「他社をかばうこと」とコンプライアンス経営
民事介入暴力に詳しい弁護士の方々のお話を聞いておりますと、世間で「不当表示」が騒がれるようになったためか、最近は「消費期限切れ」とか「原産地偽装」といった疑惑をネタに示談交渉を持ちかける反社会勢力(もしくはそういった疑いある団体)の活動が急増しているそうであります。その際、そういった団体の方は、もし示談が成立しないのであれば、行政に申告するとか、商品を陳列している百貨店やスーパー、コンビニに調査依頼をかける、といった告知を行うようであります。
もちろん、疑惑がないのであれば、事実確認のうえで、堂々としていればいいのでありますが、もし不当表示の疑惑があった場合、なかなかやっかいな話が持ち上がってきます。自社だけの問題であれば、「こうなった以上は、不祥事は自ら申告して、商品を回収し、謝罪しよう」ということで筋が通るわけでありますが、ここに商品の小売業者(百貨店、スーパー等)もからんでくるケースがあります。小売業者自身のブランドをいたく傷つけてしまう可能性があるわけですから、「こういったことで不祥事を公表するので、申し訳ありません」と事前に連絡をしましても、「うちが陳列している商品に偽装表示があった、ということはなんとか隠したい、公表は差し控えてもらいたい。もし公表した場合は即刻、取引は解消させてもらいますよ」と脅された場合、どうしたものでしょうか。先の反社会勢力も、こういった取引先との関係維持のために、なかなか公表できないような企業があることを知って、狙いをさだめてくるわけであります。
そういえば、某著名な株主代表訴訟の事例につきまして、株主側代理人をされていた弁護士の方より直接伺ったことがあるのですが、企業不祥事の事例においては、この「取引先をかばう」ことが、結果的に自社の社会的信用毀損の程度を拡大させてしまったような事案というものがけっこうあるそうであります。その某著名な事例におきましても、反社会勢力の者たちから、商品の欠陥を指摘されてしまったのでありますが、もしその商品の欠陥を公表した場合、その商品の技術指導担当は大口取引先である超有名な食品会社の完全子会社でしたので、(その大手食品会社のブランドに傷をつけてはいけない、とのことで)結局公表できずに内々に示談で済ませてしまい、それが後の大きな事件に発展してしまう、といった経過をたどっております。
「そのうち発覚するものだから、堂々と公表せよ」と言うのは簡単ですが、内部告発のおそれが高いとか、現に反社会勢力にゆすられているといった状況であればまだしも、社内の内部調査で発覚したような不祥事につきましては、「これ、自社で勝手に公表しちゃうと、大口取引先にも迷惑かけちゃうし、どうしようかな」と迷うのが普通の感覚ではないでしょうか。おそらく、こういったことで悩むのは、経営トップというよりも、その大口取引先を失うことによって社内の評価が落ちてしまうおそれのある担当責任者の方々の場合が多いかもしれません。実はこの「自社完結型」ではないコンプライアンス問題につきましては、私も「こうすればいいのではないか」といった方策を持ち合わせておりませんし、悩むところであります。「情報と伝達」経路を充実させて、経営トップ(および取締役会)に不祥事の発生事実が適正に伝達されるシステムを構築することや、企業行動規範に、そういった場面を想定した規定を置くべきことはわかっているつもりではありますが、それだけで、取引先を失うリスクを抱えつつ公表措置を講じるためのインセンティブになるのかどうか、心もとないかぎりであります。
船場吉兆社の一連の不祥事のなかで、岩田屋さんの対応をみておりますと、最初は一緒に謝罪をして、その後、船場吉兆さんの不祥事隠匿に関する行動をみて、店舗閉鎖勧告や、関係解消の検討へと進んでいきましたが、やはり取引先に迷惑をかけるといいましても、「不祥事は起こりうるもの、問題はその後にどう対応したか」といったところを評価していただける時代になりつつあるのではないでしょうか。結局のところ、経営トップの判断を仰ぎつつも、経営トップとしては、取引先に迷惑をかけるかもしれませんが、不祥事公表、再発防止への真摯な対応に協力してほしい、と真正面からぶつかっていくしか方法がないのでありまして、取引先としましても、真正面から相談を受けて「いやいや、うちのブランドが」と言っていては、かりに不祥事が発覚してしまった場合には、もはや共犯的イメージをもたれてしまう時代になってしまったことをハッキリとご認識いただくしか方法はないように思います。なかなかうまい答えが見出せませんが、今後もこういった問題につきましては、最善策を検討していきたいと思っております。
