« 二つの内部統制理論(再考編 その1) | トップページ | 「弁護士」淘汰時代(ZAITEN) »

2007年5月16日 (水)

コンプライアンス違反による倒産急増?

昨年(2006年)は法令遵守違反が原因で倒産した企業が前年の37.8%も増加した、との結果が帝国データバンク社の調査で判明したそうであります。(フジサンケイビジネスアイの記事はこちら)5月15日の産経新聞朝刊には、同様の記事が掲載されていたようですが、その記事に関連して あおり罪?さんからコメントをいただきました。(以下、あおり罪さんのコメントから抜粋)

コンプライアンス(法令順守)上の不祥事が企業の致命傷となる傾向が強まっていることが、帝国データバンクの調査で浮き彫りとなった。同社が14日発表した平成18年度の調査結果によると、法令違反の発覚をきっかけに倒産に至った企業は102件に上り、前年度に比べ37・8%増と大幅に増加した。負債総額も3568億1600万円と3・3%増となった。(産経新聞社)

帝国データバンク「倒産速報&集計」によると、昨年(2004年度)一年間の倒産件数は1万3837件となっています。これは毎日約38件の企業が倒産していることを表しています。つまり、1時間ごとに1社は確実に会社が潰れているのです。法令順守は、大切なことです。ただし、倒産件数の比較で経営の効率性と法令順守を比較するなら、経営の効率化(倒産年間13,000)に要する努力の130分の1を法令順守(倒産年間100件)に割り当てれば良いこととなります。 法令順守はものすごく大切なことですが、むやみに倒産の恐怖をあおりたてて、コンプライアンス・ビジネスに利用することに対しては、相当に注意が必要なようです。 (抜粋おわり)

コメントのお返事にも書かせていただきましたが、私もほぼ同感であります。元の帝国データバンク社の調査報告書自体を読んでおりませんので、明確に断定することはできませんが、この記事だけで「法令違反がもとで会社の倒産を招く確率が高まった!さあたいへん!」と考えるのは早計にすぎるように思いますし、こういった記事を引用してコンプライアンスビジネスを広報するのはいかがなものか・・・と考えております。

1 データの分析内容から判明すること

ビジネスアイの上記記事によりますと、法令遵守違反(といいますか、この用語自体がちょっとおかしいようにも思えますが)の内訳は「粉飾」が17件、資金繰りで破綻したような「資金使途不正」が17件、「偽装」が15件、「談合」が13件ということです。しかしながら、こういった不正につきましては、その事例のほとんどにつき、会社の効率的経営に失敗したことが発生要因と考えられます。つまり、たしかに不正発覚が直接の原因ではありますが、そもそも健全経営が続いていたとすれば不正は発生しなかった可能性が高いわけでありますから、本当の原因は効率的な経営に失敗したことによるものと考えたほうがよろしいのではないでしょうか?たしかに近年、企業不祥事が増えたと一般的には言われるところでありますが、この倒産にからむ企業不祥事となりますと、そもそも経営逼迫状態となんらかの関係があるケースが多いように思われますので、不祥事→倒産、といった図式を短絡的に理解してしまうのはちょっと疑問に思われます。

2 法令違反事例が急増したのではなく、法令違反事例が発見されやすい環境が整ってきたのでは?

最近企業不祥事が増えた・・・といったフレーズも、本当にそうなのかどうか、疑ってみる必要があると思います。とりわけ、ここ数年、コンプライアンスに関する企業社会全般の関心が高まったことを受けまして、そういった企業不祥事が発覚しやすい環境が整ってきたことが原因かもしれません。内部通報制度、公益通報者保護法の実現、内部監査の充実に伴う企業の報告義務、公表義務概念の拡大、リーニエンシー(自主申告)制度そして、なによりも監査法人改革。こういった制度や改革が次第に根付いてきたことから、これまでと企業不祥事の発生件数はそれほど変わっていないにもかかわらず、発覚件数が飛躍的に増加した可能性があります。いずれにしましても、コンプライアンスビジネスというものも、表面的な数字のみの調査結果を利用するべきではないと思います。不正に至る原因事実の特定、そこから事業リスク、財務リスクを感じ取る能力みたいなものを必要とする、たいへん地味な仕事こそコンプライアンスビジネスに必要な仕事だと思います。(そう考えますと、実際には会計監査を担当する監査法人さんあたりが、もっともコンプライアンスビジネスに近い立場にいらっしゃるように思われます。ただし不正発見義務というものは現在のところ監査法人さんには法律で強制されておりません)

それぞれの企業にはその業界特有の事業リスク、財務リスクが存在すると思われますし、自社に妥当する規制法規等の内容を十分理解するための社内研修などは有益かと思われます。(インサイダー取引規制などは、こういった社内研修が必要ですよね)ただ「経営者、役職員に不正をおこさせない風土」といいましても、これを構築するのはなかなか困難でもあり、また抽象的でわかりづらいんじゃないでしょうか。コンプライアンスビジネスは、そもそも「不正はかならず起こる」というところから出発して、あくまでもリスク管理の一手法として割り切ったほうが適切であり、説得力があると思います。各企業において不正につながるような誘惑原因を探り出して、不正を早期に発見し、また発見した不正による企業被害を最小限度に押さえ込むような仕組みを具体的に提言することが大切な仕事だと考えたほうが適切かと思われます。したがいまして、普段の事業経営のかなり深い部分にまで入り込み、その企業特有のリスクを見つけ出し、初期段階で根絶できるかどうかがカギであって、もはや不祥事が発覚してからのコンプライアンスビジネスというのは、実際には機能しないような気がいたします。ですから、コンプライアンスビジネスというのは、有効に機能しているときには、目に見えない、本当に地味な仕事だと思います。(経営状態が悪化してきたときほど、経営者不正の可能性が高まるものとしてコンプライアンス問題に資金投入の必要性があるにもかかわらず、そういったときほど経営者が営業にばかり目がいってしまうところにとてもむずかしい問題が横たわっているのかもしれません)

|

« 二つの内部統制理論(再考編 その1) | トップページ | 「弁護士」淘汰時代(ZAITEN) »

コメント

八つ当たり投稿の稚拙な内容を、わざわざ取り上げていただき、ありがとうございます。

自分がコンプライアンス・ビジネスに反感を覚える理由を考えると・・・
1)犯罪者を否定・排除すべきものという考え方への疑問
  ~粉飾決算をした経営者と、財務報告に係る内部統制を推進するために虚偽の説明をする人に、何か差があるのでしょうか?
  (金もうけのために嘘を垂れ流すことを、投稿者は許せませんけど・・・)

2)プロフェッショナルの横柄さ
  自分の専門的知識のいいかげんさを神棚に祭り上げて、もともと別の仕事で十分忙しい人に、仕事にあまり関係しないマニュアルや手順書を一律で強制的に覚えさせる意味がありますか?

3)プロフェッショナルの自分の仕事への愛情のなさ
  公認会計士や弁護士は、自分の仕事が好きですか?もし好きなら、法律論や監査理論の中にあるまやかし、いいかげんさに問題意識はありませんか?

投稿: あおり罪? | 2007年5月16日 (水) 13時19分

今日はたいへん多忙でして、夕方までまったくパソコンを閲覧することができず、アップが遅れました。

あおり罪さんのコメントは、少々辛らつかな・・と思うところもありますが、コンプライアンスビジネスに携わる者として、少々自戒すべきところもありますし、一般の方々の意識や感覚といったものは、おおむねあおり罪さんのコメントと変わらないところがあるのではないか・・・と思いましたので、採り上げさせていただきました。
また、このたびのご質問についても、やや抽象的で、感情的な部分もあるとは思いますが、とても基本的かつ重要な問題ではないかと思います。だいいち、われわれの仕事は、「なんで法律家がこんなところに出てきて、我々に得なことをしてくれるの?法律家は裁判沙汰になってから出てくればいいのでは」といった一般の方の疑問に答えていく必要があると思っております。
「嘘」とお考えの部分については、ご議論もあるかと思いますが、説明義務を十分尽くすことで解消されるところもありますし、すくなくとも私は弁護士という仕事については天職と思っております(笑)社会科学としての法律学には、いい加減とは申しませんが、あいまいな部分も必要なものと考えている次第ですので、そのあたりはまた別エントリーで採り上げてみたいと思っております。(ただ、法哲学の議論になってしまうかもしれませんが)

投稿: toshi | 2007年5月16日 (水) 17時54分

大変、大変ご無沙汰しております、「ぐっばる」です。
エントリーに関連することを、友人と話したことがありました。
「コンプライアンス経営しないと、会社が潰れますよ!」
というアプローチは、私たちの立場からですと、
それほど的はずれの意見ではないのですが、
説明の仕方を間違えると、
「この***を買わないと、あなたの子孫は呪われますよ!」
と言っているのと、同じに聞こえるかもしれません。
実際、そういったアプローチで話をしている方達もいます。
しかし、こういった不安や誤解を払拭できる方こそ、
本当のコンプライアンスビジネスのプロですよね。
場合によっては、「危機」を強く意識してもらうことも必要だと
思いますが、そればかりを全面に押し出すのは、
さらに誤解を生む結果になると思います・・。

