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2007年8月16日 (木)

上場企業の株式持ち合いの効用

一昨日(8月14日)の読売新聞ニュースなどでは、上場企業における株式持ち合い比率が90年代以来、久しぶりに増加傾向に転じた、とのことであります。(読売ニュースはこちら フジサンケイビジネスアイはこちら )そういえば、先日のブルドック事件に関する最高裁決定の内容から、「買収防衛策の発動が適法とされるためには、総会における圧倒的多数の株主からの支持が必要」とする解釈(もちろん、あくまでもひとつの解釈にすぎませんが)がやや定説化しつつあるようでして、今後は安定株主工作に走る企業が増える懸念も示されております。(関連ニュースはこちら)本来、法律家がこの「企業間における株式の相互保有」を論じるのであれば、企業結合規制との関係や、相互保有(事業の提携)と「インサイダー取引における重要事実の決定への該当性」などを解説すべきなのかもしれませんが、そのあたりは独占禁止法や金融商品取引法に詳しい先生方のご著書などを参照いただくとしまして、私的に関心がありますのは、この株式持ち合いといったものは、安定株主工作として利用されるのであれば、株主への利益供与に該当するのかどうか、さらにはそもそも株式の持ち合いと企業価値とは、いったいどのような関係に立つのだろうか・・・といったあたりでしょうか。つまり、経営陣としましては、この株主持ち合いを復活させるとして、どういった理屈で株主の皆様方へ説明責任を果たすべきなのか、といった視点であります。

一般に企業間において株式の持ち合いがなされている場合には、敵対的買収への防衛策になる、と言われておりますが、これは持ち合いがなされている議決権についての数量に焦点をあてて、「安定株主」が増えるためである、と解説されているようであります。つまり企業としましては、事業提携の一貫として株を相互に保有することが目的であって、その副次的効果として防衛策になるものと公表することになろうかと思われます。しかしながら、そのような理由からであれば、事業提携の契約だけを締結すればいいわけであり、なぜ株式を相互に保有する必要があるのだろうか・・・といった疑問も呈されるところであります。安定株主工作のため、とはっきり説明するわけにもいかないと思われます。そこで、この「株式相互保有」それ自体の持つ経済的効果といったものが理由として付加されますと、株式持ち合いそれ自体の合理性(もちろん、企業側からみた場合の理屈でありますが)が説明されるところになろうかと思われます。つまり、ただでさえ日本の上場企業は浮動株式が少ないところに、さらに持ち合いによって浮動株式が減少することになるわけでして、もし事業CF(キャッシュフロー)に変動がないとした場合、株価が上昇する要因となるわけですね。そうしますと、それ自体、TOB価格を押し上げる要因(買収資金の増加要因)となりますので、買収されにくい体質になるということのようであります。(説明の仕方としましては、「市場で評価されていなかった当社の企業価値について、その真の価値に株価が近づくように努力する」といったところでしょうか)さらに興味深いのは、実際に株式の持ち合いが継続しているとして、これをシナジー効果の達成であると解釈できるならば、もし敵対的買収者が現れた場合に、(経営支配権の移転が発生しますと)その持ち合いが解消されてしまって、それまで保有していたシナジー効果が毀損されてしまいますので、一種のクラウンジュエルとしての防衛効果も果たすこととなる、というものであります。このような株式持ち合いが有する経済的効果からすれば、「持ち合い」を発表する際に、経営陣が安定株主工作のため、と表現しなくても、素直に「事業戦略上の目的」とだけ説明すれば株式を持ち合うことの必然性を合理的に説明できそうであります。

