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2007年2月18日 (日)

ヘッジファンドと企業コンプライアンス

2月16日の夕方、2時間ほどフィノウェイブ・インベストメンツ株式会社の社長でいらっしゃる若林秀樹さんと(ある方のご紹介にて)大阪でお話をさせていただきました。若林さんはご存知の方も多いかと思いますが、日経の人気証券アナリスト1位(5度)、2006年にファンドマネージャーに転身されてからは、日本株ショートロングヘッジファンドにおいて52本中1位の運用成績を上げておられ、現在も日経ビジネスオンラインにて連載記事(辛口市場主義)を寄稿されておられます。以前よりお会いするのを楽しみにしておりましたので、本当にあっという間の2時間でした。

こちらから若林さんにお聞きしたかったことは、ヘッジファンドの概要でありまして、ファンドストラクチャー、および「健全なファンドとはいかに?」といったファンドの運用実態からみた「安心しておつきあいのできるファンド」の選別方法についてでありました。しかしヘッジファンドのストラクチャーというものは、すぐに理解するのが容易ではありませんね。組織自体がどこの国のものかよくわかりません。(ちなみに、若林さんが社長であるフィノ社も投資運用会社ではなく、あくまでも投資顧問助言会社であります)といいますか、組織の基本パーツが日本やアメリカ、スイス、バージン諸島などなど、あっちこっちに分かれておりますので、「会社の形態」は全世界を見回してみないと理解できない仕組みになっております。また、この仕組みに「ファンドオブファンズ」が絡まっておりますので、もひとつややこしい状況になっております。若林さんからしますと、「あたりまえのこと」かもしれませんが、ヘッジファンドを日本法において理解しようと、へんな質問ばかりする私に、嫌な顔ひとつせず、懇切丁寧に解説をしていただき、本当に感謝で一杯であります。(ときどき、「いや、実は私にもそれはよくわからんのです」とホンネでお答えいただきました。)

ちょっと気になりましたのが、若林さんが日本の株式市場の今後の占う意味で「重要項目」としてあげておられたのが、景気、為替、政治、エネルギーを含む環境問題、そして「企業のコンプライアンス」でありました。世界の株式市場との比較において、重要な5項目のうちのひとつにコンプライアンスが挙げられるそうでして、「これはそんなに影響度が高いのでしょうか?」とお聞きしますと、若林さん曰く

「もちろんです。不祥事を起したかどうか、ということも個別の企業には大事ですけど、不祥事を起さない仕組みとか、リスク管理といったことを企業に要求する制度の有無は市場の浮沈に大きく影響しますよ」「たしかにアメリカSOX法はたいへんかもしれませんが、あれを実践できないということは、それだけで不祥事のにおいがします」「そもそも日本の市場に4000社は多すぎるかもしれません。実践できなければいったん退場して、しっかりした組織をつくってからまた上場すればいいんです」

などなど、やはり機関投資家のコンプライアンスへ向ける眼差しには、たいへん厳しいものがあることを実感いたしました。私は、普段の仕事が個々の企業からの依頼というところにあるものですから、不祥事再発防止のためにはどうしたらいいかといった観点からしか「コンプライアンス」を捉えておりません。したがいまして、大きく観点を広げても、「企業集団としてのコンプライアンスのあり方」くらいまでしか語る資格がないように思っております。しかしながら、市場規模の拡大(国策)のため、企業不正を予防ないし低減するための仕組みといったものが、これほど大きく捉えられているというのはちょっと予想外でありました。(会社法改正、金融商品取引法制定は、海外市場との比較でいえば、とても日本に有利な法制度の改変だそうであります)最近SRIの市場規模が拡大したり、自主規制機関が引受審査基準を変更したり、監査体制の環境整備が進められたりしておりますが、これらは主として一般国民に向けられたパフォーマンスの一環ではないかと思っておりましたが、そうではなく、アジアの飛躍的な株式市場の伸長から取り残された日本の株式市場の「復権、再興」をかけた外向けのパフォーマンスの意味のほうが大きいのではないか、と思い直すことにいたしました。