投稿: ぐっばる | 2007年5月17日 (木) 19時49分

 この点については、私の意見は、皆さんとはやや異なるようです。要は、この帝国データーの数字を少ないと見るか、多いと見るかなのでしょうが、私は、これだけの件数がコンプライアンス違反で倒産にいたっている点を重視すべきだと思います。

 データから言えることは、件数云々という全体に占める割合よりも、コンプライアンス違反による倒産が増えたという事実ではないでしょうか。数字や統計は相対的なものですが、以前よりも増えたというのは、事実として厳粛に受け止めることから始まると思います。

 私自身、監査法人等に所属するわけではありませんが、日々企業のコンプライアンス問題に取り組んでおりますが、コンプライアンスに対する取り組みをやったからといって、業績や収益を低下させないように常に気をつけていますし、企業のコンプライアンスの推進に関して、少なくともコンプライアンスへの取り組みが業績悪化を招かないように責任を感じながら、取り組んでおります。あおり罪さんがいうような、(1)~(3)のコンプライアンスビジネスの問題点は、確かに世間ではそのようなケースも見られるかも知れませんが、そのような見方は、一般的なものかどうかというと、そうではないかと思います。

 当然、以前からコメントさせていただいているように、コンプライアンスを単なる法令順守と捕らえるのではなく、「企業に求められる社会的要請に答えること」とコンプライアンスを捉えてこそ、このコンプライアンス・ビジネスは成り立つわけですが、徒にコンプライアンスの重要性を強調して企業をあおらなくても、コンプライアンスが企業の業績等に大きな影響を与える時勢であることは疑いようのない状況だと思います。統計からは、「こういった記事を引用してコンプライアンスビジネスを広報するのはいかがなものか」ということではなく、「時代の流れとして、コンプライアンス問題が企業の倒産まで直結する重要なテーマになった」と捉えるべきだと思います。確かに、コンプライアンス違反、即倒産と結びつけるのきわめて短絡的思考といわざるを得ませんが、逆に言うと、コンプライアンス違反で倒産まで追い込まれる可能性のある時代に突入したことをデータは物語っていると思います。
 倒産の不安ばかりをあおり、コンプライアンスビジネスを徒に広報することは、悪徳商法に近い(特商法等で問題とされる、不安をあおって契約を締結させるという手口に近い)ですが、コンプライアンスの意味づけを明確にし、その推進がCSや企業価値の向上、企業ブランドの形成や業績向上につながる形のコンプライアンス・ビジネスならば、必ずしも、問題があるとはいえないと思います。


 コンプライアンスといっても、さまざまな局面のものが考えられます。労務の局面もあれば、証券取引の局面も、営業の局面もありうるわけです。コンプライアンス違反と一括りでいいますが、コンプライアンス違反については、法解釈の違いというきわめて私法的性格の強いものから、全体に違反してはいけない企業の存続にかかわる根本的なものまで、幅広く存在しています。それらの各局面でのコンプライアンス違反の重要性の違いを区別することなく、一概にコンプライアンス違反とくくること自体が、私は短絡的ではないかと思います。

 同じように、コンプライアンスビジネスも様々な局面のものが考えられえます。J-SOXしかり、労務コンプライアンスしかり、販売コンプライアンスしかり、個人情報コンプライアンスしかり、証券取引コンプライアンスしかり、様々です。
 要は、法律だから杓子定規にこれをしなければいけないというような今のJ-SOX対応のような現状であれば、確かにコンプライアンス・ビジネスは問題かも知れませんが、そのような狭いコンプライアンスの捉え方ではなく、企業が社会的に信用を得るための広いコンプライアンスで捉えられるかという、コンプライアンスの捉え方の問題ではないでしょうか。
 あおるのも問題ですが、様々な情報を盲目的に受け入れて、必要以上のコンプライアンス対策を行う企業も企業です。コンプライアンスの意味を正しく捉え、コンプライアンスビジネスを正しく利用できるか、この意味では、コンプライアンスは、まさに企業のリスク抽出能力、リスク評価能力と大いに関わってくるところだと思います・その意味では、コンプライアンスは「リスク管理」の問題と捉えている点は、そのとおりかと思います。

投稿: コンプライアンス・プロショナル | 2007年5月18日 (金) 01時23分

法令順守が日本を滅ぼす?という表題の新書が売れているそうです。
ライブドア事件(時間外取引を利用した上場会社株式の大量取得)を引用し、形式的には法令を遵守していても、社会的には非難されるような行為は、会社として慎まなければいけない、と述べています。

刑法とは、国民にとって何が許されて、何が許されないかを明らかにするために作られています(自由保障機能)。
社会的要請などという、後だしじゃんけんのような指摘をするするのは簡単です。しかし、わが国の法令だけで6万もあり、例えばインサイダー取引規制だけで300ページの解説本があります。全部勉強することなど、実際には誰にもできるはずがないことです。

時間外取引による大量取得は、当時、専門家の間で違法とされていたのでしょうか?インサイダー関係の本4~5冊の中で、明確に違法と記述していたものはほとんどありませんでした。この事件の後で、「もともと違法だ」などと述べた弁護士や大学教授に対する不信感があります。
他方、社会的要請と言うのなら、東京証券取引所は、令名高い河本・神戸大学名誉教授の解釈を背景に、市場取引の規制緩和に向けて色々な施策を進めていました。(なお、河本名誉教授は事件後、ライブドアのやり方は明らかに違法だと新聞でコメントしてました。でも、裁判所は違法としていません!)

どんなに博識な学者や専門家でも、法令や会計の解釈で常に正解を出せません。それにもかかわらず、一般の人が、法律の条文だけでなく社会的要請まで考えて行動しなければならないのでしょうか?専門家には、抽象的な常識論ではなく、現実に即した普通の人でも実行できる意見を述べてもらいたいものです。

投稿: 法令順守が日本を滅ぼす? | 2007年5月18日 (金) 10時38分

ご批判を頂きましたので、返答させていただきます。

1.データの読み方に触れた前回のコメントでも、「件数云々という全体に占める割合よりも~」と書かせていただきましたが、相変わらず、
>わが国の法令だけで6万もあり、例えばインサイダー取引規制だけで300ページの解説本があります。
 と持ち出しても仕方がない数字を持ち出されて反論されていることは非常に残念ですし、それこそ、日本国内の法令数を持ち出すこと自体、議論自体が非現実的なまったくのピントはずれといわざるを得ないのではないでしょうか。

2.ただ単に教授や弁護士に不信感があるという不満から、
>専門家には、抽象的な常識論ではなく、現実に即した普通の人でも実行できる意見を述べてもらいたい
と延べ、コンプライアンス・ビジネスを批判されるのはかまいません。
 しかし、現実の社会の流れとして、特に個人情報保護法の制定あたりから、企業実務にとっては、コンプライアンスの問題は避けては通れないものとなっていますし、経済の国際化による消費者意識の高まりや個人株主の増加、労働者の意識の高まりの中で、従来の「法令順守」+αが企業に求められているのは、紛れもないことです。
 このような現実を踏まえずに、個人の不満のみで、コンプライアンス・ビジネスには問題がある、教授や弁護士に不満がある、常識論はわからないという姿勢こそ、現実を踏まえたものではないのではないでしょうか。

3.本文の中で、刑法を持ち出している意味がわかりませんが、刑法や民法などの通説は、大部分が「社会通念」をベースとしているのではないですか?法律の解釈に当たっても、社会通念、簡単に言えば常識論を踏まえて解釈する以上、はじめから、社会的要請(=社会通念)を踏まえて解釈、運用することは思考経済的にも理にかなっていると思いますが、いかがでしょうか。

4.そして、以前より何度も名前を変えて投稿されている方と推察しますが(文体や文の特徴から)、誰がどういっているから正しいとか、間違っているとか、コンプライアンスや法解釈はそういうものではありません。絶対に正しい答えなどないし、書物等で違法と言及していないから、専門家には不満があるというのは、いささか、独りよがりに過ぎる感じがします。
 コンプライアンス等を考える上で、大切なのは(社会生活やビジネス全般に共通だと思いますが)、「だれだれがこういったから、こう」とか「正しい」ではなく、自らあるいは企業として英知を結集して自分たちで答えを見つけることではないでしょうか?そしてそこで考慮されるべきは、事業環境や会社の状況、社会通念、立法趣旨、社会情勢などになると思います。「誰々がこう言っていないから、こうだ」とか、誰々がこう言っているから、正しい」とか、そのような状況では、完全に思考停止と言わざるを得ないと思います。学者や弁護士の見解は、参考でしかなく、盲目的に受け入れるものではありませんし、判例とて、社会の情勢を踏まえて変更されていくわけですから、絶対的な基準とはなりえないと思います。

