日興CG報告書とメール管理
財務報告の信頼性確保に係る内部統制の評価および監査基準のひとつとして、情報管理の適正性が挙げられると思われますが、このたびの日興コーディアルグループの特別調査委員会報告の内容を読ませていただいた感想として、「メール管理の重要性」、裏を返せば「メールは怖い」といった印象を強く抱いた方も多いのではないでしょうか。NPIが虚偽の発行開示書類を作成したのかどうか、という点は、「所与の前提」だけでは不明確であります。そこで調査委員会としましては、いくつかの「所与の前提」を時系列的に並べて、その間に調査委員の「推論」を置いていくわけですね。そして、この「推論」の部分が合理的な疑いが生じない程度にまで、確からしい証拠があるかどうかをひとつひとつ吟味していく、といった手法をとるわけであります。今回その「調査委員会の推論が正しいようだ」と裏付ける大きなポイントとなりましたのが、NPIHによりますEB債の発行決議(取締役会決議)の日付を誤魔化していたことを示す数々のメールでありました。また、過去にも同様の手法によってNPIが利益を捻出していたことを示すメールも出ておりまして、「所与の前提」の並び方が単なる偶然ではない、といったことの重要な証拠としても用いられております。単に直接証拠としてメールを用いるのでありましたが、保存期間もそれほど長期間でなくてもよさそうでありますが、こうやって間接証拠としてもメールが用いられたり、動機の立証としても活用される場面があるとすれば、やはり内部統制の一貫としてのメール管理のあり方としましては、5年以上の長期にわたる保存が最低限度必要になってくるのではないでしょうか。
ところで、NPIの元代表者の方の発信メールがまったく見あたらなかった、ということでありまして、サーバーから消えてしまったのではないか、との疑念が生じるところでありますが、社外メールならいざ知らず、社内メールというものは、個人の操作によって簡単に消すことはできるものなのでしょうか?最近はメール保存の際に、社内メールすべてに自動的に番号が付されていき(時系列)、もし誰かが日付をさかのぼらせたり、消去したりすると番号がおかしくなってしまうような仕組みを取り入れているところもあると思いますが、そういったシステムはとられていなかったのでしょうか。いずれにしましても、スタッフを含め合計12名の調査委員会組織が約1ヶ月の調査期間に50万件を超えるメールをチェックしたということですから、それは想像をはるかに超える程度の困難な作業だったと思われます。情報の伝達と管理にとりまして、メールの存在は上場企業にとって不可欠なコミュニケーション媒体でしょうから、内部統制システムの整備運用にあたっては、このあたりにどれだけ気を遣っているか、ということが重要な問題になってこようかと思われます。
なお、今回はたまたま「バックデート」という不正がメール調査から明らかになったようでありますが、もっと核心に触れる点、つまり日興CGの中心メンバーが不正な発行開示書類の作成に関与していることを示すようなメールは見当たらなかったのでしょうか?報道機関はこぞって「組織的関与が認められた」と、それこそ所与の前提のごとく扱っておられるようですが、私はまだ懐疑的であります。そもそも日興CGの中心メンバーが関与している、と評価できるためには、同様の虚偽書類の作成が繰り返し行われたことが立証されるか、あるいは単発の不正について詳細な謀議が立証されることが必要なはずであります。しかしながら、今回の報告書の内容では、日興CGの元CFOの方が「関与していた可能性が極めて高い」とされておりますが、この報告書をよく読みますと、この元CFOの方が「所与の前提」部分へ関与していたことは認められても、メールのようなものが出てこないために、「推論」の部分への関与はなんら証拠からは明らかになっておりません。このあたりはメール発信の主体であるNPI社員を統括するNPIの元代表者と日興のCFOとは少し立場が異なるように思うのですが、どうでしょうか。日興CG本体の組織的関与があったかなかったか、というところが、今後の上場審査にも影響が出るのではないか、とも思えますし、このあたりをどう報告書を評価すればいいのか、と少し疑問に思うところであります。(まだまだ感想はたくさんございます。この調査報告書はいろいろな論点を提示してくれるもののようです。監査委員会には、やはり財務会計的知見が必要であると認識したことや、情報の開示というのは、一般投資家向けにやさしく開示されるべきか、およそ株価の変動に影響を与える事項については、閲覧者のレベルに合わせる必要がないのかなど、また追々考えていきたいと思っております。)
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コメント
私は、「日興CGの中心メンバーが関与している。」と評価しました。
その根拠は、EB債発行を決定する2004年8月4日のNPI取締役会議事録のバックデートについて、2004年9月16日の夜の山本日興CGCFO、平野NPI取締役会長、城戸NPI取締役社長、丹羽NPIH取締役、NPI社員5名、日興CG社員2名と取締役1名が出席した会議で実質上決定され、それが9月24日の日興CGの経営会議で承認されたことです。日興CGは、最重要方針を経営会議で決定することとしています。
上記のことは、報告書から私は読み解いたのですが、報告書のどの部分から等については、以下の自分のブログに記載しました。
http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_1017.html
投稿: ある経営コンサルタント | 2007年2月 5日 (月) 11時22分
>経営コンサルタントさん
いつもコメントありがとうございます。
そちらのブログも拝見させていただきました。
私もご指摘の箇所は注目しているのですが、
