使用人兼務常勤監査役
昨日の「限界論」にはコメントやメールをいただきまして、ありがとうございました。まだまだ議論したいことがございますので、また昨日のエントリーにも、お気づきの点がございましたらコメントをいただきたいと思っております。(どうかよろしくお願いします)ところで、金融庁のHPで金融・資本市場の国際化に関するスタディグループの中間論点整理がリリースされております。「金融高等裁判所創設」の話題とか、独占禁止法における課徴金制度と平仄を合わせながら本年度中に課徴金制度の改正を行う予定、その他今後の金融資本市場のあり方で問題となりそうな点が網羅されていて、たいへん興味深いものであります。
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さて、6月13日の企業情報(適時開示情報)を閲覧しておりましたところ、(どこの企業さんかは申し上げませんが)不正な会計処理に監査役さんが関与されていた、ということで、責任を感じて辞任された・・・といった情報が開示されておりました。しかも、その監査役さんは3年間ほど業務執行者(使用人)を兼務されておられたそうでして、その使用人という立場で経費計上時期の遅延、売上の早期計上などの経理操作に関与されていたようであります。(こういった監査役の職務に絡む話題というものは、私はとてもビックリするのですが、ほとんどニュースにはならないんですね。ん?でも会社法上、監査役は使用人を兼務することができましたっけ?)
先日の大杉教授(中央大学法科大学院)の「監査役制度改造論」(取締役兼務監査役)ではございませんが、ご承知のとおり、監査役は取締役や支配人、その他使用人等の業務執行者の地位を兼職することはできません。(会社法335条2項)では、間違って監査役と使用人の兼職が行われたら、株主総会の効力や、監査報告書の効力は無効になってしまうのでしょうか。これはひとつの論点になりそうでありますが、判例の見解によりますと(最高裁平成元年9月19日)監査役としての職務の効力に影響が出るものではなく、そういった組織法上の監査役の行動については効力は否定されないようであります。以下、上記最高裁判例の抜粋です。
株式会社の監査役は会社又は子会社の取締役又は支配人その他の使用人を兼ねることができないものとされているが(商法二七六条)、監査役に選任される者が兼任の禁止される従前の地位を辞任することは、株主総会の監査役選任決議の効力発生要件ではないと解するのが相当である。けだし、商法二七六条(原文のママ)は監査役の欠格事由を定めたものではないと解すべきであるのみならず、監査役選任の効力は、株主総会における選任決議のみで生ずるものではなく、被選任者が就任を承諾することによって発生するものというべきであって、会社又は子会社の取締役又は支配人その他の使用人の地位にある者を監査役に選任する場合においても、その選任の効力が発生する時点までに取締役等の地位を辞任していれば、右兼任禁止規定に触れることにはならないからである。そして、監査役に選任された者が就任を承諾したときは、監査役との兼任が禁止される従前の地位を辞任したものと解すべきであるが、仮に監査役就任を承諾したものが事実上従前の地位を辞さなかったとしても、そのことは、監査役の任務懈怠による責任(商法二七七条、二八〇条一項、二六六条ノ三第一項)の原因となりうるのは格別、総会の選任決議の効力に影響を及ぼすものではないというべきである。そうすると、○○弁護士を監査役に選任する旨の本件総会決議は、会社の顧問弁護士が商法二七六条によって兼任の禁止される地位に当たると否とにかかわりなく、有効であるというべきであるから、本件総会決議を有効とした原審の判断は結論において正当であり、・・・・・(略)(なお、○○のところは私が一部修正しました) |
なるほど、兼職禁止の条文の解釈として、使用人が監査役に選任されて、その就任の意思表示をした時点で、使用人の職務については辞任した、とみなすわけですね。したがって、その後の使用人としての職務は事実上のものにすぎないと。(しかし、これはこれで行政上の免許事由の存否に関わる問題とか、使用人の一方的な辞任の法的効力とか、新たな論点が出てきそうな気はいたしますが)しかし、上記最高裁判例におきましても、監査役としての「任務懈怠責任」が発生する場合があることは指摘されておりますので、辞任して終わり・・・というわけにもいかないケースも出てくるものと思われます。(ちなみに、上記最高裁の事例は顧問弁護士さんが監査役に就任した事例でありますが、顧問弁護士が社外監査役に就任することの是非・・・といったことは、すでにこのブログでも一度ご紹介したとおり(顧問弁護士と社外役員就任問題)かなりデリケートな問題を含んでおります(^^; ただ本日の話題とは少し離れます。)
正論からいえば、監査する者と監査される者とが同一人に(事実上)帰属するわけでありますので、到底監査役としての監督を期待できるわけでもなく、本件はこういった兼職問題が不正会計事件の発生を容易にしてしまったと言えそうな事例でありますが、他の3名の監査役さん(この企業は4名の監査役のいらっしゃる監査役会設置会社です)とか、6名の取締役さんたちは、3年間も会社法上の兼職禁止規定(商法上の規定も同様)の存在を知らなかった、もしくは放置していた、といったあたりが事実なのかもしれません。今回は監査法人さんからの指摘によって不正会計処理が発覚した、ということなんですが、外部第三者は兼職の事実を知りえないとしましても、内部経営陣の方々がこういった問題を軽視しておられた(もしくは無視しておられた)、ということは、結局のところまだまだ監査役という職責の重要性というものが中堅上場企業レベルでは意識されているところまでには至っていない、といったことを物語っているのかもしれません。(ちょっと悲しいですけど・・・そういった企業が多くないことを願いますが。)
