コンプライアンス違反による倒産急増?
昨年(2006年)は法令遵守違反が原因で倒産した企業が前年の37.8%も増加した、との結果が帝国データバンク社の調査で判明したそうであります。(フジサンケイビジネスアイの記事はこちら)5月15日の産経新聞朝刊には、同様の記事が掲載されていたようですが、その記事に関連して あおり罪?さんからコメントをいただきました。(以下、あおり罪さんのコメントから抜粋)
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コメントのお返事にも書かせていただきましたが、私もほぼ同感であります。元の帝国データバンク社の調査報告書自体を読んでおりませんので、明確に断定することはできませんが、この記事だけで「法令違反がもとで会社の倒産を招く確率が高まった!さあたいへん!」と考えるのは早計にすぎるように思いますし、こういった記事を引用してコンプライアンスビジネスを広報するのはいかがなものか・・・と考えております。
1 データの分析内容から判明すること
ビジネスアイの上記記事によりますと、法令遵守違反(といいますか、この用語自体がちょっとおかしいようにも思えますが)の内訳は「粉飾」が17件、資金繰りで破綻したような「資金使途不正」が17件、「偽装」が15件、「談合」が13件ということです。しかしながら、こういった不正につきましては、その事例のほとんどにつき、会社の効率的経営に失敗したことが発生要因と考えられます。つまり、たしかに不正発覚が直接の原因ではありますが、そもそも健全経営が続いていたとすれば不正は発生しなかった可能性が高いわけでありますから、本当の原因は効率的な経営に失敗したことによるものと考えたほうがよろしいのではないでしょうか?たしかに近年、企業不祥事が増えたと一般的には言われるところでありますが、この倒産にからむ企業不祥事となりますと、そもそも経営逼迫状態となんらかの関係があるケースが多いように思われますので、不祥事→倒産、といった図式を短絡的に理解してしまうのはちょっと疑問に思われます。
2 法令違反事例が急増したのではなく、法令違反事例が発見されやすい環境が整ってきたのでは?
最近企業不祥事が増えた・・・といったフレーズも、本当にそうなのかどうか、疑ってみる必要があると思います。とりわけ、ここ数年、コンプライアンスに関する企業社会全般の関心が高まったことを受けまして、そういった企業不祥事が発覚しやすい環境が整ってきたことが原因かもしれません。内部通報制度、公益通報者保護法の実現、内部監査の充実に伴う企業の報告義務、公表義務概念の拡大、リーニエンシー(自主申告)制度そして、なによりも監査法人改革。こういった制度や改革が次第に根付いてきたことから、これまでと企業不祥事の発生件数はそれほど変わっていないにもかかわらず、発覚件数が飛躍的に増加した可能性があります。いずれにしましても、コンプライアンスビジネスというものも、表面的な数字のみの調査結果を利用するべきではないと思います。不正に至る原因事実の特定、そこから事業リスク、財務リスクを感じ取る能力みたいなものを必要とする、たいへん地味な仕事こそコンプライアンスビジネスに必要な仕事だと思います。(そう考えますと、実際には会計監査を担当する監査法人さんあたりが、もっともコンプライアンスビジネスに近い立場にいらっしゃるように思われます。ただし不正発見義務というものは現在のところ監査法人さんには法律で強制されておりません)
それぞれの企業にはその業界特有の事業リスク、財務リスクが存在すると思われますし、自社に妥当する規制法規等の内容を十分理解するための社内研修などは有益かと思われます。(インサイダー取引規制などは、こういった社内研修が必要ですよね)ただ「経営者、役職員に不正をおこさせない風土」といいましても、これを構築するのはなかなか困難でもあり、また抽象的でわかりづらいんじゃないでしょうか。コンプライアンスビジネスは、そもそも「不正はかならず起こる」というところから出発して、あくまでもリスク管理の一手法として割り切ったほうが適切であり、説得力があると思います。各企業において不正につながるような誘惑原因を探り出して、不正を早期に発見し、また発見した不正による企業被害を最小限度に押さえ込むような仕組みを具体的に提言することが大切な仕事だと考えたほうが適切かと思われます。したがいまして、普段の事業経営のかなり深い部分にまで入り込み、その企業特有のリスクを見つけ出し、初期段階で根絶できるかどうかがカギであって、もはや不祥事が発覚してからのコンプライアンスビジネスというのは、実際には機能しないような気がいたします。ですから、コンプライアンスビジネスというのは、有効に機能しているときには、目に見えない、本当に地味な仕事だと思います。(経営状態が悪化してきたときほど、経営者不正の可能性が高まるものとしてコンプライアンス問題に資金投入の必要性があるにもかかわらず、そういったときほど経営者が営業にばかり目がいってしまうところにとてもむずかしい問題が横たわっているのかもしれません)
5月 16, 2007 コンプライアンス違反と倒産の関係 | Permalink
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» みなさんの「コンプライアンス」 トラックバック ニュースで学ぶコンプライアンス
年末年始にかけて、さまざまなサイトやブログを拝見していました。
「コンプライアンス」というキーワードだけ取っても、色んな方がお書きになっていますね。
負けないようにガンバ... [続きを読む]
受信: 2008年1月 8日 (火) 18時00分

コメント
八つ当たり投稿の稚拙な内容を、わざわざ取り上げていただき、ありがとうございます。
自分がコンプライアンス・ビジネスに反感を覚える理由を考えると・・・
1)犯罪者を否定・排除すべきものという考え方への疑問
~粉飾決算をした経営者と、財務報告に係る内部統制を推進するために虚偽の説明をする人に、何か差があるのでしょうか?
