内部統制監査と実施基準の「限界論」
しかし監査法人さんによる内部統制報告制度のコンサルタント報酬というのは高いですね。1人当たり1日ウン十万!?・・・・・(すべてのフェーズを通して)しめてウン千万!?あと、これにもし導入しなければならないシステムなどを勧められたらもっと高額になるんでしょうか?中堅規模の公開企業なら一年間の利益がふっとびますよね。ということで、ひさしぶりの内部統制ネタでありますが、本日はいわゆるJ-SOX(金融商品取引法上の内部統制報告制度)に関する素朴な疑問シリーズであります。なお、会計にも制度会計と管理会計がありますように、内部統制にも金商法上の内部統制と、攻めの内部統制、つまり本格的に事業活動の効率性を高めるための内部統制とは分けて検討するべきというのが私の基本的な立場ですので、きょうのお話は監査意見表明を必要とする金商法上の内部統制報告制度を念頭に置いたものとお考えください。
私のブログでも、以前から「内部統制の限界」といったことについて考えていたわけでありますが、これは企業会計審議会の意見書では通し番号54頁で記述されております。この内部統制の限界論といったものが、内部統制の評価と監査との関係ではどう表現されるのだろうか・・・といったことが以前から疑問でしたし、とても関心を抱いておりました。「会計・監査ジャーナル」6月号では、内部統制部会の委員でいらっしゃった方の「内部統制監査の実施上の課題」という論稿が出ておりましたので、(こういった私の疑問が解消されるのではないか・・・と期待しながら)拝読いたしました。この論稿の内容自体は最近の問題点がよく整理されており、わかりやすかったのでありますが、私が一番知りたかった「内部統制監査と内部統制の限界の関係」につきましては、まったく触れておられませんでした。しかし「内部統制の限界は、意見書の54頁に記述されている」といった位置づけからするならば、これは経営者の評価方法だけでなく、監査手法とも何らかの関係があるはずですし、とりわけ「対費用効果」に関する限界といったものは、経営者評価や公認会計士監査と一体どういう関係にあるのか、十分な理解を得たいところであります。(同じように考えている企業担当者の方や、経営者の方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。)しかしながら、先の論稿では「課題」としても挙がっていないわけでありますので、おそらく監査論の世界におきましては、当然に認識されているはずの問題なのかもしれません。ちなみに、「対費用効果」に関する内部統制の限界として、意見書には次のとおり記述されております。
内部統制は、組織の経営判断において、費用と便益との比較衡量の下で整備及び運用される。組織は、ある内部統制の手続きを導入又は維持することの可否を決定する際に、そのための費用と、その手続きによるリスクへの対応を図ることから得られる便益とを比較検討する。 |
概ね、私の理解は以下のとおりであります。そもそも「対費用便益」の限界といった概念は、財務諸表監査の監査基準にも適用されるものであって、そこでは監査というものが、合理的な水準で(つまり投資家にとっての有益な開示情報として、概ね信頼できる範囲で)あればその目的をほぼ達成できるわけですから、不要不急な費用をかけてまで、実査を重ねる必要はない、といったことを表現しているものであります。(たとえば「逐条解説・改訂監査基準を考える」八田・町田 35頁~37頁)ところで、この監査基準における「対費用効果による限界」といった概念が、内部統制報告制度にも同じ意味で導入された場合、どう表現されるのか、という点が疑問であります。つまり内部統制の構築、運用の評価にあたり、その有効性を判断するには、対費用効果の限界を考慮してよいと考えるのか、それとも会計士さんによる内部統制監査特有の問題であって、「監査の水準」(合理的保証の程度)で足りることの説明だけに関係する概念なのか、それともそもそも内部統制システムの整備運用にあたっては、対費用効果の限界を経営判断として検討してよい、という意味なのか、というところの整理であります。このあたりは、もうすでに整理に関する合意形成はできているのでしょうか。