5.
>どんなに博識な学者や専門家でも、法令や会計の解釈で常に正解を出せません。それにもかかわらず、一般の人が、法律の条文だけでなく社会的要請まで考えて行動しなければならないのでしょうか?
>例えばインサイダー取引規制だけで300ページの解説本があります。全部勉強することなど、実際には誰にもできるはずがないことです。

とありますが、そもそも知識のみで法解釈をしようとしていることが、私は適切とは思えません。日々、業務を行う中で、書籍等に書いていないケース等に数多く遭遇するわけですから、そもそも知識で法解釈を行おうとすること自体に無理があると思います。
 
 だからこそ、社会的要請や社会通念、立法趣旨を踏まえて解釈すべきなのではないでしょうか。
 
 知識だけで解釈することは、専門家(どんなに優秀な弁護士や大学教授)でも不可能です。一般人ならなおさらです。だからこそ、法の目的を考え、人生の中で体験的に身につけた常識(社会通念)を元に、日々情報に接することで判断指標として活用可能な社会情勢を踏まえて、解釈し、回答を出すことこそが、一般人に求められるのではないでしょうか。そしてそれが、一番「現実的」かつ「実行可能」なのではないでしょうか。


以上、長くなりましたが、「法令順守が日本を滅ぼす?」さんの意見に反論させていただきました。

なお、この内容は、本題からも外れますし、他の方にもご迷惑をおかけしますので、私自身は、本コメントを持って、本テーマについては、最後の投稿としますので、TOSHI先生も含め、どうぞご自由にご批評ください。

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2007年5月18日 (金) 23時17分

皆様、いろいろと示唆に富むコメント、どうもありがとうございます。
私のように内部統制とか、コンプライアンス関連の講演をさせていただく機会を与えられ、それなりに回数をこなすようになりますと、私の意思とは関係なく、コンプライアンスビジネスの渦中に飛び込まざるをえないことがあります。コンプライアンスブローカーとまでは申しませんが、広報していただく方と、私との間にズレが生じてしまい、聴講者の方々は、さも私が「コンプライアンス」云々と抽象論を振りかざしているかの誤解を招くことがありました。そのあたりの警告の意味を含めてのエントリーであります。もちろんコンプロさんはじめ、私の真意を理解しつつ、いろんなところで広報していただく分には良いのですが、「ビジネス」が先になって、なんでもあおってしまえば客は来る・・・みたいな方々もいらっしゃるわけでして、講演の後、とてもむなしい気分になるときがあります。

投稿: toshi | 2007年5月19日 (土) 15時55分

法の目的を考え、人生の中で体験的に身につけた常識(社会通念)を元に、日々情報に接することで判断指標として活用可能な社会情勢を踏まえて、解釈し、回答を出すことこそが、一般人に求められるのではないでしょうか。そしてそれが、一番「現実的」かつ「実行可能」なのではないでしょうか。

>>>>>>>>
わたくしは、大企業の下請けで働いています。偽装請け負いで酷使されるワーキングプアですが、弁護士や会計士は、ぼくたちの10年間の低賃金高密度労働に対して、何も救いの手を差し伸べてくれませんでした・・・
いまさら、何のコンプライアンスですか?同一労働同一賃金の原則ってなんですか?

朝から晩まで出荷作業でフォークリフトを運転して、重量物を動かし、退社すときには疲れ切っています。土日は疲れて寝ています。あ、デートもしないと結婚できませんが、なかなか知り合う機会もありません。

え、法律を勉強しろって??? あんたらのように、日中クーラーの利いたオフィスで軽負担の事務労働をしてる人間だけだよ!土日も勉強だの、社会常識の習得だの、非現実的で実行不可能なこという人は・・・

投稿: 無理ぴょーん | 2007年5月21日 (月) 08時59分

こんなことをこの場では言いたくありませんでしたが、無理ぴょーんさんのコメントには強い不快感を覚えましたので、あえて苦言を書かせていただきました(なお、私は、コンプライアンス・プロフェショナルさんを存じ上げておりません)

自らの境遇を吐露しておりますが、はっきり言って、勘違いや責任回避も甚だしい。

>>>え、法律を勉強しろって??? あんたらのように、日中クーラーの利いたオフィスで軽負担の事務労働をしてる人間だけだよ!土日も勉強だの、社会常識の習得だの、非現実的で実行不可能なこという人は・・

この部分は、無礼極まりない表現だと思います。
「軽負担の事務労働」と言われておりますが、単純に作業の軽重(何を基準にされての比較なのかもよくわかりませんが)のみをもって、このような言われ方をするのは、多くの会社員を愚弄するに等しい表現かと思います。
 
 ワーキング・プアという言葉は好きではありませんので、使いたくはありませんが、そのような発想で、自分たちはこれだけやっているのにわかってくれないとか、どうせいお前らとは忙しさが違うから勉強できないとかいう意識自体が、今の現状を生んでいるのではないですか。
 ここで高度な議論を展開されている方々は、おそらくきわめて多忙で、それこそ土日すら十分に休む時間もないくらいの中で、それでも勉強をされているという方々ばかりだと思います。

 いずれにしろ、このようなきわめて失礼かつ無礼な発言が行われること自体、強い憤りを感じざるを得ません。

投稿: unknown | 2007年5月22日 (火) 07時21分

上記のunknownさんのコメントの後にも、どちらかと申しますと、私の意見に近い方々のコメントがいくつか付されておりますが、どうも意見をお書きになっているご様子が挑発的なものばかりです。(笑)ということで、勝手ながら非公開扱いとさせていただきました。なんだかブログの運営が相当にムズカシクなってきました。。。
私に向けられるものならば、なんぼでもご批判は結構なのですが。(ただし礼は尽くしてくださいね)そのあたり、どうかご理解ください。

投稿: toshi | 2007年5月22日 (火) 11時49分

■高裁の仮処分に従わないグランドプリンスホテル新高輪の問題
※山口先生すみません、適当なスレッドが見当たりませんので、コンプライアンス問題として、ここにつけます。
新規のほうがよろしければ、変更してください。

DMORIです。
2月2日、日教組主催の全国集会の全体集会が、会場のグランドプリンスホテル新高輪の解約によって、中止になりました。

東京地裁と東京高裁が日教組の仮処分申請を認め、会場を使わせるよう命じたにもかかわらず、ホテルが従わなかったため、中止せざるを得なかったということです。

高裁が使用させることを命じても無視するということは、まず法治国家の日本において、認められるのかという疑問です。
裁判所が命令しても、べつに従わなければそれで済むということが、あるのでしょうか。
法律に詳しい先生方のご判断を、ぜひお聞きしたいと思います。

企業のコンプライアンスから考えれば、グランドプリンスホテル新高輪は当然失格ですね。
この仮処分無視に対して、社会がどのように糾弾するのか、見守りたいと思っております。

投稿: DMORI | 2008年2月 2日 (土) 14時40分

DMORIさん、こんばんは。
本件につきましては、私が意見を申し上げますと、多方面にわたって、引用されるおそれがありますので、申し訳ございませんが差し控えさせていただきます。

ただ、報道はかなり乱暴な言い方をしているのではないかと思います。
果たして決定主文はどうなっているのでしょうか?
それによって回答内容は大きく変わってくると思います。
たとえば、地位保全の仮処分ですから、ホテル側に「現在も、契約上の地位があることを容認せよ」というものではないかと推測いたしますが、そうであるならば、債権者は元の地位に復帰したにすぎず、単に二重契約の問題にすぎないことになってしまいます。

投稿: toshi | 2008年2月 2日 (土) 21時26分

山口先生 お世話様です。
昨日の朝日新聞社説に続いて、今朝は珍しく読売も大きく報道していますね。裁判所が命令しても、業者が無視すればそれで済んでしまうのでは、法治国家としてどうなのか、という論調です。

決定主文がどうなっているのかは、私も見ていませんが、興味があるのは日教組や右翼という政治的なことよりも、まずビジネス法務上の問題です。

仮処分で裁判所の判定は明白ですから、今後日教組側が賠償訴訟を起こせば、ほぼ認められるのでしょうが、ホテル側は「カネを払って済むことであれば、街宣車で混乱することに比べれば安いもんだ」で済んでしまいます。

裁判所の命令に従わない場合、現行法では責任者が逮捕されたり刑事罰に問われることは、ないのでしょうか?

