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2007年10月31日 (水)

法化社会と企業価値研究会のあり方

先週月曜日(10月22日)の読売新聞朝刊に、事後型買収防衛策のルール作りのために、10月末頃から経済産業省の企業価値研究会が新たな検討に入る・・・との報道がされておりました。先日のブルドックソース最高裁決定を受けて、これまで防衛策を導入している企業も、そうでない企業も、防衛策のスキームを検討しているところが多いと思われますが、導入や発動の手続きにおいて誤った認識がされないように・・・ということで(おそらく最高裁決定に過剰反応することを回避するために)、とりわけ事後型防衛策のあり方についても検討課題とされるようであります。

企業価値研究会のなかで議論される内容につきましては、また大杉先生のブログとか、経済産業省のHPで議事要旨等を読ませていただくことにしたいと思いますが、まずこのたび把握しておきたいことは、この経済産業省の企業価値研究会のお出しになるルール(防衛指針)といったものが、法化社会の実現を目指す日本の司法制度のあり方とどういった関係に立つものと認識すればいいのか、といったところであります。

まずひとつめは、この研究会の防衛指針そのものが規範的ルールとなることを目指しており、各企業がとりあえず指針にしたがった行動をとり、この指針に従う企業が増えることで指針そのものが「ソフトロー化」することに狙いがあるのでしょうか。そもそも、買収防衛策というものが「発動されるべきもの」ではなくて、交渉の道具である・・・という本来の防衛策導入の目的を考えたり、そもそも防衛策を導入してみたところで、敵対的買収に発展する可能性が著しく乏しいといった確率論から考えましても、「企業価値研究会がお墨付きを与えたルール」が存在すること自体が、アクティビストファンドあたりには「脅威」となることは確かであろうと思いますし、買収を仕掛ける競業他社からみると、誠実な交渉を余儀なくされるためのインセンティブにもなろうかと思われます。しかしながら、現実には(旧商法の時代であり、また想定されていたライツプランの建て付けも今とは少し異なるわけでありますが)、株主平等の原則に関する解釈とか、多数決要件(普通決議か特別決議を要するのか)とか、相手方への金銭補償の点など、裁判所の決定理由と指針内容を比較してみますと、予想していなかった点や予想に反していた点などが重要な部分に存在していたわけでして(少なくとも、一般人の目にはそのように見えたわけでして)、「本当に、この指針にしたがっておけば、いざというときにもだいじょうぶなんだろうか?」との不安感を(このたびのブルドック最高裁決定との比較におきまして)一般の企業担当者の皆様にも与えることになったのではないでしょうか。

次にふたつめは、先日のブルドックソース最高裁決定が述べているところを補充したり、敷衍したりしながら法解釈を行い、もしくは最高裁決定からみて、防衛策発動要件の解釈指針を提示する、といったような、つまり裁判規範としての防衛策の適法要件の定立(法解釈)にあえて経済産業省内の研究組織が踏み込むことに狙いがあるのでしょうか。以前はライツプラン発動に関する裁判例がなかったわけでして、今回こういった目的で「発動の合法的要件を最高裁決定から探る」といった規範定立方法を、企業価値研究会が構築することも十分考えられるところであります。とりわけ「事前警告型ライツプランのあり方」というよりも「事後防衛策のあり方」に重心を置いた議論がなされるのであれば、M&Aルールを規範化しようとするものではなくて、むしろ最高裁決定の射程距離というものを法や判例の解釈によって限定、拡大していこうとされているようにも思われます。しかし、この考え方は巷間よく説明されているところの「法化社会」のあり方とは矛盾するのではないでしょうか。事前規制から事後規制へと向かう社会のあり方において、そもそも法の解釈によるルール定立は裁判所における裁判規範を通じての政策形成機能に期待すべきであり、立法機能によって事前規制をかけることは可能でありましても、無限に存在する前提事実を抜きにして、法の解釈指針だけで事前規制をかけることはナンセンスだと思います。これはノーアクションレター制度をみてもわかるとおり、法の解釈指針を示すことで行政が事前規制機能を発揮できるのは、詳細な前提事実が存在する場合のみ(つまり、その前提事実が正しい場合限り)であります。

