インサイダー規制と内部統制の構築
(5月9日夜 追記あり)
ジャスダック上場の大塚家具さんが、増配(一株あたり20円→25円)に関する重要事実を決定しながら、公表前に自社株買いを行ったことで、インサイダー取引(平成18年改正前証券取引法違反)に該当するとして、金融庁より課徴金納付命令を受けるようです。該当事実は2006年2月の行為ですから、もう1年以上も前の事実ですね。(日経ニュースと大塚家具さんの開示情報はこちらです)インサイダー取引規制の論点はけっこうたくさんありまして、とりわけ課徴金制度が導入されてからは、企業コンプライアンスの観点からも、ずいぶんと注意の必要なジャンルになってきたのではないかと思われます。(たまたまコンプライアンス委員とか、内部通報窓口業務とかやっている関係で、そう感じるだけかもしれませんが・・・)たとえば、このたびの大塚家具さんの場合、増配に関する開示でありますが、いったん20円と公表しておきながら、その後25円に修正する決定ですから、特別5円程度の増額修正ならいいのでは・・・とも思われそうですが、軽微基準によりますと20%未満ならオッケーですが、今回は25%の増額ですので、軽微とはいえないことになります。また、自社株買いにつきましても、もともと取締役会で決められた内容で、予定どおり適宜進めているわけですから、適用除外ということでいいのではないか・・・とも思われそうですが、ここにも論点がございます。(あまりに詳細な話になりますので、ここでは省略いたしますが・・・)そして、ニュース内容や大塚家具さんの公表された情報からしますと、先日もこのブログで話題となりました「重要事実の決定時期」に関する考え方が大きな争点だったようであります。(公表事実のなかにも「法律上の見解の相違があった」とされております)
増配に関する社内の決定時期について、証券取引等監視委員会は平成18年2月上旬、そして対象会社のほうは2月23日であったと主張されたようで、その2月10日から22日までの自社株取得行為がインサイダー取引に該当する、というもの。気をつけなければならないのは、会社側としましては、取締役会で正式に決定をして、その日に適時開示として公表したんだから、なんで内部者取引なの?といった感覚かもしれませんが、この「決定」というのは、証券取引法上では実質的判断と解されておりますので、前回も申し上げましたとおり常務会や経営会議での決定や、社内の体制次第では、ひょっとすると社長の意向表明といったところでも「決定」と評価されてしまう可能性も否定できません。(ここに、適時開示の社内実務とインサイダー規制の実務との「隙間」が出てきますので、コンプライアンス上の問題点が浮かび上がってきます。この「隙間」というものは、決定時期の問題だけでなく、適時開示における「重要事実」とインサイダー規制の「重要事実」が微妙に異なるところでも発生する可能性があります。たとえば先日のコマツさんの例では、海外子会社解散に関する事実が適時開示の対象にはなっても、まさかインサイダー規制の対象にはならないだろう・・・といった感覚から発生したようであります。この「隙間」は要注意だと思われます。)
単なる私見で恐縮ですが、こういった「決定」時期の実質的判断に由来する「隙間」問題についてのコンプライアンスリスクをどう社内で低減していくべきか、というところでありますが、(万全とまでは申しませんが)内部統制構築によるアプローチと、開示統制構築によるアプローチの二つが考えられるのではないでしょうか。内部統制的アプローチとして考えられますのは、上場企業でしたら、少なくとも社長の意思表明くらいでは重要事実の決定がなされたとは評価されないような体制を(形式的にでも)整えておくべきでしょうし、実質的な決定権限が取締役会にあること、監査役会による業務監査を経ておかなければ最終決定には至らなかった経験などを積み重ねていくことに尽きるのではないでしょうか。このあたりは、まさに会社法上の内部統制システムの整備と関連があるところだと思われます。また、開示統制的アプローチとしましては、社内での適時開示に関するルールを明文化しておき、開示対象事実の決定プロセスを、きちんと規定化すること、そして最終決定がなされるまでの間、誰が責任をもって情報を管理するのか、管理規定をもって明確化することだと思われます。こういった社内慣行の明文化と、その明文化されたルールが実際に守られていることで、こういったインサイダー規制に関するコンプライアンスリスクはかなりの程度低減できると考えております。(また、皆様方で、妙案がございましたらお教えください。)しかし、この大塚家具さんの場合も、コマツさんの場合もそうですが、おそらく「故意は認定できなかった」といった証券取引等監視委員会の見解からもおわかりのとおり、悪いことをして、不当な利益を得ようといった気持ちからではなく、たまたまひっかかっちゃった、というのが現実の意識ではないでしょうか。