ただ、使用人兼務監査役(事実上)という方が、不正会計事件に関与していて、そのために会社に損害が発生してしまったという場合、他の監査役さんや取締役の方々の責任問題といったことも検討課題に浮上してくるかもしれません。「これはマズイぞ」といった声が誰からか上がるのが普通じゃないかと思うのでありますが、こういった兼職状態が3年も続いていたとなりますと、それこそ内部統制システムの構築義務違反だとか、他の監査役さんの任務懈怠だとか、取締役らの監視義務違反だとか、そういった監督上の注意義務違反がかなり認められやすい環境になったのではないかと思われます。これは余程、今後のガバナンスのあり方を検討していかないかぎり、それこそ「統制環境」に重要な欠陥があるとみなされてしまうかもしれません。(ちなみに、この企業さんは現在監理ポストのようであります)
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コメント
監査・会計構造の研究 佐々木隆志著 森山書店 287ページ
現在のような会計・監査システムの変容期には・・・企業会計が原則どおりの処理をしているかどうかを監査するという意味での「基準準拠性監査」があくまで中心となるのであるが・・・企業会計の変容期には、会計原則・監査基準を超える実質を扱う必要があり、監査の際にも経済的実質の判断が要求される
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この指摘どおり、かつ金融庁の中間報告どおり、21世紀の少なくとも最初10年くらいは、原則ベースの会計原則が国際的に採用される見込みです。原則が簡単になるほど、詳細については誰かが原則以外の実質的判断をすることが求められます。
中間報告に書かれているルールの明確化はお題目だけの形式的なものになり、実質的判断をするのは、公認会計士、金融庁、その他の自主規制機関となります。
財務報告に係る内部統制のように、重要な虚偽を含むか、または合理性の欠如した説明を公然と行う監督官庁や専門家団体に実質的判断をさせることは、たいへん危険です。彼らは、投資家・証券市場・企業より、自らの組織拡大・天下先確保・報酬増大を優先させているという批判に対して、有効な反論ができるでしょうか?
うそを言わないと導入できない制度改革は、その内容など全く信用できるものではありません。
(補論)
団塊世代の大量退職による高額退職金資産を、金融市場に誘導したいという国家政策的判断が背景にあると思いますが、この判断は間違っています。
☆高齢者は、一般的に株式などの元本割れリスクのある金融資産に手を出す人が少ない
☆高齢者資産を、金融市場よりも医療介護産業の充実に誘導する政策が望ましい
☆高齢者の余剰資産に課税して、非正規雇用者の多い若年層の就労機会拡大のために利用すべき⇒若年層の雇用拡大と所得税納税で負け組高齢者の生活を支える
投稿: 中間報告の感想 | 2007年6月14日 (木) 07時58分
あのー、下記の事例はかなり一般的にあると思うのですが。
つまり、逆の場合…
「親会社の取締役または使用人が、子会社の監査役を兼務する」
これは全く問題がないと言い切ってよいでしょうか?
私の知るある会社は、親会社の内部監査部門長が子会社の監査役を
兼ねています。
日本内部監査協会の公式なコメントがあるわけではないようですが、
そういう例は複数あり、
「グループ企業の内部統制上、むしろかえって好ましいのはないか」
と、SAM(シニア・オーディット・マネージャー)研究会では
言われているのですが、
親子会社間での利益相反問題が起こった際、いささか引っ掛かってくる
可能性はないとは言い切れない、という考え方もあるようです。
投稿: 機野 | 2007年6月14日 (木) 09時22分
親会社の監査役・取締役・使用人が子会社の監査役に就任していない場合、親子会社間に監査にかかる契約を締結しないと、株主としての帳簿閲覧権などにとどまるのでしょうか。子会社から親会社に稟議申請させるケースもあると思いますが、株主の権利と親会社の監督権と企業間の契約関係って不明朗なケースが多いのではないでしょうか。
投稿: うだつあがらず | 2007年6月14日 (木) 12時38分
知人がベンチャー企業の就職面接に行ったところ、人事の責任者の方が出された名刺には「監査役」の文字。結構そこらじゅうである話なのかもしれません、「使用人兼務監査役(事実上)」。
投稿: 名無し | 2007年6月14日 (木) 22時48分
ホントにびっくり、まさに驚天動地の事例ですね。
(大袈裟ではなく、私はくだんのリリースをみたとき、この世のものとは思われない、あるいは江戸時代か明治時代の古文書を読むような錯覚に囚われました。)
ある一定の規模以下の会社にあっては、程度の差はあれ、常勤監査役が「業務執行的な」仕事を事実としてやっている、あるいはやらざるを得ない、ということは想像に難くないのですが、ここまであっけらかんとやれてしまう会社はそうはないでしょう。