投稿: DMORI | 2008年2月 3日 (日) 07時05分

こればっかりは、決定主文を読まなければ、なんとも(笑)

裁判所は仮処分で独占的な使用権をN組合に認めたのでしょうか?
単に使用を認める、というだけでは、ホテル側はもう一方の就職説明会側の業者にも契約上、使用を認めなければならないわけで、普通のビジネスの世界でもよくある状態(ダブルブッキング)に戻ったにすぎないですよね。独占的使用権を認めたのであれば、N側としては仮処分の中で、「ホテルは現在契約中のP社に対して使用させてはならない」といれるはずですよね。

ですから、次の論点「裁判所の命令に服しないのは『法令違反』となるのか」という問題も、この主文内容をみないと議論としては進めないわけでして、N組合のHPも閲覧したのですが、そのあたりが書いてありませんでした。
いずれにせよ、裁判所の命令といいましても、たとえば「N組合に使用させろ」といった抽象的な命令ではどうしようもありません。継続的契約ではありませんので、間接強制もできませんし、ましてや執行屋さんを連れていって直接強制することも認められておりませんし。そもそも、そのような命令が出たとしても、ホテル側としては何をしたらいいのでしょうか。サービスは不要なのか、警備は不要なのか、従業員は誰もいなくて、ただボーっと会場が使われるのを傍観していればいいのでしょうか?私もよくわかりません。

お金で済ます、ということも非難されておりますが、そもそも1000万円の手付けをいれているようですが、これは「お金ですますこともありうる」ということは双方が合意しているとも解釈できますね。

誤解のないように申し上げますが、裁判所命令服従違反罪のようなものはありませんけど、たとえばDVにみられるように「面談禁止の仮処分」が出されてもなお、夫が妻に会いに行ったという場合には、強要罪として逮捕される可能性がありますし、反社会勢力が「建物から500メートル以内での街宣車による走行禁止」の仮処分に違反した場合にも威力業務妨害で逮捕される可能性はあります。したがいまして、今回もし「独占的に契約書記載のとおりの役務提供をせよ。もう一方の契約主体であるP社との契約を履行してはならない」といった満足的仮処分(というよりもそれ以上?)の判決主文が出ているのであれば、N組合を実力で阻止しようとしてホテル側には威力業務妨害違反の可能性が出てくることになりそうですが・・・・・(まず、ないでしょうなぁ)

ホテル側のコンプライアンス委員会には、コンプライアンスで著名な先生方が入っていらっしゃるので、ホテル側のリリース「法令違反は一切ありません」の根拠理由には自信をもっておられるかと。

投稿: toshi | 2008年2月 3日 (日) 13時19分

報道されていることだけで判断してはいけないのでしょうけど
(日教組とホテル側が最初に契約したときの経緯も不明です。日教組は
 ホテル側に説明し理解してもらったと言っているようですが)
一般論として民事裁判とはかくも虚しいものなんでしょうか…。

皆んな一斉に判決に逆らいだしたら、わずかな数しかいないと思われる
執行官の手では到底追いつかなくなって、法治国家は崩壊してしまうと
思うのですが。実際に現在でも損害賠償請求は判決が確定しても実行
されないケースが数多くあると耳にします。差し押さえられるものがある
場合はまだしも、ない場合、或いは差し押さえしにくい場合には
どうしようもないわけですし。

我々「逃げ場のない」真っ当な民間企業は事実はどうあれ、裁判に
敗訴した際は賠償金を支払っています(特に海外での事業を巡る裁判は
正邪を決めるものではなく裁判スキルの高いほうが勝ちますから、
当方に何ら恥じ入ることがなくても「ゲーム」に負けてしまえば
仕方ありません)。
これは「正直者は馬鹿を見る」ということなのでしょうか。

法曹関係者のかたがたにはこの件を軽視していただきたくありませんし、
そういうことではないということなら
有権者に対してその旨説明を是非お願い申し上げたいです。

投稿: 機野 | 2008年2月 4日 (月) 10時26分

>機野さん

たしかに、本件は著名な法律家ブロガーの方たちも、「司法判断を無視するとはなにごとか!これでは日本の司法に明日はないぞ!法令無視を許すな!」といったご意見が圧倒的多数のようです。
そういった意味で、法曹関係者の方々が本件を軽視していないことはご理解いただきたいと思います。

ただ、私は本当に「法令違反」はあるのだろか、と疑問を持っています。
むしろホテル側は「法令を遵守しているのでは」と。
まず定款や行動規範は「遵守すべき法令」にあたりますから、これに従ったことは問題ないと思います。
問題は「裁判所の命令」に従わなかった、ということではないかと。
「裁判所の命令」は「組合とホテルとの正常な契約上の地位が回復されたことを確認する」という意味ではないのかと推測します。(これは決定をみておりませんので単なる推測です)
とすれば、ホテル側は、契約は履行しなければならないかもしれませんが、それは民民のことですから、別の顧客とブッキングしている場合には、損害賠償覚悟のうえでどちらか一方に現実の役務提供をすればいいだけの話です。もし組合に貸さなかったことが「法令違反」であれば、組合に貸した場合も、もう一方には貸せなかったので、やはり「法令違反」を犯したことになります。
どちらに貸しても「法令違反」であれば、最終的には企業行動規範にのっとって結論を下すしか方法がなかったのではないかと思います。

もちろん今回の仮処分は、組合側にとっても意味があります。
現場において「我々に役務を提供しなさい」と堂々といえるわけですし、
また解除が正当な理由に基づくものでないことを、あとの本訴訟で
争いやすくなり、損害賠償請求が認められやすくなりますよね。
とりわけ手付け倍返しですまそうとするホテル側に対して、損害は
それどころではない、と主張するためには非常に有効かと。

なぜ、組合は「もう一方に会場を使用させてはならない」という仮処分を申し立てなかったのでしょうか?こっちのほうが、よっぽどホテル側にとっては困ったことになると思うのですが。

と、いった議論も成り立ちうる・・・
と私が考えておりますが、いかがでしょうか。

投稿: toshi | 2008年2月 4日 (月) 11時51分

お答えいただきありがとうございます。

原告側として裁判のやり方がこれでよかったかどうか、
或いはこの先損害賠償訴訟でどれだけ取れるか
(おそらく和解するでしょう。日本の場合、懲罰的な金額加算は
 認められてないと思いますので。USAなら10億ぐらい取れるかも?)、
ということはある意味第三者としてはどうでもいいことなのです。
報道を読む限り、偶発的なダブルブッキングではなく、既成事実を
作らんがための別の顧客との契約だったとしか思えませんし。

道義的には、つまり本来の(広義でいうところの)コンプライアンスに
重大な違反をしていると思います。先約の顧客との契約を一方的に
破棄したこと。裁判自体を軽視したと疑義される行為を行ったこと、
これだけで充分でしょう。ホテル側は(誤用ですが、いわゆる)
「確信犯」となって開き直っているようにしか思えません。

また(決め付けられませんが)反社会的な組織からの圧力に屈して
しまったと思われることもマイナスでしょう。ただ、この点に関しては
一民間企業をのみ批判するのはいささか不公平だとも思いますが。
多くの宿泊施設が同じような対応を取っているわけですから。

予約を受け付けなければよかった、ということで終わってしまっても
いけないはずです。それはいわばタクシーの乗車拒否と一緒で。
宿泊施設でもありましたよね、宿泊拒否問題。

最終的には金銭での解決にならざるを得ないということも分かりますが
それは「当たり前」のこと(最後の手段)です。

なんでも司法を頼るというのは悲しいことですが
(司法というか立法府の問題なのかもしれません)、
民事裁判の判決に関してもう少し強制権を発動させることはできない相談
なのでしょうか。
例えば、極論ですが、
一時的に当該企業、組織の経営を執行官が代行するとか
(会社更生法みたいですが)。

うーん、それもあんまり明るい世界ではないですね(笑)。

投稿: 機野 | 2008年2月 4日 (月) 12時44分

道義的な意味でのコンプライアンスも重要であることは私も認めますし、この事件をきっかけに「あのホテルは泊まらない」運動が勃発したり、株主から経営陣への批判が出ることもあると思います。それは「評価」の問題であって、今回のホテル側の行動により、社会的評価の毀損があれば甘受すべきでしょう。

ただ、「裁判所の判断に従わないとは、なにごとか」といったあたりは、むしろ本当に従わなかったのかどうか、社会に誤解があれば反論(説明責任)すべきでしょうし、そのあたりが明確になれば、むしろ今回のホテル側の行動は反社会的勢力側にとってはあまり喜べない対応であったことも理解してもらえるのではないでしょうか。平成13年には、関西の大きな反社会勢力の組長さんのトークショーを警察と一緒に排除した企業ですから、特別に「反社会勢力に屈する」ようなところにも思えませんし。

