日興CGの内部統制を考える
以前、「日興CGの役員会と内部統制」というエントリーをアップしましたが、その翌日に社長さんが記者会見にて、「昨日のは一時的なもの。特別調査委員会の報告結果をみて本格的に内部統制の強化策を発表します」とおっしゃっておられました。そしていよいよ13日に新たな内部管理強化策の内容が明らかにされるようです。毎日新聞ニュースにもリリースされておりますが(日興、不適切会計防止策を13日発表)、2月10日付け日経新聞の朝刊に、かなり詳しく内部強化策の内容が示されておりまして、
- 持ち株会社側には、子会社の違法行為の有無をチェックする専門の監査部門を設置する。
- 子会社を監査する専門の執行役員を持ち株会社側に置く。
- いっぽう子会社側も監査、内部統制部署を設置して、グループ全体において相互牽制により不正問題防止をはかる。
- グループ相互での役員兼任は禁止する。
というのが骨子のようであります。。(子会社の違法行為を監査する監査部門といいますのは、日興CGのコーポレート・ガバナンス報告書に記載されている「CEOオフィス」のことでしょうか?)
おそらく日興CGのCFOの方が、このたびの不正会計問題に関与していた(と疑われる)ことや、NPIの元代表者の方が、これまたCG側の執行役員を兼務されていたような事実から、このたびの一連の不正会計の原因は、持ち株会社と子会社間でのチェック機能が働かなかったことにあると、現経営陣が認識され、このような防止策を公表するに至ったのではないか、と推測されます。たしかに企業コンプライアンスといった見地からすれば、公表された内部統制強化策も妥当なものであり、現経営陣の新生日興へ向けての意気込みを感じることができそうなのですが、果たして効果的なものかどうか、ということで考えますと、かなり疑問があるのではないでしょうか。
1 内部統制の運用面ではどうなるのか?
グループ全体において相互牽制により、違法行為の予防を図る、というもののようでありますが、そもそも親子会社間において、相互牽制作用というのは期待できるものなのでしょうか?並列的に並んでいる組織間においては、よく相互牽制機能を果たすことがいわれますが、上下関係(支配関係)のあるところで、相互牽制が有効に機能するためには、相当の運用面でのシバリ(運用基準の策定とか)をかけないと期待可能性はかぎりなく0に近いでしょうね。たとえば子会社のトップは社外から招聘するとか、過半数を社外取締役で構成するとか、一般社員への内部通報制度を充実させるとか、目に見える形で、整備された内部統制システムの運用まで保証されるものでなければ、絵に描いた餅に終わってしまうような気がします。まだ不正会計を組織ぐるみに行った本当の動機というものが明らかではありませんので、これは推測にしかすぎませんが、今回はたまたま持ち株会社と子会社との間で、兼務していた役員さんがおられたから、そこに原因があると結論付けておられますが、もし子会社であるNPIが単独で暴走していたような事例であったとすれば、今度は子会社に目が行き届かなかった持ち株会社に責任があったとされて、ぎゃくにグループ全体の内部統制を機能させるために、親会社と子会社との役員の兼任が提案されていたのではないでしょうか。最近の金融検査における「指摘事例集」などを読んでおりますと、金融庁による評定のランクが低いのは、せっかくコンプライアンスプログラムにしたがって「いい組織」を作っておきながら、その運用がまったくできていない、といったところに問題を指摘される事例が多いようです。戦略リスク管理の一環としての内部統制や、オペレーショナルリスクを回避するための内部統制など、今年はもうすこし概念整理が進むものと予想しておりますが、法令遵守体制を構築することを最大の目的とする「内部統制」のあり方については、本当にムズカシイ部分、つまり「運用面」で工夫をこらさなければ目的達成に向けての「説得力」がでないものと考えております。そもそも子会社専門の監査部門というのは、いったい何をされるのでしょうか?子会社との取引に異常性が認められた場合に、その経営内容をチェックするというものでしょうか。
2 親子間の役員兼務禁止は妥当か?
