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2007年3月 2日 (金)

監査法人の粉飾決算加担への罰則ルール

2月27日の新聞報道では、監査法人改革案のうち、監査法人への刑事罰導入は見送られた、とありました(日経ニュースはこちら)。その一方で、3月1日夕方のニュースによりますと、監査法人が粉飾決算に加担した場合には課徴金制度が導入され、その加担した会計士が在籍している監査法人には、当該法人から報酬として受領した金額の1.5倍の課徴金納付が命じられることになる模様であります。「刑事罰を課される」ということに関連して、監査法人にはさまざまな不利益(事実上の解散など)が生じることになりそうですから、その社会的影響力(上場企業が被る不利益の回避)を勘案しますと課徴金制度に落ち着くことも妥当なところではないか、とも思われます。ただ、受け取る報酬の1.5倍の金額の課徴金といえば、これはほとんど制裁的意味しか持たない(つまり、不当に得た利益を返還する、といった意味合いではない)わけでして、実質的には「刑事罰」を課すに等しいものではないでしょうか。私は監督官庁のない資格者ですから、有事におきまして、金融庁や証券取引等監視委員会と対峙しなければいけない公認会計士さん方のお気持ちは十分にはわかりかねますが、本当にそれでいいのでしょうか?

たしかに、平成17年の証券取引法改正によりまして、継続開示義務違反行為に及んだ発行体企業につきまして、ある程度の制裁的な意味合いでの課徴金が課されるようになりましたので、これと平仄を合わせる形で制裁的課徴金を導入することにも一理あるようにも思えます。しかしながら、私の理解では、平成16年に証券取引法に課徴金制度が導入された当時は、伝統的な憲法の二重処罰禁止ルールにしたがって、不当利得剥奪的な課徴金制度として導入されたはずでありまして、それが平成17年に、継続開示義務違反行為に制裁的課徴金制度が導入されるに至ったところでの理論的整合性につきましては、ほとんど説明はされていないように思います。(刑事罰として罰金が科される可能性があるにもかかわらず、どうして刑事手続きによらずに、制裁的な罰則金を科されるのでしょうか、といった問題。もちろん両方が科される場合の金額に関する調整規定といったものは存在するわけでありますが・・・)結局のところ、あまり理論的に詰めることもなく、社会政策的な目的(資本市場を舞台とする企業不祥事を抑止したい、といった目的)から、監査法人による粉飾加担を防止するための制裁措置として、場当たり的に課徴金制度を導入するのではないか、と推測されます。

そもそも監査法人に対しましては、刑事罰の導入が見送られ、課徴金制度だけが導入されるわけですから、「ともかく払っておいたほうが監査法人の将来にとって好ましいのであれば払ってしまおう」といったインセンティブが働くようになるかもしれませんね。でも、実際に問題の企業における監査担当者には刑事罰が適用されるわけですから、行為者が否認をして、最終的に刑事的に「無罪」となった場合、監査法人はすでに課徴金を払ってしまっていた、という事態にもなりかねません。(課徴金賦課の条件として、行為者の刑事事件が確定したこと、とすることも理論上はありえますが、これでは法人に対する両罰規定、つまり刑事罰と同じになってしまいますから、やはり行為者の刑事事件とは別個の手続きになるのでしょうね)監査法人が得た報酬といいましても、これはほとんどが会計士さん方の労働の対価でしょうし、虚偽記載の報告書によって「濡れ手に粟」の利益を監査法人が得たものではありませんので、報酬の1.5倍の課徴金といいますのは、たいへんな制裁金と言えそうであります。粉飾への加担ということを刑事的な発想で考えますと、「会計基準の解釈」や「担当会計士の故意過失」「事業会社の役員との共謀」「監査法人の担当会計士に対する注意義務の有無」などなど、刑事法的には有罪と無罪を分ける論点がかなりたくさんあると思われますし、そういったところを十分反論することもなく「刑事罰よりもまし」ということで払ってしまうことになってしまうのでしょうか?

独占禁止法や証券取引法など、それぞれの法目的が異なりますので、課徴金の持つ意味もそれぞれの法によって異なることには異論はありませんが、監査法人には刑事罰を導入しないからといって、実質的な刑事罰と評価しうる課徴金制度をそのまま受け入れていいものかどうか、(刑事法学者の方はもちろんのこと)監査法人さんのほうでも、今後の具体的な立法過程に十分ご留意いただいたほうがよろしいのではないか・・・と思った次第であります。

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コメント

こんばんは。

先生のご見解に全面的に賛同します。

「課徴金」というのは「不当利得」を吐き出させるものである筈で、そり以上の制裁的な意味はないはずです。それ以上の制裁的な意味を持つのは刑事罰として構成しないとおかしいと思います。刑事罰を課せられると犯罪者の烙印を押され致命的なダメージを受けるが、行政罰ならそうではないからまだマシと考えたのでしょうか。しかし、実質的に刑事罰に等しいペナルティが行政手続(しかも、公取委のように、準司法機能を持った独立行政委員会でもない金融庁が主体)により賦課されるというのは、デュープロセスの原則に整合的なのでしょうか。

大体、検討母体である金融審議会公認会計士制度部会に刑事法の専門家は入っていません(法務省の参事官は入っていますが、この方はもともと民事裁判官と推測されます)。憲法学者を、とまでは言いませんが、このメンバーでこんなことを決めていいのか、と思います。

「事前規制から事後規制へ」「法化社会」などとスローガンの如く喧伝され、なんとなく納得させようとする風潮がありますが、ここまでくると「呆化社会」と言い換えた方がいいのでは、と言いたくなります。JICPAはさすがに声をあげにくいと思いますが、然るべき専門家がニュートラルな立場で論陣を張るべきと思います。リクツに合わない制度を許すことは、いま現在は「彼岸の火事」を決め込んでいられる人々にとっても暗い社会が待っている、と自戒すべきでしょう。

投稿: 監査役サポーター | 2007年3月 3日 (土) 01時42分

>監査役サポーターさん
いつもコメントありがとうございます。
課徴金制度(行政処分)のもつ「二重処罰性」以外にも私が問題だな、と思うのは手続きの流用問題です。検察と公取委とか、証券取引等監視委員会とが合同で捜査協力をすることも多いと思うのですが、刑事事件にしたい「本丸」の事件に手が届かないときに、とりあえず些細な行政処分のために強制手続きを行使して、その手続きによって「本丸」まで捜査してしまう、といったところです。少し例は異なりますが、最近ではイーホームズの社長の見せ金事件のようなものが近い発想です。
どこかで歯止めをかけませんと、今後は同種の対応が続きそうな気もいたします。

投稿: toshi | 2007年3月 5日 (月) 02時34分

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