(金もうけのために嘘を垂れ流すことを、投稿者は許せませんけど・・・)
2)プロフェッショナルの横柄さ
自分の専門的知識のいいかげんさを神棚に祭り上げて、もともと別の仕事で十分忙しい人に、仕事にあまり関係しないマニュアルや手順書を一律で強制的に覚えさせる意味がありますか?
3)プロフェッショナルの自分の仕事への愛情のなさ
公認会計士や弁護士は、自分の仕事が好きですか?もし好きなら、法律論や監査理論の中にあるまやかし、いいかげんさに問題意識はありませんか?
投稿 あおり罪? | 2007年5月16日 (水) 13時19分
今日はたいへん多忙でして、夕方までまったくパソコンを閲覧することができず、アップが遅れました。
あおり罪さんのコメントは、少々辛らつかな・・と思うところもありますが、コンプライアンスビジネスに携わる者として、少々自戒すべきところもありますし、一般の方々の意識や感覚といったものは、おおむねあおり罪さんのコメントと変わらないところがあるのではないか・・・と思いましたので、採り上げさせていただきました。
また、このたびのご質問についても、やや抽象的で、感情的な部分もあるとは思いますが、とても基本的かつ重要な問題ではないかと思います。だいいち、われわれの仕事は、「なんで法律家がこんなところに出てきて、我々に得なことをしてくれるの?法律家は裁判沙汰になってから出てくればいいのでは」といった一般の方の疑問に答えていく必要があると思っております。
「嘘」とお考えの部分については、ご議論もあるかと思いますが、説明義務を十分尽くすことで解消されるところもありますし、すくなくとも私は弁護士という仕事については天職と思っております(笑)社会科学としての法律学には、いい加減とは申しませんが、あいまいな部分も必要なものと考えている次第ですので、そのあたりはまた別エントリーで採り上げてみたいと思っております。(ただ、法哲学の議論になってしまうかもしれませんが)
投稿 toshi | 2007年5月16日 (水) 17時54分
大変、大変ご無沙汰しております、「ぐっばる」です。
エントリーに関連することを、友人と話したことがありました。
「コンプライアンス経営しないと、会社が潰れますよ!」
というアプローチは、私たちの立場からですと、
それほど的はずれの意見ではないのですが、
説明の仕方を間違えると、
「この***を買わないと、あなたの子孫は呪われますよ!」
と言っているのと、同じに聞こえるかもしれません。
実際、そういったアプローチで話をしている方達もいます。
しかし、こういった不安や誤解を払拭できる方こそ、
本当のコンプライアンスビジネスのプロですよね。
場合によっては、「危機」を強く意識してもらうことも必要だと
思いますが、そればかりを全面に押し出すのは、
さらに誤解を生む結果になると思います・・。
投稿 ぐっばる | 2007年5月17日 (木) 19時49分
この点については、私の意見は、皆さんとはやや異なるようです。要は、この帝国データーの数字を少ないと見るか、多いと見るかなのでしょうが、私は、これだけの件数がコンプライアンス違反で倒産にいたっている点を重視すべきだと思います。
データから言えることは、件数云々という全体に占める割合よりも、コンプライアンス違反による倒産が増えたという事実ではないでしょうか。数字や統計は相対的なものですが、以前よりも増えたというのは、事実として厳粛に受け止めることから始まると思います。
私自身、監査法人等に所属するわけではありませんが、日々企業のコンプライアンス問題に取り組んでおりますが、コンプライアンスに対する取り組みをやったからといって、業績や収益を低下させないように常に気をつけていますし、企業のコンプライアンスの推進に関して、少なくともコンプライアンスへの取り組みが業績悪化を招かないように責任を感じながら、取り組んでおります。あおり罪さんがいうような、(1)~(3)のコンプライアンスビジネスの問題点は、確かに世間ではそのようなケースも見られるかも知れませんが、そのような見方は、一般的なものかどうかというと、そうではないかと思います。