そういえば、2日ほど前の日経ビジネスオンラインの記事におきまして、東京地裁第8民事部(商事専門部)の裁判官の方々が、いつ提訴されてもおかしくないほどの「秒読み」状態になったMBO訴訟のために、いま必死で勉強されている、ということが書かれております。若林さんからヘッジファンドで働く人々のことをお聞きするうちに、日本の会社法における「多数株主支配からの少数株主保護」に関する判例が形成されるためには、どうもファンドが「少数株主」側として登場するようなケースが多発することが条件になるんじゃないでしょうか。(いままでは支配株主として登場することが念頭に置かれておりましたが)どうもそのあたりを、そろそろ裁判所も察知しているのかもしれませんね。

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コメント

>「たしかにアメリカSOX法はたいへんかもしれませんが、あれを実践できないということは、それだけで不祥事のにおいがします」「そもそも日本の市場に4000社は多すぎるかもしれません。実践できなければいったん退場して、しっかりした組織をつくってからまた上場すればいいんです」

このリクツでは、金商法(上の内部統制の必要性)は説明できても、会社法(上の内部統制の必要性)は説明できません。揚げ足を取るつもりは更々ありませんが、こういう一緒くたの議論が実務を混迷に陥れるのです。

また、機関投資家、アナリストの目を意識し過ぎると、どうしても外からみたときの「形」から入ってしまいます。入り口が「形」に過ぎず、然る後に「中身」に進めば問題ないのですが、得てして「形」優先、あるいは、「形」で終わってしまいがちではないでしょうか。

個人的には、「再発防止」にプラスアルファとして「想像力」を付加(常に他社事例を「他山の石」とし、自社を見直し改善する契機とする姿勢と継続的な努力)すれば、これに勝るものはないと考えます。いわゆる上場会社が市場へのアピールとして「形」を整える必要があるとすれば、それはその後に付随的に行うべき"技術的な"作業ではないか、と思います。

昨今の”J-SOX”狂想曲とも言える状況は、主客が転倒しているのではないかと思うのです。

投稿: 監査役サポーター | 2007年2月19日 (月) 00時12分

はじめまして。都内の企業で内部統制関連部署におります。MBOにつきましては、私も日経ビジネスの記事を読みましたが、そもそも裁判所で判例を出すことよりも法律で規制すべき問題ではないでしょうか。少数株主の保護といいましても、はたしてどこまで有益な訴えが起こされるものか不明ではないかと思います。ファンドが経営者を訴えるとしましても、株価の買取請求とか、価格決定の申し立てを行う程度でしょうし、そもそもMBO自体の違法性を争うことまではやってこないのではないでしょうか。(そんな時間を裁判につぎ込むほど暇ではないと思われます)司法に期待することは、よいのですが、実際にファンドがその役割をになう、というのはちょっと理解に苦しむところです。法律での規制が時間的に無理であり、なおかつ規制すること、それ自体が日本市場のためであれば、証券取引所や証券業協会による自主的な規制で先手をうってルール化すべきだと思います。

投稿: 久々宮 | 2007年2月19日 (月) 00時51分

確かに、J-SOXでの“主客逆転”は一理あると私も思います。八田先生も、「画一的な文書化は誤解」と強調されているhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20070215/262078/?ST=enterpriseように、「文書化」やIT統制という、本来は財務報告の信頼性を確保するための手段が一人歩きし、目的を見失った“過剰”ともいえる構築作業がなされているように感じてなりません。同じことは、個人情報保護法への対応で経験したばかりのはずなのですが…。むろん、コンプライアンスは重要ですが、見かけは立派な体制ができても、複雑すぎてちゃんとやれない、しかしやらなければならないから、やっている「形」だけは整える…「いつか来た道」にならなければいいのですが。また、過剰管理の内部統制が、従業員満足(ES)を損ねるという、人的リスクも考えなければならないと思います。
Toshi先生、本日の日経朝刊を興味深く読みました。私なぞより、よっぽど「辛口」ですね。

投稿: 行方 | 2007年2月19日 (月) 18時42分

 内部統制=J-SOXというような一時期の悪しき内部統制バブルの時に逆戻りした感のある、昨今の状況を非常に憂いています。私は、監査法人主体のJ-SOX体制構築競争には、金融庁内部統制部会にも一部原因があると思いますが、コンプライアンスと同じように、「仏作って魂入れず」の始めから形骸化した仕組みだけが出来上がる内部統制実務には非常に強い危惧を抱いております。

 目的と手段を履き違え、本来あるべき内部統制(経営管理システムとしての内部統制=財務報告の信頼確保に限定されない)と財務面に特化した内部統制(こちらに内部統制という言葉を使うこと自体に疑問を感じますが)の違いや本来の趣旨を理解せずに、営利誘導に乗せられた内部統制の構築で、企業不祥事や粉飾問題が解決するのでしょうか?

