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2006年11月16日 (木)

内部統制監査の相当性判断(2)

会計監査人設置会社におきまして、監査役が会計監査人より計算関係書類を受領した際に、会計監査人の監査の方法または結果を相当でないと認めたときはその旨およびその理由を内容とした監査報告を作成しなければならない、とされています。(会社計算規則155条2号、156条2項2号)もちろん、これは会社法監査における監査役の「会計監査人の監査方法、結果に対する相当性」を判断することの根拠条文でありますが、それでは証券取引法(金融商品取引法)上の財務諸表監査、内部統制監査に対する監査役の相当性判断、という概念は成り立つのでしょうか?これまで、金融商品取引法における企業情報開示の問題と監査役の役割との関係、という論点はあまり議論されてこなかったように思います。筑波大学大学院の弥永真生教授も、「現在の証券取引法の下で、監査人と監査役・監査役会・監査委員会との連携がどの程度要求されると解すべきか、監査役・監査役会・監査委員会が有価証券報告書などに関連してどのような職務を行うべきかについては、必ずしも、十分に議論がなされてきたとはいえないように思われる」と述べておられます(月刊監査役11月号№519 14頁)。したがいまして、先日の酔狂さんのご意見のように、「内部統制監査について、その方法や結果の相当性を監査役が判断することはできるのだろうか」という疑問は、よく考えてみますと検討に値する論点ではないか、と(現在は)思ったりもしています。なお、誤解のないように申し上げておきますが、今回の検討の目的は、内部統制監査を監督する権限が監査役にあるのか、といった優劣を決めたいといった趣旨からではなくて、先の弥永教授が指摘されているような、金融商品取引法上の監査人監査と監査役との連携はいかにあるべきか、といったところをマジメに考えてみたい、といったところにあります。

そこで、こっから先は弁護士でありながら、会計士さんの「監査論」の領域に踏み込んで、オリジナルな考えを展開することになりますので、おおいにツッコミが入ることを承知のうえで検討したいと思うのですが、とりあえず財務諸表監査と内部統制監査というものを、概念図で示したものが以下のとおりであります。勝手に自分で作成したものですから、完全なオリジナルですが、「監査論」をきちんと学んだ経験がありませんので、ひょっとするとそういった教科書のどこかに似たような図式があるかもしれません。

Kansa001_2 

いちおう、監査態様と監査の対象を分けて考えてみました。会計士監査としての財務諸表監査については、原則としては「意見表明監査」つまり、上場企業が一般に公正妥当と認めることのできる会計基準にしたがって、算出した企業情報が正しいと合理的に保証できるかどうかを監査する、というものだと思います。「不正摘発監査」というのは私が勝手につけた名前ですが、違法な献金があったり、下請いじめなどの不当目的で得た利益など、その収入支出に違法性があった場合に、その不正に関する発見(摘発)まで認めることを目的とした監査態様であります。通常、財務諸表監査におきましては、たとえ違法な政治献金などの支出があったとしましても、また重要性が認められるほどのものであったとしましても、「使途不明金」として正しい数字が表示されていれば、それは財務諸表としては「適正である」と監査証明がなされることになると思われます。ただ、企業が情報として提出した数字自体が投資家の判断対象になりますから、その数字およびその根拠情報が監査の対象となるはずであります。いっぽう内部統制監査といいますのは、企業の内部統制システムを開示させて投資家の判断にするための「独立した監査」とすることもできますし、財務諸表監査を補強するための「財務情報の信頼性確保のための監査」と位置付けることも可能であります。とりあえず、金融商品取引法では、上場企業に内部統制システムを開示させて、その監査を行うといった態様は採用せず、あくまでも財務報告の信頼性確保のための監査としています。そして「不備がある」「重要な欠陥がある」といった意見は、あくまでも経営者が表明するわけで、監査人による監査結果は「適正かどうか」といったものに限られておりますので(もし監査人の意見として、不備がある、欠陥があるというものが存在するならば不正摘発監査とも結びつく可能性があるわけですが)、やはり財務諸表監査と同様、意見表明監査に分類されることになります。

さて、ここから先の問題でありますが、金融庁の内部統制ルールにおける監査が、経営者の意見表明に対する監査だとしましても、論理的にはアメリカのSOX法404条(これも意見表明に関する監査です)と同様に、ダイレクトレポーティングを採用することによって、情報監査も業務監査も可能となるわけです。しかしながら、日本の内部統制ルールはダイレクトレポーティングを採用しなかったのですから、ここで意見表明監査→業務プロセス監査といった関連性は消えてしまい、意見表明監査→情報監査という流れが、いわゆる会計士監査のあり方といえそうです。つまりは、経営者が内部統制の評価基準として、一般に公正妥当と認められた会計ルールにしたがって評価しているかどうか、その「あてはめ」に関して精査することが本義であって、「内部統制ができている」「できていない」ということを検討するのではなくて、会計ルールにしたがって経営者が評価しているかどうか、つまり「経営者が有効と評価するには、その判断要素として、まだこれとこれが足りないですよ」といった判断こそ、監査人に求められることになるのではないでしょうか。つまり、内部統制評価報告制度におきまして、経営者がその評価にあたって考慮すべき事項以外に、監査人も独自に調査すべきことがあるのならば、それは上記のとおり「この企業において、内部統制の有効性を経営者が評価するためには、こういった要素を判断材料にしなければいけない」といった監査人の意見形成のためであって、監査人自らが「内部統制が完璧かどうか」「内部統制に不備があるか」を判断するためのものではない、というのが論理的ではないかと思われます。