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コメント
毎朝、楽しみに拝読させて頂いております。
本日のテーマの「他社をかばうこと」とコンプライアンス経営の問題は、ご指摘のように確かに色々難しい問題だと思います。
小職は現在、保険会社に勤務し、大学で非常勤講師としてリスクマネジメントを講義しております。会社では内部統制に関する業務に携わっており、コンプライアンスについては関心をもっております。
取引先等他社をかばうという行為とコンプライアンスの問題は確かに非常に難しい経営判断を要するときもあるかとは思いますが、私見ですが基本的には消費者重視の昨今の風潮の中では、消費者にとってどうかという判断が最終的には大事だと思います。
消費者主権と言われて久しいですが、コンプライアンス等内部統制の問題が重要な経営課題となっている今日、これら課題のキーワードは消費者第一主義にあるのではないかと考えております。コンプイライアンスや内部統制は何故必要かということを考えると消費者第一経営を担保する手段と位置付けられるのではないかと主っています。
寒さも本格化してきましたが、健康にはくれぐれもご自愛の上、ますますのご活躍を祈念しております。
投稿: 二足の草鞋 | 2007年11月22日 (木) 08時54分
竹村です。内部統制において、コンプライアンス関係の整備は重要なことですから、とても面白い話だと思いましたし、難しい話だと思いました。
コンプライアンス教育の中で、こうした質問をされたら正直言って答えに困りますね。「大手取引先の不当表示を発見した場合、どうすれば良いのでしょうか?」なんて聞かれたら、「大手取引会社」ならまだしも、「親会社」や「関連会社」なんて言われたら、絶句ですね。前もって考えておく必要があるのかもしれないですから、今後も最善策の検討お願いします。
投稿: 竹村 | 2007年11月22日 (木) 09時15分
常々勉強させていただいております。(ついていけない場面が多々ありますが)
「白い恋人」の石屋製菓のコンプライアンス確立外部委員会報告を読んでみました。http://www.shiroikoibito.ishiya.co.jp/dl_pdf/ho20071113.pdf
オーナー企業(特に上場されていない企業)のコンプライアンスを考えた場合ここまで(従業員待遇等)考えねばならないかと改めて感じたしだいです。
今回のテーマで言うと・・・万が一を考えると、早めの自発的発表が最終的には自分自身及び顧客を守ることになるのではないかと思います。ただし、真実の確認時間の確保及び発表方法等、組織としての対応方法の確立が最優先と考えますが。リスク管理のひとつとして考えていくべきことかなと思います。弊社でも担当部門があたまを悩ませていますが。
余談:赤福ですがこの際「冷凍赤福」「真空パック赤福」等開発し復活をして欲しいなと思います。「生赤福」の伝統を生かして・・・関東人なものでなかなか食べられない「赤福」を思って。
プログアップするような内容ではありませんが、会社のコンプライアンス関係組織の片隅にいるもので、つれづれなるままに書かせて頂きました。
先生のプログの中での話題にして頂ければ幸いです。
投稿: 素人オヤジ | 2007年11月22日 (木) 11時27分
本日は朝から同志社で講義だったため、皆様方のコメントをアップする時間が遅れまして申し訳ございませんでした。何度もアップしていただいた方がいらっしゃいますが、管理人によるスクリーンを敷いておりますので、どうかご容赦ください。
>二足の草鞋さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
そうですね。消費者第一主義とか地域第一主義などと言われますが、そういったモットーを(普段から)実践している必要があると思います。トップが口先だけでなく、本当に実践しているからこそ、有事にはそういった情報が経営トップまで「真実のままで」伝達される確率が高くなるのではないかと思っております。
また、ときどきご意見をお願いいたします。
>竹村さん
いつもご意見ありがとうございます。
うーーん「親会社」「関連会社」ですか。これはますます厳しいところでありますね。こういったことまで想定して会社法は企業集団における内部統制に関する基本方針の決定を規定していると言われておりますが、実際に理想的に行動できるかといいますと・・・