当然、以前からコメントさせていただいているように、コンプライアンスを単なる法令順守と捕らえるのではなく、「企業に求められる社会的要請に答えること」とコンプライアンスを捉えてこそ、このコンプライアンス・ビジネスは成り立つわけですが、徒にコンプライアンスの重要性を強調して企業をあおらなくても、コンプライアンスが企業の業績等に大きな影響を与える時勢であることは疑いようのない状況だと思います。統計からは、「こういった記事を引用してコンプライアンスビジネスを広報するのはいかがなものか」ということではなく、「時代の流れとして、コンプライアンス問題が企業の倒産まで直結する重要なテーマになった」と捉えるべきだと思います。確かに、コンプライアンス違反、即倒産と結びつけるのきわめて短絡的思考といわざるを得ませんが、逆に言うと、コンプライアンス違反で倒産まで追い込まれる可能性のある時代に突入したことをデータは物語っていると思います。
倒産の不安ばかりをあおり、コンプライアンスビジネスを徒に広報することは、悪徳商法に近い(特商法等で問題とされる、不安をあおって契約を締結させるという手口に近い)ですが、コンプライアンスの意味づけを明確にし、その推進がCSや企業価値の向上、企業ブランドの形成や業績向上につながる形のコンプライアンス・ビジネスならば、必ずしも、問題があるとはいえないと思います。
コンプライアンスといっても、さまざまな局面のものが考えられます。労務の局面もあれば、証券取引の局面も、営業の局面もありうるわけです。コンプライアンス違反と一括りでいいますが、コンプライアンス違反については、法解釈の違いというきわめて私法的性格の強いものから、全体に違反してはいけない企業の存続にかかわる根本的なものまで、幅広く存在しています。それらの各局面でのコンプライアンス違反の重要性の違いを区別することなく、一概にコンプライアンス違反とくくること自体が、私は短絡的ではないかと思います。
同じように、コンプライアンスビジネスも様々な局面のものが考えられえます。J-SOXしかり、労務コンプライアンスしかり、販売コンプライアンスしかり、個人情報コンプライアンスしかり、証券取引コンプライアンスしかり、様々です。
要は、法律だから杓子定規にこれをしなければいけないというような今のJ-SOX対応のような現状であれば、確かにコンプライアンス・ビジネスは問題かも知れませんが、そのような狭いコンプライアンスの捉え方ではなく、企業が社会的に信用を得るための広いコンプライアンスで捉えられるかという、コンプライアンスの捉え方の問題ではないでしょうか。
あおるのも問題ですが、様々な情報を盲目的に受け入れて、必要以上のコンプライアンス対策を行う企業も企業です。コンプライアンスの意味を正しく捉え、コンプライアンスビジネスを正しく利用できるか、この意味では、コンプライアンスは、まさに企業のリスク抽出能力、リスク評価能力と大いに関わってくるところだと思います・その意味では、コンプライアンスは「リスク管理」の問題と捉えている点は、そのとおりかと思います。
投稿 コンプライアンス・プロショナル | 2007年5月18日 (金) 01時23分
法令順守が日本を滅ぼす?という表題の新書が売れているそうです。
ライブドア事件(時間外取引を利用した上場会社株式の大量取得)を引用し、形式的には法令を遵守していても、社会的には非難されるような行為は、会社として慎まなければいけない、と述べています。
刑法とは、国民にとって何が許されて、何が許されないかを明らかにするために作られています(自由保障機能)。
社会的要請などという、後だしじゃんけんのような指摘をするするのは簡単です。しかし、わが国の法令だけで6万もあり、例えばインサイダー取引規制だけで300ページの解説本があります。全部勉強することなど、実際には誰にもできるはずがないことです。
時間外取引による大量取得は、当時、専門家の間で違法とされていたのでしょうか?インサイダー関係の本4~5冊の中で、明確に違法と記述していたものはほとんどありませんでした。この事件の後で、「もともと違法だ」などと述べた弁護士や大学教授に対する不信感があります。
他方、社会的要請と言うのなら、東京証券取引所は、令名高い河本・神戸大学名誉教授の解釈を背景に、市場取引の規制緩和に向けて色々な施策を進めていました。(なお、河本名誉教授は事件後、ライブドアのやり方は明らかに違法だと新聞でコメントしてました。でも、裁判所は違法としていません!)