私も「独占的に使用させろ」といった決定が出ているにもかかわらず、それをお金で解決しようという魂胆であったとすれば、それは大きな問題だと思いますが、どうも今回のホテル側の行動を「裁判所の命令に従わなかった」と断定することへは躊躇を覚えます。

ダブルブッキングの話も出ましたが、ひとつ気になるのが、組合側の旅行代理店さんです。あまり深入りはしませんが、訴訟の動向は、この代理店さんの行動に依拠するところが大きいのではないかと。


投稿: toshi | 2008年2月 4日 (月) 14時35分

非常に派生的な感想コメントで恐縮です。ふと考え込んで──TOSHI先生がかつて触れておられた裁判員制度に思い至ったので、書き込んでみました。

本エントリの前半の熾烈な空中戦、コンプラビジネスの功罪・明暗部はいわゆる玉石混交の体、いずれも事実と思われ、いずれを指して意見を主張されるか、両者がなかなか接点・交点を得るのは難しいものだと実感しました。こうなると数の論理やとんがった主張が流れを作るかもしれませんし、対象の本質だけでなく全体観や将来像等を踏まえた意見が必要となるのでしょう。
また、後半に接続された事件のやり取り──見識なり、経験がなければ事象を見抜く事は出来ないと、分野の壁の高さ・厚さを感じました。

さて、裁判員制度は前述の事件のようなものは扱わないのでしょうが、それにしても「真であり、かつ偽である」と言う、二律背反が表裏で一体になっているようなものが事件の中にはごろごろあるような気がします──いや、むしろそれこそが裁判という場なのだろうと思います。そして──それらの本質と表裏の差を見抜く専門の知見。
裁判員の人たちは一般通念と言うのか、社会趨勢や常識や個人の価値観で意見を言うのだろうと推測します。ただ、情報についてはマスメディアの報道や個人のアンテナ次第と言う事はなく、均しく証拠なり調書なりが裏付けをもって示されるのだろうと思いますが。

いみじくも、TOSHI先生が「だんだんブログの運営が難しくなってきた──」と述懐されたように、裁判員をまとめるのはさぞかし難しかろうと思いました。正直、適正に運営出来る目処はあるのだろうかと考えた次第です。要約すれば、一般通念、あるいは個人の価値観(あるいは好き嫌いの感情)を司法はどのようにして制度に資するのか──ちょっと分からなくなりました。

投稿: 日下 雅貴 | 2008年2月 4日 (月) 14時53分

たびたび、お手数をお掛けしました。ありがとうございます。

原告側もこういうトラブルが初めてのことではないわけで、どこかしら
意図的に騒ぎを大きくしようとしているフシがないとは言い切れない
ような気がしています。
なるほど「原告側の代理店」と云われて、原告はワンクッション置いて
ホテル側と交渉していただろうと思われることに気付きました。
意志の疎通に問題があったとすれば一方的にホテル側だけを責められない
かもしれませんね。

投稿: 機野 | 2008年2月 4日 (月) 15時02分

DMORIです。
■プリンスホテル社員からの提起にも期待する
プリンスホテルでは、コンプライアンスの意味を「法律・契約の遵守」としか理解していないのかと思い、西武グループ企業倫理規範を拝見しましたら、ちゃんと「社会に対して公正であること」も、盛り込んでありました。
http://www.princehotels.co.jp/company/compliance2.html
西武グループ企業倫理規範の第2項に「社会的良識をもって公正かつ誠実に行動します」があると同時に、「市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力および団体に対しては、毅然とした対応をします」との宣言も入っています。

文面からすると、上場大手として充分な体裁になっています。
しかし、そうすると今回は契約ではどうだ・法律ではどうだとの議論以前に、右翼団体の街宣を恐れて毅然とした態度を取らなかった、という点では、自ら掲げた倫理規範違反に該当するのではないでしょうか。

西部グループの内部通報制度によりますと、「3つの窓口」があり、内部窓口は社内コンプライアンス部、西武ホールディングス窓口は株式会社西武ホールディングス コンプライアンス部、そして外部窓口は専門会社に業務委託をしており、すべての役員および従業員から匿名でも受け付けるとしています。

プリンスホテルの従業員の方で、良識ある人たちがこの外部窓口へ積極的に投稿し、会社として『企業倫理委員会』が開催されて、今回これだけ社会批判を浴びた行為が「社会的公正」をうたった倫理綱領に反しないのか、自分たちはこれからも社会に胸を張って仕事をしていけるのか、しっかり自浄作用を見せてほしいと思っております。

投稿: DMORI | 2008年2月 4日 (月) 17時19分

TOSHI先生が慎重になるのも分かりますし、そもそも法令違反があるのかという問題提起も、深く検討する必要があるのかも知れません。
しかし、コンプライアンスの観点からは、今回の事態は当然に看過できない憂慮すべき事態と考えます。
 仮処分の内容は確かに分かりませんが、少なくとも東京地裁、東京地裁、東京高裁と、3度に渡りプリンスホテル側の主張が裁判所で退けられていると報道されています。いかなる理由であれ、裁判所の決定を無視するがごときは、許されるべきではありません。
 西武グループの行動規範に「市民社会の秩序や安全に脅威を与える反社会的勢力」とあります。厳しいことを言うようですが、今回の3度に渡る裁判所の仮処分決定の無視という事態は、それこそ「市民社会の秩序」に「脅威を与える」ものではないでしょうか?

 最後の部分は問題がある表記であれば、削除していただいてもかまいませんが、企業コンプライアンスのあり方及び反社会的勢力への対応の両方の観点から、私個人としては、裁判所の決定に従わなかったという行為自体は、到底是認できるものではありません。

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2008年2月 5日 (火) 00時49分

■新高輪プリンスの旅館業法違反を検討
DMORIです。
鳩山法務大臣は2/18の衆院予算委で、グランドプリンスホテル新高輪の裁判所無視の行動について、民主党への答弁で「(一般論として)法治国家にあるまじき事態だ」と述べました。

また、舛添厚労大臣は、旅館業法違反の疑いの観点から、管轄の東京港区が調べていると述べました。
私はこの問題について、民主党・社民党に国会で問題にすべきだと進言してきましたが、民主党が質問してくれました。
旅館業法違反容疑という観点は、なるほどですね。

裁判所の命令を無視したまま、のうのうと商売が続けられる国なのか、法治国家として、しっかり黒白つけていただきたいと思っています。

投稿: DMORI | 2008年2月19日 (火) 12時44分

DMORIさん、こんにちは。
情報どうも、ありがとうございました。
この話題につきましては、エントリーで書くといろいろと自身の思いと裏腹に誤解されて引用されるのではないか、ということで避けてきました。

ただ、なんとしても主文が見たいです。
もしDMORIさんが、そこまで関心を寄せられるのでしたら、私も一度エントリーで取り上げてみたいので、よろしかったら東京地裁の決定主文の内容をメールでも結構ですので、教えていただけませんでしょうか?

今回は、宿泊キャンセルなども話題になっておりますが、一番非難されているのは「裁判所の命令遵守違反」ということですよね?
その命令が、具体的に、プリンスホテルに何を要求しているのか?しかも排他的に使用させることを要求しているのか?もし、もう一方の当事者から仮処分が申し立てられていたら、その当事者の申立は両立するのか、棄却されるのか、もし棄却されるのであればどのような理由からなのか、そのあたりが自分のなかで整理されませんと、これ以上は何のコメントも申し上げられないもので・・・・
どうかよろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2008年2月19日 (火) 14時46分

横から失礼します。

旅行業法違反は裁判無視とは関係ないですよね。これは宿泊施設の利用を拒否したことについて、ということですから。

投稿: おっくん | 2008年2月19日 (火) 19時40分

DMORIです。
山口先生、たびたびお世話をかけます。
すみませんが、私は法律の専門家ではないので、仮処分の決定文を見たわけではありません。
しかし今回の事件は、読売・朝日・日経の3紙がすべて社説でホテルを非難していますので、新聞社としては裁判所の決定文も取材して裏づけをとり、責任をもって書いているはずだと、3大新聞社を信用して私も主張しているわけであります。

また、国の法務大臣も国会の場でコメントしているのですから、仮処分の内容を当然に法務省キャリアが分析の上で、大臣の答弁書を作っていると推測されます。決定文の専門的なことは分かりませんが、いずれにしてもホテルは裁判所の命令を無視したことは、間違いないだろうという考え方です。

おっくんさんの言うとおり、旅館業法違反は仮処分の命令とは、筋道の上では別なのかも知れませんね。
しかしこの問題は、法治国家に挑戦してのうのうと商売を続けている業者に対して、いかに社会的制裁を加えるかということが重要な観点ですから、その意味では同じといえます。