このように、株式持ち合いの復活というものについて、現経営陣にすれば「いいことづくめ」の手法のようにも思えますが、ただ、これを内部統制(会社法上の)といった側面から考えてみますと、どうなんでしょうか。いわゆる全社的リスク管理といった観点から考えた場合、「株式持ち合い」をしている相手方企業に事業経営上重要な影響を与えかねないような不祥事や企業リスクが発生した場合、持ち合い関係にある当社の企業価値にも影響は出ないのでしょうか?昨日、松下電池のバッテリー不具合で数百億もの交換費用を要する事態が発生してしまいましたが、これで「次世代自動車のバッテリー共同開発」のために株式持ち合いをされている企業への影響というものはほとんどない、ということなんでしょうか。まぁ、巨大企業どうしの事業提携ということでは、軽微な影響しかないかもしれませんが、中小の上場企業におきましては、やはり時価会計制度による影響だけでなく、事業提携そのものの頓挫を含めた戦略上の大きなリスクが発生するのではないでしょうか。つまり、これだけ内部統制の整備運用が上場企業の責務として謳われている昨今、もし株式の持ち合い復活ということであれば、そのリスク評価についても事前に明確にする必要があると思いますし、なにかあれば、すぐに解消しなければならず、もし解消しないのであれば、その理由は株主に直ちに説明する責任があるのではないだろうか、と思います。事業戦略上の目的を第一に掲げて持ち合いの道を選択する以上は、やはりリスク管理として、事業戦略上の効果についてもまた、株主へ説明する必要があるのではないでしょうか。持ち合い復活が「コーポレートガバナンスの向上を阻害する」と言われているところでありますので、せめて経営陣としましては、内部統制的な観点から、その有効性やリスク判断を徹底すべきだと思われます。

※本日のエントリー作成にあたりましては、「検証 日本の敵対的買収(M&A市場の歪みを問う)」(新井富雄、日本経済研究センター 編 日本経済新聞出版社)を参考にさせていただきました。新刊書ですが、これなかなかおもしろかったです。たとえば、株式を持ち合っている企業が、買収者の提示しているプレミアム価格にも応じないことを、どのように自社の株主に説明すべきか・・・、そのあたりのヒントなどもこの書物に掲載されており、読まれる方の立場によって共感、ご批判はあるでしょうが、非常に有益です)

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コメント

株式持ち合いについて、どのように自社の株主に説明すべきかの点が当然あるのですが、ふと思ったのが、国際競争力を考えた場合、不利になるのではと思いました。

他社株を持つと言っても、自由に高値売却をしないことから、投資効率は低い。他社に保有願うために、株数を増やすとしても、配当負担も増加する。投資からの配当の税務面での益金不算入は50%に止まる。企業の負担となる部分は多い。

日本企業に持ち合い株が増加すると、日本企業の競争力がなくなる。ファンドは、持ち合い株の結果として業績が悪くなった企業を買収して、持ち合い株放出による業績回復を狙うなんて、変なストーリーを思い浮かべてみました。

投稿: ある経営コンサルタント | 2007年8月16日 (木) 10時34分

以前、持ち合いが解消されていった背景に、外圧といいますか、会計基準の変更(金融商品の時価評価)が大きな要因だったと思うのですが、今回も、もし持ち合いがそれほど増加しない・・・といった現象が起こるとすれば、やはり税務会計あたりの要因になるのではないでしょうかね?私は今後の会計基準の国際統一のなかで、持ち合いそのものが市場でどう映るのか、そのあたりを注目したいと思います。

このたび、いろいろな文献で「株式の持ち合いと経済的効果」について調べましたが、あまり深い議論はなされていないのではないか・・・と感じました。つい最近まで「どうやって解消すべきか」ということが議論されていた領域だと思うのですが。

投稿: toshi | 2007年8月16日 (木) 11時35分

Toshi様

リスク管理と株式持合いという観点は新鮮です。参考になります。これをクライアントにいえるよう勉強します。

企業価値的にはマイナスだと思います。そのようにクライアントにはコンサルティングするのですが、「麻薬」なのでしょうか、皆さんご熱心です。
経営者の方は口をそろえて「長期的な商取引継続の証だ。持合が解消されると取引も解消される」という主旨のことをのたまわれます。一方、次長、部長クラスの方に聞きますと「一取引ごとに他社と天秤に掛けられるため、そんなことはない」と否定されます。もちろん持合がなければ、ビットにも参加できないような閉鎖的な取扱を受ける可能性もあります。
企業価値(注:ここではファイナンス的な意味を中心とします)にマイナスというのは、企業価値を計る物差しが、PL面のみならず、BS面の効率性を資本市場が非常に重視していることから言えることです。

要するに株主や債権者(銀行や社債持ち主)から「預かった」(資本は返済義務がないが、配当または増加させる義務はある)資金をいかに有効に活用して利益を上げることを、投資家は重視します。

ROIC(営業利益/(有利子負債+株主資本))や、ROEといった指標がクローズアップされるのはそのためです。

持合株式というものは、単純なファイナンスで言えば、配当金ぐらいしか利益に直結せず、資産効率(利益/資産の額)を悪化させます。10億円の投資で1億円稼ぐ企業と100億円の投資で1億円稼ぐ企業を比較して、どちらに投資しますか?と質問された場合、「後者です」と回答する機関投資家は皆無です(普通の投資家でも同じですよね)。
したがって、持合の場合、新規に取引量が増加する、それが持合株式を含めても効率性を維持・拡大できる、という定量的な経済分析を少なくとも経営企画ベースでは持っておく必要性があるのではないでしょうか(当然説明責任が果たせれば満点ですが)?