どんなに博識な学者や専門家でも、法令や会計の解釈で常に正解を出せません。それにもかかわらず、一般の人が、法律の条文だけでなく社会的要請まで考えて行動しなければならないのでしょうか?専門家には、抽象的な常識論ではなく、現実に即した普通の人でも実行できる意見を述べてもらいたいものです。
投稿 法令順守が日本を滅ぼす? | 2007年5月18日 (金) 10時38分
ご批判を頂きましたので、返答させていただきます。
1.データの読み方に触れた前回のコメントでも、「件数云々という全体に占める割合よりも~」と書かせていただきましたが、相変わらず、
>わが国の法令だけで6万もあり、例えばインサイダー取引規制だけで300ページの解説本があります。
と持ち出しても仕方がない数字を持ち出されて反論されていることは非常に残念ですし、それこそ、日本国内の法令数を持ち出すこと自体、議論自体が非現実的なまったくのピントはずれといわざるを得ないのではないでしょうか。
2.ただ単に教授や弁護士に不信感があるという不満から、
>専門家には、抽象的な常識論ではなく、現実に即した普通の人でも実行できる意見を述べてもらいたい
と延べ、コンプライアンス・ビジネスを批判されるのはかまいません。
しかし、現実の社会の流れとして、特に個人情報保護法の制定あたりから、企業実務にとっては、コンプライアンスの問題は避けては通れないものとなっていますし、経済の国際化による消費者意識の高まりや個人株主の増加、労働者の意識の高まりの中で、従来の「法令順守」+αが企業に求められているのは、紛れもないことです。
このような現実を踏まえずに、個人の不満のみで、コンプライアンス・ビジネスには問題がある、教授や弁護士に不満がある、常識論はわからないという姿勢こそ、現実を踏まえたものではないのではないでしょうか。
3.本文の中で、刑法を持ち出している意味がわかりませんが、刑法や民法などの通説は、大部分が「社会通念」をベースとしているのではないですか?法律の解釈に当たっても、社会通念、簡単に言えば常識論を踏まえて解釈する以上、はじめから、社会的要請(=社会通念)を踏まえて解釈、運用することは思考経済的にも理にかなっていると思いますが、いかがでしょうか。
4.そして、以前より何度も名前を変えて投稿されている方と推察しますが(文体や文の特徴から)、誰がどういっているから正しいとか、間違っているとか、コンプライアンスや法解釈はそういうものではありません。絶対に正しい答えなどないし、書物等で違法と言及していないから、専門家には不満があるというのは、いささか、独りよがりに過ぎる感じがします。
コンプライアンス等を考える上で、大切なのは(社会生活やビジネス全般に共通だと思いますが)、「だれだれがこういったから、こう」とか「正しい」ではなく、自らあるいは企業として英知を結集して自分たちで答えを見つけることではないでしょうか?そしてそこで考慮されるべきは、事業環境や会社の状況、社会通念、立法趣旨、社会情勢などになると思います。「誰々がこう言っていないから、こうだ」とか、誰々がこう言っているから、正しい」とか、そのような状況では、完全に思考停止と言わざるを得ないと思います。学者や弁護士の見解は、参考でしかなく、盲目的に受け入れるものではありませんし、判例とて、社会の情勢を踏まえて変更されていくわけですから、絶対的な基準とはなりえないと思います。
5.
>どんなに博識な学者や専門家でも、法令や会計の解釈で常に正解を出せません。それにもかかわらず、一般の人が、法律の条文だけでなく社会的要請まで考えて行動しなければならないのでしょうか?
