株主への利益供与禁止規定の応用度(その1)
今週はGCAの佐山展生先生の企業価値に関する講演、中央大学法科大学院の野村修也先生のM&A最前線に関する講演などを直接お聞きする機会に恵まれ、また先週は同じく中央大学の大杉先生、そしてこのブログでもおなじみの「酔狂さん」とお食事を供にする機会にも恵まれまして、とても外からのシゲキの多かった2週間でありました。野村先生とは本日はじめてお話させていただきましたが、名刺をご覧になるなり「あれ?あのブログを書いてらっしゃる方ですよね?読んでますよぉ~♪日経出てましたよね?」(やっぱり日経に採り上げていただいた効果はかなり大きかったかも・・・・・)お世辞ではなく、野村先生の企業再編に関する解説は非常にわかりやすく、有益だと思いました。法制度としての再編行為の経済的な意味を上場企業、閉鎖企業、ベンチャー企業それぞれの立場から考えて、その法制度の長所短所を解説する手法というのは、まさに全体の理解があるからこそなしえるものであり、ブルドック東京地裁決定へのご批判については異論があるものの、三角合併の位置づけを含め、たいへん勉強になりました。
さて本日午前中に、ある上場企業の役員セミナーでもお話させていただいたのですが、取締役のコンプライアンス経営の論点として、最近経済刑法関連の問題がにわかに浮上してきているような気がいたします。「経済刑法」という分野は、そもそも取締法規でありますので、企業(経営者)と行政庁(検察庁とか、証券取引等監視委員会とか、公正取引委員会など)とが対峙する事案が容易に想像できるわけでありますが、そういった場面ではなく、敵対的買収事案のように「民間対民間」といった構図のなかで、この経済刑法がどのように活用されていくのか・・・といった論点であります。先日、どなたでしたか、村上ファンドのインサイダー取引関連のエントリーのなかにおきまして、「私はこれから5%以上の株式を買うつもりです」と一般株主が買収希望者に電話で告げただけで、その後の買い進める行動はインサイダー取引に該当するので、それが最良の防衛策になるのではないか・・・との意見を述べておられましたが、この例(果たしてそれが有効なものかどうかは別として)などは、内部者取引に関する刑事罰の脅威を利用することによって、民間対民間の関係において武器として使用することを目的としたものであります。
ひとつ気になりますのは、「民間対民間」の紛争に刑法規定を活用するといいましても、その活用がどれだけ相手方に対して「刑事罰の脅威」としてプレッシャーを与えることができるかにつきましては、別個の考慮を要することであります。といいますのは、警察や検察は、ご自分たちが民事紛争の解決策として利用されることを極度に嫌う傾向がありますので、(そりゃそうですよね、一生懸命捜査した後で、「示談が成立したので、告訴は取り下げますね」などと言われる立場になれば、誰だって最初から本気で捜査したくなくなるはずであります)包括条項を使って安易に立件する傾向は回避するはずでありますし(一般人が包括条項違反で告訴もしくは告発してくるケースが増えてしまいますよね)、たとえ告訴を受理する方向で検討されたとしましても、できるかぎり民、民での解決を待って民事刑事の裁判の齟齬を回避することを考えるからであります。したがいまして、ここで問題としますのは、「ひょっとしたら、あなたの行動は違法なものかもしれませんよ。法令違反行為として取締役の責任追及を受ける可能性がありますよ。刑事訴追の可能性すら孕んでいますよ。」といった警告を発して、自らその行為を思いとどまらせて、妨害を排除することを企図することを念頭においております。
そういった意味で、以前にも少しエントリーのなかで書かせていただきましたが、経営者のコンプライアンス問題として捉えますと、インサイダー取引リスクと「株主権の行使に関する利益供与の禁止規定」違反リスクをワンセットとして、それらのコンプライアンス上のリスク管理について検討しておくことが肝要ではないか、と考えております。インサイダー取引につきましては、課徴金制度がございますので、すこし状況が異なるかもしれませんが、株主への利益供与に関する会社法上の民事規制、刑事規制をどう考えるのか、といった点はかなりリスク管理の観点から重要ではないかと思います。とりわけ最近は、①議決権行使株主に対してのみ株主優待券を配布する経営者の行動②ブルドックソースが買収防衛策の一環として敵対的買収者を排除する目的で23億円を支払った行動③そもそも議決権を相手方会社の経営者のために行使することの見返りとして、相互に利益を与え合う関係となる「相互株式持合い」制度、など、いずれも「総会屋対策」として規定されたはずの株主への利益供与禁止規定違反が疑われているケースであります。これらのケースにつきましては、かなり著名な法律実務家の先生方が、「利益供与禁止」に反するのではないか、と問題を提起されておられますので、本当に株主権行使への利益供与に該当するのかどうか(もしくは該当する可能性が高いのか低いのか)、そのあたりをきちんと検討しておくことも有意義ではないでしょうか。株主権行使に関する利益供与問題について、このような規定が刑事上もしくは民事上なぜ禁止されることとなったのか、制度趣旨はなにか、保護法益はなにか、構成要件はどう解釈すべきなのか、といった刑法分野特有の論点について検討をくわえ、その規定の応用度(どこまで民民の紛争のなかで武器として活用できるか)を考えてみたいと思っております。なお、私個人の見解をブログで述べるにすぎず、学者さんのように精緻な調査検討に基づくものではございませんので、少々ラフな物言いになることをご了解ください。(以下、続きます)
PS
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コメント
久しぶりに投稿させていただきます。
私も、近年の過剰あるいは自社の事業と関連の薄い株主優待制度、プロキシファイトが行われている中での議決権行使を行った株主へのプリペイドカードの送付など、利益供与との関係上問題があるのではないかと考えております。
そして、この利益供与の問題については、刑事罰以外に、「税法」というポイントがあり、株主優待等について損金処理できるかどうか、という観点から合理的な制度を設計する会社も少なくないようです。逆に言えば、損金算入ができない株主優待等を設計することは善管注意義務に反するのではないかというような、そうした視点からの検討も加えて頂ければと思いますが、いかがでしょうか。
投稿: Kazu | 2007年8月 2日 (木) 11時33分
はじめまして。いつも拝見しております。
私もこのテーマについては関心があります。
総会屋対策以外の論点についても、平成10年ころから旧商法下でも話題になっていたことがありますね。従業員持ち株会への奨励金授与とか、親子会社間の支配的取引なども、同様かと思います。
ただ当時といまとは、取締役と株主をめぐる環境も大きく変わっており、こういった論点を、M&A華やかな時代にどう扱うか、というのはとても重要ではないかと思っております。
先生の問題提起に期待をしております。
投稿: なおと | 2007年8月 2日 (木) 15時37分