そもそも会社法における内部統制システムの整備に関しましては、会社法施行規則100条に、取締役(執行役)の職務執行の効率性を高める体制の整備、企業集団における職務執行の適正が確保されるための体制の整備が含まれております。(日興CGのような委員会設置会社の場合は会社法施行規則112条2項)また、金融商品取引法における内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)におきましては、その実施基準(まだ確定はしておりませんが)のなかでも、持分法適用会社を含めて、関連会社間の内部統制評価は不可欠なものとされております。したがいまして、どちらかといいますと、内部統制という面からみた場合には、親子会社間におきましては「相互牽制」のために役員兼任を禁止するよりも、役員を兼ねているほうが内部統制的には都合がいいのではないでしょうか。そのほうがトップの意思が即座にグループ企業に伝達される仕組みとなって「効率性」に資することになりますし、最高裁平成18年2月の文書開示命令に関する決定の趣旨からいたしますと、(もし役員兼任禁止ということになりますと)意思形成文書ではなく、意思伝達文書(持ち株会社で決定されたことが子会社へ伝達される)が飛び交うことになり、社内文書が第三者によって開示要求されるリーガルリスクを背負い込むことにもなりそうですし。そもそもこういった場合に、効率性ということよりも、「法令遵守、コンプライアンス経営の徹底」を主たる目的とする内部統制を検討するのでありましたら、役員兼任禁止、といった対応よりも、子会社役員の利益相反場面における行為規範準則を規定したり、子会社のバックとフロントにチャイニーズウォールを作ったり、子会社と持ち株会社とのアームスレングスルールを規定するなどの行為規範によって規制するほうが、なにかあったときの「個人的責任」が明確となり、不正会計防止策としては現実的には有効ではないかと思うのですが。皆様はこのあたり、「内部統制」という視点から、どのようにお感じになられましたでしょうか?
これらの意見は、まったくの私見でありまして、ひょっとしますと既に日興CGにおきましては検討済みかもしれません。また、そもそも役員兼務禁止は当たり前であって、私の常識がずれているのかもしれません。ただなんとなく、この報道を読みまして、どうも内部管理体制の強化策といいながら、ずいぶんと「場当たり的」ではないのかなぁ・・・と腑に落ちないところがございましたので、すこし長くなりましたが書かせていただきました。
(2月12日午後 追記)
経営コンサルタントさん、まほろばさん、コメントありがとうございます。またお返事書かせていただきます。ちょっと日本取締役協会によります「監査委員会ガイドブック」(商事法務)の72ページあたりを読みますと、そこに「(委員会設置会社における)グループ内部統制の考え方」という項目がございまして、内部統制の建付としまして、「いの一番」に「持株会社の場合には、傘下の事業会社の社長を持株会社の執行役として、子会社管理を担当させる」とあります。やはりこのガイドブックにおきましても、企業集団における内部統制のあり方としましては、子会社のトップが持株会社の役員を兼務することが効果的、との考え方に立っておられることがわかります。これが果たして正しいのかどうかはわかりませんが、あながち私の意見も常識から逸脱したものではない、と思われます。
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コメント
私は、日興CGの内部統制を考える上で、委員会設置会社であることも考慮すべき点があると思っております。即ち、委員会設置会社の場合は、取締役と兼任している執行役である会長・社長が取締役会の議長として取締役会を運営することとなりますが、執行役の方から提案される案について下手をすると取締役会は形式的な承認を与える場になる恐れがあると思っています。(社外取締役の持っている情報量は、執行役と比較すれば極端に少ない。)即ち、ミニ・しゃんしゃん総会です。
委員会設置会社における実効性のある内部統制について考えてみる必要があると思いました。取りあえず思いつく案として、取締役会が常勤の検査役(言葉として不適切かも知れませんが)を選任し、検査役は執行役の業務執行を含む会社のコンプライアンス等の面のみのチェックを行う。
最も、委員会設置会社の場合、監査委員会があるわけで、監査委員長は常勤とし監査委員会に属する組織として監査体制の強化を行うことも可能と思います。なお、日興CGの監査委員会の委員長は執行役と兼任ではないが日興証券に大学卒業後直ちに入社し、監査委員会の委員長となるまでは日興コーディアル証券の専務取締役であったと理解します。委員会設置会社における監査委員会のありかたも、重要であると思います。