>例えばインサイダー取引規制だけで300ページの解説本があります。全部勉強することなど、実際には誰にもできるはずがないことです。
とありますが、そもそも知識のみで法解釈をしようとしていることが、私は適切とは思えません。日々、業務を行う中で、書籍等に書いていないケース等に数多く遭遇するわけですから、そもそも知識で法解釈を行おうとすること自体に無理があると思います。
だからこそ、社会的要請や社会通念、立法趣旨を踏まえて解釈すべきなのではないでしょうか。
知識だけで解釈することは、専門家(どんなに優秀な弁護士や大学教授)でも不可能です。一般人ならなおさらです。だからこそ、法の目的を考え、人生の中で体験的に身につけた常識(社会通念)を元に、日々情報に接することで判断指標として活用可能な社会情勢を踏まえて、解釈し、回答を出すことこそが、一般人に求められるのではないでしょうか。そしてそれが、一番「現実的」かつ「実行可能」なのではないでしょうか。
以上、長くなりましたが、「法令順守が日本を滅ぼす?」さんの意見に反論させていただきました。
なお、この内容は、本題からも外れますし、他の方にもご迷惑をおかけしますので、私自身は、本コメントを持って、本テーマについては、最後の投稿としますので、TOSHI先生も含め、どうぞご自由にご批評ください。
投稿 コンプライアンス・プロフェショナル | 2007年5月18日 (金) 23時17分
皆様、いろいろと示唆に富むコメント、どうもありがとうございます。
私のように内部統制とか、コンプライアンス関連の講演をさせていただく機会を与えられ、それなりに回数をこなすようになりますと、私の意思とは関係なく、コンプライアンスビジネスの渦中に飛び込まざるをえないことがあります。コンプライアンスブローカーとまでは申しませんが、広報していただく方と、私との間にズレが生じてしまい、聴講者の方々は、さも私が「コンプライアンス」云々と抽象論を振りかざしているかの誤解を招くことがありました。そのあたりの警告の意味を含めてのエントリーであります。もちろんコンプロさんはじめ、私の真意を理解しつつ、いろんなところで広報していただく分には良いのですが、「ビジネス」が先になって、なんでもあおってしまえば客は来る・・・みたいな方々もいらっしゃるわけでして、講演の後、とてもむなしい気分になるときがあります。
投稿 toshi | 2007年5月19日 (土) 15時55分
法の目的を考え、人生の中で体験的に身につけた常識(社会通念)を元に、日々情報に接することで判断指標として活用可能な社会情勢を踏まえて、解釈し、回答を出すことこそが、一般人に求められるのではないでしょうか。そしてそれが、一番「現実的」かつ「実行可能」なのではないでしょうか。
>>>>>>>>
わたくしは、大企業の下請けで働いています。偽装請け負いで酷使されるワーキングプアですが、弁護士や会計士は、ぼくたちの10年間の低賃金高密度労働に対して、何も救いの手を差し伸べてくれませんでした・・・
いまさら、何のコンプライアンスですか?同一労働同一賃金の原則ってなんですか?
朝から晩まで出荷作業でフォークリフトを運転して、重量物を動かし、退社すときには疲れ切っています。土日は疲れて寝ています。あ、デートもしないと結婚できませんが、なかなか知り合う機会もありません。
え、法律を勉強しろって??? あんたらのように、日中クーラーの利いたオフィスで軽負担の事務労働をしてる人間だけだよ!土日も勉強だの、社会常識の習得だの、非現実的で実行不可能なこという人は・・・
投稿 無理ぴょーん | 2007年5月21日 (月) 08時59分
こんなことをこの場では言いたくありませんでしたが、無理ぴょーんさんのコメントには強い不快感を覚えましたので、あえて苦言を書かせていただきました(なお、私は、コンプライアンス・プロフェショナルさんを存じ上げておりません)
自らの境遇を吐露しておりますが、はっきり言って、勘違いや責任回避も甚だしい。
>>>え、法律を勉強しろって??? あんたらのように、日中クーラーの利いたオフィスで軽負担の事務労働をしてる人間だけだよ!土日も勉強だの、社会常識の習得だの、非現実的で実行不可能なこという人は・・
この部分は、無礼極まりない表現だと思います。