経営支配権の異動と取引関係の異動は別物ではないでしょうか?個人的には経営者の異動も別物の範疇に入るケースもあります(ただし現在の日本では違和感があるでしょうね。海外では「経営陣の現状のポスト維持、本社も維持、とにかく株を買いたいのだ、なんて提案はよくあります。ちなみにインド出身のミタル・スチールの本社が欧州にありますね)。

買収者側は被買収先企業の「事業」(技術力とかを含む)に魅力があって買収するわけですから、わざわざ「事業」を構成する優秀な取引先(企業価値も構成しますね)を異動させるとは思えません。当然それが経営者であっても同じでしょう。
特に買収者側にも株主責任というものが存在するので(投資ファンドにも出資者への説明責任があり、ファンドのほうがより厳しいと感じます)、買収後に買収先企業の価値を毀損させて自らの連結企業価値を毀損させてしまえば終わりです。かつ、敵対的となれば、買収資金は大奮発が想定されます。企業価値を定量的に測定しても、実際の取扱では定性面に非常に気を使っています。こういった事実は日本のマスコミは報道しませんね(もっともリストラがある場合も、もう一方の事実ですが、「どうすれば株主価値がより高くなるのか」というモノサシがあるだけだと思います。それを個人的に歓迎するのかと言えば話は別ですが)。

短期的には「麻薬」のような持合も、中・長期的に「劇薬」化する可能性があります。次回の相場下落局面で今のような悠長なことが言えるかが当面の試金石でしょう。たまたま相場と業績がいいので株を買う予定があるだけだと思います。業績下降局面になれば背に腹変えれなくなると思います。
ブルドックのBSは230億円程度の資産総額です。このうち投資有価証券は88億円です。この88億円を「守護神」と捕らえるか、「背信行為」と捕らえるか、やるならここまで徹底することでしょうか?
持ち合いも効率化も中途半端がいけなかったりして。

ところで堂島ロールといのは知りませんでした。私は関西人ですが、大阪の名物は551の蓬莱、ぽっぽちゃんのアイスキャンデーぐらいしか存じませんでした。

投稿: katsu | 2007年8月17日 (金) 00時15分

katsuさん

いつも解説ありがとうございます。
katsuさんがおっしゃっておられる「企業価値が下がる」というのは、なるほど、その企業が本来有している企業価値を下げる、ということなんでしょうね。最近はPLよりもBS重視の経営といわれるところも、katsuさんの解説で理解できそうです。
ところで、ライブドア事件のときも話題になりましたように、たとえば株式分割によって一時的に株の需給関係のバランスが崩れて、株価が上がる、ということがありますが、私がエントリーで書いているような対策はこの「みかけのうえでの株価上昇」の部類に属するものなんでしょうね。経営者は本当の企業価値に近づける、と考えているのかもしれませんが、実際には理論上の株式価値は下がっているのだけれども、みかけのうえでは株価は上昇する・・・といったような。それとも、本来的に株価も上昇することはあまりない・・・と考えるべきなのでしょうか。このあたり、株価対策と買収防衛との関係を考えますと、結構おもしろいです。
このあたり、またお時間のあるときにでも、ご解説いただければ幸いです。

投稿: toshi | 2007年8月18日 (土) 00時16分

株式の持ち合いについては、以前から納得できないものを感じていました

そもそも株式会社というのは、広く一般から株主を集めて運営するものだったはずなのに、なぜ持ち合いという形で株主を限定しようとするのか

企業にとって(現経営者にとって?)友好的な株主だけで構成された会社は本当にいい会社なのか、ワンマン経営者が側近に自分のお気に入りを集めて暴走する状況と何が違うのだろうか

買収防衛として考えたときも、特定の場所に株を集めていると、そこから敵対的買収者に株が流れたらおしまいじゃないか
持合先が倒産したら、その株はどこに流れるのか

自社で保有する資産の一部が凍結されている状況は、資金運用上問題は無いのか

いろいろ疑問があります
何のために持合をするのか
その答えは誰が持っているのでしょうか

投稿: saikawa | 2007年8月18日 (土) 10時42分

toshi様
株価の考え方は、それだけで何十冊もの偉人賢人の方が書かれていますので、私がうまく説明できるものではないです。

価値と価格が違うという概念はご存知でしょうか?

