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2007年2月 9日 (金)

団体訴権と企業コンプライアンス

(2月9日午前 追記あります)

最新の「旬刊商事法務」(2月5日号)の「スクランブル」に、またまたたいへんおもしろい小論が掲載されております。題名は「役員の刑事事件と民事事件」といったものであります。世の中のコンプライアンス意識の高まりによって、法令順守が問題とされるような不祥事を起こした会社の役員の方々は、以前であれば追及されなかったような民事事件であっても、最近は企業のレピュテーション低下を招いた責任によって高額の民事賠償責任を負担する可能性が高まっております。実際に消費者に健康被害が発生していないような不祥事でありましても、企業の社会的評価を毀損して会社に損害を与えたというもので、たとえ刑事的には罰金30万円程度で済むようなものでありましても、民事的には数億円といった責任を負担するというのは、私法公法といった法体系を採用する日本において、果たしてバランスのとれたものであろうか、といった視点であります。法令順守に絶対の価値を置き、この絶対的価値の前ではいかなる利益も無価値であり、その侵害に対してはいかなる抗弁も許されない・・・といった風潮が強くなってきたことになんの懸念もないのでしょうか・・・といった問題意識ではないかと思います。

たしかに、企業が行政による取締法規に違反した行動に出た場合であっても、その行為が民事上の法的効果に影響を及ぼすものかどうかは、一概には決められません。(その取締法規違反の程度が、非常に重大である場合などは、私法上の行為につきましても、信義則違反などの一般条項を用いて私法上の行為を「無効」と判断するケースもあります)たとえばバブル崩壊のころ、証券会社が顧客から訴えられる裁判事例が多かったわけでありますが、裁判所としましては、証券会社に行政取締法違反の事実は認められるものの、顧客の証券会社との民事的な効力には影響しない、といった判決がよく出ていたものであります。要するに、証券会社の社員の行動は、その社員や証券会社に刑罰的なペナルティを課すことで証券会社(もしくはその社員の)行動を規制すれば足り、顧客へ不当な収益を返還することまでは必要ない、といった理屈であります。(これは現在でも、消費者契約法や金融商品販売法などによって企業の違法行為が私法上の行為に及ぼす法的効果を規定していない場合には、成り立つ理屈であります)企業がレピュテーションリスクを背負うこと、それ自体はソフトロー的な見方でありますが、そのリスクが株主代表訴訟などの裁判で役員の損害賠償請求権算定の根拠になるのであれば、それは「ソフトローのハードロー化」が起こっているものと考えられます。

さて、一昨年に、このブログにおきまして「団体訴権と事業リスク」といったエントリーを立てたわけでありますが、すでに皆様ご承知のとおり、いよいよ2007年6月より、消費者契約法の一部を改正する法律によって、消費者団体訴権制度が施行されます。消費者に損害が発生するか、発生のおそれがある場合に、国から認証を受けた消費者団体は、被害者を代理することなく、つまり一般消費者に代わって、その対象企業の事業活動の一部について差止請求権を行使できる、といったものでありまして、すでに東京と大阪の消費者支援団体は来るべき団体訴権行使にむけて着々と準備を進めておられるようです。きょう、その団体の役員の方々から、いろいろとお話をお聞きしたのでありますが、(あまり詳しくはこのブログでは書けませんが)かなり多くの企業への団体訴権行使に関する検討チームができている、とのことでして、果たして一般の企業の方々が、この「団体訴権」についてどこまでご存知なのだろうか、すでに事業リスクとして評価されているのだろうか、といったことを懸念いたしております。