「軽負担の事務労働」と言われておりますが、単純に作業の軽重(何を基準にされての比較なのかもよくわかりませんが)のみをもって、このような言われ方をするのは、多くの会社員を愚弄するに等しい表現かと思います。
ワーキング・プアという言葉は好きではありませんので、使いたくはありませんが、そのような発想で、自分たちはこれだけやっているのにわかってくれないとか、どうせいお前らとは忙しさが違うから勉強できないとかいう意識自体が、今の現状を生んでいるのではないですか。
ここで高度な議論を展開されている方々は、おそらくきわめて多忙で、それこそ土日すら十分に休む時間もないくらいの中で、それでも勉強をされているという方々ばかりだと思います。
いずれにしろ、このようなきわめて失礼かつ無礼な発言が行われること自体、強い憤りを感じざるを得ません。
投稿 unknown | 2007年5月22日 (火) 07時21分
上記のunknownさんのコメントの後にも、どちらかと申しますと、私の意見に近い方々のコメントがいくつか付されておりますが、どうも意見をお書きになっているご様子が挑発的なものばかりです。(笑)ということで、勝手ながら非公開扱いとさせていただきました。なんだかブログの運営が相当にムズカシクなってきました。。。
私に向けられるものならば、なんぼでもご批判は結構なのですが。(ただし礼は尽くしてくださいね)そのあたり、どうかご理解ください。
投稿 toshi | 2007年5月22日 (火) 11時49分
■高裁の仮処分に従わないグランドプリンスホテル新高輪の問題
※山口先生すみません、適当なスレッドが見当たりませんので、コンプライアンス問題として、ここにつけます。
新規のほうがよろしければ、変更してください。
DMORIです。
2月2日、日教組主催の全国集会の全体集会が、会場のグランドプリンスホテル新高輪の解約によって、中止になりました。
東京地裁と東京高裁が日教組の仮処分申請を認め、会場を使わせるよう命じたにもかかわらず、ホテルが従わなかったため、中止せざるを得なかったということです。
高裁が使用させることを命じても無視するということは、まず法治国家の日本において、認められるのかという疑問です。
裁判所が命令しても、べつに従わなければそれで済むということが、あるのでしょうか。
法律に詳しい先生方のご判断を、ぜひお聞きしたいと思います。
企業のコンプライアンスから考えれば、グランドプリンスホテル新高輪は当然失格ですね。
この仮処分無視に対して、社会がどのように糾弾するのか、見守りたいと思っております。
投稿 DMORI | 2008年2月 2日 (土) 14時40分
DMORIさん、こんばんは。
本件につきましては、私が意見を申し上げますと、多方面にわたって、引用されるおそれがありますので、申し訳ございませんが差し控えさせていただきます。
ただ、報道はかなり乱暴な言い方をしているのではないかと思います。
果たして決定主文はどうなっているのでしょうか?
それによって回答内容は大きく変わってくると思います。
たとえば、地位保全の仮処分ですから、ホテル側に「現在も、契約上の地位があることを容認せよ」というものではないかと推測いたしますが、そうであるならば、債権者は元の地位に復帰したにすぎず、単に二重契約の問題にすぎないことになってしまいます。
投稿 toshi | 2008年2月 2日 (土) 21時26分
山口先生 お世話様です。
昨日の朝日新聞社説に続いて、今朝は珍しく読売も大きく報道していますね。裁判所が命令しても、業者が無視すればそれで済んでしまうのでは、法治国家としてどうなのか、という論調です。
決定主文がどうなっているのかは、私も見ていませんが、興味があるのは日教組や右翼という政治的なことよりも、まずビジネス法務上の問題です。
仮処分で裁判所の判定は明白ですから、今後日教組側が賠償訴訟を起こせば、ほぼ認められるのでしょうが、ホテル側は「カネを払って済むことであれば、街宣車で混乱することに比べれば安いもんだ」で済んでしまいます。
裁判所の命令に従わない場合、現行法では責任者が逮捕されたり刑事罰に問われることは、ないのでしょうか?
投稿 DMORI | 2008年2月 3日 (日) 07時05分
こればっかりは、決定主文を読まなければ、なんとも(笑)
裁判所は仮処分で独占的な使用権をN組合に認めたのでしょうか?
