震偽装に関する立件をめざす、といった手法も同様であります。明らかな別件による捜査であったものの、検察側はそれぞれの公判において見せ金や粉飾が「耐震偽装事件につながっていった」と論告しておりましたが、裁判所からは見事に「見せ金」や「粉飾」と耐震偽装とは「因果関係がない」と指摘されておりました。「見せ金」や「債権者に信用してもらうための粉飾」が「業界のどこもやっているほどの違法状態に至っている」とまでは申しませんが、なかには内心ドキっとされていた経営者の方もいらっしゃるのは事実であります。

おそらく、「規制緩和」「事前規制から事後規制の社会へ」「小さな政府」といった世の中の流れから考えますと、今後とりわけ証券市場の規制におきましては、こういったピンポイント作戦による市場規制はさかんになるものと思われます。一般企業におきましては、まずこういった「恒常的な違法状態」の網にひっかからないこと、これが企業コンプライアンスの要諦であると考えております。先の郷原教授のご講演における言葉をお借りするとすれば、日本の企業不祥事の特徴は「カビ型」であり、構造的なものだそうであります。会社のため、組織のため、そして業界慣行のため、といった名目のうえで倫理に悖る行動に出るということで、その環境を変えなければ企業不祥事はなくならない、とのこと。そうであるならば、なおいっそう、企業の構造的な違法状態の存否について、全社あげて一掃するくらいの気概を持たねば、ピンポイント作戦には抗えないのではないでしょうか。

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コメント

「コーポレートコンプライアンス」は第一号から読んでいますが、最新号は1ヶ月前に届いており、そういえば「金融商品取引法」の特集のようなものが出ていたなあ、と思い出して書棚から取り出して読み直しました。おおむね、郷原先生の文章には賛同いたしますが、「カネを集める過程で、その理念を捨てざるを得なかった、そういう宿命にあった」という表現には少し違うなあという感じを持っています。
村上氏の資金はあくまでも「ファンド」であります。いくら「株主価値の向上」、「株主を向いた経営」、「経営者の覚醒」というような理念をうたい理路整然とした議論を展開しても、ファンドの組成そのものの目的が株式売買益の実現ということであり、ファンドマネージャーへの報酬は売買益の20%(?・・・通常のケース)でそこにインセンティブがありますので、初めから齟齬があるわけです。「宿命」ではなく「齟齬」なのです。
ファンドをどのように説明しようとも、基本的には出資者から投資期間限定での高い運用利回りを期待して組成されており、つまりは必ずエグジットを必要とする株式投資に過ぎません。その株式投資の手法の一つとしてM&Aの手法を利用しているだけで、いうなればこれはM&Aの亜流なのです。
そういう意味で、宮内氏の「キミは企業統治のエバンジュリスト(伝導師)なのか、ビジネスマンなのか」という問いかけは、村上氏の行動を変革させるきっかけを作ったものと今からは思える次第です。
ところで、toshiさんの推測されている、検察側があくまでも166条にこだわる理由というものは何なのでしょうね。興味と関心のあるところです。

投稿: こうじまち | 2006年11月14日 (火) 19時33分

>toshiさん
よく考えてみると、ホリエモンがやったのは「株集め」ですから、167条のほうですね。多分・・・

投稿: こうじまち | 2006年11月16日 (木) 18時08分

>こうじまちさん

記述が不正確だったようです。ご指摘ありがとうございます。本件については証券取引法167条1項、証券取引法施行令31条違反ということになると思います。本エントリーの趣旨として、インサイダー取引に関する166条が取締法規として一般化するのではないか、という点を記述したかったものでしたが、誤解を招く表現でした。
なお、本日、村上氏の刑事事件について第2回の公判前整理手続が行われ、第1会公判が11月30日と決まったそうです。報道で否認の理由をみるかぎり、郷原先生の説(資金調達方法が明確に定まっていない時点における株式買い集めの意思決定は、は重要事実の決定を知ったものとはいえない)によるところのようですね。

投稿: toshi | 2006年11月16日 (木) 21時51分

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