そもそも課徴金納付命令というものが、元々行政目的で発動されるわけでして、基本的には社会にある違法状態を是正するところに主眼があり、ペナルティ(制裁)ではないわけですよね。(いま、少しずつペナルティ的色彩の強い課徴金制度を市場規制にもとりいれよう、との意識が高まってきているわけではありますが)そういった行政目的による処分が発動されたことが、一般の社会では、けっこう強い非難の対象になっているところがあるように思います。きっちり争いたいんだけど、社会の風当たりが強くなるようだったら、課徴金を納付して済まそう・・・といったような企業行動にも反映されてしまうような気がします。こういった風潮についても、これでいいのかどうか、ちょっと考えるべき論点があるのではないでしょうか。
(追記)決定の解釈さんがご指摘のとおり、証券取引法上のインサイダー取引の「故意」について若干誤解を招く記載がありましたので、削除いたしました。この「故意」について証券取引等監視委員会が触れておられるのは、刑事立件への見解を示したのか、それとも課徴金賦課に関する情状としての見解を示したのか、明らかになっておりません。そのあたりちょっと報道や開示情報からはまだ判明しないようです。また、いろいろと示唆に富むコメントありがとうございます。(しかし、インサイダー取引関連になるとまた、なにゆえかアクセス数がアップしますね。。。(^^; )
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コメント
最高裁判例により、金融商品取引法(旧証券取引法)の「決定」とは、経営者が外部に対して会社の意向を表明した時点(判例の事案では新株発行の予定を話したこと)とされました。このため、社内の正式な機関決定の時点(取締役会決議でも常務会承認でも構わない)より、「決定」が前倒しで判断されます。
決定に関して、社内ルールの明確化が重要な問題とは思われません。村上ファンド事件では、社内の機関決定がなく、有力な一部取締役の反対があったにもかかわらず、社長がファンドに買収の予定を話したことを、検察当局は「決定」と判断して起訴に踏み切っています。
(この当否は、今後の裁判所の判決で明らかになるでしょう。)
当然のことですが、インサイダー取引の故意とは「決定前に証券取引を行うことの認識」であり、「金をもうけたいかどうか」の問題ではありません。証券取引等監視委員会の問題なのか、報道機関の問題なのかは分かりませんが、動機と故意を(恐らく意図的に)混同する当局とマスコミの姿勢には重大な問題があると考えます。
・・・刑法解釈に過度な倫理的傾向を持たせる(法益侵害より感覚的な反社会性を重視する姿勢)ことの危険性は、最近の刑法理論である「結果無価値」が鋭く批判しているところです。
投稿: 決定の解釈 | 2007年5月 9日 (水) 08時17分
こんにちは。
証券取引法175条1項(準用166条2項1号)によると、「上場企業等の業務執行を決定する機関」に該当するのかどうか、当該機関の意思表明行為が「決定」に該当するのかどうか、という二つの問題点があるように思われます。(「決定」に関する法律見解の相違、ということであれば)私はtoshi先生の言われるように、こういった条文の解釈論としては、とりわけ課徴金制度のもとでの証券取引法運用(金商法運用?)においては、内部統制システムの充実化によってある程度おもしろい展開になるのではないかと思います。
決定の解釈さんは、最高裁判例や故意に関する問題点を指摘しておられますが、それらはいずれも刑事問題に関することであり、課徴金という行政処分にも、そのまま妥当するかどうかはまた別の議論ではないでしょうか?
投稿: hey-lawyers | 2007年5月 9日 (水) 15時12分
大塚家具の事例で、報道等によれば「大塚家具の自社株買いを決定した執行役員は、法令違反の認識に誤りがあった」そうです。
法の不知は罰せずという法格言のとおり、法律を知らなかったからといって、刑罰を免れることもできなければ、民事上の不法行為責任を免れることもできません。(なお、違法性の意識の可能性がなければ、民事でも刑事でも責任は問われません。)
この問題は、行政罰と刑事罰で異なった結論を出すことは、法理論的に考えにくいと思われます。
裁判官が異なれば(同一の裁判官でも同じですが)、民事と刑事で責任の有無が分かれる事例は、散見されます。これは立証の程度が、刑事では合理的疑いを超えることが必要な一方で、民事では証拠の優越程度で許されることの帰結です。しかし、同一の当局が行政罰と刑事罰で異なった判断をする根拠はどこにあるのでしょうか?