単に使用を認める、というだけでは、ホテル側はもう一方の就職説明会側の業者にも契約上、使用を認めなければならないわけで、普通のビジネスの世界でもよくある状態(ダブルブッキング)に戻ったにすぎないですよね。独占的使用権を認めたのであれば、N側としては仮処分の中で、「ホテルは現在契約中のP社に対して使用させてはならない」といれるはずですよね。
ですから、次の論点「裁判所の命令に服しないのは『法令違反』となるのか」という問題も、この主文内容をみないと議論としては進めないわけでして、N組合のHPも閲覧したのですが、そのあたりが書いてありませんでした。
いずれにせよ、裁判所の命令といいましても、たとえば「N組合に使用させろ」といった抽象的な命令ではどうしようもありません。継続的契約ではありませんので、間接強制もできませんし、ましてや執行屋さんを連れていって直接強制することも認められておりませんし。そもそも、そのような命令が出たとしても、ホテル側としては何をしたらいいのでしょうか。サービスは不要なのか、警備は不要なのか、従業員は誰もいなくて、ただボーっと会場が使われるのを傍観していればいいのでしょうか?私もよくわかりません。
お金で済ます、ということも非難されておりますが、そもそも1000万円の手付けをいれているようですが、これは「お金ですますこともありうる」ということは双方が合意しているとも解釈できますね。
誤解のないように申し上げますが、裁判所命令服従違反罪のようなものはありませんけど、たとえばDVにみられるように「面談禁止の仮処分」が出されてもなお、夫が妻に会いに行ったという場合には、強要罪として逮捕される可能性がありますし、反社会勢力が「建物から500メートル以内での街宣車による走行禁止」の仮処分に違反した場合にも威力業務妨害で逮捕される可能性はあります。したがいまして、今回もし「独占的に契約書記載のとおりの役務提供をせよ。もう一方の契約主体であるP社との契約を履行してはならない」といった満足的仮処分(というよりもそれ以上?)の判決主文が出ているのであれば、N組合を実力で阻止しようとしてホテル側には威力業務妨害違反の可能性が出てくることになりそうですが・・・・・(まず、ないでしょうなぁ)
ホテル側のコンプライアンス委員会には、コンプライアンスで著名な先生方が入っていらっしゃるので、ホテル側のリリース「法令違反は一切ありません」の根拠理由には自信をもっておられるかと。
投稿 toshi | 2008年2月 3日 (日) 13時19分
報道されていることだけで判断してはいけないのでしょうけど
(日教組とホテル側が最初に契約したときの経緯も不明です。日教組は
ホテル側に説明し理解してもらったと言っているようですが)
一般論として民事裁判とはかくも虚しいものなんでしょうか…。
皆んな一斉に判決に逆らいだしたら、わずかな数しかいないと思われる
執行官の手では到底追いつかなくなって、法治国家は崩壊してしまうと
思うのですが。実際に現在でも損害賠償請求は判決が確定しても実行
されないケースが数多くあると耳にします。差し押さえられるものがある
場合はまだしも、ない場合、或いは差し押さえしにくい場合には
どうしようもないわけですし。
我々「逃げ場のない」真っ当な民間企業は事実はどうあれ、裁判に
敗訴した際は賠償金を支払っています(特に海外での事業を巡る裁判は
正邪を決めるものではなく裁判スキルの高いほうが勝ちますから、
当方に何ら恥じ入ることがなくても「ゲーム」に負けてしまえば
仕方ありません)。
これは「正直者は馬鹿を見る」ということなのでしょうか。
法曹関係者のかたがたにはこの件を軽視していただきたくありませんし、
そういうことではないということなら
有権者に対してその旨説明を是非お願い申し上げたいです。
投稿 機野 | 2008年2月 4日 (月) 10時26分
>機野さん
たしかに、本件は著名な法律家ブロガーの方たちも、「司法判断を無視するとはなにごとか!これでは日本の司法に明日はないぞ!法令無視を許すな!」といったご意見が圧倒的多数のようです。
そういった意味で、法曹関係者の方々が本件を軽視していないことはご理解いただきたいと思います。
ただ、私は本当に「法令違反」はあるのだろか、と疑問を持っています。
むしろホテル側は「法令を遵守しているのでは」と。
まず定款や行動規範は「遵守すべき法令」にあたりますから、これに従ったことは問題ないと思います。
問題は「裁判所の命令」に従わなかった、ということではないかと。
「裁判所の命令」は「組合とホテルとの正常な契約上の地位が回復されたことを確認する」という意味ではないのかと推測します。(これは決定をみておりませんので単なる推測です)
とすれば、ホテル側は、契約は履行しなければならないかもしれませんが、それは民民のことですから、別の顧客とブッキングしている場合には、損害賠償覚悟のうえでどちらか一方に現実の役務提供をすればいいだけの話です。もし組合に貸さなかったことが「法令違反」であれば、組合に貸した場合も、もう一方には貸せなかったので、やはり「法令違反」を犯したことになります。
