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2007年4月24日 (火)

MBOルールの形成過程を考える

(一部訂正に関する追記あります)

レックスHDの事例を引用しながらMBO(マネージメント・バイ・アウト)と少数株主保護についていろいろと考えていた時期から、ずいぶんと時間が経過してしまいました。最近の企業会計、企業法務の専門誌を読んでおりましても、このMBOと少数株主保護(株主排除?)に関連するレベルの高い論稿が増えたように思います。学者の先生方も、大手の法律事務所を中心とした法曹実務家の方々も、(また、以前日経ビジネスオンラインの記事でご紹介しましたとおり、裁判所におきましても)来るべきMBOの適法性(MBOに関与する取締役の善管注意義務、忠実義務違反など。なお価格の公正性を含めるとすれば、株式買取請求事件もここに入るでしょう)を争う法廷闘争に備えて、さまざまな議論が展開されているようであります。商事法務に3回にわたって連載されておりました「フリーズアウトに関するデラウエア州法上の問題点」(N弁護士)や、ビジネス法務6月号に掲載されているT准教授とK弁護士との対談(前編)、同6月号の大手NT法律事務所の方々による「M&Aを有利に進める株主対応」などなど、どれをとりましてもたいへん興味深い内容でありまして、会社法的な考え方、訴訟法的な考え方、比較法的な考え方など、いろいろと実務に参考となるところが満載であります。ただ、考え方はいろいろありますが、基本的なところでは、「効率的なMBOは企業社会では有益であるが、少数株主の利益は最大限確保されなければならない。一般投資家にとって上場企業の退場場面においても安心できる制度でなければ、市場に参加する投資家の数は増えないのであって、投資家保護、市場の活性化のためにも、退場企業のルールを合理的に決めることは重要。とりわけMBOに不可避的に発生する対象企業の取締役(支配株主)の利益相反問題を規制するべき合理的なルールの形成が必要。」といったところではほぼコンセンサスは得られているのではないでしょうか。

このブログでM&A関連のエントリーをアップするときには、いつも「素人考え」というフレーズで逃げておりますが、今回も素人的発想による疑問でありますから、そのあたりを「値引き」してお読みいただければ幸いです。といいますのも、非常に優秀でいらっしゃる若手、中堅のM&A専門家の方々の雑誌の論文を拝読しておりまして、よくわからないのが「アメリカの実務や、日本の会社法制度、裁判所制度を背景としたMBOルールがどうあるべきか」といった議論は進展しているように見受けられるのでありますが、「それじゃ、誰がその合理的なMBOルールを形成するのか?」といったところは、議論されているのだろうか・・・・・、というところであります。(ホント、これまったくの素人的疑問でありますから、もしすでに議論の集積がありましたらご教示いただきたいところであります)たとえば、わかりやすい例ですと、ある上場企業がMBOの対象企業となり、某ファンドが設立するSPCによってTOBをかける。この上場企業の経営陣は、TOBに賛同する旨の意見表明を行い、ファンドとともにSPCの持分を取得する。TOBによって90%以上の株式をSPCが取得した場合には、合併比率(交換比率)を調整のうえ、略式合併(略式株式交換)によって、少数株主を排除(キャッシュアウト)する、といったスキームがあるとします。もしかりに、この上場企業の経営陣による利益相反問題が顕在化しないままに、客観的にみてTOB価格が支配株主以外の少数株主にとって低廉である場合、その違法性(不公正)を正すべき合理的なルールはどこから生まれてくるのでしょうか?一般的にみてTOBに応じることなく、事後の簡易合併手続き(簡易株式交換手続きでも同様)における株式買取請求権の行使による是正が考えられるわけでありますが、しかし株式買取請求紛争の実態を考えますと、カネボウ株主の方のブログを拝見しておりましても、鑑定費用に莫大な費用がかかるところでありますし、(私も読ませていただき、ビックリいたしました)とうてい一般の株主が予納できるようなものではありません。また、たとえ費用をかけて公正な価格算定が可能でありましても、それは個々の株主の満足とはなっても、今後のあるべきMBOの姿を形成するようなルールは生まれてこないのではないでしょうか?(ここが最大の問題点だと考えるのでありますが、もし間違っておりましたらご意見をいただきたいところであります。よく、少数株主保護といっても、いっぽうで有益なMBOを阻害してはならない、その調整機能として反対株主には株式買取請求権を行使する機会があるではないか・・・と言われておりますが、果たして本当に、この株式買取請求権の存在が、そういった調整機能として有効なのかどうかは疑問ではないでしょうか。)また、会社法上日本ではクラスアクションのような制度はありませんので、個々の株主が全体のスキームを問題としながら、TOBから始まるMBOの不公正さを議論する場面というのはかなり限定的であることが現実だと思われます。