それにしても、今回の裁判所は泥をかけられたままの状態で、まさに三枚目の役まわりです。
裁判官が重厚な法服を着て、「原告に利用させよ」と命令したにもかかわらず、ホテルから「ふん、なにをたわけたことを。うちは従わんよ」とあしらわれた、喜劇のような場面ですね。
裁判官のみなさんは、怒らないのでしょうか。

投稿: DMORI | 2008年2月19日 (火) 21時39分

>dmoriさん

私もたいへん勉強になりますので、ぜひともこの問題はエントリーに残しておきたいのですが、いかんせん実名ブログなものですから、正確な情報だけは知っておきたいのです。(もし、このコメントツリーをご覧の方で仮処分決定の主文をご存知の方はお教え願えれば幸いです)

そうですね。裁判官といいますか、裁判所が何かを発信することは考えられるでしょうね。日弁連もすでに声明文を出していますし。
ただ、それでも私は宿泊予約を破棄したことには憤りをおぼえますが、まだ「裁判所の判断に従わなかった」という点には「?」を感じています。

投稿: toshi | 2008年2月19日 (火) 23時45分

西武Gに知り合いもいますのであまり言いたくないのですが(笑)、
しかし昨日の記者会見はあまりにも酷いと言わざるを得ません。
悪法もまた法なり、といいますが、仮に承服しがたい判決であったと
しても自社の都合で無視してもいいなどというが
罷り通るのは断じて許せません。
確かに判決文を読んだわけでもありませんし、私は法曹関係者でも
ありませんが、ある意味IHIのさらなる内部告発や「あたご」問題よりも
強い憤りを感じております。

たいへん失礼ながら、山口先生は当件において
少々ブレーキを掛けすぎてはおられませんか(冗談ですのでお許しを)。
法曹関係者は全員西武Gの利用を一切ボイコットするぐらいのことは
もう当然だと思います。

西武Gのウラに真っ黒い世界か何かが未だにあるのではないか、
あえてそう(何の根拠もないですが)誹謗中傷したいと思います。

投稿: 機野 | 2008年2月27日 (水) 09時52分

■仮処分には強制力がないのか
DMORIです。機野さんのご意見に同感です。
プリンス高輪の、西武HD社長が2/26初めて記者会見に臨み、東京高裁の命令に従わなかったことを正当化するかの発言をしたことが、本日の読売に報道されています。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080226-OYT1T00585.htm
山口先生は法律家のお立場上、主文を見なければ判断できないとのことですので、プリンスの件でなく別の例で、質問させてください。

文春だの新潮だの、よく週刊誌が問題記事を発刊しようとして、出版差し止めの仮処分申請が出ますね。
それで裁判所が「発行すべからず」の決定をした場合でも、出版社側は「裁判所なにするものぞ。この発行は知る権利のために、必要なのだ」と独自の判断をして、命令に従わずに発行した場合、国家権力による強制排除や発行人の逮捕などの実力行使は、現行法で定められていないということなのでしょうか。
つまり、事後に損害賠償判決を受けて、賠償金を払う覚悟があるのなら、仮処分の命令に従わなくても、どうってことはない、というのが現行法の実態なのでしょうか。
法治国家維持の観点から、たいへん興味があります。
サッカーで主審からレッドカードを出されても、「ふん、審判なんかに従えるか」と退場せずにプレーを平気で続けている(つまり平気で商売を続けている)ようなものでしょう。
命令に従わない無法者がいることを、現行法は想定していなかったかも知れませんね。

投稿: DMORI | 2008年2月27日 (水) 10時52分

機野さん、DMORIさん、ご意見ありがとうございます。また、この問題については法律家の実名ブログということで、個別事案について謙抑的な意見しか申し上げられませんので、ご理解ください。

さて、私が主文をみないとわからないというのは、まさにDMORIさんがおっしゃるような問題があるからです。仮処分は 仮の地位を定める仮処分、作為を命ずる仮処分、不作為を命ずる仮処分などがあります。本件がどのような内容の仮処分なのかは主文を見ないとわかりません。DMORIさんが引用されている出版差止めはもちろん不作為を命じる仮処分ですよね。これは当然命令に従わなければ「司法無視」であり、法治国家としては許されません。(そもそも不作為命令ですから、命令を受けたほうも命令どおりに動くことが可能ですし、違反した場合には名誉毀損とか信用毀損などで刑事責任が問われますよね)しかし、本件は不作為を命じる仮処分、つまり「他社に使用させてはならない」というところまでの仮処分なのでしょうか?「就職説明会」が平穏に開催されておりますので、不作為を命じる仮処分ではなかったようですよね。単に「使用させなければならない」といったもののように思えます。ということは仮の地位を定める仮処分、もしくは作為を命じる仮処分ということだと思います。
さて、それでは作為を命じる仮処分としても、裁判所の命令は「直接強制」まで命じるものなのでしょうか?たとえばパウエル選手がオリックスの契約が有効なのだから、オリックスで働きなさい・・・と直接命じることはできるのでしょうか?いやいや働いても結果を残すことは不可能だと思いますし、それこそ国家権力がそこまで介入できるのは、かなり限定された場合だけだと思います。それこそ、直接強制が可能なのは、必要最小限度の人権侵害との関係で、詳細に「使用させる内容」が具体化されなければなりませんよね。そういった内容の主文となっているのかどうか、いまのところ私には不明であります。「間接強制」ということであれば、そもそも最初から「従わない場合はお金を払え」ということを裁判所が許容しているわけですから、(お金を払わなければ別ですが)そもそも司法無視とはいえないわけです。
ましてや仮の地位を定める仮処分であれば、それは前も申し上げましたとおり、契約上の地位を仮に回復するにすぎませんから、いわば「二重契約状態」が存在するだけであり、マスコミの論調を前提とするならば、「組合に使用させなければ法令違反、使用させても法令違反」ということになり、どっちを選択しても法令違反になるのであれば、自社の行動規範に近い立場の行動をとることも当然のような気がいたします。

そのあたりが、私が「主文をみてみないとわからない」と申し上げている趣旨であります。しかし、どうして組合側の代理人は「ホテルは別の者に対して、この会場を貸してはならない」といった不作為を命じる仮処分を求めなかったのでしょうかね?

投稿: toshi | 2008年2月27日 (水) 11時46分

DMORIです。山口先生、早速のコメントありがとうございます。
とても勉強になります。
法律用語が専門でない読者のために、分かりやすくしますと、
「不作為を命じる仮処分」=「やってはいけない、という命令」。
「作為を命じる仮処分」=「こうしなさい、という命令」。でしょうか…

出版差し止めの仮処分ですと、不作為の命令、つまり発行してはいかんぞということなので、発行や発送をストップすればいいので、実行しやすい。
ところが、作為を命じる仮処分だと、「パウエル選手はオリックスで働きなさい」と命じても、本人に鎖をつけて働かせるのは困難なので、その代わりに相応の賠償金を払わなければならないハメになることを、覚悟せいよ、という意味になり、そのことを裁判所も許容しているということになるわけですね。
したがって、賠償金を払う以上は司法無視とまでは言えない、という解釈もあるのでしょう。
すると、プリンスHの顧問弁護士としても、そうした解釈手法を知っていたと推測できますね。

日教組の予約を一方的に解約するだけではガードが弱いことも知っていたから、すぐに別の予約を入れさせて、仮処分が出ても対抗できる態勢を作らせたのも、顧問弁護士の知恵なのではないでしょうか。

また、別の予約が入っているかいないかという予約情報については、日教組側に知らせる義務はないので、日教組側の弁護士も知り得なかった可能性がありますね。

投稿: DMORI | 2008年2月27日 (水) 12時45分

日教組側は「よもや裁判所の決定に従わないことはないだろう」と
油断(というのでしょうか?)をしたのではないでしょうか。
ホテルという社会の公器を信用してしまった弁護士の手落ち?
なんでしょう。

しかし、法の網を掻い潜った?ほうを是としてしまうのなら、
ひとりの、ひょっとして裁判員に任命されるかもしれない有権者として
とてもとても耐え難いことです。
また、いち民間企業の監査という立場の人間として憤激に堪えません。
コンプライアンスとは法律を厳格に当てはめて運営することでは
断じてなかったはずです。

二重契約の話を持ち出されてこられても、違和感は否めません。
パウエル選手のケースと異なって、最初の契約が問題なく有効であると
裁判所で判断されているわけですから。
喩えるのならむしろ重婚罪みたいなものでしょうか。
後から契約した人間との契約は自動的に無効であり、その損害賠償は
もちろんホテル側が負うということでしょう。

                                .
西武Gとして社長が記者会見で行わねばならなかったことは
コンプライアンスの精神を踏みにじったことについて
まず謝罪することでした。
逆にホテルや商業施設で合法的な迷惑なんか
いくらでも掛けられますよね。
商売を妨害することだって出来る。合法的な方法で。
でもそういうことはしない。これが大人の道徳というものです。
それがお互い様ということです。
それこそが「生きたコンプライアンス」なのではありますまいか。