 私も、若林氏の証券市場至上主義的発想では、内部統制は構築できないし、実効的なものにならないと思います。それこそアメリカが、そしてエンロンやワールドコムがたどってきた悪しき内部統制を何の反省もなく認めているかのような気がしてなりません。
 そしてMBOやM&Aなど、会社を投資対象としてしか見ないファンド、金融関係者には、生身の人間の営みである内部統制や会社というものが理解できていないのでは?と思えてなりません。

 投資家ばかりを意識したアメリカ流の内部統制が破綻したように、このままの流れでは日本企業の競争力を失わせた上に、内部統制まで破綻し、証券市場を疲弊させ、日本経済を停滞させるように思えてなりません。現実に、J-SOX対応が大変なため、上場を諦める企業や上場を延期する企業が多々出始めています。

 過剰統制の社内体制は却って内部統制を形骸化させます。何でもかんでもチェックチェックで、部長級の管理職の職務が必要以上に増えてメクラ判化させたり、社内稟議を何度も繰り返す無駄と意思決定の遅延による効率性を阻害したり、複雑すぎるシステムが社内でのチェックを事実上困難にしたり、必要以上の作業量で業務の効率性を阻害し、ヒューマンエラーを誘発したり、複雑すぎるルールを放棄して自分たちに都合のいいローカルルールを作り影で運上したりと、過剰統制がもたらす弊害は上げればきりがありません。

 このあたりの弊害に目が向いていないことこそ、形だけ、マネーゲームで生身の人間の存在を理解しようとしない証券市場至上主義者の最大の盲点かと思います。

 ライブドア事件のときにSBIの北尾社長が、M&Aされる会社の社員の気持ちを無視したM&Aはうまくいかない旨の発言をしていましたが、このような感覚を持ったファンド関係者が数多く出てくることを強く望む次第です。

 そして、長すぎる表題をつけ、分かりにくい文章を書いて実施基準を公表しておいて、趣旨が伝わっていないと講演等で言っている内部統制部会メンバーにもあきれてしまいます。趣旨が伝わらないのは、伝え方が悪いからで、それこそ、「情報とコミュニケーション」の手法において脆弱性を認めざるを得ないと感じています。

 形ばかりを追及するJ-SOX対応といい、IT統制といい、人間性を無視した仕組みの構築で、人間の行動をコントロールしようというそもそもの根本的な発想を改めて欲しいものです。
有名なファンドの社長だからこそ、自戒の念として、このような意識改革が必要かと思います。

「人間性を無視した刑法学は・・・空疎である」と、団藤重光博士がはしがきで述べていますが、内部統制においても、全く同様の感じがします。
「人間性を無視し、人間の営みを無視した内部統制は全くの空虚である」と。

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2007年2月19日 (月) 20時48分

皆様、貴重なコメント(熱いメッセージ)ありがとうございます。このたびのエントリーはちょっと軽めのタッチで書かせていただくつもりだったのですが、意外に反響が大きく驚いております。もし私が若林さんの発言のご趣旨を取り違えて解説していたとしたら、ずいぶんとヒンシュクものですね(^^:;こういったエントリーの場合、今後充分気をつけたいと思います。

依然としてJ-SOXに関するご意見が多いです。金融庁からQ&Aが3月下旬に出るとか出ないとか噂があるようですし、内閣府令のパブコメ募集も控えているとのことですので、もうすこし今後の動向を見極めたいと思っておりますが、主役である上場企業の経営者の方と、監査法人の担当者の方はどう思っておられるのでしょうかね?もうあまり時間もありませんし、ホンネのところを直接聞いて見たい気がします。このブログで「対談シリーズ」とか企画してみたいです。(もちろん匿名ということで)せっかくの経営者と監査人をむすぶ「共通語」としての役割があるわけですから、
経営者「なに?きょう、○○監査法人、来てるの?」
総務部「はい、なんでも内部統制監査とか・・・」
経営者「あっそう・・・・ところで・・・」
みたいにならないようにするにはどうすればいいのでしょうか?
そうならないように監査法人さんのほうも、きちんと経営者自身と向き合っておられるのでしょうか?
どうもアヤシイ気がします・・・・・

投稿: toshi | 2007年2月20日 (火) 15時05分

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