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2007年5月29日 (火)

会計制度監視機構のひさしぶりの提言

昨日は「内部統制と代表者の関与」のエントリーにつきまして、いろいろとご意見ありがとうございました。やはり予想通りといいますか、現実の内部統制システム(現状把握と整備)構築の場面におきましては、経営者と担当者(外部コンサル)との距離はかなり遠いものかもしれません。(まだ他にもご意見がございましたら、昨日のエントリーにコメントを頂戴できますと幸いです。ボヤキに近いものでも結構ですんで。)

さて、先週金曜日の日経新聞の記事にもありましたように、会計制度監視機構より、本当にひさしぶりに「独立性の高い監査を実現するために(監査役と監査法人のあり方について)」と題する提言が公表されました。(提言内容はこちらのPDF)企業会計における不祥事が多発する原因のひとつとして、監査法人の独立性が十分に確保されていないことが問題であることから、これを監査役制度と会計監査人の関係を見直すことによって、あるべき方向を検討しよう、監査役の責任を問わずして、監査法人の厳罰のみを推進するという方向はバランスを失している感が否めないとのことで、いくつかの具体策が提言されております。公認会計士法等の一部を改正する法律案が国会で審議されているところでありますので、非常にタイムリーな提言ですね。

証券取引所の規則で(上場会社に対して)社外監査役に要求される基本的な能力や要件の詳細を記載した規則を策定するとか、「監査役リスト」のようなものを証券取引所が具備して、その中から上場会社に選択してもらったり、取引所が指名するなどの制度が紹介されており、それはそれで面白い提言だと考えますが、いまもっともポピュラーなご意見と思われるのが(立法論ではありますが)監査役に会計監査人の選任解任権を付与したり、報酬決定権を付与することで会計監査人の独立性を確保しようといった提言であります。これは会計制度監視機構に限らず、いろいろなところから監査役制度と会計監査人のあり方として提言されているところであります。

この提言の趣旨は、業務監査と会計監査の最終責任者である監査役の権限を強化することで監査役自身の独立性を強化して、会計監査人はその監査役の保証された独立性のもとで会計監査業務をまっとうする、といった考え方がベースにあるようです。それは結論部分におきまして「企業会計をめぐる不祥事においては、まず経営者が断罪されるべきであり、次に監査役の責任が徹底追及されるべき筋合いである。・・・監査役の責任をなんら問わずして、監査法人の厳罰のみを推進するという方向は、バランスを失している感が否めない」と記述されていることからも理解できるところでして、たとえ監査役の指揮監督下にあったとしても、会計監査人の業務上での独立性を守ることで不祥事防止の一翼を担える存在になる、といった観点からの提言だと思われます。監査役の責任が重いわけですから、まずは徹底的に監査役こそ責任問題の矢面に立つわけで、その結果として「会計監査人の責任軽減」を導く思想といえるのではないでしょうか。

ところで、会計監査人の責任軽減といった観点から「監査役と会計監査人のあり方」を考える場合、ふたつの考え方があると思います。ひとつは監査役の権限強化による考え方(つまり立法論としての会計監査人選任解任権付与を前提とするもの。監査役の独立性の傘のなかに、すっぽりと会計監査人が入ってしまうもの)と、これまでの会計監査人と監査役との法的な位置づけはそのままにして、会計監査人の業務の一部を監査役の業務で代替させ(監査役が会計監査人の業務の手足になるもの)、その監査役の代替業務を合理的に信頼することによって(つまり信頼の抗弁を会計監査人に付与することで)、会計監査人の責任軽減をはかる、といった考え方であります。私は会計監査人の責任限度を合理的な範囲にとどめながら、かつ監査役制度の強化を図ることができるのは、後者の考え方ではないかと思っております。