ところで監査役監査でありますが、金融商品取引法における内部統制評価報告制度も、法令に基づく制度であるために、違法性監査の領域に含まれますし、また内部統制ルールがダイレクトレポーティングを採用しなかったためにできたポケット、つまり業務プロセスに関する監査につきましても、これは経営者から独立性を保持している立場上、業務監査の一貫として可能になってくると思われますし、会計士監査とは競合しないところであります。もし本来、内部統制監査というものは、アメリカSOX法で示されているとおり、業務監査が基本であるところ、会計士責任の低減や、費用低減といった目的からダイレクトレポーティングが採用されず、情報監査で収めることとした、というものであるならば、そもそも監査人による「経営者評価の適切性を判断する重要ポイントの指摘」に問題があるとするならば、業務監査を行っている監査役がその指摘の相当性を判断したとしましても、上記の監査図式と日本の内部統制評価報告制度からみて、なんら矛盾はしないと思いますし、もっとも重要なことは、経営者による財務報告の信頼性を高めるための内部統制ルールを前提とするならば、個別企業の業務を熟知した監査役と、その内部統制監査を担当する会計士が、「評価ポイントの重要性」について協議することにあるのではないでしょうか。

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コメント

こんばんは。

私は、これまで何度か、「内部統制」の実務対応に関する議論を巡る混迷状況に苦言を呈してきている訳ですが、監査役と証取法(金商法)の関わりもその派生問題と認識しております。

この問題は、少なくとも理論的には、もっとシンプルに考えるべきではないでしょうか。

私の愚かな理解は:

①監査役の職務、権利・義務の根拠は会社法(商法)に基づくものであり、特別法的なものにより、会社法の原則を変更したり、何らか付加しているような事実はないこと(と思っていますが、間違いでしたらご指摘下さい。なお、旧商特法は「商法」に含めています)。

②会社法(商法)上の監査役の職務は、取締役の職務執行を監査することであり、それは会計監査と会計以外の職務執行の監査(いわゆる「業務監査」)に大別されること。なお、会社法では、「会計監査」とは「計算関係書類の監査」であり、「業務監査」とは「事業報告等の監査」であると用語上の整理がなされたこと。

③他方、証取法(金商法)には、監査役は一切出てこない、つまり、同法上、監査役は「プレイヤー」と位置づけられていないこと(但し、責任主体としての「役員」には「監査役」も含まれる旨の規定はある。しかし、これは同法が監査役に格別の役割を期待したものとは読めないし、最近の事件を見ても判るとおり、それを伺わせる法運用もない)。

④従って、証取法(金商法)に対する監査役の関わりに関しては、「業務監査」の一環として理解するしかなく、それ以上でもそれ以下でもないこと。

というものです。

つまり、証取法(金商法)は、「適法性監査」というときの一つの法律に過ぎないのです。

「金商法の内部統制に対する監査役監査いかん」という命題を建てる方に伺いたいのは、「では、競争法・労働法・個人情報保護法・知財権法等々ゴマンとある法令の各々についても、同様の悩みをお持ちで、あるいはそれを解決されてきたのですか?」ということです。

たまたま外部監査人(会計監査人)がプレイヤーとして登場する点で、会社法の会計監査と通底することから、「監査の方法と結果に対る相当性判断」というコンセプトが出てくるのでしょうし、また歴史(法制史)的に言えば、監査役と公認会計士(監査法人)との関係については、商法が証取法に擦り寄った(「会計監査人の監査の方法と結果の相当性の判断」という誠に意味不明な決着を図った)という経緯もあるため、それも致し方ないような気もしますが・・・。

この辺りは、企業会計審議会内部統制部会でもそれなりに議論されたのでしょうし、監査役協会・公認会計士協会もなお議論・検討をされているようですが、少なくとも理論的にはスッキリしません(実施基準案中、これに関するくだりは若干ありますが、理論的には全く意味不明であるほか、相変わらず実務の「実施」の「基準」になるような具体性はありません)。実務的には、「更なる連携」とか「双方向のコミュニケーション」というコンセプトをキーに、各社の工夫により是々非々でやっていけるとは思います。

PS:
ところで、先生が引用されている弥永教授の論稿に、会計監査人の責任軽減に関連してちょっとびっくりするようなことが書いてあります。大胆に漸くすると、監査役・取締役がいくら責任軽減措置を定款に盛り込んでも、会計監査人についてこの措置を設けない以上、内部的求償により全く無に帰す可能性がある、というものです。理屈上はそういう解釈になるのかもしれませんが、そんなの立法趣旨に反するのではないのかな、と素朴に思ったりしました。多くの会社が本年これ導入を見送り、中には総会議案を撤回した会社もある中、公認会計士協会・監査法人サイドの動きが注目されます。先生、あるいはどなたか、これについて解説をお願い出来ませんか?