そもそも財務諸表は経営者の意見表明であり、財務諸表監査はその経営者の意見表明にある程度の信頼性に関する保証を付与するものだと捉えるならば、経営者による内部統制報告書も、財務諸表監査と同じように財務諸表に対する信頼性を付与する機能を持つ制度のはずです。(これは同じ時期に金融商品取引法上で制度化される経営者確認書とも同様の機能であります)そういった原則からしますと、財務諸表監査における監査基準の考え方は、そのまま内部統制に関する経営者評価の方法(一般に公正妥当と認められる内部統制監査の基準)にも適用されるのではないかと思われますので、「有効性の評価方法」においても、経営者が対費用効果を考えながら評価すれば足りる・・・といった考え方が成り立つように思えるのであります。ただ、「対費用効果による限界」といった問題は、会計士監査に独特な概念であって、監査の水準のみに適用される概念である、と捉えるのであれば、内部統制監査の手法を検討する場合のみに問題となるのではないか、とも考えられます。しかしながら、どうでしょうか、上記の意見書の文言を素直に読む限りにおいては、そもそも内部統制の構築運用の場面において、経営者(上場企業)は、その経営判断においてできる範囲での費用で構築すれば足りるのであって、虚偽表示に至るリスクとその対応策さえ予算の範囲できちんと検討されていれば、内部統制報告制度の目的は達成されたものと言える(だから経営者が有効と評価できる範囲はとても広い)、とも読めるわけでありまして、「目的達成のために完璧な内部統制システムの整備運用をめざすことを要求しているものではないことを、単に裏から説明したにすぎない」とは言い切れないように思えますが、いかがなもんでしょうか。第一法規出版「内部統制の要点」第2章におきまして、内部統制作業部会の会員でいらっしゃる先生の解説されているところ(57頁~58頁 お持ちの方はご参照ください)を読みましても、やはり同様の意見のように読めるのでありますが・・・・。
ここのところ、本業の準備書面の作成や、医療過誤事件の事前交渉(これ、ちょっと予想外にたいへんになってきました・・・)などに追われて、十分な参考書類にまで目を通しておりませんので、ちょっと私の理解にも不明瞭なところがあるかもしれませんが、今後の実務におきまして、かなり重要な点ではないかと思いますので、また考えるヒントなど頂戴できましたらありがたいです。
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コメント
監査の水準は80%の保証水準という説明(内藤文雄氏の著述)があることを紹介しました。
従って、売上高、売掛金、棚卸資産の実在性、網羅性などを確かめるためには、その会社の80%の売掛金について債権残高確認(=債務者への確認依頼)を行うことと、80%の棚卸資産について実地棚卸を実施することが、監査の水準を達成する絶対条件になります。(帳簿との不整合が見つかったら、調査して正しい数値に修正する!)
会計基準に即した財務諸表を作成することも必須です。
個々の販売や購買といった取引行為に対して、上司又は担当者の自己点検による検証も必須です。彼らの統制行為が20%以上の誤謬率なら、20%未満になるようきちんと仕事をしてもらいましょう・・・そんな人が実際に存在したら、内部統制以前の問題なのですが・・・(アメリカ実務で採用されている+αの上限逸脱率は日本及び国際監査基準に適合しないので無視)
これで監査の基準を達成できるのですから、財務報告に係る内部統制対応の費用が巨額になるはずがありません。それ以外のコントロールは、全てコンサルタントの報酬増大のための増量剤です。企業会計審議会内部統制部会長ご自身が、文書化は必要不可欠と言っていないのですから、それを信用しましょう。
ITの計上処理で間違ったらどうするか?仕訳や修正仕訳のプログラムを、関係者以外の人が勝手に操作できないようにしましょう。プログラムが間違ってたら?・・・当年度は素直に欠陥を認めて、次年度までに直しましょう。
逆に上記の基準を満たさなければ、費用対効果は言い訳になりません。会社で会計基準の理解している人を子会社で雇用するお金がないので、財務諸表が連結税引前利益の5%以上も間違ってしまいました
・・・それなら上場なんて止めてしまえ!それは社会的存在となった上場会社が負担すべきコストなんだ!