といいますのも、(たとえ立法論としましても)監査役に会計監査人の報酬決定権や選任解任権を付与するとなりますと、それはもう委員会設置会社における監査委員会と同様のものになってしまい、まさに監査役が妥当性監査を行うことを認め、また経営判断にも関与することを認めることになります。ここまできますと、もはや監査役は「監査」をするのではなくて「業務執行を決定する」ことに近い業務内容になってしまいます。(注)そもそも、経営陣と会計監査人との関係からみて会計監査の独立性が毀損されてしまうことを問題提起しているにもかかわらず、期待される対象であるはずの監査役自身が「経営者」になることを認めてしまっては、なんのために独立性確保をはかろうとするのか、理解できなくなってしまうのではないでしょうか。現行の会社法が認めているところの、取締役が決定する会計監査人の報酬について「同意する」ことや、選任解任に「同意する」ことあたりが、監査役本来の監査業務と言えるスレスレの場面のようにも思われます。また、監査役の独立性強化の下での会計監査人の独立性といった概念は、たとえば金融庁による指揮監督関係や、監査法人内部における組織的監査における指揮命令関係などと、どういった関係になるのか、かなり複雑な問題を新たに抱え込むことになるのではないか、という危惧も拭いきれません。さらに監査委員会とは異なる「監査役会」において、いったい常勤監査役と社外監査役がどのような役割分担をはかるべきなのか、その理想のようなものが見えてこないような気がします。

いっぽう、会計監査人と監査役との連携協調を重視して、会計監査人がその業務の一端を監査役に担ってもらう、という考え方であれば、日常の情報収集は常勤監査役に、そして財務会計的知見を必要とする会計判断は社外取締役に期待することで、それぞれの役割に応じた職務が明確になること、会計監査人の独立性が確保されにくい分野での取締役らとの交渉関係に必要な範囲で、監査役の独立性を利用する(監査役に交渉してもらう)ことで足りるのではないかと考えられること、そしてなによりも(これは先日も申し上げましたが)監査役制度の機能が発揮されているかどうか、といったことが監視検証され、対外的に評価の対象となるのであれば、そのことが監査役制度の実質的な社内における地位向上の要因になるのではないか、と期待されるからであります。(また、もし監査役制度が若干力不足の場合には、優秀な監査役サポーターが多数存在している事実とか、監査役会専従の外部専門家が存在している事実なども、その会社が監査役制度をどの程度重視しているか、といったことも評価されることになるようにも思われます)立法論を伴っての問題提起ということになりますと、それこそ監査役制度そのものを大きく変動させるような案に魅力を感じますけれども、本当に暫定的に、監査役と会計監査人との責任上のバランスの均衡を検討する、ということでしたら、やはり監査役と会計監査人との業務における分担を基本的に考え直すほうが得策ではないでしょうか。

(注)本日のお話は、「会計監査人の責任軽減・・・責任負担のバランス・・・といった観点からみた会計監査人と監査役とのあり方」について記述したものであります。純粋に監査役の独立性強化・・・といった目的のみを追求するのであれば、こういった「妥当性監査」「経営判断への関与」を前面に出す考え方自体も十分検討に値するものと思っております。

5月 29, 2007 監査役の理想と現実 |

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コメント

最近問題となっている架空循環取引に関して、日本会計士協会の機関紙「会計・監査ジャーナル6月号」で、ある公認会計士が寄稿論文を掲載しています。(同氏は日本経済新聞社から「不正を許さない監査」という書籍も出しておられます。)

架空取引の兆候の発見のために
1)一人当たり売上高の分析 2)利益率の分析 3)現場視察 4)プロジェクトごとの検討・・・
会計不正の証拠をどのように入手するか
1)相手先への特別の確認手続き 2)パッケージソフトのライセンス保有者への確認 3)IT専門家の利用

>>>>>>>>>>>>>>
考えられる会計監査の手法が列挙されており、とても参考になります。ところで、これらの実施により、架空循環取引を会計監査で発見できる確率はどの程度上昇するでしょうか?相手方との共謀がある場合の発見確率は1%から2%に上昇しますか?そのための上場会社1社当たり監査費用は、1社当たり2000万円が4000万円に上昇するのでしょうか?
費用対効果分析では大変に有効な方向性であると納得しました。