投稿: ある経営コンサルタント | 2007年2月12日 (月) 12時09分
toshi先生、ごぶさたしております。(研究会にも顔を出さず、失礼しております)
私も理由は違いますが、疑問を感じています。
ある経営コンサルタントさんが言われるように、NCCは委員会設置会社ですので、これまで以上に社外取締役の機能を十分果たせるような仕組みにすべきではないかと思います。例の特別調査委員の報告書によると、NPI側から重要な承認を求める場合、経営会議で報告をして、そのまま実行されるような組織であったことが認められます。それはそれで効率性を認めることもできそうですが、それでは取締役会はいったい何をしていたのだろうか、社外取締役(監査委員を含めて)の人たちはなにを意見できたのだろうかと疑問を持ちました。相互牽制ということよりも、持株会社本体での取締役会の上程事項の見直しのほうが重要ではないでしょうか。
あと、監査連絡会議についても、もっと機能できたのではないかと思います。親子関係での複雑な内部管理態勢を議論するよりも、監査連絡会議のようなものが十分機能するような組織をどうして作れないのでしょうか。なんのための監査役(監査委員)なのか、首をかしげたくなります。以上、とりとめもなく書かせてもらいました。長くなってすみません。
投稿: まほろば | 2007年2月12日 (月) 12時31分
弁護士の行方です。先生のおっしゃること、もっともだと思います。
本件については、公表ベースの情報を一読した程度ですが、特別調査委員会の調査結果から推定すると、やはり、問題の根幹は、むろんNPIが勝手に暴走したのではなく、むしろ、日興CG側の経営管理(ガバナンス)態勢にあるような気がしてなりません。
ご承知のとおり、金融当局が好んで使う、「経営管理態勢」は、
① 内部管理の重要性を強調・明示する企業風土の醸成を含む、経営陣による内部管理態勢の整備・確立に向けた率先垂範した取組みと
② 経営陣の独断専行を牽制・抑止し、適切な業務執行を実現するための、他の取締役や監査役(又は監査委員会)による監督・監視という、コーポレート・ガバナンスにおける経営の健全性確保に係る要素
を併せたような概念となっております。
本件では、調査結果を拝読する限り、監視委員会等によるCGのCFOのみならずCEOへの問題提起や警告など、その機能発揮は相当程度評価できるのでは、と思う一方、結果的には、CFO(CEOにも「積極な関与の疑い」あり)の独断専行を止めるには至らず(②が完璧には機能しなかった)、また、そもそも、CFO等が①の役割を果していない、という、(残念ながら他の重大案件でも共通して見られる)ガバナンスにおける根本的な欠陥が原因ではないか、と感じます。
再発防止については、当人の辞任や今後の責任追及(の可能性)などにより、一般的な予防効果も期待できますが、上記のような経営管理態勢そのものの欠陥を治癒する方策は、報道されているような「子会社の法令遵守を専門に監視する監査部門の新設」や「親子会社間での役員の兼務禁止」では全くないはずです。親(経営陣)の暴走を止める仕組みがきちんと働かない限り、社長を別人にしても子(人間みたいな「反抗期」はなかなか期待できません…)がそれを止めることも、“悪い親”の監査部門が機能することも極めて難しいでしょう。
明日公表されるであろう再発防止策が、根本原因を踏まえた有効性のあるものであることを、強く期待しております。
投稿: 弁護士行方 | 2007年2月12日 (月) 14時22分
こんばんは。
(1)親子会社間で「相互牽制」が可能か、は全くおっしゃるとおりかと思います。子が親を「牽制」できてしまったら、親の親たる所以は一体何だろうか、となってしまいます。そういう親子関係というのは、親が子にただ養って貰っているだけ(配当を受けるのみ)というに等しくなってしまいます。先生も指摘されていますが、唯一これが機能し得るのは、子の一般従業員に利用可能な、子の経営層(トップ)の不正に関する「内部通報制度」(通報先はダイレクトに親へ)を整備するしかないと思います。しかし、それとて、牽制力において「外部通報」に劣ります。
(2)親子会社間の役員兼務は、確かに「効率性」の面では有効でしょうが、コンプライアンスの面では疑問が生ずるケースもあります。特に、世間では結構珍しくないのですが、親の取締役(使用人の場合も同様)が子の監査役を兼務するというパターンです。このパターンでは、間接的ながら、殆ど「自己監査」に近い状況が生じかねません。こういう兼務パターンを法が許容している趣旨は全く理解できません。親の監査役が子の監査役を兼務する、というのなら判ります。せいぜい、非業務執行取締役でなければ、子会社監査役を兼務できない、ということにすべきではないか、と思います。