リリースからの推測ですが、この会社の場合、「(常勤)監査役」というのはコーポレート・フォーマリティの世界(株主総会、取締役会、監査役会、それらの議事録、登記など)でしか存在しないのでしょうし、おそらくそれらフォーマリティですら多分に不備があるのでしょう。この会社のの常勤監査役は、社内的にも対外的にも「課長」や「店長」でしかないのでしょう。つまり「使用人兼務監査役」などではなく、「名目監査役である使用人」なのではないかと推測されます。
ここまでくると悪意とか過失とか、あるいは「やむを得ざる事情」とかではなく、(法制度に対する)単なる「無知」か「無視」であろうかと思います。
そして、会計監査人や銀行(メインバンク)、上場に関わった証券会社、取引所がそれを全く知らなかった訳がなく、これら関係者がどう釈明する(できる)のかは大変興味深いところであります。
いずれにせよ、こういった「大事件」が大きく取り上げられ、関係者に対する徹底的な責任追及(法的な責任に限定せず)がなされ、世の監査役及びその関係者を震え上がらせるような事態にでもならない限り、例の監査役の「理想と現実」は絶対に埋まりませんし、そのための立法論も画餅に帰すのではないでしょうか。
例えば、監査役協会などは、こういうケースを前にして、どういう動きに出るのか(出ることができるのか)、そのレゾンデートルを問う試金石とも言うべき事例かもしれません。
投稿: 監査役サポーター | 2007年6月14日 (木) 23時35分
機野さんのご指摘は、おっしゃるとおり問題点がありそうです。詳しくは5月14日の私のエントリーをご覧ください。
学者と実務家による大きなバトルがありそうなんで、ちょっと微妙な立場にあります私は、このあたりコメントを控えさせていただきます(^^;;
>監査役サポーターさん
いつも忌憚のないご意見ありがとうございます。
でも、おそらく監査役サポーターさんのご推測は当を得たものだと思います。結局のところ、社内における人間関係をうまく社長がまとめるためには、会社組織上の地位職階を重視してしまって、法律上の地位(取締役、監査役など)は後付であまり重要性を認識していないのではないか・・・といった企業がけっこうあるように思います。ただ、「上場企業」の場合、そこに至るまでにトレーニングを積む期間というものはいやほどあると思うのですね。ご指摘のとおり、そこに関与されていた団体は、いったいどういった説明をされるんでしょうかね。たいへん疑問が尽きない話題であります。
投稿: toshi | 2007年6月15日 (金) 02時25分
機野さんご指摘の「親会社の取締役または使用人が、子会社の監査役を兼務する。これは全く問題がないと言い切ってよいでしょうか」という問題提起に対して、私は次のように対応しています。
私の会社は、子会社を7社持っており、私は、そのうちの3社の監査役を兼務しています。他の会社の監査役は、取締役もしくは使用人が兼務しています。ご懸念の利益相反取引については、「親会社との非通例取引」として現れてくると思いますので、私は、全子会社に対して、親会社監査役として、親会社との非通例取引の有無について、監査をしております。その結果、悪意でなくても、親会社としての特権を活用したケースが散見されることがあります。その時には、親会社社長との懇談会において、事実を指摘し、修正を図るようにしています。
子会社監査役が親会社の取締役、使用人の場合、自らの社長に楯突くような意見表明は難しいかもしれませんが、親会社監査役の子会社監査権を活用することにより、ご懸念の点は解消できるのではないかと思います。私は、このようにして、利益相反問題に対応しています。
投稿: unknown | 2007年6月15日 (金) 13時34分
東京証券取引所では、証券市場を利用した資金調達の統計を公表しています。
http://www.tse.or.jp/market/data/financing/index.html
上場会社は3,900社近くありますが、一般公募による株式発行は毎年20~80件です。(上場会社全体の2%以下)
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財務報告に係る内部統制が、上場会社の社会的コストであるという立論は、上場会社の関係者にほとんど説得力がありません。
その理由は、新規上場会社以外では株式市場での資金調達がほとんど行われていないという、厳然たる事実があるからです。
金融庁のスローガン「貯蓄から投資」というのは、本当に国民の利益を考えているのでしょうか?新規上場会社の資金調達を除けば、株式市場の大部分は機関投資家や個人資産家のマネーゲームの競技場です。株価が上がっても、事業会社の経営者と従業員は、直接何の利益も受けないからです。(株主への還元は、事業利益から生み出された配当で行うもの。)
一方、信用力の乏しい新規公開企業にとって、資金を調達するための資本市場が絶対に必要です。しかし、それらの会社は資金調達力が弱いので、とても内部統制整備に巨額の費用を投じる余裕はありません。ここに、財務報告に係る内部統制が、アメリカで強い批判を浴びている最も重要な理由があります。
投稿: 証券市場の重要性 | 2007年6月18日 (月) 11時02分