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2007年5月21日 (月)

二つの内部統制理論(再考編その2)

皆様ご承知のとおり、5月17日付けにて金融商品取引法上の財務報告に係る内部統制報告制度に関する新設の内閣府令案が公表されております。(金融庁のHPよりご覧になれます。ご意見は6月18日午後5時までに提出とのこと)各企業におかれましては、この報告書の開示手続におきましては、担当役員の方々の「業務プロセスの内部統制が有効と評価できる」との確認書をとりまとめて、代表者の方が最終的に内部統制報告書を作成する、といった社内のプロセスまでの基本事項は出来上がりつつあると拝察いたしますが、あとはこういった内閣府令に基づき、報告書の様式(1号様式)の具体的な記載方法の検討ということになろうかと思われます。(しかし、この記載方式ですと、ひな型どおり・・・ということになるのでしょうか)私も、もう少し時間をかけて府令内容を検討してみます。

さて、二つの内部統制理論再考シリーズの続きでありますが、金融庁主導の金融商品取引法における財務報告内部統制と法務省主導の会社法における内部統制という二つの理論の関係について、少しずつではありますが、私見を述べさせていただくと同時に、今後の内部統制に関する理論の進展を予想してみたいと考えております。といいましても、具体的に整理できるほどの能力も持ち合わせておりませんので、とりあえず現状を前提として疑問点を検討してみようと思います。

1 一般法と特別法の関係に立つのか?

これは一元説、二元説といったほうが正確かもしれません。たとえば上場企業の取締役の会社法上の内部統制構築義務と、金商法上の内部統制報告制度について、これらの関係は異質なものなのか、同質なものなのか、といった問題点です。いよいよ2年目に入りました日本取締役協会の内部統制研究会(私は単に参加させていただいているだけですが)も、この二つの内部統制をいかに統一的に理解すべきか?といったことが中心課題となっているようですので、企業実務におきましても、議論のスタートとなる論点であります。著名な学者の先生方の間で結論が分かれている問題のようですし、私などは単なる感想じみたことしか申し上げることはできませんが、もし同質のものであるとするならば、内部統制を評価する者、内部でモニタリングする者、外部第三者として監査する者、この三者での複雑な法律関係を、どのように整理するのか、そのあたりの合理的な説明が必要ではないでしょうか。

このブログでは過去に何度か採り上げましたが、三者間では以下のような指揮監督関係が成り立つように思われます。(これが全てかどうかはわかりませんが)

①代表者は金商法上の内部統制報告制度の一貫として、全社的内部統制評価のために監査役の能力、監査役と会計監査人との業務内容(連携)が適正であるかどうかを評価する(意見書添付の参考1「財務報告にかかる全社的な内部統制に関する評価項目の例」の統制環境に関する項目をご参照ください)

②監査役(監査役会)は、会社法上、事業報告の対象たる内部統制システムの整備運用(構築運用)状況の相当性について判断をする、また会社法上は監査法人の内部統制監査を通じて会計監査人の適正について判断する

③会計監査人(制度上、同一人とされる金商法上の内部統制監査人)は、金商法上の内部統制報告制度における経営者評価への監査業務を通じて、監査役の適格性を評価することも可能であるし、また統制環境の一貫としてのモニタリングシステムが有効であるかどうかを判断することも可能である。

たしかに、会社法上の内部統制システム整備への期待というものは、企業の効率性確保、コンプライアンス経営といったところまでの拡がりのあるものであり、財務報告の信頼性確保を目的とする金商法上の内部統制構築とは目的が異なると思われますが、それぞれの目的は完全に分離することはできず、有機的に関連しているとみるのが素直でしょうし、そう考えますと上記のような指揮監督関係については誰が最終の責任者と考えるべきなのか、たいへん悩ましい問題にぶつかってしまうように思われます。たとえば、ある学者の方は、米国SOX法404条適用とは異なり、日本がダイレクトレポーティングを採用しなかったのは、日本には監査役制度があって、日常の監査業務のなかで、監査役にダイレクトな監査を期待できるからである(現実に、その機能が発揮されているかどうかは別として)・・・とおっしゃっておられましたが、もし内部統制監査人が監査役のモニタリングに期待するとしても、経営者から「あの監査役は内部統制を理解する能力が不十分であり、その実行力に不備があった」といわれてしまった場合、それでも監査役監査に依拠して経営者評価に関する意見を述べることは可能なのでしょうか。