たとえば、先日の東京鋼鐵の合併事例において、いちごアセットマネジメント社が、少数株主として登場し、委任状争奪競争で一定の効果を残したわけでありますが、MBOの場面におきましても、そういったファンドが少数株主として登場することも考えられるところであります。そういったファンドがリスクを背負いながら、TOB後の合併比率の不合理さを根拠として簡易合併等の取消、決議無効を争う、といったことも考えられるところであります。しかしながら、ファンドにおきましても、日本における法廷闘争には時間と費用がかかるところでありますし、人様から預かった資金を長期間寝かせておくことはできないのが通常であります。そう考えますと、議決権行使の場面においては活躍が期待されるファンド型少数株主でありましても、ことMBOと司法判断、といった場面となりますと有効に機能しないのではないか、とも思料され、果たしてMBOの合理的なルール(取締役の利益相反行為に関する判断)は、せっかく裁判官の方々が、てぐすね引いて待っておられたとしましても、司法の場面では形成されないのではないでしょうか。また、ダイレクトにそういった取締役の責任を追及するための第三者責任追及訴訟(会社法上もしくは民法上の不法行為責任として)を提起することも考えられるでしょうが、おそらく勝訴可能性や、費用負担の面ではなんら変わるところはないと思います。敵対的買収防衛ルールにおいては、その導入および発動の場面において司法判断が担保されるがゆえに、「パワーゲーム」の手段となりえますが、MBOの場面においては、担保となる司法判断が形成される土壌がないように思えます。また、MBOの場面における「あるべき取締役の振舞い方」つまり、善管注意義務をどう尽くせばよいのか・・・といった議論もさまざまなところで行われておりますが、これは最終的には株主代表訴訟を提起されるリスクによって担保されているわけでありまして、果たしてMBOで顕在化すべき「利益相反問題」はそういった訴訟のリスクによって担保されているといえるのでしょうか?(これは、どんなに情報開示面を強調した、司法によるプロセス判断重視を検討しても、訴訟提起へのインセンティブ問題が前提にある以上は同様ではないでしょうか)

こういったところからしますと、あるべきMBOの姿を追求できるための合理的なルールというものは、果たして司法判断のなかから形成されていくのかどうかははなはだ疑問でありまして、「やったもん勝ち」の世界ではなかろうか・・・と一抹の不安を覚える次第であります。もちろん、東証ルールのような自主規制によって「事前規制」をはかるべきなのかもしれませんが、すでにいろいろなMBO事例をみましても、取締役の利益相反問題への対処方法は、個々の事例によって様々であり、どのように事前ルールを詳細に規定しましても、情報の偏在化に由来する力の差というものは埋まらない気がします。結局のところ、取締役の善管注意義務が尽くされることを担保できるのは、事後に公正な価格と公正な手続きが審査され、また立証責任が転換されるべきルールが形成されることによって、MBO手続きがひっくり返るリスクを背負うことに期待されねばならないのではないか、と思いますし、「法の支配」をM&Aの世界にも貫徹するのであれば、どうしても司法によるルール形成の可能性を考えなければいけないのではないでしょうか。いま、少数株主のサイドから考えられることといえば、今後のファンド資本主義の更なる台頭、日本の株式市場が国際的に活性化することが予想されるなかで、こういったルールをきちんと形成することにもファンドが寄与することが、将来的な投資コストの低減につながる、といったことを認識していただくことと、裁判所に向けては、このままだと肝っ玉のすわった少数株主なら株式買取請求で満足できる余地はあるけれども、「やったもん勝ち」の世界でビビッてしまって、強圧的なTOBで満足せざるをえない株主は救済されず、ひいては市場への参加者は限定的に終わってしまうこと、それは最終的には一般国民にとって法による支配が及ばない領域を作ってしまうことにつながることの是非を問い、できるだけ鑑定費用や訴訟負担をかけずに効率的なMBOか否かを判定できる裁判手続の実現(もしくは工夫。たとえば鑑定費用をかけずに、手続きの公正さだけを争うことで、立証責任のバランスをはかり、相対的な決議無効を争えるような形として、その後は当事者間における和解的解決で決着をつけるとか。)をお願いすることが必要ではないか、と思います。なんだか最後のほうは泥臭い話になってしまいましたが、これがMBOと法律とのありのままの姿ではないでしょうか。

(追記 記述の誤り「簡易合併」→「略式合併」、「簡易株式交換」→「略式株式交換」を訂正いたしました。失礼いたしました)

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