投稿: 監査役サポーター | 2006年11月16日 (木) 23時26分

横から失礼します
監査役サポーターさんのPSの点
たしかtoshiさんが、JICPA8月号の
座談会記事の弥永教授の責任限定契約にからむ
解釈に異論を出されたエントリーがあったかと。

あのエントリーはうちの監査法人では
多くの人の注目を集めていました。
ただ弥永先生のも、toshiさんのも
法律解釈のところがよくわかりません。
法律家の方のご意見を知りたいところです。

投稿: unknown | 2006年11月17日 (金) 03時05分

>監査役サポーターさん

おはようございます。いつもコメントありがとうございます。
金融商品取引法そのものと監査役の役割、ということになりますと、サポーターさんのおっしゃるとおりかと思います。たとえば業規制のかかる金融機関の監査役さんの場合には、この金商法全般の取締規制への違法性監査、といった問題も現実に重要ではないでしょうか。ただ、一般事業会社の監査役さんと「金融商品取引法」との関係に焦点を絞りますと、①まず、この法律のなかで日常の監査業務との関係でどこが業務監査の領域に含まれるか、②「監査」という部分で会計監査人(現実に内部統制監査人と重なる、という意味で)とどこをどう業務を分担もしくは協力すべきなのか等、かなり「監査」という枠によって研究対象を絞ることは可能かと思っており、あくまでも金融商品取引法が予定している「監査」と監査役の役割を検討しようとしている、とご理解いただければ幸いです。

責任限定契約の点につきましては、・・・・・たしかに弥永先生の説につきましては私自身はいまでも異論のあるところでして、ちょっと別エントリーでも立てて考えてみたいと思います。(unkownさんご指摘のとおり、以前エントリーを立てておりますが、あれちょっとムズカシイですし、もうすこしわかりやすく整理してみたいと思っております)

投稿: toshi | 2006年11月17日 (金) 11時27分

監査役サポーターさん、toshiさん、有難うございます。

金商法と監査役の役割の関係について、サポーターさんのように割り切れればいいのですが、私はどうしても納得の出来ない思いが残ります。

法令解釈上は、サポーターさんのご指摘の通りですが、ことが監査役の本質的職務の一つである財務監査の適正性の確保そのものである以上、他の法令と同じ位置づけで考えることには抵抗があります。私は、この問題は、法令の解釈とあわせ、適正な財務監査を行うにはどうすべきか、という観点からの考察も不可欠と思います。この点、toshiさんのご指摘に共感します。

私が当面している問題は、SOX法の対象企業として運用過程で感じていることですが、CLCやPLCのヒアリングを通じて感じることは、各項目について詳細なプログラムが定められていますが、私の目から見れば、いずれも監査で適正評価を得ることが目的となっており、そのために評価項目の「Y」基準が低く抑えられていることです。つまり、手段が目的化してしまっており、そのため、各手順をきちんと抑えても、なおかつ財務監査の適正性を確保できないということが起こりえます。であれば、何のためにこういうことをしているのか、と空しさがこみ上げてきます。

こういう問題を監査役として、どのように指摘し、解決していけばよいのか、頭を悩ませています。サポーターさんのように、違法性が無ければいいのではないかと割り切ることも可能かもしれませんが、私は、監査役の本来の役割からして、何とかすべきではないかと考えてしまいます。どなたか、ご教示くだされば、有難く思います。

投稿: 酔狂 | 2006年11月19日 (日) 09時55分

いよいよ、金融庁から内部統制評価及び監査の基準公開草案についてのパブリックコメント募集が行われましたね。

取り急ぎご連絡まで。

文中で、???というところもありますし、文書が上手すぎて何を言いたいのか分からないところも多い上、具体的な指針がほとんど出ていないことから、どんな意見が寄せられるのか、非常に興味があります。コメント次第で、更に方向性が変更ということもあるのでしょうか?

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2006年11月21日 (火) 19時03分

>コンプロさん

 出ましたね。
 コンプロさんもコメント提出されてはいかがでしょうか。
 ツッコミどころ満載の実施基準、今後の議論によってもっと洗練された内容になることを期待しています。
 とりいそぎ、備忘録程度ですが関連エントリーをたてました。

投稿: toshi | 2006年11月22日 (水) 02時52分

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