                                .
(ここから下はあくまでも信憑性のない与太話として)

しかしやはりそこまでして日教組を排除したというのは-
厄介者は排除したいという思いも分からんではないですが-
ウラに何か創業者由来の歴史的なドス黒い流れがありまっせ、皆さん。

投稿: 機野 | 2008年2月27日 (水) 16時39分

■港区に対しては「反省している」とコメント?
DMORIです。
4/15の朝日新聞報道では、新高輪グランドプリンスに対して、港区は文書による行政指導を行うことを決め、営業停止処分は見送ったということです。

港区の聴取に対して、プリンス側は「反省している」とコメントしたという報道になっています。
本当に反省しているなら、以前の記者会見で宿泊拒否は間違っていなかったと主張したことを撤回するのか、この点を会見で明らかにすべきです。それをしないと、単に港区の処分をやわらかくするためのポーズと言われても、しかたがないでしょう。

このホテルがコンプライアンスをどう考えているのか、話題を蒸し返しながら注目ですね。

投稿: DMORI | 2008年4月15日 (火) 08時42分

こんばんは。
すこしだけ別の角度から、この問題をとりあげてみました。

行政目的を達成するためには、ときには行政と企業は対立しますが、ときには共同してその目的達成のために協力するときもあります。今回は、プリンスホテルが後者のほうを選択した、ということでしょうか。営業停止処分を発令しなくても、同様の目的を達成できるのであれば、より人権侵害の程度の低い方法が選択された、とみるべきではないでしょうか。(ただし、司法判断に従わなかった点はさておき、旅館業法についてはなんらかのペナルティが課されるものと、私は思っておりましたが)

投稿: toshi | 2008年4月16日 (水) 03時22分

■プリンスは巧妙な謝罪ポーズと居直り継続か
山口先生しばらくでした。DMORIです。
朝日新聞の4/15続報
http://www.asahi.com/national/update/0415/TKY200804150270.html
を見て、ははんと思いました。
ホテル側は区への謝罪と再発防止を記した始末書を区に提出し、今後は、集会などに使われる宴会場の予約と宿泊予約は、区別して対応するということです。
つまり、港区が指導したのは旅館業法にいう、正当な理由なく宿泊拒否をした行為に対してであり、ホテルが再発防止の改善始末書を提出したのは、この問題に対してのみなのでしょう。
社会的にいうと本件の最大の問題は、集会場を使用させなかったことなのですが、この問題をすりかえて、「謝罪しました」という体面は作ったわけです。
そして、今後は宴会場の予約と宿泊予約を区別するという改善策ですから、宿泊を拒否することはしないものの、右翼団体が騒音をまき散らす恐れのある団体の「集会場」の利用は、今後とも裁判所の命令が出ようとも従うつもりはない、という意味になるのではないでしょうか。
以上が私の推察ですが、港区へ出したという改善始末書の内容をご存知の方がいましたら、教えていただければ幸いです。

投稿: DMORI | 2008年4月16日 (水) 08時42分

DMORIさん

ご指摘の朝日新聞記事のとおりです。
私は2月19日のコメントをご覧いただければおわかりのとおり、「宿泊」の点が問題として浮上したときから、「集会場」の問題と宿泊の問題は区別すべきであり、後者は本当に企業コンプライアンスの問題になりうると考えておりました。このたびのプリンスの対応は、行政との「見解の相違」といった趣旨の内容で始末書を書いて、例の3億円の賠償請求訴訟において始末書が不利に援用されないように留意されているのだと思います。
なお、本当に憂えるのは、司法判断に従わなかったことが「法令違反」に該当するのであれば、もっとマスコミが騒がなければならないのでは?
あれはタテマエだったのでしょうか?DMORIさんのように、どうして必死で追及する姿勢に欠けるのでしょうか?
結局、企業コンプライアンスが「軽く」みられるのは、こういったマスコミの日和見主義的な報道姿勢に起因するところが大きいのではないでしょうか。時間がたてば報道価値がなくなってしまうのでしょうね。王子製紙さんの議事録偽装事件のスクープのときにも感じました。
こういった風潮であれば、今後もマスコミに騒がれても、真摯に対応しようとする企業は少ないものと思います。

投稿: toshi | 2008年4月16日 (水) 11時49分

■プリンスホテルを宿泊拒否の疑いで警視庁が書類送検

この問題にしつこい、DMORIです。
グランドプリンスホテル新高輪が、日教組の宿泊予約を取り消し、宴会場を全体会議に使用させなかった問題で、警視庁はプリンスホテルの法人だけでなく、社長や総支配人、宴会部門責任者ら幹部4人を旅館業法違反の疑いで、3/17に書類送検しました。
本件は、高裁が宴会場を使用させよと仮処分裁定で命じたにもかかわらず、ホテル側は拒否を続けたという2008年2月の事件でした。
まずは警視庁が書類送検に踏み切ったということで、朝日新聞の記事には、「同規定での立件は異例」との一文がついています。次は検察が起訴するかどうかですが、裁判所の決定を足蹴にして、法治国家に正面から挑戦するホテル側の姿勢に対して、われわれの社会がどのように臨むのか、非常に注目されます。

いっぽう米国では、公的資金を受けながら保険大手AIGが、幹部に巨額なボーナスを支給したことに対して、オバマ大統領はあらゆる法的手段を講じて阻止するよう、財務省に命じました。
いつも申しあげていますが、コンプライアンスというものは単なる法律遵守ではなく、正義の国民感情に基づいた倫理性・正当性があってこそ言えるものです。大きな興味を持って推移を見守りたいと思っています。

投稿: DMORI | 2009年3月17日 (火) 12時50分

今朝の新聞を読んで、「あ、またDMORIさんがコメントされるんじゃないかな?」と身構えておりました(笑)
もう足かけ3年の議論ですね。。。

しかし読売新聞を読んだかぎりでは、今回も「宿泊予約の取消」についての書類送検ではないかと思いますが。(これは明らかに旅館業法違反に該当するように思います。会社側は反対しているようですが)そして宴会場のブッキング問題、つまり裁判所の仮処分命令違反を問題にしているのではないと思います。したがいまして、私の意見は従来どおりであり、とくに裁判所の仮処分命令に反する行動がコンプライアンス違反となるものではないと考えております。

投稿: toshi | 2009年3月17日 (火) 16時28分

■東京都も同様のコンプライアンス違反で、きょう敗訴

DMORIです。新高輪プリンスのことばかり議論してきましたが、きょう東京地裁の判決で、日比谷野外音楽堂の集会利用許可を、直前になって取り消した東京都の行為は不当であったとして、70万円の賠償を命じました。

2007年3月、朝鮮総連の集会利用に対して、利用の許可を出していた東京都が、右翼団体の妨害や騒動が起きる可能性があるとビビって許可を取り消していたもので、警備について警察との相談や協議をすることもなく、一方的に使用許可を取り消していたものです。

状況は、新高輪プリンスの1件と非常によく似ています。東京地裁では、プリンスホテルが宿泊予約を取り消した、旅館業法違反といったまわりくどい適用でなく、集会の自由を行政が一方的に奪う行為であったとして、断罪しました。

この東京都のコンプライアンス違反は、同様に見過ごしてはならない事件と思います。

投稿: DMORI | 2009年3月24日 (火) 22時21分

当然の判決が出ましたね(ニヤリ)。

産経子あたりは何せ素直に認めなくないのでしょう(笑)「起こりえた
右翼による周辺への被害」について判決で考慮されていないことに
不満を書いておりましたが、これはお門違いも甚だしいわけであり、
そもそも裁判所の度重なる判決を無視したことに対する批判、懲罰
であること(日教組ではなく裁判所自身が訴えるべきだったことかも
しれません。まあそれは無理でしょうけど)、また批判されるべきは
そうした被害をもたらそうとした右翼側であることは明白であり
(むろん日教組批判は自由ですが、法治国家の一員としてその方法を
選ばねばならないということ)実際に大会を開催し被害が発生した処で
被害をもたらした右翼をプリンスホテル側や騒音被害者が訴える、
という流れであるべきだったと記事はまとめるべきですよね。

アメリカみたいな高額賠償というのは必ずしも正しいとは思いませんが
法秩序を乱したということでは、日教組への賠償ではなく、国民に対し
200億か500億ぐらいの賠償金をふんだくるぐらいで丁度いいと
存じます。

悪法でさえ、また法なり。
仮に無実の罪で投獄されていても脱獄することは許されません。
いかなる口実があったとしても不満があっても裁判所の決定は絶対である
(不満ならあくまでも法廷にて争うべき)。

この例外なき原則を被告側に心底から学ばせねばなりません。


投稿: 機野 | 2009年7月30日 (木) 00時20分

ん?判決?