2 金商法上の内部統制構築義務違反と取締役の善管注意義務との関係

昭和48年の最高裁判決(取締役の監視義務違反が初めて認められたもの)の射程範囲を限定することで、取締役の行動の萎縮的効果を限定的なものにしようとされた神崎克郎先生の内部管理体制に関する論文に始まる会社法上の歴史、そして「内部統制は経営管理そのもの。法律にはなじまない」とされていた会計学、監査論上の研究対象が、エンロン事件をきっかけとして、米国SOX法、そして日本の法律にも導入されるに至った金商法上の内部統制の歴史とを比較しますと、どちらも企業価値の向上を理想とするシステムであること、現実には企業不祥事防止を期待して導入されたものであることには共通点はあるにせよ、実際の運用には大きな隔たりがあると思われますし、一元的に捉える(同質なものとして捉える)には、かなり無理があるのではないか・・・というのが私の感想であります。(そもそも、金商法上の内部統制報告制度と、取締役の善管注意義務違反との関係については、これまであまり議論されていないのではないでしょうか。果たして、金商法上の内部統制構築が取締役の責任と結びつくものなのかどうか、といった問題であります。取締役の責任と結びつくのは、おそらく報告書の提出義務違反とか、虚偽記載などに関するものであって、「構築義務違反」とは結びつかないのではないでしょうか?「重要な欠陥」という用語は法律上の規範的要素を含まない、いわば会社の客観的な状況を会計ルールとの関係で示す用語でしょうから、単に重要な欠陥があったからといって、取締役の法的責任に結びつくとは思えません。もちろん代表者がこれを認識しつつ、長期にわたって放置していた・・・ということであればまた別かもしれませんが。このあたりは未だ思いつきの領域ですので、今後も再考してみたいと思っておりますが・・・)なお、これを議論する実益としましては、準備すべき一般事業会社の構築運用上の便宜が挙げられると思われますが、むしろ両社はまったく異質なものと捉えたうえで、最大公約数的に共通項を選択して、双方に資するシステムをめざすことで足りるのではないかと考えております。

なお、この「二つの内部統制理論」シリーズですが、今後の予定としましては、「確認書+内部統制報告書」の持つ意味、内部統制限界論と経営判断法理の関係、本当に「知らなかったではすまない制度」なのか?(知らなかったらやっぱりこれかれも免責されるのではないか?)などの論点から、金商法上の内部統制報告制度と会社法上の制度との差異を検討していきたいと考えております。

(21日お昼 追記)いくつかメールで有益なご示唆を頂戴いたしました。(コメントでなく、個人的なメールで頂戴したものですから、ご紹介できずに申し訳ありません)いただいたメールの内容につきましては、私のほうで整理させていただき、また次のエントリーの際に参考にさせていただこうかと思っております。本当にどうもありがとうございました。(主に金商法上の内部統制と会社法上の内部統制を統合的に理解することの実益のあたりに関する問題であります。)

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コメント

いつも拝見しております。
先生が以前話題にされていた「経営者評価に対して、監査法人は監査するだけのプロたりうるか、それとも素人か」といった問題、たいへん興味があります。
内閣府令案も公表されておりますし、何が一般に公正妥当な会計慣行とされるのか明らかになりましたので、また続編を楽しみにしています。

投稿: nobu | 2007年5月21日 (月) 10時04分

アメリカのSOX法内部統制監査では、適用初年度に、大規模上場会社の15%ほどが、内部統制に重大な欠陥があるが財務諸表は正しいという監査意見が出たそうです。

財務諸表が正しければ、投資家や株主は損害を受けませんので、内部統制の重要な欠陥にもかかわらず、責任(損害賠償)問題は生じないと思います。重要な欠陥の開示により株価が低下しても、株価の低下と内部統制の重要な欠陥の因果関係を証明するのはかなり難しいので、法的な責任問題は生じないでしょう。(訴訟社会アメリカでも、内部統制の重大な欠陥だけで取締役の損害賠償義務が肯定された事例は聞いたことがありません。)

監査理論では、内部統制の重要な欠陥=将来の財務諸表に重要な虚偽記載が生じる可能性と説明されます。そして、将来のある年度の財務諸表が適正なら、やはり投資家や株主は損害を受けることはありません。