証券取引等監視委員会が刑事の立件を見送る一方で、行政罰である課徴金のみを課したことに対する、合理的な説明責任の遂行が期待されます。
(形式的な違法行為だから行政罰を課すけど、実質的な違法性が乏しいから刑事罰の訴追を見送るとの判断もあるかもしれません。しかし、単なる形式的な違法行為に行政罰を課すことが適切かどうかが、更に問われるべきでしょう。)
投稿: はーい、会計プロフェッション | 2007年5月 9日 (水) 16時55分
法の不知は宥せず、でした。
なお、インサイダー取引の故意は「決定後に有価証券の売買を行う」でした。
度重なる脳内「重要な欠陥」を深くお詫び申し上げます。
投稿: はーい、会計プロフェッション | 2007年5月 9日 (水) 17時08分
ご無沙汰しております。この話題、大変興味深く拝見させていただきました。
といいますのも、日本においてこうした「行政」が関わる場面では「実質的判断」の名の下での「解釈の隙間」があらゆる企業活動でのリスク要因となっており、これが「コンプライアンス」をかえって阻害しているのではないかと感じているからです。
現在の状況は、行政が「実質的判断」の名の下で法令を解釈し、また、通達等の形で行政自身が「判断基準」を作ってしまっているため、「基準を作る人、使う人、解釈する人」が全て同じという状況を生み出してしまっていると感じます。このような状況では、「ルールに基づく判断」というのは期待できないというのが私の現在の認識です。
本来「法の解釈」という点においては行政と民間は対等な立場であると感じます。だからこそ、行政の法解釈と相違があると感じる時には、出来るだけ法の解釈を行う「司法」の場に委ねることが本来の意味での「コンプライアンス」に繋がっていくのではないかと感じております。
投稿: Swind@立石智工 | 2007年5月 9日 (水) 22時12分
内閣府経済社会研究所の白石賢さんが、旧証券取引法→金融商品取引法の課徴金導入の問題点を指摘しています。
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis150/e_dis149.html
課徴金の性格も、違法者に対して金銭的負担を課す行政上の措置であるとされているが、その要件は、刑事罰の構成要件をそのまま引用するなど、刑事罰と課徴金がオーバーラップするという構造になっている。・・・刑事罰との調整が問題となる。(12ページ)
金融庁は・・・課徴金制度を継続開示義務(有価証券報告書の虚偽記載が主要な問題)にまで拡大導入しようとして・・・内閣法制局は・・・法案提出を認めなかった。・・・その後、国会の審議過程で、与野党の修正により・・・課徴金が課されることとなった。(14ページ)
金融庁のあまり厳格でない証明力・手続きによる制裁は、課徴金が制裁的意味を持ってきた場合には、デュープロセス(法律上の適正手続)の観点から問題が大きいと考えられる。
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旧大蔵省の金融行政は、不透明な行政処分により社会的な強い批判を受けました。~「なんとかしゃぶしゃぶ」とか、品のない接待を喜んで受けていた高級官僚もいました。投稿者=ろくな経歴のない民間人ですら、そんな下劣で恥ずかしい場所に行ったことはありませんけどね・・・(大爆笑)
今般の金融商品取引法による課徴金制裁が、過去の厳格な法規制を回避した恣意的な行政処分の復活のため、悪用されているように感じられます。
これにストップをかけた内閣法制局は、賢明な判断です。法律専門家や一般の国民も、金融庁の恣意的かつ権力的な行政処分の社会的な問題点を正しく理解する必要があります。
法的正義に名を借りた権限拡大と高圧的な行政処分の乱用は、良心的な一般国民が誠意をもって取り組んでいるコンプライアンスを侮辱するものです。
投稿: 金融庁の立法の過誤? | 2007年5月10日 (木) 07時54分
みなさま、ご意見ありがとうございます。
いろいろなご意見を拝読いたしまして、以下のような問題点を整理してみたいと思いました。
1 刑事罰(制裁)→厳格な要件による立件が必要
行政罰(違法状態の是正)→柔軟かつ迅速な処分のために、
緩やかな要件にて事件処理可能
という整理で国民の納得が得られるか
できれば、刑事理論とか、行政処分の本質などといった
理屈によるものではなくて、こういった議論の背景にある
社会的要請、たとえば国際的に認められる市場の形成とか
参加者を増やす要請とか、第二第三のライブドアを作らないとか
そういった観点からの調和政策のようなものから議論できれば
いいなあ・・などと考えております。
2 行政罰の適用拡大→デュープロセス違反の危険性
