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2007年8月 3日 (金)

株主への利益供与禁止規定の応用度(その2)

さて、昨日のエントリーの続きであります。株主等の権利行使に関する利益供与禁止規定が、総会屋対策以外にも検討される場面としまして、「なおとさん」からご指摘のありましたように、親子会社における支配権濫用事例や、従業員持株会への奨励金交付、支配権維持のための第三者割当などもここに含めて検討されるべきものだと思いますが、あまりいろいろなものを持ち出しますと、ブログが終わらなくなってしまいますので、最近話題になっておりますものを優先させていただきます。

そもそも、総会屋対策(株主総会の健全化)を図るために昭和56年の商法改正で「株主等への利益供与禁止」規定ができあがったわけでありますが、昨日よりご紹介しているような事例でも問題とされているところから明らかなように、条文のうえでは、総会屋への利益供与だけに限って規定しているものではありません。したがいまして、利益供与罪(刑事規制)の本質とか保護法益は何か・・・という点につきましては、(1)会社資産の浪費防止と(2)株主の権利行使の適正化といったふたつの本質が並存しているものと考えるのが通説のようであります。そして保護法益につきましても「会社運営の健全性の保持」とされ、そこでは一次的には会社資産と株主権が保護法益と解されているようでありますが、二次的には株式会社制度に対する社会の信頼、といった社会的法益を保護する面もあるものとされております。(このあたり、よくまとまっているのが「会社法A2Z」第18号新会社法罰則の研究、における川崎友巳先生の解説であります。)

しかし、こういった利益供与罪の本質とか「保護法益」に関する解説を理解しましても、現実の事案がスッキリ整理できるかといいますと、実際のところ、よくわかりません(笑)具体的な例としましては、たとえば大株主と会社経営者とが経営方針について対立しており、その採決が注目されるような総会におきまして、会社経営者側が議決権行使書を送付した一般株主に対して500円の商品券を交付するような場合、これは会社としての利益供与行為に該当するのでしょうか?これは民対民の紛争に発展する典型的なケースですし、実際にも総会決議取消訴訟が提起されている某事案にも似ているかもしれません。こういったケースを先の利益供与罪の本質とか保護法益の議論を参照にしながら、検討してみたいと思います。なお、利益供与に関する会社法上の刑事規制、民事規制は以下のとおりであります。

株主の権利の行使に関する利益供与の罪)
第九百七十条  
第九百六十条第一項第三号から第六号までに掲げる者又はその他の株式会社の使用人が、株主の権利の行使に関し、当該株式会社又はその子会社の計算において財産上の利益を供与したときは、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
2  情を知って、前項の利益の供与を受け、又は第三者にこれを供与させた者も、同項と同様とする。
3  株主の権利の行使に関し、株式会社又はその子会社の計算において第一項の利益を自己又は第三者に供与することを同項に規定する者に要求した者も、同項と同様とする。
4  前二項の罪を犯した者が、その実行について第一項に規定する者に対し威迫の行為をしたときは、五年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処する。
5  前三項の罪を犯した者には、情状により、懲役及び罰金を併科することができる。
6  第一項の罪を犯した者が自首したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

(株主の権利の行使に関する利益の供与)
第百二十条  
株式会社は、何人に対しても、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。以下この条において同じ。)をしてはならない。
2  株式会社が特定の株主に対して無償で財産上の利益の供与をしたときは、当該株式会社は、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与をしたものと推定する。株式会社が特定の株主に対して有償で財産上の利益の供与をした場合において、当該株式会社又はその子会社の受けた利益が当該財産上の利益に比して著しく少ないときも、同様とする。

3  株式会社が第一項の規定に違反して財産上の利益の供与をしたときは、当該利益の供与を受けた者は、これを当該株式会社又はその子会社に返還しなければならない。この場合において、当該利益の供与を受けた者は、当該株式会社又はその子会社に対して当該利益と引換えに給付をしたものがあるときは、その返還を受けることができる。
4  株式会社が第一項の規定に違反して財産上の利益の供与をしたときは、当該利益の供与をすることに関与した取締役(委員会設置会社にあっては、執行役を含む。以下この項において同じ。)として法務省令で定める者は、当該株式会社に対して、連帯して、供与した利益の価額に相当する額を支払う義務を負う。ただし、その者(当該利益の供与をした取締役を除く。)がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、この限りでない。
5  前項の義務は、総株主の同意がなければ、免除することができない。