9月16日の経営会議でEB債方式が確定したことは認められる、と報告書に記載されておりますが、発行日や交換権行使価格まで決められたとまでは認定できない(Hノートに「24,480」なる記載が存在しないため)、とありますので、「黙認していた疑いが強い」とまでは言えても、断定するところまでは無理ではないかと思う次第であります。
また、元NPI代表者が報告をした、とされる9月24日の経営会議にしましても、どこまでの報告がなされたのか、つまり「所与の前提」の部分に関する報告だけであれば、それこそ「会計上の問題点」や「TOBの問題点」を議論するだけにすぎず、この報告書がもっとも協調している「全体としてのスキームの違法性の問題まで」果たして会長、社長を交えて議論されたかどうかは、不明ではないか(むしろ、つきつめて考えますと、ここで承認されたとなりますと、会長や社長さえ積極的に違法なスキームに関与していた、という結論になってしまうのではないか)と思われます。
一方、この報告書の素晴らしいと思う点は、自らの推論が見込み違いであった、とされるところも誠実に記述しているところであります。TOBの選択に関するあたりの記述にそれが読み取れます。経済産業省に問い合わせをした結果、NPI元代表者の証言には誤りはなかった、という経過がきちんと報告されているあたりです。
投稿: toshi | 2007年2月 5日 (月) 15時43分
toshiさんの御指摘のように、9月24日の経営会議の時に「全体としてのスキームの違法性の問題まで」会長、社長が、どこまで認識していたのかの、疑問は当然残っていると私も考えます。
しかし、日興CGのガバナンス、内部統制という観点で考えた場合、会社が経営会議で重要事項を決定する際には、経営会議の事務局等が存在するはずであり、事務局が法的観点を含め、事前チェックを行う体勢を作っていなければならないと考えます。そして、そのような体勢を整備することが、経営者の最も重要な仕事の一つであると私は思っております。
投稿: ある経営コンサルタント | 2007年2月 6日 (火) 11時26分
経営コンサルタントさん
ご意見ありがとうございます。
>しかし、日興CGのガバナンス、内部統制という観点で考えた場合、会社が経営会議で重要事項を決定する際には、経営会議の事務局等が存在するはずであり、事務局が法的観点を含め、事前チェックを行う体勢を作っていなければならないと考えます。そして、そのような体勢を整備することが、経営者の最も重要な仕事の一つであると私は思っております。<
これ、ものすごく「いい意見」だと思います。
本来、私もこの部分を考えるべきであり、このブログが内部統制を取り扱っている以上は、ここのところが「事実認定」とどうかかわりあうのか、また今後どう関わっていくべきなのか、というところを考えていく必要があると思っております。
内部統制の整備を前提として、その違反を「間接事実」に使えるのかどうか、非常におもしろく、また重要な論点になってくると思いますので、これはまた別の機会にエントリーとして書かせていただきます。
投稿: toshi | 2007年2月 6日 (火) 12時37分
とても興味深いエントリーを何時もありがとうございます。初めてコメントを記載する者です。「メール管理の重要性」は私も痛感いたします。ただ、メールをかなりの長期間保存させることは、費用との関係を考えると難しい問題もあるのもかもしれません。一定期間ごとにメールを自動的にサーバーから消去するシステムを採用している会社も多いような感覚をもっています。ちなみに、アメリカでは、聞くところによると、訴訟を起こされる具体的な蓋然性を認識した時点からは、会社がIT担当者に連絡をして、全てのメールをサーバーから消去させないという手続を取っているようです(Discoveryその他の訴訟手続との関係があるように思われます)。また、事件に関係のありそうなメールは、社員が不用意に転送したりプリントアウトすることを禁止するというプラクティスもあるようです(それらの情報は、全てメールのmetadataというところに記録されてしまうそうですが、ある時点で転送したりプリントアウトしたという事実が不利益に扱われることを避ける意味かもしれません)。今回のケースでは、チェーンメールの形で重要証拠が残されていたわけですが、例えばインスタントメッセンジャー等のように、ログをサーバーに残さないような形であのような議論がされていたら結果はどうなっていたのかなあ等と考えると、ITの問題はかなり奥深いという感想を持ったりもいたします(取締役とチャット等というのは随分と違和感がありますが、今後起こりえないとも言えないかもしれません)。
投稿: 裕明 | 2007年2月 7日 (水) 06時34分
>裕明さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
内部文書が裁判において広く開示の対象とされたり、保存していないか、もしくは勝手に削除してしまったことが訴訟において不利になってしまうことは往々あることですから、内部統制システムの整備と保存文書の開示という問題は今後大きなテーマになるものと考えております。(すでにこのブログでも過去に取り上げたことがあります)
ITで管理された文書につきましても、それが「営業秘密」に該当するとして開示しない、といった理屈も成り立つと思いますが、刑事事件となってしまっては有効な理屈とは思えませんし、秘密として保護されるような管理方法は、これまた膨大な費用がかかります。
今後の各企業のメール管理対応については、私もどうされるのか、各担当者にお聞きしてみたいですね。それから、ご指摘のとおり、もし保存されない情報伝達方法を採用している、といった場合、それが重要な企業情報の伝達方法として用いられているとすれば、それ自体ひとつの問題になってしまうのではないでしょうか。内部統制システムの整備における不備もしくは重要な欠陥ではないかと考えられそうですね。個人的なメールのやりとりであれば、携帯メールを使えばいいような気もいたします。
また、有益なご意見お待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2007年2月 7日 (水) 15時39分