どちらに貸しても「法令違反」であれば、最終的には企業行動規範にのっとって結論を下すしか方法がなかったのではないかと思います。
もちろん今回の仮処分は、組合側にとっても意味があります。
現場において「我々に役務を提供しなさい」と堂々といえるわけですし、
また解除が正当な理由に基づくものでないことを、あとの本訴訟で
争いやすくなり、損害賠償請求が認められやすくなりますよね。
とりわけ手付け倍返しですまそうとするホテル側に対して、損害は
それどころではない、と主張するためには非常に有効かと。
なぜ、組合は「もう一方に会場を使用させてはならない」という仮処分を申し立てなかったのでしょうか?こっちのほうが、よっぽどホテル側にとっては困ったことになると思うのですが。
と、いった議論も成り立ちうる・・・
と私が考えておりますが、いかがでしょうか。
投稿 toshi | 2008年2月 4日 (月) 11時51分
お答えいただきありがとうございます。
原告側として裁判のやり方がこれでよかったかどうか、
或いはこの先損害賠償訴訟でどれだけ取れるか
(おそらく和解するでしょう。日本の場合、懲罰的な金額加算は
認められてないと思いますので。USAなら10億ぐらい取れるかも?)、
ということはある意味第三者としてはどうでもいいことなのです。
報道を読む限り、偶発的なダブルブッキングではなく、既成事実を
作らんがための別の顧客との契約だったとしか思えませんし。
道義的には、つまり本来の(広義でいうところの)コンプライアンスに
重大な違反をしていると思います。先約の顧客との契約を一方的に
破棄したこと。裁判自体を軽視したと疑義される行為を行ったこと、
これだけで充分でしょう。ホテル側は(誤用ですが、いわゆる)
「確信犯」となって開き直っているようにしか思えません。
また(決め付けられませんが)反社会的な組織からの圧力に屈して
しまったと思われることもマイナスでしょう。ただ、この点に関しては
一民間企業をのみ批判するのはいささか不公平だとも思いますが。
多くの宿泊施設が同じような対応を取っているわけですから。
予約を受け付けなければよかった、ということで終わってしまっても
いけないはずです。それはいわばタクシーの乗車拒否と一緒で。
宿泊施設でもありましたよね、宿泊拒否問題。
最終的には金銭での解決にならざるを得ないということも分かりますが
それは「当たり前」のこと(最後の手段)です。
なんでも司法を頼るというのは悲しいことですが
(司法というか立法府の問題なのかもしれません)、
民事裁判の判決に関してもう少し強制権を発動させることはできない相談
なのでしょうか。
例えば、極論ですが、
一時的に当該企業、組織の経営を執行官が代行するとか
(会社更生法みたいですが)。
うーん、それもあんまり明るい世界ではないですね(笑)。
投稿 機野 | 2008年2月 4日 (月) 12時44分
道義的な意味でのコンプライアンスも重要であることは私も認めますし、この事件をきっかけに「あのホテルは泊まらない」運動が勃発したり、株主から経営陣への批判が出ることもあると思います。それは「評価」の問題であって、今回のホテル側の行動により、社会的評価の毀損があれば甘受すべきでしょう。
ただ、「裁判所の判断に従わないとは、なにごとか」といったあたりは、むしろ本当に従わなかったのかどうか、社会に誤解があれば反論(説明責任)すべきでしょうし、そのあたりが明確になれば、むしろ今回のホテル側の行動は反社会的勢力側にとってはあまり喜べない対応であったことも理解してもらえるのではないでしょうか。平成13年には、関西の大きな反社会勢力の組長さんのトークショーを警察と一緒に排除した企業ですから、特別に「反社会勢力に屈する」ようなところにも思えませんし。
私も「独占的に使用させろ」といった決定が出ているにもかかわらず、それをお金で解決しようという魂胆であったとすれば、それは大きな問題だと思いますが、どうも今回のホテル側の行動を「裁判所の命令に従わなかった」と断定することへは躊躇を覚えます。
ダブルブッキングの話も出ましたが、ひとつ気になるのが、組合側の旅行代理店さんです。あまり深入りはしませんが、訴訟の動向は、この代理店さんの行動に依拠するところが大きいのではないかと。
投稿 toshi | 2008年2月 4日 (月) 14時35分
非常に派生的な感想コメントで恐縮です。ふと考え込んで──TOSHI先生がかつて触れておられた裁判員制度に思い至ったので、書き込んでみました。
本エントリの前半の熾烈な空中戦、コンプラビジネスの功罪・明暗部はいわゆる玉石混交の体、いずれも事実と思われ、いずれを指して意見を主張されるか、両者がなかなか接点・交点を得るのは難しいもの