私的検証・ブルドック東京地裁決定
いよいよ大阪でもMBO関連の事件が始まるようですね。サンスターのMBOについて、少数株主排除に関する価格(おそらくTOB価格と同一)に反対の意思を表明した個人株主の方々が、大阪地裁に対して株式買取に関する価格決定申立を行った、との報道がなされておりました。今後の非訟事件に進行について、果たして大阪ではどうなるのか、今後に注目してみたいと思います。
さて、ブルドック事件につきましては、もうそろそろ抗告審決定が出るはずですし、ニュースやブログでは、東京地裁決定に関する賛否両論の意見がかなり出ておりまして、今後の議論の展開が非常に楽しみになってきておりますが、このブルドック東京地裁決定の内容について若干疑問に感じるところを考えてみたいと思います。結論の当否というよりも、裁判所が定立しようとされている基本ルールに関連する部分であります。もちろん、毎度のことながら、個人的な意見にすぎません。
今回のブルドック・スティール間の差止仮処分事件におきましては、経営権を取得しようとTOBを開始した公開買付者が現れた際に、丸腰だった買付対象企業が急遽防衛策を導入し、かつ防衛策を発動する場面、といった「世界でもあまり例のない状況での対象企業の防衛行為の適法性」が問題とされているわけでありますが、本件では基本的には「急遽防衛策を導入し、発動」する主体は株主総会である、とされております。もちろん防衛策発動の提案は買付対象企業の取締役会ではありますが、定款変更→発動決議といった流れからしますと、「本件新株予約権無償割当は、取締役会の提案に係るものではあるが、その実施は、株主総会の権限に基づきされているから、取締役会の権限に基づき新株予約権の発行がなされた場合についての法理(取締役会は緊急避難的行為として相当な対抗手段を講ずることが許容されるのは、特段の事情があり、それを主張立証しなければいけない、といった法理)は、本件に妥当するものではない」とされております。こういった考え方を基本として、スキームとしての防衛策(平等原則との関係)や、その防衛策を株主総会が対抗手段として講じた必要性、そしてその相当性について検討されている・・・といった流れの決定であると理解をしております。
ところでこの東京地裁決定は、企業の経営支配権の争いがある場合において、現経営陣と敵対的買収者のいずれに経営を委ねるべきかの判断は、株主によってなされるべきであり、その最終判断については諸事情判断のうえで、最高意思決定機関である株主総会にこそ、対抗手段の必要性判断が委ねられるべきである、とされております。そして、そのうえで証券取引法で規定されたルール(TOBにおける公開買付者と対象企業それぞれの情報開示ルール)とは別に、その最終判断者たる株主のための「買収防衛ルール」といったものが両立するんだ・・・といった考え方を示しております。これは決定書28ページから30ページあたりに記述されている理由から読み取れるものであります。たとえば以前私が、ブルドック買収防衛策へのブルドックソースの意見表明報告と附随質問というエントリーで、TOBルール(政省令)では何日までに意見を述べなくてはいけない、とあるのに、その意見表明を留保してさらに質問をする、というのは法令を無視したものであり、ルール違反ではないか?と疑問を呈したところ、複数名の方から「株主への十分な情報開示のためにはやむをえないもので、適正な対応である」といったコメントをいただいていたところであります。そのあたりを東京地裁決定も意識されてか、TOBルールと防衛策ルールとの差異といったものを、きちんとフォローされているようであります。つまり、「公開買付の制度は、投資者の保護の観点から必要な規制を行うものであって、公開買付者に株式の買収について優先的な地位を保障するものではないから、公開買付に応ずるか否かという形での株主の選択権行使の機会とは別に、株主総会における議決権の行使という形で株主の選択権行使の機会を設けることが、証券取引法の趣旨に反するということはできない」とされております。このように、株主には(敵対的買収者が出現した場合には)、TOBに応じるべきかどうか、といった選択権確保の要請とは別に、株主全体の利益保護の観点から、支配権取得行為自体を阻止することへの選択権確保の要請もあるので、対抗手段が許容されるのだ、といった結論とともに、TOBルール以外の対象企業の(対抗措置導入を合理化する)情報提供ルールとしての対抗策の適法性をも示しているものと考えられます。
