内部統制の限界論と開示統制(3)
タイトルは異なりますが、昨日のエントリーに関連した話題であります。加ト吉社の6年間にわたる約1000億円に上る架空循環取引による売上計上(外部の調査委員会報告書要旨による情報)には、32社程度の企業が関与していたようでありますが、本日午後、読売新聞ニュース、東京新聞ニュースによって、名古屋証券取引所市場1部に上場している鉄鋼商社(O社)が関与しているとの報道がなされました。(このO社の株価は、このニュースの後、かなり下落しております)報道内容によりますと、加ト吉社の東京支社と、別の冷凍食品販売会社、そしてこのO社との間で、同一在庫商品が循環していたようであります。東京支社が関与する循環取引疑惑の取引額は240億円程度に上るとみられておりますので、いくつかの大手企業が関与していなければ、これほどの与信枠まで膨らむことはないと思われます。(現在、加ト吉社の架空循環取引につきましては、元常務の方がほぼ単独で進めておられたような報道がなされておりますし、そういった流れの外部調査委員会報告の内容のようでありますが、よく考えてみますと、東京支社だけでも5,6年の間におそらく異常な売上が認められたでしょうし、また全社的にみましても、異常な売上が限定的な取引のなかで発生していたことは取締役のなかでも気づいておられた方はいらっしゃったのではないか、という疑念はぬぐいきれません)
さて、こういった報道がなされた場合、現にO社の株価が大きく揺れているわけでありまして、一般投資家、株主にとりましては重要事実に関する報道がなされたわけでありますから、即時O社からの情報開示を(投資家としては)求めたいところでありますし、通常は「一部報道機関による報道内容について」と題する適時開示がなされるはずであります。ところが、現在(4月26日午前2時)に至るも、このO社からは自社HPにも、また適時開示情報HPにも、25日の報道内容が真実なのか、事実無根なのか、それとも内部調査中なのか、外部第三者に調査委託をしているのか、なんらの情報開示もなされていない模様であります。有価証券報告書の計算書類の真実性に影響を与える事実が問題となるだけに、ここでは実体面についての推測は控えさせていただきますが、この適時開示に関する上場企業としての姿勢については疑問を感じます。以前、スティールパートナーズに株を買い進められた明星食品社につきましても、どういった対応をとるのか公表をされず、「沈黙作戦」をとられたように報道されておりましたが、あの場合は熟慮期間として黙することもひとつの戦略とみられるところもあったかと思います。しかしながら、今回の場合には、おそらく名古屋証券取引所のほうからは、なんらかの会社の対応に関する開示を要求されているのではないでしょうか。
昨年10月ころにアップいたしました内部統制の限界論と開示統制といったエントリーをお読みいただきますと、私の意見も大方ご理解いただけるかとは思いますが、金融商品取引法の施行により、有価証券の流通面における企業情報開示制度については、大きく「内部統制報告制度」「四半期報告の法定化」「経営者確認書制度の義務化」に分けることができます。そして、内部統制報告制度だけでなく、この四半期報告制度、確認書制度の義務化につきましても、けっこう上場企業にとっては重要な制度変更であります。短期に報告書を提出しなければならず、その報告書には経営者やCFOの確認書も添付しなければならないわけでして、その確認手続きの適正性が企業内部においてシステムとして整備されなければならないわけであります。アメリカのSOX法でもそうでありますが(SOX法302条と404条の関係)、一般には内部統制と開示統制とは別個の手続きであると理解されておりまして、SEC規則をもとに考えますと、企業グループ全体からの重要情報収集手続きと企業情報開示手続きといったふたつの局面で適切性、網羅性、適時性が要求されます。たとえばこの鉄鋼商社であるO社におきましても、年間売上高6000億円のうちの250億円という売上比率が、どの程度まで重要性があるかは不明でありますし、どんなに財務報告の信頼性を確保するための内部統制システムを整備運用していたとしましても、経営陣にとりましては事実を把握することが困難であったのかもしれません。つまり、内部統制の限界事例に含まれる事例だったのかもしれません。しかしながら、今回のような有事におきまして、できるだけ速やかに事実調査を行い、調査内容の真偽を判断し、公表すべき事実を確定する作業工程といったものは普段からマニュアル化、規則化しておくことは可能であると思います。こういった開示統制手続きがきちんと出来上がっている場合には、内部統制システムの整備状況も良好であろうと推測されますが、逆に適時開示が適切になされていない場合には、経営陣の内部統制システムの構築姿勢の評価にも悪影響を及ぼすものと推測されてしまいます。(こういった開示統制システムというものは、これまでも監査法人さん方も、それほど本格的に企業へコンサルティングされてきたことはなかったのではないでしょうか。むしろ、こういった統制システムの重要性を議論することで、会計不祥事が発生した場合の監査人自身への責任追及は軽減されるのではないかと思うのですが。)