プリンスホテルがいつ判決を無視したのでせうか?

そもそも裁判所の決定は作為命令のはずでは?(部屋を使わせろ)

作為命令を強制することは、たとえ法令遵守の世の中でも憲法違反でしょ。裁判所にだってできません。できるのはペナルティとしての金銭支払い命令。

裁判所の決定が絶対なら2ちゃんねるの元オーナーはなぜ捕まらないの?

プリンスの理念が3億円で守れたのであれば安いもんですよ。謝罪広告だって、司法判断を無視したことを謝るのではなくて、約束を守らなかったことを謝るだけですから、当然に想定の範囲内ですし。

投稿: mugenjin | 2009年7月30日 (木) 01時42分

ちょっと、mugenjinさんのコメントの一部を削除、修正してアップさせていただきましたので、ご了承ください。また、このエントリーがニュースで紹介されてか、ずいぶんと読むに耐えないようなコメントが多数寄せられましたので、管理人権限にて非公開とさせていただきました。

DMORIさんも(予想どおり)コメントされておりますが、このエントリーにつきましては、例の決定すら手元に入手できておりません。また、このたびの損害賠償請求訴訟の判決も読んでおりません。私としてはコメント(もしくは続編エントリー)したくてしたくてたまらないのでありますが、沈黙を保っております。どなたか、仮処分決定やこのたびの判決をお持ちであれば、コピーをいただけませんでしょうかね?(笑)先の消費者契約法関連の敷金返還請求訴訟判決は、早々に全文公開されておりますが、こっちの判決はどうでしょうか?

投稿: toshi | 2009年7月30日 (木) 01時51分

事件の詳細はもうとう知りませんが、
議論の前提として、民間対民間の場合と国家(行政)対民間の場合とを分けて考えなければおかしな議論になります。
民間対民間においては、強制労働等を除いて「人権(基本権)」は直ちには問題にならない。契約の拘束力の問題とペナルティが問題になるだけです。企業対個人の争いでないのならなおさらです。
宿泊拒否や集会予約の拒否が許容される余地はかなり広く捉えるべきと考えます(根拠薄弱な行政規制に触れることは別として)。
仮処分命令が出たからといって、裁判所の判断が絶対だなどという議論は成り立ちません。仮処分命令違反のペナルティを負ってでも信念を貫くことが当然にありうるものとして仮処分制度は設計されていると思います。間接強制の制度などはまさにそのようなものでしょう。国家がなおも強制(強制の強制的実現)できるとしたら誠におかしな社会になります(一部の例外を除いて)。
多数者の感情や倫理感がまかり通ることこそ、法治主義ひいては法の支配の原則の危機です。

もっとも、この件がコンプライアンスに反するといえる可能性があることは否定しません。ただ、そう簡単に肯定はできないと思うのです。
少し興味がわいたので色々追ってみようかと思います。

投稿: JFK | 2009年7月30日 (木) 10時20分

場合によっては裁判所の判決に従わなくてもいい?

それでいいんでしょうか。

一般の、それこそ裁判員制度に怯えるようなフツーの市民にとっては、
これこそ理解不能な理屈ですよ。民事も刑事も大して違いがないと
我々は思ってますからね。

裁判所の権威が失墜する。これは国家的コンプライアンスの危機に
他なりませんよ。
専門家にしか分からない理屈なんて、私にはどうでもいいんです(笑)。

投稿: 機野 | 2009年7月30日 (木) 23時40分

強制的に実現できるものとそうでないものがある、ということなんだと思います。
たとえば、謝罪文を書けという判決が出たとして、謝罪の意思がない者に対し強制的に謝罪そのものをさせることは不可能です。裁判所が代書しても意味がないですし、適切でもないと思います。

従わなくてもいいということではないでしょうけれども、究極的な強制ができないパターンがあるということは一般にも理解可能ではないでしょうか。

投稿: JFK | 2009年7月31日 (金) 08時29分

DMORIです。
仮処分による裁判所命令に対して、信念を貫いて、従わないこともできるなどという論理は、法治国家で通ってはならないでしょう。
裁判所の命令が不本意であっても、決定が出たからにはまずそれに従い、そのあとで裁判所の命令は不当であるとの訴訟を起こして、戦うのが法治国家でのルールではないでしょうか。
謝罪文を書けという命令に対して、謝罪の意思がない者に強制的に謝罪文を書かせることは、もちろんできません。国家が暴力的手段で当事者の腕をつかんで文字を書かせることはできません。
私の意見は、仮処分命令に従わない者に対して、あとで高額な賠償金を払わせるだけでなく、命令に従わないことを指示した責任者に刑事罰を与える法改正が必要だということです。
プリンスホテルの場合も、「命令に従わなければ、どうせ裁判では億単位の賠償を言われるだろう、それでも日教組に集会を開かせるよりも、カネを払って済むなら得策というものだ」という考えのもとに、確信犯になったわけです。
こういう局面では、刑事罰に該当することにより責任者を逮捕させる実行力を裁判所に持たせれば、間違いなく仮処分命令は実践されたはずです。
仮処分命令に従わない無法者に対処するには、こうした刑事罰が必要です。

投稿: DMORI | 2009年7月31日 (金) 12時55分

議論が白熱しているときにこんなことを申し上げるのは恐縮なのですが、前にも書きましたように、まず仮処分の決定全文と今回の判決全文はぜひ読んでおく必要があろうかと思います。

DMORIさんのご意見は、おそらく多数の世論にも通ずるところだと思います。ただ、仮処分はプリンスホテルに作為を求めているのか、それとも不作為を求めているのでしょうか?
不作為命令ならば、面談禁止の仮処分のように、現在でも違反行為に対してはすぐに警察が動きます。これは構成要件がはっきりしているからですよね。
しかし作為命令を求める仮処分だと、まず裁判所はプリンスホテルに何をしろ、と命じているのでしょうか?単に場所を提供しろ、ということでしょうか、それともウエイトレス何名とウエイター何名を配置して、教職員組合の求めに応じてサービスをしろ、ということでしょうか。このあたりがはっきりしないと構成要件該当性を論じることができませんので、そもそも刑事罰は適用できないですよね。懲罰的賠償も、制裁的意味があるのならこのあたりが明確にならないと憲法違反のおそれがありますし。
民と民の争いに裁判所が関与する場合の司法権の限界がありますので、もうすこし事実関係の認識が必要かと思います。
なお、金融・商事判例の7月15日号に、この問題に関する現役裁判官(東京地裁部総括判事さん)の意見が表明されております。ご興味のある方はご一読いただければ・・・と。

投稿: toshi | 2009年7月31日 (金) 14時22分

仮処分の抗告審だけはオープンになっているようですね。
ただ、棄却判断なので原決定の詳細がいまいちわかりません。
メディアや団体、世論の一面的なプリンス叩きを見ていると、決定全文が世に出ないことも何かによる意図的なものなんじゃないかと思ってしまいます。

私企業と(大)団体の契約上の争いであるにもかかわらず、憲法を前面に出した見解が流布されていること、一方のみに偏った満足を与える仮処分決定が出ること、それが大多数によって肯定される社会、裁判不審と裁判絶対のどちらもが「社会」の意見であるという矛盾、等々に恐れすら感じます。

事情を知るにつれ辟易とするので、これ以上はやめておきます。

投稿: JFK | 2009年8月 1日 (土) 01時04分

そもそも(そもそも、そもそもばっかりですが(笑))
「原告側はこの際関係なくて、裁判所(司法府)が司法府独自の判断で、
 判決に従わなかった被告には行政罰を処すべきではないか」

この問題はこの一点にのみ焦点があり、世間だとか社会だとかは関係
ありません。仮に最初の裁判でP社側が勝訴していたら、それまでの
ことだったわけです。

何でも金銭で解決するというのはさもしい考え方だとも思えるのですが、
他に方法がないのなら企業の存亡に影響する高額の罰金というのも
致し方ないのでしょうね。

しかし、以下は私の個人的な感想ですが、P社の社長は『ミンボーの女』
でも観て勉強し直して欲しいですね。云っておきますが、伊丹十三という
方の映画は至って体制寄り、体制派ですよ(笑)。

投稿: 機野 | 2009年8月 1日 (土) 17時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: コンプライアンス違反による倒産急増?:

» みなさんの「コンプライアンス」 [ニュースで学ぶコンプライアンス]
年末年始にかけて、さまざまなサイトやブログを拝見していました。 「コンプライアンス」というキーワードだけ取っても、色んな方がお書きになっていますね。 負けないようにガンバ... [続きを読む]

受信: 2008年1月 8日 (火) 18時00分

« 二つの内部統制理論(再考編 その1) | トップページ | 「弁護士」淘汰時代(ZAITEN) »