コンプライアンス経営は本当にむずかしいですね。こういったときは、やはり内部通報制度あたりに期待するしか方法はないかもしれません。
>素人オヤジ
コメント、どうもありがとうございます。また、白い恋人の調査委員会の報告書には目を通しておりませんでした。週末にでも、一度読ませていただきます。(ご教示ありがとうございます)実際、こういった「他社をかばうこと」のリスクというのは、現場でどれほどリスク評価の対象とされているのでしょうか?実務に携わっておられる方々の意見を、このブログでもご紹介いただければ幸いです。
今後ともどうかよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2007年11月22日 (木) 13時42分
非常に重いテーマで軽々にコメントしてはいけないのでしょうが、私、思いましたのは、こういうケースでは、例の「定量分析実践講座」では、どういう解、方法論を提示してくれているのだろうか、ということです。
個人的には、超ローテクですが、「潮目を読む」「風向きを感じとる」ことが何よりも重要で、そういうセンスを持ったトップ(または、それに進言すべき立場の人たち)であれば、基本的には大丈夫ではないのかな、とも思います。また、法律の世界でいうところの「比較衡量」「利益衡量(本件では、”不利益”衡量というべきかもしれませんが)」といったアプローチも結構有用かなと思ったりします。
あと、笑い話(結構ブラックかも)をひとつ・・・。
「そのうち発覚するものだから、堂々と公表せよ」
「発覚しなかったら?」
「オレが内部告発するかもね・・・、っていうのは冗談だけど、2チャンネルに書き込んじゃうかもね・・・、っていうのもまた冗談だけど、要するにそういう時代でしょ。」
投稿: 監査役サポーター | 2007年11月23日 (金) 00時51分
エントリーのテーマとはずれますが、石屋製菓の外部委員会の報告書は素晴らしいですね。ここまでされるのであれば、生産再開に心から応援したくなります。
組織ぐるみの不祥事対応の決め手は、トップの更迭と外部委員会による調査・検討の2点と思います。石屋製菓のトップの更迭には、メインバンクである北洋銀行の指導力が大きかったのではないかと想像します。赤福のケースと比べると、メインバンクの見識や力に大きな差があるのではないでしょうか。
外部委員会が、衛生管理体制、コンプライアンス体制、労務管理体制の3つの柱を軸に改善策の確立を求めたとのくだりには感銘を受けました。コンプライアンス体制の整備について、整備自体が自己目的になってはならないこと、実効有らしめるためには従業員のモチベーションを維持する体制とセットでなければ意味がないとの指摘には全く同感です。
さらに経営理念の策定にまで踏み込まれたのには驚きました。提言を受けて会社で策定された「北の国の真心で心を結びます」には、部外者も感動を覚えます。
この報告書で唯一残念に思うのは、組織の見直しの提言に対して、石屋製菓は、外部の弁護士や公認会計士を内部監査室として招聘したことです。ここで、どうして社外監査役として招聘しなかったのか、疑問が残ります。しかし、この1点を除けば、素晴らしい報告書です。おそらく不祥事対応のモデルケースになるのではないかと考えています。
投稿: 酔狂 | 2007年11月24日 (土) 08時22分
素人おやじさん、酔狂さんがご指摘の「石屋製菓コンプライアンス確立外部委員会」の平成19年11月13日付け報告書、私も読ませていただきました。
まず印象としては、非常にわかりやすく、また簡潔でポイントが絞られていることです。理念も大切ですが、これまでやってきたこと、これからやるべきことを具体的に掲示しているところが好感がもてました。私も今後の参考にさせていただきます。
酔狂さんご指摘の社外監査役への専門職登用についても同感なのですが、私が少し残念だなと思いましたのは、せっかく「お客様サービス室」を開設したのですから、もうすこし消費者へ目立つ形で広報すべきではないか、ということです。
具体的には最終ページに最新の「白い恋人」の包装が写真として添付されていますが、新たに消費期限を個別に印字していることはよいとして、この下にお客様サービス室の電話番号を掲示すべきです。消費期限だけでなく「何かあればどうぞご連絡ください」といった姿勢を、消費者に見せるべきだと思いました。
投稿: toshi | 2007年11月24日 (土) 21時48分