企業価値の算定方法への疑問
3月10日土曜日は、午前中に社外取締役ネットワークの企業価値評価に関するセミナー、午後からはACFE(公認不正検査士協会)JAPANの資格継続研修、というとてもハードな一日でありました。企業価値評価セミナーにつきましては、毎回楽しみにしておりまして、今回も4人ずつのグループに分かれて、ある企業を買収するにあたって、買収側と売却側とで、それぞれ企業価値算定のうえで売買交渉を行う、といった演習であります。私のほうのグループには、某証券会社の大阪支店長さんがいらっしゃいますので、私なんかは、その方の評価方法をお聞きして、ただ「あぁ、なるほど・・・・」と納得してしまうだけでして、問題解決の手法を学ぶところまではいっていなかったような気もいたします。(情けないですが・・・(^^; )
ところで、あいかわらずの「素朴な疑問シリーズ」で恐縮でありますが、この公開企業の価値算定の基礎とされる「DCF法」(未公開企業でも、よく利用される)というのは、普通に友好的なM&Aの公正な企業価値算定には、なんの疑問もなく利用されているのでしょうかね?この演習におきましても、売り手と買い手が、それぞれDCF法を当然の前提として利用するところから始まるわけでありますが、元々どっちかに有利な算定方法ということにならないのでしょうか?サッカーの試合におきましても、ホームとアウェーでは、勝敗の確率には大きな違いが出るわけでして、このモノサシである「DCF法」といったものも、どっちかに有利な算定方法を、双方が所与の条件として、何の疑いもなく利用している、ということはないのでしょうか?もう少し細かく考えますと、売り手市場の時代ではどっちに有利で、買い手市場の時代ではどっちに有利とか、そういった公式はないのでしょうか?なお、株式市場があって、TOBという買付け方法が認められているわけですから、基本的には買い手側の意向によって算定基準が形成されるようにも思えますが、それでも敵対的買収防衛ルールが厳格であったりする場合には、やはり「買い手市場、売り手市場」といった分類は意味があるようにも思えます。そういったことが、素人なりに疑問として感じるわけでありますが、最近のコーポレートファイナンスに関する書物などには、こういった仕分け条件がどこにも書いてありません。こういったことは普通の人には疑問として浮かんでこないのでしょうかね?とても不思議です。
それと、もうひとつの疑問でありますが、収益還元法ですから「収益」が企業価値算定の根拠となることは理解できるのですが、その「収益」を「続ける」ことのパフォーマンスはどこで考慮されるのでしょうか?DCF法は「収益」とともに「ある一定時期までの持続的成長」(持続的成長が見込めなければ、その後はターミナルバリューの算定のみ)不動産収益事業へのDCF法の利用であれば問題は出てこないと思うのですが、企業活動についてDCF法を用いるのであれば、毎期の「収益」のほかにも、ある一定時期まで、「事業を継続」するパフォーマンスも別途必要ですよね。「継続は力なり」とはよく言われるところでありますが、売り上げを伸ばすところで収益を計上する場面と、売り上げを伸ばすことなく、また新規事業にも手を出さず、たんに経費を切り詰めて、利益を計上する場面とは、明らかに企業における「事業継続への意欲」には差が生じますよね。収益(リスクを含む概念として)が企業パフォーマンスのひとつであれば、事業を続けること自体も企業パフォーマンスのひとつであることは間違いないと思います。人件費を最大限切り詰めて収益を上げていても、あるとき、突然その限界を超えてしまって、事業継続力がなくなったらどうするのでしょうか?(なんか私がアホなこと、考えているんでしょうかね?しかし、ゴッツイ大事なことのように思えるのですが)
世間でよく言われているようなDCF法への指摘(資本コストの算出や、ターミナルバリューの算出に関する恣意性など)につきましては、ある程度の幅のある価値判断によって回避できるのかなぁとも思うのですが、それより以前に、先のような漠然とした疑問が湧いてまいりまして、どうもスッキリとしておりません。所詮、売買交渉における共通のモノサシとしての意味があれば、それ以上客観的な価値把握のことまで考える必要はない、と言われてしまえばそれまでかもしれませんが。。。(なお、ワールドコムの事件を題材にしましたACFEの研修につきましても、いろいろと討論があって面白かったのでありますが、それはまた別の機会に・・・・)
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コメント
はじめまして。
最近、先生のブログを拝見させていただいておる者です。
日々、勉強熱心でいらっしゃって、大変感銘を受けております。
今回、ブログを読ませていただき、少しDCFの根本的な理解について、不足されているところがあるのでは、と思い、コメントさせていただきました。
上記のご質問は、次のように考えられると良いと思います。
1.「元々どっちかに有利な算定方法ということにならないのでしょうか?」