そして三つめは、企業経営者への「檄」といいますか、取締役の善管注意義務違反となるリスクを少しでも軽減する、つまり、ひょっとすると防衛指針に従って防衛策を発動してしまうと、裁判において現経営者側が敗訴してしまうことになるかもしれませんが、それでも、これだけ日本のM&A実務をリードされておられる方々が大いに議論をして世に公表したものに従ったわけであるから、違法な防衛策発動によって不当にTOBが妨害されたり、発動後に権利行使が不当に制限されて、金銭補償すらしなかった相手から現経営陣が訴えられたとしても、おそらく「経営判断原則」で免責されますよ・・・、だからリーガルリスクは乏しいわけですから、どうか現経営者の皆様、頑張ってください、といったメッセージを世に送ることが狙いなのでしょうか。企業経営者の立場からすれば、この「檄文」的効果が一番ありがたいわけでして、私自身も社外役員という立場からすれば、たとえば独立第三者委員会としては、こういった立場から企業価値を考えるべきである・・・といった行動指針が盛り込まれていれば助かるなぁと思ったりしております。しかし、そこで出された指針というのは、現在の会社法と金融商品取引法と、独占禁止法、法人税法、企業会計制度といった法制度が不変であることを前提として、また予想されるべき事態というのも、おそらくモデルケース程度ではないかと思いますと、果たしてどこまで重大なリスクとなる前提事実を検討されているのか、という不安はあります。いわゆる内部統制でいうところの統制上の要点ですよね。敵対的買収局面における取締役の責任負担可能性をどこまで予想できて、それに対応可能な指針が策定されることはおよそ不可能だと思いますね。そのことは、今回のブルドック事件においても、たくさんの税務上の問題などが噴出したことからも明らかだと思います。

「法化社会」というのは、社会事象としての「紛争」を解決するにあたって、なんでもかんでも裁判(もしくは裁判的機能)に委ねることではなく、法的ルールに合理性があるかぎり、そのルールにしたがって紛争が(自律的もしくは他律的に)解決されうる社会のことを指すものであります。したがいまして、原則論としましては、企業価値研究会のようなところでM&Aの効率的活用が図られるための合理的ルールが定立されることにつきましてはおおいに賛成するところであります。今後はMBO指針のあり方を含めまして、この企業価値研究会の活動には大いに期待をしておりますので、いま一度、この研究会の成果はなにを目指しているのか、わかりやすくどなたか解説をしていただければ・・・と考えております。

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コメント

企業価値研究会の目指すもの。

経営陣に敵対的な買収者や株主が登場した場合にどのように企業価値と向かい合うのか、という視点で論じられていると思いますが、友好的または無風な場合でも企業価値を貶めないような観点で論じてほしいものです。

先生のブログでも、モックとかありましたし、大杉先生のブログでも「株主総会を免罪符にするな」とかかれておられました。

これも企業価値を向上させる観点から考えると、ガイドラインでも啓蒙効果でもいいはずなので、証券取引所のおっかなびっくりガイドライン以上の「こんなことをやるやつは、株主から突き上げ食らっても、倫理的に保護に値しない」みたいなものがあれば、一般人も知恵がつくはずです。

また、知能犯的なものにもガイドラインを設定してほしい。キリン-協和発酵のようなわかりにくい統合に対し、説明責任をもっとやれ、とか。

企業価値を考えるのであれば、経営者にシンプルに「だから価値が向上するのです」といわせるようなプレッシャーを与える目付け役を仰せつかるのでもいいのではないでしょうか?

経営陣に敵対的な事態に備えて、こうしましょう、こうあるべき、ってのは平時のときにちゃんとやっているのならまだしも、って感じます。

試行錯誤が続きそうですね。

投稿: katsu | 2007年11月 2日 (金) 01時20分

katsuさん、こんばんは。
「企業価値論」については、今回も維持されているようでありますが、一番重視すべきは情報の偏在をどのように解消させるのか?といったあたりではないでしょうかね?できるだけ具体的な問題につなげてみる努力はすべきだと思います。

ところで今回は「企業価値研究会」を取り上げましたが、最近、自主規制ルールのようなものにも関心を寄せています。事前規制と事後規制のあり方や、ハードローとソフトローの使い分けなど、司法制度の機能が会社法実務にどの程度及ぶのかといったところと関連する重要な論点だと思いますので、用語の使い方にも気をつけて、続編を書こうと考えております。とりわけきょうのエントリーでも少し触れましたが、「事前規制」に対応する「事後規制」といった用語の使用法について、すこし私自身考え方が変わってきましたので、そのあたりも留意しておきたいと思っております。
また、他の方もご意見をお待ちしております。

投稿: toshi | 2007年11月 5日 (月) 02時32分

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