(3)行為規範で縛るというのは、なかなか”仕組み”になりにくい、従って外部からは見えにくいという意味で、難点があるように思います。内部統制システムにしろ、コーポレート・ガバナンスにしろ、その会社(の内部)がどういう”仕組み”になっているかが対外的に判りやすく見えるようになっていないと、なかなか信頼は得られません。従って、どうしても”形”から入ろうとするのではないか、と思います。また、行為規範で縛る場合は、その会社のガバナンスは、どうしても摘発型、一罰百戒型になってしまうように思います。一概に否定するものではありませんが、こういった方向性は企業の活力を削ぎかねないという意味で、基本的には余り好ましいものとは思えません。
投稿: 監査役サポーター | 2007年2月12日 (月) 23時25分
皆様、コメントありがとうございます。
>経営コンサルタントさん
ご指摘のとおり、この調査報告書を読みますと、NPIの元代表者は取締役会というよりも、経営会議において報告をし、そして了承をえて実行に至る、という場面が散見されます。本文ではあまり触れておりませんが、まほろばさんの言われるように、取締役会がどこまで機能していたのだろうか、といった疑念も出てくるように思われます。たしか取締役は10名だったかと思いますが、その取締役会の動きといったものが報告書では読み取れなかったのは、委員会設置会社のガバナンスに問題があったのかもしれません。もうすこし、そのあたりを今後の報道や開示情報から知りたいところです。
>まほろばさん
どうもおひさしぶりです。研究会のほうは、あいかわらずのメンバーですので、またお気軽にご参加くださいませ。
行方先生が指摘されているとおり、ガバナンスの問題についてのご指摘はもっともかと思います。このあたりは、私よりもまほろばさんのご専門分野に近いと思いますので、どういった見直しをすればよいのか、またお時間のあるときにでも具体的な方策についてお教えいただけませんでしょうか?とりわけ、第三者による改善策の実効性が検証できるような見直しというものはどういった対策をすればいいのか、またご教示いあだければと。
また、ちょくちょく遊びに来てください。
>行方先生
早速、お越しいただき、ありがとうございます。
この日興CGの内部体制強化策の記事を読んだとき、日興は日本を代表する証券会社であるために、いわゆる証券検査マニュアルを睨んだ独特の内部管理態勢を基本としているのではないか、と思いました。金融庁のほうに目が向いているのではないか、と。ただ、銀行向けの金融検査マニュアルや監督指針なども、最近はリスク管理体制の自律的な構築というところが中心論点になりつつあるようですので、最近の内部統制に関する議論がある程度は証券会社にも妥当するのではないかな、と思ったりしております。「経営管理態勢」といった概念も、ちょっと私には聞きなれないところでして、もう少し勉強しなければいかないとは思いますが、また公式に内部統制強化策がリリースされましたら、続編を書こうと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
>監査役サポーターさん
ご意見ありがとうございます。
内部統制強化策ということに私が引きづられてしまい、行方先生や監査役サポーターさんのように「経営管理態勢」「ガバナンス」の問題として捉えきっていない部分があったかもしれません。(内部統制とガバナンスの関係につきましては、私は「内部統制の議論の進化」としてまた別のところで述べたいと思っておりますが)
たしかにガバナンスの問題として捉えますと、一般投資家や株主への開示の問題ともかかわるところだと思いますので、「わかりやすさ」という視点もはいってこようかと思われます。開示ということではなく、説明責任という表現のほうが適切かもしれませんが。ただ、ガバナンスの問題として捉えるとなると、内部統制の目的として「効率性」といったことも前面に出てくるのではないでしょうか?「コンプライアンス」=「内部統制」で括るのも「わかりやすさ」かもしれませんが、企業価値をはかるモノサシとしての意味も内部統制に求めるのであれば、「効率性」をどうグループ会社で実現していくのか、そういった視点もまた説明責任の範疇に含まれるようにも思えるのですが。
また、忌憚のないご意見お待ちしております。
投稿: toshi | 2007年2月13日 (火) 01時22分