「財務報告に係る内部統制」の問題である以上、法的な問題が生じるのは財務報告の虚偽記載があるかどうか・・・になります。財務報告に係る内部統制を、財務報告の正確性から切り離して議論しても実益がないと感じます。(両者一体で始めて意味のある情報)

財務報告の正確性以外の要素である「資産の保全、法令順守」に関し、財務報告に係る内部統制を整備したかどうかは、例えば資産の不正流用があった場合の取締役の注意義務に影響するとは思えません。

財務報告に係る内部統制を整備した結果、200件に25件のサンプリングを実施して、運良く従業員の巨額の不正使い込みを期中で事後的に発見したと仮定しましょう。
財務報告の作成までに判明して決算に反映させれば、財務報告は正しくなるので、財務報告に係る内部統制構築義務に違反したことになりません。しかし、使い込みで金が費消されて会社が損害を受けたのなら、その責任は財務報告に係る内部統制とは別の基準で判断されると考えられます。(財務報告に係る内部統制なら、事後的・発見的なコントロールで正しい財務諸表を作成できます。しかし、不正防止の見地からすれば、事前承認・予防的コントロールにしないと資産保全の受託者責任に違反したと判断される可能性は残ります。)

抽象的な一般論よりも、個別ケースを想定して具体的に議論したほうが、分かり易く実務にも役に立つ内容になると思いますが、いかがでしょうか?

投稿: 内部統制の重要な欠陥 | 2007年5月21日 (月) 12時31分

いつも楽しく拝見させていただいております。皆様の有益な議論を前に、いつも閉口し、自分の知識等のなさを恥じながら、勉強をさせていただいております。今後も、皆様の意見等を通じて、私なりに勉強をさせていただきます。

ただ、あくまで、一読者の感想ではありますが、最近、ちょっと2ch化しているようなコメントをいくつか拝見し、非常に心苦しいところです。 意見自体は皆さんが自由闊達に行なうべきですし、検閲的なことは極力すべきではないと思いますが、管理人のTOSHIさんがコメントの受付け方法を変更して、誹謗中傷に当たるものは削除するようになったのもこのあたりを踏まえてかと推察しています。色々な意見や見方があることは、いいことですし、私も大変勉強になるのですが、行き過ぎた感情的表現やあまりに本題から外れた議論は、どうかと思います。

 具体的か抽象的かの議論も続いていましたが、基本的にはこのブログは、ホストであるTOSHIさんが立てたエントリーをベースに議論するのが本来の趣旨だと思います。
 もし不満等あれば、TOSHIさんのエントリーを元に、個人で別のブログを立ち上げ、トラックバックを付けて、そこでエントリーを展開するほうが、皆さんの勉強になるのではないでしょうか。

 ほとんどコメントすることもなく、またできるレベルにはない私ですが、僭越ながら、コメントを付けさせていただきました。すみません。皆様、お気を悪くされずに、一素人の戯言として受け流してください。

投稿: 一読者 | 2007年5月21日 (月) 13時32分

ついついtoshi先生のサービス精神に期待をしてしまい、私も勝手な要望を出していたようです。(申し訳ありません)ただ、企業実務に役立つブログというのが葉玉さんのブログ以外にはなかなか見当たらないもので、toshi先生のご見識に非常に関心をもってしまいます。
具体的なテーマを中心とするお話は私もぜひお聞きしてみたいのですが、おそらくそのあたりはtoshi先生の営業秘密もございますでしょうから、ブログでお話できる範囲で結構かと思っています。

投稿: nobu | 2007年5月21日 (月) 14時39分

>金商法上の内部統制構築が取締役の責任と結びつくものなのかどうか

でありますが、損害との因果関係が認められる限り当然に結びつくように思います。法令遵守義務は当然に金商法にも及びますから。
分かりやすいのは第三者に対する責任(429条)でしょうが、423条責任も十分にあり得るでしょうね(日興のケースとか)。