会計プロフェッションのみなさまは、監査時間が少ないと、執拗に執拗にアメリカ・イギリスとだけ比較して、かつそれ以外の他国は一切無視して何も言及せず、大々的かつ組織的に広報宣伝されておられます。ところで、毎日の取引=年間250件に25件のサンプリング(これすら現在はやっていない!!!)の監査に要する時間を倍にして、報酬も倍にして、サンプリングも倍にすると、250件に50件のサンプリングです。
これは架空循環取引の発見に多大な効果があると確信します。

財務諸表相互間のデータ比較や趨勢分析など、会計監査論で言う「分析的手続」の収集データ数や指標を多くしたところで、所詮もとの会計データ(貸借対照表と損益計算書)は同じです。たてのものを横にしても、新たな発見はあまりないでしょう。そんなことは、やっているご本人が一番良くご存知のはずですけどね。

あ、ごめんなさい、大変失礼致しました。そもそも会計基準や監査基準なんて、国際基準又は米国基準を日本語に訳しただけで、わが国独自の論理、創造性、工夫は何もありませんでした。今後は、縦のものを横にすることこそ、会計プロフェッションの真髄であることを識別し、気分だけはビッグ4のグローバル・スタンダードに跪く謙譲・謙抑的精神を尊敬します。更に基準では何の明文的根拠がない恣意的な専門職のプロフェッショナル・ジャッジメントを「専門職の肩書だけで」信用するとともに、監査論で説明される監査人の独立性とは「報酬獲得欲、虚言欲及び情報操作欲からの独立」ではないことも勉強しました。

>>>>>>>>>>>
現在でも公開情報によれば、監査法人は日立製作所や富士通などの大企業から5~10億円近い監査報酬を得ているようです。今後、これらの会社の監査報酬はさらに増えるのでしょうか???
監査法人ってほんとうにいい人たちですね。それでは、さいなら、さいなら・・・

投稿: 実践的オピニオン批判 | 2007年5月29日 (火) 08時27分

監査役が外部監査人の職務を一部代行する、つまり事実上外部監査人の
風下に立つということは彼らのプライドが許さないでしょうし、
それはさておくとしてもその監査能力に於いて
(少なくとも現状においては)ありえるとは到底思えません。
何故なら、現状の監査役のほとんどは経営者以上に「プロではない」からです。

現状の監査役(の大半)は
その豊富な社会人経験の視点(会計や監査の専門家の視点ではなく)
大所高所から経営を監査するという役割を担っていると思います。
監査役(室)スタッフを大勢抱えるような大規模会社や先進的?な会社は
別格として、そもそも精緻で独自な業務監査や内部統制監査を出来るような
体制にはない企業が圧倒的多数であると思いますし、それがおかしいと
言われましても、
だいたい監査役というものが資格制度上にない以上、
公認会計士と(そういう意味での)役割分担が出来る「質の保証」は
されえないと思うんですけどねえ。

公認会計士は各国とも当然資格制度があり、
内部監査人にもそれに準じるようにCIAやQIAなどの資格認定制度、
教育の仕組みがあるのに対して、
監査役にはそれがない。
何故ならそれは事実上経営の一翼を担う役職だという位置付けだからだと
思うんですよね。
つまり、経営者、取締役に資格制度がない以上
(株主総会で選任されれば基本的には誰でもなれる)
監査役にも資格制度はそぐわないということだと。

外部監査人、監査役、内部監査人による三様監査により内部統制監査の
軽減が図れるとはいいながら、その一角を占める監査役の質の向上は
現状はあくまでも彼らの自己研鑽に任せているわけで、
果たして外部監査人は専属スタッフもいない場合も多い監査役に
(やや抽象的で経営監査的側面のある全社的な内部統制監査などを除いて)
信頼をもって具体的な業務の委託が出来るでしょうか。

