エディオン・ビックカメラ統合計画の撤回
2月8日に、業界トップのヤマダ電機に対抗すべく、エディオンとビックカメラが経営統合することが発表されましたが、ご承知のとおりビックカメラ側からの申出により、3月30日に両社の統合計画は白紙撤回されたようです。(日経ニュースはこちら)これを受けて、日経新聞の4月2日付け朝刊記事では、両社が「重要な経営情報をあいまいな状態で(経営統合を)発表したことになり、情報開示の問題点が浮き彫りになった」とやや批判的な見方で報道されております。(統合に関する発表の後は、株価が上昇したわけですから、投資家は不正確な情報を元に投資した、ということになる、とされております)
投資家へ確定的な情報を開示できなかったことにつきましては、市場の混乱を招いたこともあり、反省点もあろうかと思いますが、従業員の方々の予想外の反応の前に「統合撤回」を決断しなければならなかったビックカメラ経営陣にも、やむをえない事情があったのではないでしょうか。本来、ビックカメラとしましては、合併(経営統合)に関する重要事実につき、当然に証券取引所の自主ルールたる適時開示をしなければならないわけでありますが、どこまでのことが決まれば適時開示の対象となるのでしょうか。一般にはおそらく「業務執行機関による統合に関する正式決定の後」ということになろうかと思われます。つまり、適切な開示がなされた、といえるためには、投資家への公正、公平な情報開示が要求されますので、同じ日に両社とも経営統合に向けての取締役会決議がなされ、両社ほぼ同時刻に、それぞれ経営統合に関する開示要求事項を公表する、といった流れになると思われます。まぁ、この取締役会決議まで、しっかり社内における情報管理ができていればよいのですが、ここで留意すべきは「インサイダー取引になる時期と適時開示を必要とする時期のズレ」に関する問題点であります。本来、適時開示とインサイダー規制は裏腹の関係にある、と言われているところでありますが、この企業再編に関する重要事実といったものは、どうも単純に裏腹の関係とはいえないところが問題であります。
経営統合に関する重要事実の公表時期が「取締役会決議」の直後、といった場合、その公表時期までは社内でインサイダー取引に関する規制は適用されないか、といいますと、通説にしたがいますと、実はそうでもないようです。実はそう簡単には言い切れないところがございます。たとえば、両社の代表者が統合に向けての話し合いを始めた後であっても、また統合に向けての協議が常務会などで確定した後などにおいても、その統合に向けての準備活動の事実が存在した時点で、すでにインサイダー取引が規制される「社内の重要事実」は存在する、という見解もございます。(一部文言を修正しました)そうであるならば そういった見解にしたがうならば、経営統合に向けた準備が進んでいる最中から、両社の社内では常にインサイダー取引が発生してしまうおそれが出てきまして、たいへん高度な情報管理が要求されます。もしそういった情報管理に漏れが発生して、運悪くインサイダー取引が発生してしまったのであれば、それこそ発覚後には大きなダメージを企業が受けることになります。自社の情報管理によほどの自信があれば格別、そうでない場合には、たとえ財務、法務DDが未了であったとしましても、経営統合に向けた準備が進んでいる時点のおきまして、一刻も早く基本合意に関する臨時取締役会を行い、その決議内容を適時開示として公表しておこう、と考えることも(ある程度は)理解できるところではないでしょうか。(いったん経営統合に関するリリースをしておいて、後で撤回することによる企業信用毀損のリスクと、合併比率の確定や従業員の反応などをほぼ調査して、統合計画が白紙に戻らないことが確実になるまで公表を控える代わりに、情報漏えいにともなうインサイダー取引によって企業信用が毀損されるリスクとを比較したうえで、後者による損害(リスク)を優先的に回避する選択肢もあるのではないか・・・とも思えますが、いかがでしょうか。)
ましてや、先日(3月20日)新聞報道されておりましたように、東証の上場制度の整備に関する懇談会がリリースした提言内容におきましては、東京証券取引所に上場している企業に適時開示義務違反が認められた場合には、課徴金を課すべき、とのことであります。こういったシステムが導入されるようになりますと、一般事業会社としましても、適時開示の適正性には十分気を使わなければならないわけでありまして、やはり早期に情報を管理して、開示すべき要請はますます強くなっていくのではないかと思われます。そんな状況におきましては、いったん統合計画をリリースしていながらも、後日「修正」や「訂正」といったものではなく事情変更による「白紙撤回」といったこともありうるなかでの「見切り発車的」な統合に関するリリースにも、少しばかり同情できる部分があるのではないか、と思ったりしております。
(注)4月3日午後 紀尾井町さんのコメントを受けまして、一部エントリー内容を修正させていただきました。なお、本日午後3時より、24時間、ココログのメンテナンスがございますので、悪しからずご了承ください。
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コメント
toshiさん
ご無沙汰です。実務家にとって大変悩ましい問題の提起ですね。