行政主体への民間人の関与で補完できるか
実はこれも、けっこう面白い議論なのではないかと・・・
投稿: toshi | 2007年5月10日 (木) 11時35分
1.社会的要請
配当金所得の50%は、日本の所得上位者1%に帰属するという新聞報道がありました。これを前提とすると、金融商品取引法のコンプライアンス問題が、国民の興味を引かないのも自然なことと感じます。
証券市場への幅広い国民参加という点は、日本国民の安全嗜好とリスク回避の資産運用傾向が変わらない限り、個別の法政策で誘導できる課題ではないでしょう。
(将来も、国民の資金は国家と金融機関が集め、その資産運用に当たるという基本構造は維持されると予測します=なお、この選択が、本質的には国民にとってリスク回避にならないという指摘は全く正しいと思います。)
投稿者は、外国人投資家の日本市場参加を歓迎する意識を持っていません。機関投資家が機械的に投資対象を決めるインデックス運用の流行と定着により、わが国証券市場への積極的な導入策を採用しなくても、外国資金は一定の割合で日本に流入するでしょう。それで十分と考えます。
2.行政罰の適用拡大
上記の白石さんは、行政罰を法人処罰に限定することにより、むしろ厳格な証明が要らない機動的な行政罰の運用に資することのメリットを指摘されています。(つまり行政罰の拡大に批判的ではない。)
白石さんの論考にあるとおり、旧証券取引法違反は年間10~30件程度です。個人としては、報道機関が大々的に報道するほど社会的重要性がないと考えます。この問題を、マスコミが騒ぐから大事なんだという以外の、重要と考える実質的な理由を指摘して欲しいと感じます。(年間における振込詐欺の被害総額と、有価証券虚偽記載の場合の一般投資家の被害総額では、ライブドア事件があったような年度を除けば、明らかに前者が上回ること、などの理由)
投稿者は、金融商品取引法の行政罰拡大には、全く賛成できません。
この投稿を読む無駄な時間は白石さんの論説を読む時間に当てたほうが、はるかに価値があると思いますので、本投稿を目に留めた方のご一読をお奨めします。(ただし、内容がやや高度)
投稿: どうでもいい投稿(一応の返答) | 2007年5月10日 (木) 12時41分
証券取引所では、上場会社全体の株主の状況を毎年調査し、その結果を公表しています。(一部の人にはよく知られたデータ)
http://www.tse.or.jp/market/data/examination/distribute/index.html
2006年1~3月にライブドア事件が発生しましたが、これは同年3月末の調査結果で、個人株主や外国人株主にどのような影響を与えたでしょうか?
1)個人株主(延べ人数)
前年度に比べ268万人増加し、3807万人となった。これにより平成8年度以降10年連続で過去最高を更新しながら増加し・・・た。
(ただし全体に占める個人株主の比率は19.1%で、過去10年以上20%前後で推移)
2)外国人株主
前年度に比べ大きく上昇し、(全体に占める外国人株主の比率は)調査開始以来最高の26.7%となった。
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ライブドア事件や村上ファンド事件で証券市場の信用が失墜したなどと言われますが、個人株主や外国人投資家の市場参加意欲に対して、マイナスの影響を与えなかったようです。
考えてみれば・・・
景気後退期→会社の業績不振→粉飾決算→市場全体の株価下落
という流れは、歴史的には長期景気後退の時期に必ず出てきます。
しかし、
景気回復期→一部会社の業績不振→粉飾決算→特定会社の株価暴落→株式市場への影響軽微
になるのが普通です。
景気後退期に社会に広がっている漠然とした不安が、個別企業の粉飾決算露見を通じて、株式市場全体の暴落を引き起こします。しかし、景気回復期には投資家の不安が少ないので、個別会社の粉飾決算は、株式市場全体に影響しません。
西武鉄道、カネボウ、ライブドアの事件が、個人株主と外国人投資家(全体)の投資意欲を損なわなかった事実に照らせば、証券市場の信頼回復のための金融商品取引法の改正が、社会的な重要度の高い問題であったかどうか、はなはだ疑問です。
(最近の検察・金融庁などの行政取締当局は、マスコミを利用して社会不安をあおり、組織拡大や権限強化を図っているだけではないでしょうか?)
「財務報告に係る内部統制」の導入を、監査学会と会計士協会(+取締当局?)の一部の人たちが、エンロン・ワールドコム事件以前から狙っていたことを、もう一度思い出してみましょう。不安をあおり、不安に乗じるコンプライアンス・ビジネス・・・
投稿: ライブドア事件と株式市場 | 2007年5月11日 (金) 13時55分