経営者コメントと企業不祥事リスク
赤福社の商品表示偽装問題につきましては、私もある程度の危機予測はしておりましたが、船場吉兆社の件では、見事に外れてしまったようであります。まさか、船場吉兆さんがここまで大事(オオゴト)になるとは、(当初のマスコミ対応がよかったと思いましたので)予想もしておりませんでした。日曜日のニュースでは、赤福、船場吉兆それぞれの社員の方のインタビュー記事が報道されておりましたが(船場吉兆はこちら 赤福はこちら)、どちらの現場責任者の方にとりましても、「まさかここまで大事になるとは」といったコメントを出さざるをえない状況に至っているようです。残念ながら一般的には、両社ともに、すでに経営者トップが表示偽装の事実を知っていた(つまり組織ぐるみだった)といった社会的評価を受けているに等しいようでありますので、たとえ経営トップが「知らなかった」「現場の判断だった」と申し開きをしましても、「食の安心、安全」への背信行為の代償はたいそう大きなものになってしまったようであります。(そういえば、赤福社のメインバンクの頭取さん も、早急に第三者委員会等の設置を望む、とインタビューで述べておられましたが、県や農水省の調査のほうも一段落したのであれば、私も赤福社の再生のためには不可欠ではないかと思っております)
ところで、このところの一連の食品表示不正事例では、先の例のごとく、経営者が「偽装の事実を知らなかった」「現場の判断でやったと思う」とコメントするケースが多いように思われます。後で「組織ぐるみ」と判断されるような証拠が飛び出す可能性もありますが、かりに赤福社や船場吉兆社の経営者の方々がおっしゃっていることが真実だといたしますと、一般企業の経営者にとりましては、これほどおそろしいことはないわけでして、自分の知らないところで不祥事が拡大していき、自分の知らないところで内部告発が起こり、なにがなんだかわからないうちに謝罪会見で頭を下げなければならないことになってしまう・・・、といった信じられない流れになってしまうわけであります。経営トップが不祥事を主導していた・・・といった事実であれば「俺はそんなことしないぞ!」と安心もできますが、どうもそこまで真相が追及されずに済んでしまいそうな雰囲気もありますので、「不祥事リスク」のおそろしさだけが残ってしまうような感じがいたします。行政による事前規制が重宝される時代にように、いっそのこと加工食品すべてに「JASマーク」の取得を義務付けてしまえば、経営者もこういった不祥事リスクから逃れて安心できるわけでありますが、事後規制の世の中では、こういったリスクは自ら管理していかざるをえないんでしょうね。
使用される原材料や、商品の表示方法、販売地域などが、細かく法令で決まってしまえば、企業はその法令にしたがい、事前に届出手続きをすればいいわけですから、そもそも形式的な法令違反の可能性は低くなるはずであります。いっぽう、品質管理は企業の自主性に任せるのであれば、当然のことながら効率経営を重視するといいますか、ルールを無視して販売するところも出てくるわけですから、いままで聞いたこともないような罰則規定違反が多発することも必然なわけであります。したがいまして、当然に今後はますます行政処分、刑事処分を受ける企業の数は増えていくものと思われます。また、現在農水省が検討中であります原材料卸業者さんの加工食品製造販売会社への流通段階における原材料表示義務が新設されることとなりますと(正確にはJAS法における基準の改訂がなされますと)、JAS法による行政調査の範囲が飛躍的に拡大することとなりますし、また製造企業の取引先に対する確認調査も当然に増えますので、不祥事発覚の可能性も高まることが予想されます。
よく企業不祥事は経営トップの姿勢次第である・・・と言われます。たしかに一番大切なのはそういった経営者のコンプライアンス経営への取り組みにあるとは思うのですが、上記のとおり、今回の一連の食品不正事件におきましては、(ひょっとすると)経営者不在のもとで、不祥事が発生して、それが企業経営の根幹に重大な影響を与えかねない、といった問題を提起しております。こういった企業不正から企業を守るためには、たとえばCOSOの内部統制ガイダンス(簡易版)によりますと、COSOフレームの構成要素のひとつである「情報と伝達」を重視すること が示されております。