外していたらすみません。
※個人的には金商法上の内部統制は会社法上のそれに包摂されるものと考えています。

投稿: とーりすがり | 2007年5月21日 (月) 21時32分

みなさま、コメントどうもありがとうございます。

一読者さん、フォローしていただき恐縮です。ご批判の出そうなエントリーを承知でアップしておりますし、ここ最近のアクセス数からしますと、ある程度「2ちゃんねる化」してしまうのもやむをえないかな・・・などとも感じております。ただし愛読していただいている方々に不愉快な思いをさせてしまうものであれば、もうすこしコメントの取り上げ方につきまして検討してみたいと思います。このブログやコメントやメールを頂戴する方にも盛り上げていただいておりますので、有益なご意見が皆様からいただきやすい環境についても整えていきたいと思います。今後ともどうかご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

nobuさん、重要な欠陥さん、いろいろとご希望にお応えするように努力いたしますね。具体的な事例というのは、たしかに議論するには有益かと思いますが、内部統制実務につきましてはいまだ時期尚早ではないでしょうか。私がたとえば立案担当者のような立場でしたら、ご議論するのもおもしろいでしょうが、「物差し」になるにはちょっと役不足のように思います。「物差し」の役割を担っていただける方が登場していただければ別ですが。

とーりすがりさん、いつもありがとうございます。さっそく、とーりすがりさんのエントリーへのご意見をアップいたしますので、またご教示、ご意見よろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2007年5月21日 (月) 23時12分

 この問題について、理解が錯綜しておりますが、私はざっくりいえば、会社法の内部統制構築義務についても、COSOの考え方、あるいはその実施基準の考え方を適用して、有効な内部統制が構築できていれば、取締役はその運用において不備がでても免責される(つまり有効である内部統制のバリエーションはあるがそこは経営判断の原則が働く)と考えるべきであると思います。昨日、研究会でご一緒した野村先生もそう理解されているようです。論文にまとめようとしているのですが、遅筆でいつ発表できることやら......
 また、「金商法の内部統制構築義務」と書かれていますが、金商法は内部統制構築の義務を課しているわけではなく、有効な内部統制が構築されているかどうか評価することを要求しているにすぎません。したがって、会社法の内部統制を構築する義務とはちょっと性質がちがうと思います。
 問題はそうするとTOSHI先生がご指摘のとおり、金商法では監査役も含まれているところの内部統制の報告の監査を会計監査人がやるのに対して、会社法では監査役が会計監査人の監査をこみこみで監査の対象とするという点をどう理解するかです。この点について、八田先生は「【逐条解説】内部統制基準を考える」でこういわれています。「あくまでも今回の内部統制の最終的な評価責任は、外部監査の会計監査人が行うことを考えていますから、その責任をさらに統制環境の一翼を担う監査役が評価するとなると、トートロジーが起きて、終わりのないぎろんに陥ってしまう。」「現行の法制度上からは、制度の運用面での解決を図っていく以外にないと思います。」「金融庁マターの内部統制監査の議論と、法務省マターのいわゆる監査役の監査という議論とは、必ずしも十分なリンクがなされていないということから、わが国の法制度上の重大な欠陥かもしれないと思いますので、今後、もしもこれが軋轢を生じえ、あるいは亀裂が生ずるということならば、当然どこかでその制度の修復が求められることになると思います。」つまり合理的説明は不可能というわけで,これが立法担当官がCOSOと会社法とは直接関係ないといっている原因となっているとみております。こまりましたね。

投稿: とも | 2007年5月22日 (火) 18時50分

とも先生

問題点を整理していただき、恐縮です。

>また、「金商法の内部統制構築義務」と書かれていますが、金商法は内部統制構築の義務を課しているわけではなく、有効な内部統制が構築されているかどうか評価することを要求しているにすぎません。したがって、会社法の内部統制を構築する義務とはちょっと性質がちがうと思います。

おっしゃるとおり、金商法上の内部統制報告制度は、経営者評価、監査に関する制度ということですので、ただちに金商法から構築義務が導かれるわけではない、ということは理解できます。(「内部統制構築と取締役の責任」のほうのエントリーでもすこし触れましたが)
そうしますと、金融商品取引法は、なんら取締役(経営者にではなく)に構築(整備運用)すべき法律上の義務を課していない、と言い切ってよいのでしょうか?整備運用を評価すべき義務・・・といったものは理解できるのですが。一般に公正妥当と認められた会計慣行のひとつとしての「実施基準」が、経営者に向けて(例示ではあるにせよ)あるレベルの財務報告にかかる内部統制構築のプロセスを示しているので、この程度のレベルのものを構築する必要があることは、会計慣行に従う、という意味で法的義務が認められる・・・と解釈したらいいのでしょうかね。

野村先生の論文、楽しみにしております。

投稿: toshi | 2007年5月23日 (水) 11時47分

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