投稿: 機野 | 2007年5月29日 (火) 09時52分

そんなあほな・・さんへ

書かれていらっしゃる内容はたいへん鋭いと思いますが、特定団体への誹謗中傷が散見されるために非公開といたしました。私の意見へのご批判、ご意見なら、「そんなあほな!」でもぜんぜん結構なんですけど(笑)せっかく時間をかけてお書きになるんですから、どうかご趣旨を理解していただきますようお願いいたします。

投稿: toshi | 2007年5月29日 (火) 11時12分

会計制度監視機構の提言、拝見しました。後の皆様方のコメントも含め、監査役の一人として、次のように考えています。

1.監視機構の提言には、「企業会計をめぐる不祥事において、監査役の責任をなんら問わずして、監査法人の厳罰のみを推進するという方向は、バランスを失している感が否めない」とされますが、監査役からすれば、会計監査は監査法人の担当、業務監査は監査役の担当という役割分担が出来ていると感じています。最終責任は、たしかに両方とも監査役に在りますが、しいて言えば、監査役の責任度合いは、会計監査は1割、業務監査は10割ではないでしょうか。したがって、会計監査において、まず責任が問われるのが監査法人であることは当然です。ただ、監査役の責任が問われなくていいのか、という質問に対して、私は会計監査人の1割程度の責任は負うべきだと考えています。

2.もう一つ提言で疑問に思いますのは、監査法人の独立性で最も大切なことは会計監査人一人ひとりの独立性の気概であるにもかかわらず、任命権者の制度の問題に摺りかえていることです。これは、監査役の機能が発揮されていない原因として、トップに任命権があるという主張と軌を一にしています。監査役が機能を発揮していない本当の理由は、自らの意欲と能力の問題にあるのに、それを認める事ができない余り、責任を他に転嫁し、制度の問題にあると摺りかえるのとまったく同じです。私は、こうした考え方を受け入れることは出来ません。

3.toshiさんのコメントの中で、「監査役に会計監査人の報酬決定権や選任解任権を付与するとなりますと、それはもう委員会設置会社における監査委員会と同様のものになってしまい、まさに監査役が妥当性監査を行うことを認め、また経営判断にも関与することを認めることになります。ここまできますと、もはや監査役は「監査」をするのではなくて「業務執行を決定する」ことに近い業務内容になってしまいます」とありますが、私は、ご指摘の点はおかしいと思います。監査はあくまでも、助言・勧告にとどまり、それを執行するか否かは、執行部の役割です。私は、監督と監査を厳格に区分けし、自らを律するようにしておりますが、こうした用語の理解の曖昧さが余計に混乱を招くのではないでしょうか。

4.しかし、「会計監査人と監査役との法的な位置づけはそのままにして、会計監査人の業務の一部を監査役の業務で代替させ(監査役が会計監査人の業務の手足になるもの)、その監査役の代替業務を合理的に信頼することによって(つまり信頼の抗弁を会計監査人に付与することで)、会計監査人の責任軽減をはかる」という toshiさんの考え方には賛成です。機野さんは、監査役のプライドが許さないとか、監査能力に疑問を呈しておられますが、代替業務の具体的内容について、toshiさんがご指摘のように、日常の情報収集や、取締役との交渉であれば、監査役としては当然のことであり、会社を思う監査役であれば、誰も反対しないのではないかと思います。むしろ、toshiさんがあえて取り上げられることのほうがおかしいのではないかと思います。

5.機能の発揮を求めるために、すぐに制度論に摺りかえる方たちが多いようですが、地道で、かつ効果的な筋道は、他に責任を問う前に、自らに責任を問い、自分を省みて、自分から正していく、という常識に戻ることであると思います。

投稿: 酔狂 | 2007年5月29日 (火) 13時26分

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