しかし、もともと裁判所が定立している基本ルールは「誰に経営を委ねるか、ということは株主総会が決定すべきものである」といったところであります。基本的には「Aをとるか、Bをとるか」の選択権を行使することになるはずであります。しかしながら、上記のとおり「証券取引法の趣旨に反することにならない」とされる理由における株主の選択権の行使の内容は「A(本件ではスティール)を確定的に排除するか、それともAとBをさらにTOBによって判断するか」に関する選択権の問題であります。そもそも株主総会の権限として、「AかBか」といった企業価値判断のための選択権がある、とするならば、わかりやすいのでありますが、こういった複雑な選択権行使が果たして一般株主によって判断可能であるのかどうか、疑わしいものでありまして、そもそもそのような選択権がある、と言えるのかどうか、未だよくわからないところであります。(結局はTOBを行うことを前提とした場合に、Aに賛同する株主にとってみれば、Bは「経営支配権の取得が企業価値を損なう」と認めるべき買収者になってしまうわけでして、特別に株主総会で判断しなければならない株主の選択権というものは存在しないのではないか、と考えられませんでしょうか?)
かりに、株主全体の共同利益を毀損するおそれのある買収者を、株主総会の決議で確定的に排除できる選択権がある、としましても、その選択権の行使がたとえば「TOBに進むこと」を選択した場合(つまり、買収防衛策発動決議が否決された場合)には、結局のところ、TOBルールにおける株主の選択権確保の機会が付与されることになって、(3分の2を獲得するにせよ、過半数を獲得するにせよ、TOBの結果に委ねればいいだけの話であって)特別に株主総会決議を必要とする理由はなかった、ということになります。また、もし株主総会として、たとえば「公開買付者の経営支配を確定的に困難にすること」を選択した場合には、TOBルールにしたがって公開買付を開始した者にとっては、法律にも規則にも(また事前交渉ルールにも)書いていないルールによってTOBが不可能な状況になってしまう、つまりTOBルールが機能しない場合を認めることとなり、証券取引法の趣旨と抵触しない、ということではなく、完全に証券取引法と抵触する結果を招来させてしまうのではないでしょうか。私は以前のエントリーにも書きましたが、グリーンメイラーと濫用的買収者の関係について、同じものなのか、違う概念なのか、よくわかっていないところがあるのですが、おそらく「TOBで経営権支配を委ねるべきかどうかを決する資格を有する敵対的買収者」が正当な買収者であるとすれば、それ以外が濫用的買収者、そのなかでも取締役会だけで防衛策導入および発動が可能となるのがグリーンメイラーではないか、と考えておりますが、そうであるならば一般株主に「買付人が濫用的買収者であるかどうか」を判断させる、というのは株主総会における議決の実態から乖離しているのではないかとの疑問があります。たとえば取締役会や独立第三者委員会の意見として、買付人が濫用的買収者であるとの認識のもとで、取締役会における対抗措置発動への「判断」について、株主総会が「承認する」、といったことであれば、「対抗措置の相当性を裁判所が判断する基準」としては理解できるのであります。(これまでの事前警告型の防衛策の多くがこの型ではないでしょうか)しかしながら「濫用的買収者かどうか」といった判断そのものを「株主総会」が行うのであれば、(擬制ではなく現実に)TOBによる経済的利益の獲得機会の確保を超えた株主利益の存在、つまり株主が一枚岩になるほどの共同利益が認められることと、株主総会は「多数者を少数者に」「少数派を多数派に」変えることが可能なほどの議論と(会社と株主および株主間における)情報開示の場が確保されていることが条件ではないでしょうか。