内部通報制度の実質を考える
昨日仕事の関係で、大阪に本社を置く内部通報コンサルタント会社の社長さんといろんな話をする機会がございました。資本金5億円以上の企業(上場、非上場問わず)に対するホットライン(ヘルプライン)の管理や、整備に関する相談業務などをやっておられるのですが、やはり内部通報に関する現場で毎日悩んでいらっしゃる方のお話は机上の理論とはかなり違いまして、我々の業務にもかなり参考になりました。あたりまえのことかもしれませんが、やはり「公益通報者保護法」や「内部統制システム整備」などが話題になる前から社内ホットラインを整備されておられる会社は有効に機能しているケースが多く、「法律で決まったから」「内部統制が問題になってきたから」ということで導入されている企業では、ほとんど有効に機能していない、という実態がはっきりと認識できました。先行しているから進歩している、ということではなく、やはり法律以前の問題として、内部通報のメリットを十分認識している企業では、自社特有のシステム(有効に機能しているかどうかを検証するシステムにいたるまで)というものを工夫しておられるようで、それが不祥事の早期発見、社内処理による早期対処を実現しているようであります。
不二家事件に関するエントリーは、このブログでは2つほどしかアップしておらず、その続報もフォローしておりませんでしたが、埼玉工場においては食品衛生法違反まで疑われる状況になっており、本当に「いもづる式」に不祥事が発覚しているようで、ついに事業再編の話まで現実化してきたようであります。言葉は適切でないかもしれませんが「たった一日遅れの消費期限切れの牛乳プリン販売」という事実が、より大きな不祥事発覚の誘因となり、企業の存続問題に発展するという、まさに企業にとりましては、背筋の凍るような話であります。これが内部通報を発端としたものである、とまでは断言できませんが、こういった不二家の事件経過をみていきますと、素人疑問として、ふたつのことがまず頭に浮かんできます。ひとつはなぜ不二家はここまで不祥事が話題となり、TDL(東京ディズニーランド、オリエンタルランド社)は、2年3ヶ月も消費期限が過ぎたチョコレートを販売したのに叩かれないのか、ということであり、もうひとつは、不二家でここまで食品衛生面で大きな問題となるような過去の不祥事が発覚したにもかかわらず、なぜその「過去の時点」において内部通報とか社外告発といったことが発生しなかったのか、というものです。ひとつめの疑問につきましては、また別の機会に考えるとしまして、ふたつめの疑問について、「内部通報制度の実質的な効果」を考えてみたいと思います。
上記の事実から推測されることは、①内部通報制度が社内において整備されていないか、もしくは整備されていても事業所、支店に至るまで広く周知されていなかったのではないか、②整備され周知徹底されていたとしても、従業員は内部通報制度を利用する気持ちはなかったのではないか、というものであります。企業コンプライアンスのお手本からすれば、①の方向に力点を置いて、今後の対策を検討したいところでありますが、じつは②のほうが本当の意味で改善策を検討しなければいけないところのようであります。なぜ、内部通報制度を整備して、これを社員に広く周知して、なおかつ社長が訓示として「なにかあれば社内通報制度を利用してください」と広報しても、内部通報制度は機能しないのでしょうか?
1 「内部通報システム」に対する従業員のイメージは?
企業がヘルプラインを広報すればするほど、その窓口は、どうも従業員には「特別の窓口」というイメージを抱く場合が多いのだそうです。窓口が監査役だったり外部の弁護士だったりすると、もうそれだけで「違法行為」を頭に描き、告発をためらうケースが実に多いとのこと。たしかに、よく考えてみると、なにが食品衛生法違反で、なにが違法でないか、など一般の従業員にはあまり理解できないところでありますから、躊躇するのも当然のような気がいたします。そこで、内部通報制度が有効に機能している企業では、内部通報制度とは別にかならず「よろず相談窓口」のようなものを設置して、そこに心理カウンセラーや産業カウンセラーのような方を置き、「直接ヘルプラインへの申告はためらわれるけれども、よろずお悩みコーナーだったら・・・」という気持ちで、そちらへ違法行為の告発をされるケースが多いのだそうです。また、内部通報を発信する従業員だけではなく、従業員から相談を持ちかけられる上司のための「お悩み窓口」というのも有効だそうであります。上司のストレスの一番の原因が「部下の悩みに長時間付き合わなければいけない」ということでありまして、この上司のよろずお悩み相談は、企業活動の効率性を向上させるだけでなく、そこから違法行為発生の端緒を把握することもよくある、とのことのようです。(この発想も、昔からヘルプラインを設置している企業のアイデアのひとつだそうであります)
2 社員から「経営陣」の顔は見えるか?
これは、その内部通報コンサルの社長さんが、社外告発をしようと悩んでおられる従業員の方々との相談業務から感じることだそうですが、社外告発は、本社従業員よりも支社、事業所の社員さんのほうが圧倒的に多く、また上司の対応におおいに不満を抱いているが、社長や監査役などが「尊敬できる人」であるがゆえに、告発をためらっている、ということが多いそうであります。つまり、従業員から経営トップの顔が見えないとか、従業員にとって経営陣が尊敬に値しない、といったところが、内部通報の利用ではなく、社外告発に影響を与えるというものであります。直接の社外告発も有効な場合がありますので、いちがいには申し上げられませんが、やはり社員から「顔がみえる経営者」であるかどうか、というところは内部通報制度の有効性に影響を与えることは間違いないようです。経営者が内部通報制度の普及をはかる段階におきまして、「ぜひこの制度を利用して、あなたがこの企業を変えてほしい」といった趣旨の表現を誠実に表明しなければいけないのかもしれません。
内部統制システムの構築の一貫として「内部通報」をとりあげますと、どうも先の①のほうばかりに注意がいきますが、これは経営者サイドにたって、経営者がどうすれば自分の責任を免れるか、といった視点に偏って物事を考えているからかもしれません。今回の不二家の事件の経過を追ってみて、もし事件の端緒が内部通報によるものだとすれば、どうしていままで有効に機能しなかったのか、もし機能していたら、経営者の積極的な不祥事公表の必要性まで含めて検討できたわけでありまして、そうだとすれば事業再編の話まで持ち上がるような事態にはならなかったのではないか、とも思います。いずれにせよ、いつも申し上げますとおり、事前規制から事後規制へと社会のサンクションのあり方が変容するなかで、企業不祥事の公表のあり方や、内部通報制度のあり方、企業内における事実認定のあり方など、その企業価値に大きな影響を与える管理行為について、もっと議論を深めていくべき時期にきているのではないでしょうか。(なお、内部通報制度と監査役との関係につきましても、昨日はいろいろと興味深いお話をお聞きしましたが、その内容はまた別の機会にエントリーさせていただきます)
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