内部統制制度における現場の課題
商事法務の真夏の合併号(1807号)が手元に届きましたが、会社法と金融商品取引法関連の記事、論文など、どれも興味深いテーマがずらりと並んでおりますが、またまた最初に目に留まりましたのがスクランブル記事「内部統制制度における現場に残された課題」であります。「重要な欠陥」の判定のあり方、内部統制監査人が統制環境を評価(つまり、取締役会や監査役制度のあり方について重要な欠陥あるのかないのか等)することの問題を論じ、最後にはマスコミや投資家がこの新しい制度について冷静に対応すべきと提言するものでありまして、その問題点の見つけ方といい、問題への切り口といい、解決指針といい、共感する点が多々ございます。
このスクランブル記事によりますと、財務報告に係る内部統制報告制度における「内部統制の限界論」を引用され、「重要な欠陥」に過剰な費用をかけることが合理的と言えない場合もあるのではないか、とされておりまして、たとえば(このブログでも、まさにひとつの問題点として提示させていただきましたが)経理、財務部門の専門的能力や人員不足について、監査人が「重要な欠陥」ありと指摘した場合、短期間にかつ、低廉な費用で欠陥を補うことは困難なのであるから、そもそもたとえ重要な欠陥であるとしても、「経営判断の法理」が妥当する場面ではないか。これは企業と外部監査人とのネゴによって、直ちに補填したり妥協できるような問題ではない、企業としては、「重要な欠陥」と指摘されることにビビることなく、「企業と外部監査人が真摯に協力して、厳正に内部統制評価制度を活用した証拠として」重要な欠陥の内実を開示して、あとは投資家のリスク評価や自己責任に委ねることが理論的である、重要な欠陥が直ちに企業価値を下げたり、また企業の社会的信用を低下させるものではないのだから・・・・、といったあたりが骨子かと思います。
そういえば、この「内部統制の限界論」への解説としましては、週間「経営財務」の最新号(8月6日号)では、「内部統制報告制度の留意点(上)」と題する、前金融庁企業開示課長さんの連載記事が掲載されておりまして、そのなかで「内部統制の限界論」について少しばかり触れておられます(12頁以下)。経営者による内部統制の無視や、非定型取引の介在等による内部統制の限界論といった、定番の解説ではありますが、企業が安易にこの「限界論」を用いることへ警告を発しておられるようで「ガバナンスの充実や、環境変化、非定型的取引が発生しやすい業務プロセスに、知識経験にすぐれ、適切な判断をできる者を重点的に配備する等して、相当程度対応範囲を広げることが可能である」(おそらく個人的意見でいらっしゃると思いますが)、と述べておられ、一見「限界」と思われる場合でありましても、内部統制の構築によって、その限界は狭くできる・・・といった解説をされております。しかし、そうはいいましても、そういった「知識経験にすぐれ、適切な判断ができる者を重点配備せよ」とのことでありますが、そのようなスタッフを養成したり、どこかから招くことへの費用はかなり莫大なものになってくるわけでありまして、そこに「費用対効果」の問題がやはり出てこざるをえないのであります。
以前にも述べましたが、私はこの財務報告に係る内部統制報告制度におきましては、外部監査人や経営者からみて、重要な欠陥が見つかった場合、その是正に多くの費用を要する課題が残るとしましても、企業情報開示に関する制度である以上は経営者も監査人も正直に「重要な欠陥」と評価すべき場合があると考えます。ただし、本当に「重要な欠陥」なのか、また重要な欠陥であるとしても、その欠陥を費用をあまりかけることなく、補填することはできるのか等、企業と監査人において十分議論する必要はあると思います。(一般に公正妥当と認められる内部統制評価の基準というものは、これまでにはモデルは存在せず、実施基準の現場への適用などを通じて今後の慣行のなかで形成されるものですから、経営者はご自身の主張をどんどん出すべきだと思います。たとえば、先の経理財務部門における能力不足の問題点などは、評価する人の主観的な評価基準に頼るところが多いでしょうし、経営環境の変化や、非定型取引の問題につきましては、それほどの経理財務に関する知識経験がなくてもモニタリングがある程度可能なほどに、社内の業務プロセスを簡易化する(非定型的取引の発生をなるべく少なくする)ことも工夫次第では可能だと思われるからであります。(現に、私の近辺におきましても、監査法人さんのアドバイスを受けて、非定型取引が極力でないような取引の仕組みに変更する作業を進めているところもございます。このあたりの工夫につきましては以前、書籍の紹介をさせていただいた「簡易版COSO内部統制ガイダンス」の31頁以下に詳しく掲載されておりますので、ご関心のあります方はご参照ください)