投稿: 監査の水準 | 2007年6月13日 (水) 08時01分
どうもでございます。
監査に直接タッチされない学者先生がたのご意見は
「もうケッコー、コケッコー」という感じで、
あとは公認会計士と現場、そして公認会計士協会の問題という感覚が
日増しにいたします昨今でございます(笑)。
「費用対効果」は、突き詰めるとERM、リスクマネジメントの体制が
出来ない限り算出し得ないのではないでしょうか。少なくとも「3点
セット」の延長線上にはありませんよね。
細かい末端の業務統制の書類作りをただ闇雲に先行して行うのではなく、
全社的なリスクの洗出しを経営者マター、トップダウンで行う…
(例えば東京ガスさんが実施されているように)。
容易なことではありませんが、これをやらない限り、経営者が自信を
持ってその会社の内部統制のありようを開示することは出来ないでしょう。
各監査法人から「内部統制監査を含めた財務諸表監査」の見積りが
出始めているという話も聞きますが、少なくとも初年度は「やってみないと
わからない」という金額不確定のままスタートすることになるんでしょうか。
例えば、「5千万円以内でやれ」と経営者が言った場合(少なくない
会社でそういう発言がなされているとか?)、それは通る話なのでしょうか。
「全社的な内部統制」をどう拾い上げてそれをいかにどういう方法で
監査すれば監査関連費用の軽減に繋がるのか。その監査手法、評価の物差しも
ソフトも手法もなんら確立されていない(日本独自ですから)、と
新日本の持永先生も仰せになっていました。
「費用対効果」論は、むろん「べき論」で言えばそうなるべきなのですが、
今はそのずっとずっと遥か先、冥王星の彼方にでも浮かんでいる感じかと
思います(笑)。
投稿: 機野 | 2007年6月13日 (水) 10時43分
早速のご意見ありがとうございます。
エントリーとの論理矛盾を恐れずにいえば、現実にこれまでの監査報酬はこの程度だから、その倍とか、7掛けとか、そういったおおよその基準で監査を行うことはできないのでしょうか。
あるいは、たとえば見積りの段階で、会社としては自社で評価した虚偽表示リスクを監査法人側に提出して、その評価から報酬を決定するとか。
あと、ここで費用対効果論を問題にするとなると、財務諸表監査におけるサンプル数の増加とか、そちらの評価範囲の増加の問題とか、どう考えたらいいのだろうかと・・・。
投稿: toshi | 2007年6月13日 (水) 11時26分
実施基準の文言に忠実に作業を進めております。
監査基準に直接の根拠がないアメリカ直輸入の会計プロフェッショナル先生がたや会計プロフェッショナル協会のご意見は、会社としては
「もうケッコー、コケッコー」という感じで、
あとは現場、そして会社の問題という感覚が日増しにいたします昨今でございます。
ほとんど売れていないと思われるIT会社のシステムログ、SoD検証システム、アクセス管理ツール、監査ツール、ガバナンスコンプライアンスシステムの売り込みなども
「もうケッコー、コケッコー」という感じで、
職場がやらされ感・いやいやながら感・くだらない感で充満している文書化を進めるにあたり、絶え間ない売り込み電話の音が邪魔で邪魔で困っています・・・
投稿: unknown | 2007年6月13日 (水) 11時45分
現実的に、来年度以降監査法人に支払われる費用としては
従来の財務諸表監査の2倍よりは少ないが5割増しよりは多い、
…あたりに落ち着くのではないか、とのマコトシヤカな話も聞きます。
日本の公認会計士の総数、
というか総工数(仕事出来る限界時間の合計数)から逆算して、
それが「日本の監査限界」ということになってしまうような気がします。
「費用対効果」論で、むしろ問題なのは「効果の算定」方法でしょう。
サンプル数を増減させること・評価範囲を広げたり狭めたりすることは、
効果の増減と果たして正連関(正比例)するでしょうか?
何となく漠然と、ではなく科学的根拠をもって、数式で表せるように
出来るのでしょうか。
だいたいこの場合の「効果」って定量化して考えられるものでしょうか?
部分的には可能かもしれませんが。
投稿: 機野 | 2007年6月13日 (水) 12時02分
>機野さん
いろいろとご教示ありがとうございます。
「効果」というのはたしかに定量化は困難ではないかと思います。
ただ、ここでいうところの「効果」といったものは、リスクへの対応策と考えることはできませんでしょうか?企業の虚偽表示リスクの高いところに対して、リスク回避のためにとりうる対応策を考えて、その対応策導入に関する費用を検討する、といった考え方であれば、なんとなくイメージは湧くのでありますが。
ただ、対応策をとった場合の実際の「効果」といいますと、これはコンプライアンスプログラム全般にも言えることですが、おそらく定量化といったものは困難だと思います。
投稿: toshi | 2007年6月14日 (木) 02時04分