現に、今回ブルドック側は、自社の企業価値向上策を株主向けに提出しているのでありまして、「どちらが企業価値を向上させるのか判断してください」と株主に問いかけているのでありますから、一般株主としては「スティールは濫用的買収者だ」と判断したのではなくて、「スティールとブルドックとの比較であれば、現経営陣に経営をまかせるほうが企業価値向上に資する」と判断したはずであります。そういたしますと、裁判所が合理性があるとした今回の株主総会での判断内容と、実際に80%の株主が発動に賛成したという株主総会での判断内容とでは、かなり齟齬があるのではないか、といった疑念をぬぐいきれません。今回は「見た目」の印象で判断すれば、こういったルールでも丸く収まるように思いますが、これが果たしてライバル事業会社、海外の大手の競合会社による買収が行われた場合に、うまく効果的に利用されるルールなのかどうかは、もうすこし考えてみたいと思っております。
(なお、濫用的買収者かどうかを株主総会の判断に委ねる場合の理想的株主総会といったものは以下のような図式で表現されるのではないかと考えております。)
しかし、これだけ株主総会の判断が重視されるとなりますと、事前警告型の防衛策を導入していない企業がターゲットとなった場合、その対象企業の取締役の身の処し方についても十分検討しておく必要があると思われます。とりあえず、TOBに委ねるための委任状獲得競争だけでなく、防衛策発動に関する提案をとりあえず臨時株主総会を提出して、そこでの株主の判断(議決)を仰がなければ、善管注意義務違反になってしまうのではないか、といった疑問も付されるのではないでしょうか。(これは言いすぎでしょうか?)また、そういったことになりますと、取締役らにとっては株主共同利益を害する第三者か否か、といったことの判断はすべて株主に委ねますので、ある一定の交渉を行ってさえいれば、それ以上の判断は不要となり、これが株主と取締役との信認関係からみて、本来の姿に近いといえるのかどうか、改めて検討してみたいと思います。著名ブロガーの方々の、この東京地裁決定への評価はおおむね良好でありますので、抗告審の予想も含めて、今後の重要な基本ルールを形成するものと思われますが、どうも私が読ませていただいたかぎりにおきましては、各社の状況や、登場する敵対的買収者の性格などによって、防衛策のあり方にはそれぞれ工夫が必要になってくるのではないか、と思いました。
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コメント
山口ミツタカ
サンスターは提訴したかたがいるみたいですね。
http://www.geocities.jp/kanebou1620/sunstar
ブルドッグの控訴審も楽しみにしています。
投稿: ミツタカ | 2007年7月 9日 (月) 09時03分
>ミツタカさん
おひさしぶりです。また、提訴内容のわかるものをお示しいただき、ありがとうございます。こういった事例で心配されるのは、やはり費用の点であります。取得条項付種類株式を利用した小数株主排除の違法性などを論じるとしましても、やはり最終的には「公正な価格」が決められるわけですから、高額な予納をしなければならないのでしょうかね?私は、この費用の問題があるかぎり、司法判断の利用価値は半減していると思います。なんとかならないのでしょうか?医療調停のように、価格決定調停のようなものがあって、もしそこで調停不調となったとしても、専門家調停委員が最終意見を出す、みたいな制度を考えるべきではないでしょうか。
投稿: toshi | 2007年7月10日 (火) 01時21分
そうですね。今回、提訴した二人の持ち株は一万一千株と聞いています。
サンスターは、鑑定をすれば、百%勝てる事案ですが、訴訟物の価格をはるかに超える鑑定費用を予納しろ、というのは、いかがなものかと。
あと、みなし配当も問題です。レックスの端株型は、みなし配当がかからないと国税庁が認めましたが、サンスターは、「四百五十万株未満の株主からのみ取得する」というスキームなので、みなしがかかります。
しかし、TОB公告時には、端株でやると言っているわけで、その約束を反故にした結果、みなし配当所得税がかかった以上、損害賠償の可能性があると考えています。
投稿: ミツタカ | 2007年7月10日 (火) 12時39分