基本合意を締結すれば、これは適時開示制度上、必ず公表しなければなりません。過去においても肝心な事項が決定されていない段階で公表され、その後において交渉が決裂し破談となったケースはいくらでもあります。大手化学メーカーや大手・中堅医薬品メーカーなど数え上げればいくらでも事例はあります。それほど経営統合は難しいということです。最終合意した段階で公表させてもらえるような開示制度であれば悩まなくとも済むのでしょうが、制度はそうなってはいません。
さらに、もっと悩ましい問題がインサイダー取引規制の重要事実がどの時点で発生したのか、あるいは発生するのか、という点です。
toshiさんの文章を引用しますと、
>通説にしたがいますと、実はそうでもないようです。たとえば、両社の代表者が統合に向けての話し合いを始めた後であっても、また統合に向けての協議が常務会などで確定した後などにおいても、その統合に向けての準備活動の事実が存在した時点で、すでにインサイダー取引が規制される「社内の重要事実」は存在する、というのが一般的な見解であります。
これが一般的な見解かどうかは分かりませんが、現在公判中の「村上ファンド事件」もインサイダー取引事件であります。この事件も、いつ「重要な決定」がなされ、それがいつ「伝達」されたのか、ということが大きな争点となっております。つまり、一般的な見解ではなく、まだ判例上、不確定なところが色々とあるということではないでしょうか。
両者の代表者が統合に向けて話し合いを始めた・・・これは日常的に行われているようなので、この話し合いが開始された時点で重要な事実が発生したといえるのかどうか。不確定な要素があまりにも多く、この話し合いの開始だけでは、法律的な要件は未だ満たしてはいないのではないでしょうか。反試合は行われてもまだ何も決定はされていないのです。
次に統合に向けての協議が常務会などで確定した後で、その統合に向けての準備活動に入るという段階ですが、これもまた大変やっかいなことが色々とありそうです。経営統合がうまくいくかどうかは統合後のシミュレーションを計算して統合効果があるのかどうか判断しなければならない作業があります。もし、この作業プロセスで統合メリットがないということが分かれば協議は中止され、何もない状態に戻ります。つまり、投資家の投資判断に重大な影響を及ぼすことは何も起きなかった、ということです。
それで、統合メリットがあるという確信が持てた段階で基本合意の交渉に入ります。合意内容が確定した後で、取締役会の決議が行われ、開示制度の手続きにのっとって公表される段取りとなります。重要事実が、この段階で公表されるわけです。
それでもなお、今回のような最終契約に至る前に白紙撤回される事例が発生することになります。
はたして、どの段階でインサイダー取引規制上の重要な事実が決定されたのか、ということは、一般的な見解で考えることではなく判例などできちんと明確にしていく時期にきているようです。そのような意味で、M&A関係者は、現在公判中の事件の成り行きを注目しているところです。
投稿: 紀尾井町 | 2007年4月 3日 (火) 08時19分
>紀尾井町さん
どうもご無沙汰しております。
ちょっと、私が書きすぎたようです。「通説」というところは後で撤回いたします。どうもフォローのコメント、ありがとうございました。
もう少し、「通説」と書いてしまった点を掘り下げて、別のエントリーにして議論してみたいですね。(現在執務中ですんで、おってもうすこしコメントお返ししたいと思います)
投稿: toshi | 2007年4月 3日 (火) 10時45分
はじめまして。
この点は、とても悩ましいですね。
実質的に決定していれば重要事実としての決定になる、という一般論の下で事実認定上、どういうことがあれば、実質的に決定していたのか、あるいは、バスケット条項でひっかかり、逆に言えば、どの程度ならバスケットにもひっかからないか、ということが問題だ、というのが私の認識です。
合併の準備行為に着手すれば重要事実、という話は(比較的一般的なものとして)あったと思います。何が準備行為か、統合にかかる基本合意の協議が合併の準備行為と同じか、という事実認識の問題もあろうかと思います。
具体的に、統合についての協議をはじめていたら、少なくともバスケット条項該当性を気にして関係者の株式の移動は、控えさせるように思います。
裁判所の方には、バスケット条項も含め、どこまでがセーフハーバーかを示す、という意識で、ご判断をお願いしたいと思っています(軽微基準すらセーフハーバーにならない、というのでは動きようがありません)。
某著名ファンドマネージャーの事件についても、特定個人の属性の問題を超えて、予見可能性のない証券取引法の適用範囲を明確にする意味でも(また実務への影響という意味でも)、適切にご判断いただきたいなあ、というのが感想です。
投稿: ik | 2007年4月 5日 (木) 19時39分
>ikさん
はじめまして。コメントどうもありがとうございました。
一昨日、D大学のM教授(って、関連エントリーを読めばわかってしまいますが)とお話しをしていたときに
「いやあ、これからの企業法務は刑事問題への議論を抜きにはできへんのちゃいますか?」と豪快におっしゃっておられました。
これは私個人の感覚ではありますが、某著名ファンドマネージャーの事件につきましては、どのような事実認定がなされるのか、その事実認定はどういった間接事実や証拠によって形成されるのか、といったあたりで、実務上の影響を与えるような判断が出るのではないかと思っております。
しかし刑事問題となりますと、適正なリスク管理と「萎縮効果」ということで悩ましいですね。実務家として「バスケット条項」の存在をどのように見るべきなんでしょうか。
投稿: toshi | 2007年4月 6日 (金) 22時09分