こういったケースでたいへん参考になりますのが、「利益供与ガイドライン」(東京弁護士会編 商事法務研究会発行)であります。この本のなかで、(民事規制に関するものではありますが)①総会出席株主への手土産の提供、②日当の支給、③交通費の支給に分けて、これが会社による株主への「利益供与」に該当するかどうか、解説がされております。そして、日当支給については利益供与、交通費支給は該当しない、手土産につきましては「一般社交的儀礼の範囲内かどうかを検討せよ」とされております。株主が権利を行使するかどうかは自由であり、義務ではありませんので、たしかに日当支給というのはおかしいように思われます。交通費につきましては、株主が議決権を行使しやすい環境を整備することについては会社側の事務手続きの範囲内といえそうでありますので、これは利益供与には該当しないというのも理解できそうであります。こういった基準を参考にして、自宅から議決権行使書を発送した株主が500円の商品券をもらえる・・・といった制度はどう考えるべきなのでしょうか?「交通費基準」とは明らかに違うように思えます。どちらかといいますと議決権行使書送付の「対価」として考えるのが素直かもしれません。ただ、総会に出席した人だけが「手土産」をもらえるのであれば、その「手土産」に代わるものとして郵送料を安くするために議決権行使書を送付した株主には「商品券」を送付する、というのも、平等といえば平等といえそうでもありますね。その手土産が500円相当のものであって、社会常識からみても「儀礼的なもの」であれば、利益供与にはあたりまんせんので、この500円の商品券も利益供与には該当しない、といった結論になるのかもしれません。(いやいや、「手土産」というものはわざわざ会場まで足を運んでくださった株主様だからこそお渡しするものであって、自宅から議決権を郵送した人とは区別すべきものである・・・といった反論もあるかもしれません)また、この500円という金額と配当金額との割合を検討する必要もありそうですね。さらに、もし「利益供与」に該当するのであれば、議決権行使書を送付した株主はこの利益を返還する必要があるわけですが、これはたいへんな事後処理が必要となりますので(このあたりが、法律制定の際には予想されていなかった場面ではないかと思われます)、この事後処理のことを考えますと、利益供与は認められにくいのではないか・・・とも思われます。

すこし見方が変わりますが、この500円の商品券というのは、本当に「議決権行使」の対価といえるのでしょうかね?いまのご時勢、ちょっとアンケートに回答しただけでも、500円相当のカードとかもらえたりしますよね。このあたりは、利益供与禁止規定というものが、利益と対価である「株主の権利行使」との牽連関係をどこまで要求するか、によっても結論が異なるように思えます。議決権行使が500円という商品券の価値とつりあっているのかどうか、大株主に賛同するか、経営陣に賛同するか、どちらかわからない議決権行使を誘引することが、果たして利益供与罪の保護法益を侵害しているといえるのかどうか、微妙なところではないでしょうか。なお、株主の権利行使をお金で誘引すること自体もってのほかである、として、あまり牽連関係が認められなくても「利益供与」にあたる、とする立場(つまり、刑事規制としての利益供与罪について、その社会的法益保護を重視する立場)からは、金額の多寡にかかわらず問題である、との結論に達することになりますが、刑事規制が存在する利益供与問題につきまして、そこまで漠然と構成要件を広げてしまいますと、予見可能性が薄れてしまって、あぶなっかしい規定になってしまうような気がいたします。

なお、kazuさんのコメントへの回答になっているかどうかは微妙でありますが、たとえ「利益供与」に該当しないとしましても、この500円の商品券が、当該企業の販促活動、つまり損金として扱えるかどうか、といった問題が残ることになりそうです。企業は営利法人でありますので、一般の株主優待制度につきましては「販促活動費」として取り扱っているものと思われます。したがいまして、販売促進のために認められる範囲のものであればよいのですが、それを超えたもの(たとえば実質的には利益の分配)とみなされる場合には、違法配当だったり、会社資産の浪費だったりするわけですから、取締役の善管注意義務違反行為に該当するのではないか・・・といった問題が別途生じることとなります。

この問題も、著名な弁護士の方が「利益供与が問題である」と明言されていらっしゃいますので、まだまだいろんな論点があるのかもしれませんが、私個人としましては、結論的にはとりあえず会社が利益供与をしたとまでは言えないのではなかろうか・・・と思いますが、皆様はいかがでしょうか?

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コメント

 山口先生
 ご回答ありがとうございます。
 議決権行使に対するお礼につきましては、プロキシファイトの状況下にあるかないかによって違法性の根拠が異なるのではないでしょうか。
 プロキシファイトにない状況であれば、株主総会を行い会社経営にとって重要な決議を行いたい(例:定款変更)にもかかわらず定足数を満たさないのであれば総会招集自体が無駄になりまた経営にも支障が出るという理由で、支出の合理性が認められやすくなると思います。
 これに対してプロキシファイト中であれば、経営陣と対立する株主側は自腹を切って委任状獲得活動を行うのに対して、経営陣は会社のお金を使って自らの賛成票を獲得できる(日本の株主の傾向として、面倒くさいので議決権行使書を白紙で出す、あるいは適当に賛成と記入して出す…最高裁判所裁判官の国民審査と似ている傾向があると思います。)という実質的な不公平があることから、問題が残るのではないかと思います。もっとも、「特定の株主」(会社法120条2項)という条文の解釈との関係で、プロキシファイトの相手方にも議決権行使のお礼を出していればまた微妙な問題になりそうですが。

 また、おみやげやこうした議決権行使書のお礼について、会社の事業と密接に関係しているかどうかにより、また、換金が容易か否かによって、税務も刑事も結論が左右される可能性があるのではと考えておるのですが、いかがでしょうか。

投稿: kazu | 2007年8月 3日 (金) 11時09分

新たな問題提起、ありがとうございます。
場合分けをしながら、検討することについてはおおむね私も同じ意見であります。ただ、刑事、民事、税務といったところで、議論が錯綜するような気もいたします。税務面においては、もっとも場合分けに適しているように思いますが、刑事問題となりますと、かなり微妙ですね。そもそも構成要件該当性の問題なのか、社会的な相当行為として違法性が阻却されるのか、取締役個人の認識の問題はどうかなど。
次回は株式持合いと利益供与について検討してみたいと思いますので、そのときにまた「主張することに威嚇的な意味合いがあるのかどうか」といった問題とからめてKAZUさんのご議論もとりあげてみたいと思います。

投稿: toshi | 2007年8月 5日 (日) 03時11分

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