回答:ないと思います。
DCF法は、仮に未来が100%予測できて、割引率が固定できるのであれば、方法論としては、正しいものだと思います。弁護士の世界では、交通事故で死亡した人を年金現価計算(ライプニッツ法で割引率5%)しますが、基礎となる考え方はこれと全く同じです(原告と被告の間で将来の収入や割引率について争うことはあっても、現価計算すること自体について争わないのと一緒です。)。DCFは、将来投資家に帰属するキャッシュフローを現在価値に割り引くという方法ですので、どっちに有利ということはないでしょう。ただ、DCFには、将来業績予測とリスク認識をしなければなりませんので(未来を100%予測できることはありませんので)、これらの描き方次第で、どんどん値が変わります。買い手は、将来を固めに見積もって(収益を低く見積もって)、価格を出しますし、売り手は、バラ色の未来で価格を出す傾向にはあるでしょう。要するに、DCF法自体は、無色だということです。
2.「売り上げを伸ばすところで収益を計上する場面と、売り上げを伸ばすことなく、また新規事業にも手を出さず、たんに経費を切り詰めて、利益を計上する場面とは、明らかに企業における「事業継続への意欲」には差が生じますよね。」
回答:これらは全て将来業績予測及びリスク認識(割引率)に織り込まれているはずです。
確かに、これをどう考えるかで、理論株価は異なりますが、それはDCF法のせいではないと思います。どのような未来を想定すると、N年後にどのようなキャッシュフローとなるかについては、将来業績予測の描き方次第で、それは算出者によることになります。そのストーリーがいろいろ描けるということは、振れ幅が大きい、すなわちリスクが大きいということになり、その分割引率を高くすればよいことです。このあたりは、アートな世界ですので、算定者によっていろいろことなるでしょう。DCFの場合は、どのようなストーリーを描くかやリスク認識の程度によって、相当、算出値が異なります。ですので、M&Aの場面では、どのような計算手法を用いるかという議論ではなく、DCFを使う前提としてのストーリーやリスク認識の違いを議論することになります(いろいろストーリーがある場合には、モンテカルロDCF等の方法も参考になる場合があります)。
なお、DCF法は、会社が永続することを前提としていますので、●ヵ月後に事業をストップすることが前提だと、別の手法(純資産等)が必要になります(DCFの中で使うことも勿論可能です。11年目で清算するのであれば、その時点で投資家に帰属するキャッシュを割り引けばよいだけのことですので)。
先生のご疑念の真意について、理解不足なのかもしれませんが、理論的には、このように考えるのがよいのではないでしょうか。実務的には、もう少し「結論が先にありき」的なところがあることは全く否定しませんが。
投稿: 東京在住のぞう | 2007年3月12日 (月) 12時52分
>東京在住のぞうさん
これは、たいへん詳細にご教示いただき、恐縮です。
私自身、かなり知識(理解)不足の点もあり、失礼いたしました。
私のなかで、DCF法自体になんらかの裁判規範性があることを明確な形として知りたい、といったバイアスが働いていたのかもしれません。
ぞうさんのご説明で、だいぶスッキリいたしました。
こういった企業価値に関する算定方法を勉強して思うことは、企業価値判断と司法審査という問題の立て方はかなり「空しい」のではないか・・・と思うところです。将来の見込みを合理的に現在価格に引きなおす作業について「価格が適切かどうか」といった判断はあっても、「著しく不適切」だとか「違法かどうか」といった判断は、そもそも立たないのではないか、といった気持ちになります。社外取締役や、独立第三者委員が公正な判断を行ったかどうか、といった手続面を重視することで、防衛策発動の適法性を議論する、といった議論もありますが、それでは、社外取締役や独立第三者委員は、いったい何をもって「どっちの経営計画が株主の価値を最大化する」と判断するのか、その算定方法についてもよく考えてみますと不明なところが多いような気がします。(つまりは、そういった形式的な判断手続さえ踏めば、常に取締役会の行動の適法性が担保される、といった運用が常態化するのではないでしょうか。MBOの場面においても、情報公開手続さえ踏めば、TOB価格自体が「安過ぎる」とか「高すぎる」といったこと、それ自体が司法判断にはのっかかりにくい、ということと同じように思えます。)
また、今後ともご教示いただけましたら幸いです。
投稿: toshi | 2007年3月12日 (月) 16時50分
このあたりオプション価格の算定方法と同じく個人的には胡散臭さを非常に感じます。
たとえ数式は同じものを使ったとしても、そこに放り込むパラメータによって結果はいくらでも変わり得ます。
新株予約権の有利発行に関する最近の判決を見ても、こうした手法がいかにいい加減なものかは自明だと思うのですが・・・。
投稿: とーりすがり | 2007年3月12日 (月) 21時53分