それにしましても、最近この「費用対効果」という用語が頻繁に出てまいりますが、そこで議論されている「効果」というものは一体何を指しているのか、合意はできているのでしょうか。おそらく業務の有効性、効率性の向上といったことが「効果」だというのが一般的のようにも思えますが(といいますか理想的だと思えますが)、現実的には「財務諸表に虚偽表示が含まれるリスクをある程度低減させること」といった意味で使われているのかもしれません。いずれにしましても、内部統制制度における会社法上の議論と金融商品取引法上の議論を整理したうえで、この「費用対効果」といった概念がどこで用いられているのか、十分把握しておく必要がありそうです。さて、私的に「現場に残された課題」を論じるならば、四半期開示制度の義務化と内部統制報告制度との関係論だとか、過度のリスク評価(プロセスチェック)は内部統制制度を滅ぼす・・・あたりではないかと思っております。いずれまた、シリーズものとして語ってみたいと思います。
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コメント
コンピュータ屋です。
ご無沙汰です。
指摘をされている課題について、現場の様子を拾ってみました。
1.「重要な欠陥の判定」のあり方
事例もナシ、率先して判断し、監査人と調整も躊躇する
他社を横にらみ状態です
2.経理部門の人材不足、まさにそうなんですが、米国事例のように重要な欠陥と言っても対策が難しい。
3.内部統制の対応、費用対効果の観点で検討する
カッコはよいでのですが、具体的効果判定が難しいです。
4.過度の業務プロセス評価、内部統制制度を滅ぼす。
まさにそうです。3点セットの作成と評価に夢中です。
また、特殊な例として、
・A社 すでに不正が発覚し、会社の存続の問題にまで発展し、内部統制評価以前のことで手がいっぱい
・B社 赤字が続いているし、上場続けている意味も薄いし、廃止にするか、無茶か
まあいろいろですね。
投稿: コンピュータ屋 | 2007年8月14日 (火) 13時55分
おひさしぶりです。>コンピュータ屋さん
そういえば、コンピュータ屋さんの場合は、ほぼ毎日が「支援事業」でしょうから、こういった現場の実態につきましては、もっとも精通されていらっしゃるのではないでしょうか。
しかし特殊例のA社にしても、B社にしても深刻ですね。
内部統制評価の結果、内部統制以前の問題に発展してしまったら、いったいどうすればいいのでしょうかね?実際に、私はこれまでそういった事例にぶつかっておりませんので、打開策の見当がつきません。本日、報道にありました「白い恋人」の石屋製菓の社長さんの心境かもしれません。内部統制をまじめに構築しているなかで、企業の存続に関わる問題が発生する・・・考えただけでもぞっとします。
投稿: toshi | 2007年8月16日 (木) 02時49分
コンピュータ屋です。
コメントありがとうございます。
「しかし特殊例のA社にしても、B社にしても深刻ですね。」
→
A社の場合、今は個人的なおつきあいです。
社長(ホームページの社長コメントが以前のまま)以下、深刻であると言うことが外部に発信できていないことが深刻と思います。
IR情報、訂正訂正のオンパレードです。
大変なのは経理担当のみのようです。親会社、監査人対応で。
発覚した一年前、「商売に影響しますよ」とお話ししたのですが。
コンプライアンスだ、ガバナンスだと言っても、問題がおきない保証はありません。
問題が起きた後の対応、まさにガバナンスが問われています。
よい例が「ジャパネット高田」。人気も評判も以前より上になりましたね。
投稿: コンピュータ屋 | 2007年8月16日 (木) 08時18分