もちろん、これまでも各証券取引所の規則によって四半期開示や確認書制度というものも存在していたわけでありますが、法定化され、義務付けられるとなりますと、もし適時開示に関する不適切な行為が認められた場合には、違法状態が存在することとなってしまいますし、取締役の法的責任論にも発展するのではなかろうか・・・という懸念を私は抱いております。(内部統制の議論と比較いたしますと、会計専門家の方による監査の対象外ですし、法的な争点にしやすい・・・といったほうが適切かもしれません)そこで、金融商品取引法の本格施行を前にしまして、最近話題になっている財務報告の信頼性に係る内部統制報告制度と同等程度に、この開示統制制度についても一定の注意を払っておかれたほうがよろしいのではないでしょうか。とりあえず、このO社が循環取引にどのように関与していたのか、その実体面につきましては、また明日以降の報道を注視しておきたいと思っております。
(26日午前9時40分追記)日経ニュースに今後のO社の対応について掲載されております。
(27日午前2時追記)コメント欄にも書かせていただきましたが、26日夕方にO社より開示情報として、加ト吉社との循環取引に関する中間報告が出されております。実は、物商分離というのは、冷凍食品業界における取引慣行としてはあたりまえのことで、商社取引と架空循環取引は外観からは認識は困難、とのご意見も頂戴しました。このあたりは、私も実務慣行がどうなっているのか、とりわけ専門商社が介入している取引の状況をもうすこし詳しく調査してから、あらためて続編を書かせていただくことにします。
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コメント
toshiさんのブログを朝一で読まれたのかどうか知りませんが、本日最初の適時開示情報として、岡谷さんは対応されていますね
http://ir.nikkei.co.jp/irftp/data/tdnr1/home/oracle/00/2007/141a007/141a0070.pdf
投稿: unknown | 2007年4月26日 (木) 15時23分
本日午後4時半に、O社から適時開示情報として、途中経過に関する報告がなされていますね。
じつは、この問題については、何名かの方よりメールを頂戴いたしまして、商流からみて、典型的な商社取引ではないか、これで循環取引に加担した、といわれるのはおかしいのではないか、とのご意見を頂戴いたしました。(できたら、コメントとして頂戴できればよかったのですが)物流と商流が分離しているのが近時の冷凍食品の流通慣行のようですので、在庫がそのままでなんら動いていなくても、特別におかしいところはない、といったことのようです。ただ、この加ト吉社グループ全体による売上粉飾といったものまで認識したうえで参加していれば、やはり問題にはなるように思えるのですが、どうなんでしょうか。
投稿: toshi | 2007年4月27日 (金) 02時06分
こんにちは。いつも拝見しております。
内部統制の限界について、実施基準の冒頭のほうでも解説がなされているところですし、たいへん興味のあるところです。
ところで、ひとつ疑問なのですが、toshi先生が問題とされている限界論の事例は、経営陣の法的責任論と結びつくものとしてお考えなのでしょうか。もしそうだとしますと、大和銀行事件以降、しばしば内部統制との話で問題となる「経営判断の原則」とはどういった関係が成り立つのでしょうか?私は内部統制の整備運用は経営判断の原則によって、議論されるべきだと思いますし、金融商品取引法における内部統制限界論は、あくまでも合理的保証の範囲を決めるためのものにすぎないと思いますが、いかがでしょうか。
投稿: よこっち | 2007年5月 2日 (水) 15時37分
>よこっちさん
はじめまして。コメント、ありがとうございます。
ご指摘の点につきましては、最近商事法務から出版されました「非常勤社外監査役の理論と実務」という本を執筆する際にも、共著グループのなかで議論のあったところです。ご指摘の点、たいへん重要な問題を含んでいると考えております(とりわけ会社法上の内部統制と金融商品取引法上の内部統制との関係論など)そこで、明日以降にでも、私なりの見解をエントリーとして記述しておきたいと思いますので、またご意見をそちらのほうでお寄せください。
どうもありがとうございました。
投稿: toshi | 2007年5月 3日 (木) 01時37分