ざっくり言って、価格は実際に取引される値段で、価値はそのものが本来保有している総体、将来生み出すであろう投資家に帰属するキャッシュフローの合計とでも言いましょうか。
株式投資法にヴァリュー投資という言葉がありますが、投資対象株式が本来持っている価値をあらわしていない(時間価値なども含め割り引いても尚低い)と判断した対象物に投資する方法です。人事的に言えば抜擢でしょうか?

成長株投資とはまた違うのですが、こちらは、将来の出世を見込んで今から鍛えるエリート教育のようなもでしょうか。

たぶん買収防衛で問題になるのは、防衛側が「もっと価値があるのよ」(本来もっと株価が上がるはず、なぜならこんなばら色の計画があるのです)というアピールをすることで、「じゃあもっと株を持っていた方が、将来楽しみが増えるのだろう」ということで、矛を収めてもらうようなイメージです。
防衛対策の大義名分が価値向上です。しかし、経営者にとって株価が上がる施策を取り入れるのは、評価されるべきことです。
(平時の)株式分割や株式市場の「昇進」(2部→1部など)も、株価向上策としては評価されると思います。ライブドアのような100分割は証券会社が認めないと思いますが、ベンチャーで株価が何百万円もなって流動性が良くないので分割しますというのは評価されるべき行為です。見かけではなく、メーカーが消費者ニーズにこたえて増産するようなイメージです。
本来の価値が変わらないんじゃないの? といえばそうだと思いますが、株価をバリューとしてみる人と、テクニカルで捕らえる人と大きく分けられますのでどちらかといえば後者ですが。理論ではなく、傾向・実績的に株価が上がるのでしょう。

ただし、買収防衛に神経質な取締役の方は、「顔の見えない株主」を好まれないですね。経営の見える化、株主の見える化はご熱心なんですが、コーポレートガバナンスは『見えない化』に執着です。もっともご本人たちには「株主の見える化」が進んだ方が、「株主の期待にこたえやすい」などとのたまわれるのだと思いますが。
では、持合が進むとある意味「エージェンシーコスト」が下がって株価が上がるのではないのか? と突っ込まれると、バリュー理論で回答せざるを得ないのですが。

いずれにせよ、本音と建前がしどろもどろなマターですので、何を言っても矛盾するんだと思います。個人的にはバリュー派です(分割を否定していませんが)ので前回のような解説をしています。テクニカルなのは、説明がつかない(総会でもアピールが弱い)と思います。

投稿: katsu | 2007年8月18日 (土) 13時14分

ファンドが買収を仕掛けてくるケースと、同業者が仕掛けてくるケースでは、モノサシが違うような気もしますね。ファンドの場合ですと、BSを中心とした企業価値算定に基づく評価を基準として、同業者の場合ですと、PLを中心とした事業収益性を評価基準として、それぞれ企業の値段を検討されたりするのではないでしょうか。そうしますと、株主への説明におきましても、買収希望者の属性によって、企業価値算定についての力点を変えなければならない、といった事態もありうるのではないでしょうか。
しかしこの「価値と価格」の問題は、一朝一夕には理解するのはやはり難しいところがありますね。
買収防衛とコーポレートガバナンスの論点につきましては、現在新しい信託法に関する勉強のなかで、比較検討中でありまして、いずれまた信託法との関係でエントリーにしてみたいと思っております。

投稿: toshi | 2007年8月21日 (火) 02時53分

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少し古い話になってしまいますが、先月、「ブラザー工業が、シチズンホールディン グス、オリンパス、東邦ガスの3社と相互に計30億円程度の株式持合いを始めた。」 との一部報道がありました。 ブラザー工業の筆頭株主はアクティビストファンドとして著名なスティール・パート ナーズですので、安定株主を増やしたいという思惑もあるのでしょうが、この程度の 金額では実質的な効果はあまり無いような気もします。また、ブラザーとシチズン (なお、シチズンの筆頭株主もスティール・パートナーズとなっています)、... [続きを読む]

受信: 2007年8月28日 (火) 22時25分

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