一昨年にも書かせていただきましたが、この認証団体による訴えの提起につきましては、対象となる違法事由(基本的には現行消費者契約法で問題とされている事由)の範囲が限られていたり、行使される差止請求権の訴訟物をどう特定するか、ほかの認証団体や個人で訴えている人の裁判との関係、つまり既判力をどこまで認めるか等、これから先、まだ法律実務によって検討されるべき課題も多いわけでありますが、私法上の権利侵害の有無にかかわらず、消費者に代わる「認証消費者団体」が、企業の法令違反の事実を指摘して、その差止めを裁判所に訴えることができるわけでありますから、これまでの民事訴訟法を勉強してきた方々にとりましては、かなり異質(ある意味で画期的)な制度であることは間違いありません。企業がいきなり消費者団体から訴えられるわけではなく、事前交渉制度というものがございますので、そこで「和解」をすることも考えられるわけでして、その和解のなかでコンプライアンス違反行為を是正して、これを関係行政庁に報告する仕組みになっております。しかし、大きな企業であれば、この和解の申し入れを認証団体から受けた段階で、おそらく「適時開示」をしなければなりませんし、非上場企業におきましても、消費者問題であるがゆえに、広報すべき事由に含まれることは間違いないと思われます。団体訴権として、損害賠償請求権を行使することはできないものでありますので、こういった認証団体の運営資金については以前から不安がございましたが、関西の認証団体のほうでは、生協さんとの共同運営といった手法によって資金面での問題を解決されているようでして、私がみるかぎりにおきましては、早期に実績作りのために、もはや準備は万全といった印象を受けました。

日経BPコラムなどにおきましても、リスクマネージャーの方が、今年の企業リスクに関する大きな話題として取り上げておられるようですし、私も本日のお話をもとに、全社的リスクの一貫としまして、消費者と契約関係に立つような企業の場合には、取締役会等におきまして、この消費者契約法の一部改正問題(団体訴権問題)を検討しておかれたほうがいいように思いました。先の「スクランブル」と同様、一般民間の団体が企業の違法性に直接ストップをかける(法令の遵守は至上命令と捉える)、という法制度そのものには、まだまだ違和感を覚えるところではありますが、もはや施行が直前に迫っておりますので、きちんと知識くらいは先に勉強しておくべきかもしれません。

(2月9日午前 追記)

さっそく、ある消費者団体の方からメールを頂戴しました。被害者からの苦情などを事前に十分精査する必要があることや、悪質な契約締結について優先的に対応することなどから、いきなり大企業に対してなんらかの行動を起こすものではない、といったことをご指摘いただきました。ちょっと誤解を招きかねないエントリー内容ですので、追記させていただきます。ただし、今後は独占禁止法や景表法などによる被害に対しても積極的に訴権行使ができるように検討を重ねておられるようです。(ご意見、ありがとうございました)

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コメント

こんばんは。

団体訴権(改正消費者契約法)については余り勉強していないので、見当外れかもしれないのですが、監査役の職務との関係でよく判らない点があります。

監査役の有する、取締役の違法行為の差止請求権との関係はどうなるのか、という点です。もし、認証団体の訴えが認容された場合は、その会社の監査役は任務懈怠ということになるんでしょうか。あるいは、株主代表訴訟のように、まず監査役へ提訴請求すべしというような手続の前置が制度上設けられていて、この辺りの齟齬が出ないように制度上手当てがされているのでしょうか。

本来的には、監査役制度がキチンと機能していれば、こういう制度は不要な筈だとも思えるのですがどうなんでしょう?
(勿論、監査役を設置していない会社、会計監査に限定された監査役を設置する会社もある訳ですが、その点は取敢えず措くとして)

投稿: 監査役サポーター | 2007年2月11日 (日) 23時49分

あいかわらず、鋭いご指摘、ありがとうございます。

私もあんまり消費者契約法、得意ではありませんので、間違いがあるかもしれませんが、実際のところ、この団体訴権に関する改正部分につきましては、まだまだ理論的な議論の余地が残っているのではないでしょうかね?
ご指摘のところでありますが、監査役による取締役の違法行為差止請求権の対象となるところと、この団体訴権で実体法として認められる差止の対象(たとえば違法な契約締結を差し止めるとか、不当な広告を差し止める)といったところが同じかどうか、という問題もありますし、また団体訴権を行使して、契約部分のみ差し止められたとして、その既判力が、果たして取締役の執行行為の違法性にまで及ぶのかどうか、そのあたりが論点になってこようかと思います。ただ、そのあたり、私もまだよくわからないのです。
どなたが、詳しい方がいらっしゃいましたらご意見、ご教示、お待ちしております。

投稿: toshi | 2007年2月12日 (月) 03時16分

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