たとえば、一般消費者へ食品を販売する会社の場合、CEO(最高経営責任者)は、従業員、取引先、一般消費者の三方へ情報を発信します。これは通常の(業務プロセスにおける)情報伝達経路以外に代替的伝達経路をもうけて、商品の異常に関する情報があれば、すぐに企業へ連絡してほしい、との情報発信の重視であります。それと、吸い上げた情報が一部の執行役員のもとへ滞留することを防止するために、情報を役員会に提供するためのプログラムを策定することも重要のようであります。もちろん、不祥事リスクはゼロにすることは不可能でありますので、これで万全というものではありませんが、すくなくとも不祥事リスクのマネジメント方法としては有効ではないでしょうか。そういえば、先週金曜日に工場見学に行きました「うなぎパイ」は、賞味期限と消費期限の差こそあれ、ひとつひとつが包装されておりまして、その包装紙には全て「おきゃくさま相談室」の電話番号が記載されております。その電話番号が「210481」(日本一おいしいパイ)なんですね。パイ生地の製造工程(これは秘密)以外はすべてガラス張りにして、上から工場全ての見学ができるということは、そのこと自体が先の「情報発信」かもしれませんね。
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コメント
ちょっとしつこいかもしれませんが、日経の夕刊「人間発見」という「ミニ私の履歴書」のようなコーナーがあるのですが、今週からブルドックの池田社長が登場しています。当然例の話題の抗弁のような形で月曜のインタビューが進んでいくのですが、その中で
「多くの方から励ましやお手紙をいただきました。当社の対応について中傷するようなものはなかったと思います。」
という一文がありました。これを読むまでは、先生のおっしゃる
「一般企業の経営者にとりましては、これほどおそろしいことはないわけでして、自分の知らないところで不祥事が拡大していき、自分の知らないところで内部告発が起こり、なにがなんだかわからないうちに謝罪会見で頭を下げなければならないことになってしまう・・・、といった信じられない流れになってしまう」
という土壌を「そんなはずないでしょう」と思っていましたが、日経新聞が正しければありえますね。
日経新聞とは関係なく、一般論として、経営者が「裸の王様」になるリスクが。「裸の王様」はアクティビストファンドが狙う格好の餌食に欧米ではなっています。
不祥事リスクの防止は難しいですね。行政調査権の拡大というのは時代の流れに逆行(財政確保や建築確認のような馴れ合いがある)するような気もしますし、コスト高にもなる。原則自己で完結するマターで、守れない企業は最悪ご退場願うような仕組みが精一杯のような気がしました。
これもしつこいようですが、正しい消費期限、賞味期限、原産地や残留農薬基準等の知識を啓蒙する 「消費者側の認識」も同時に行ってほしいです。大阪のカイワレ大根、所沢野菜のダイオキシン問題、最近のうなぎ等中国食品へのバッシングなど多くの部分は「風評被害」で、ちょと行き過ぎだと思います(消費者を欺いていないのに、消費者が理解不足のため、マスコミに世論があおられ、経営が立ち行かなくなる例)。一企業や業界団体の自主的な行いだけでも限界がありそうです。
私も夏にブログで、国産が絶対安全ということはありえない、という主旨を書きましたが、考えてみれば、ここ10年ぐらい同じことの繰り返しで、「最初の第一歩」を犯した企業はボロクソに言われ、ほとぼりが冷めたころに犯した企業は、うやむやで終わるのも、企業経営的にも差が出るのもなんだかしっくりいきません。
食品は利益率が低すぎる、基本的に中小企業乱立業界など産業再編がなかなか進んでいかないので、余計に無理が生じてしまうのでしょう。
投稿: katsu | 2007年11月 6日 (火) 02時01分
「裸の王様」といえる例かどうかはわかりませんが、私の実際の経験からみて、「うちの会社は不祥事が発生することはない」と信じて疑わない経営者の方がいらっしゃるのは事実です。
担当取締役に「絶対この四半期は黒字にしないと責任問題だぞ」と言っておきながら、コンプラにはほとんど関心を示さない経営者の方は、その担当取締役や営業部長やグループリーダーがどんな指示命令によって現場社員に檄をとばしているのか、わかっていらっしゃらないケースがあります。
「消費者の意識改革」・・・これはなかなか勇気のいる発言です。消費者の理解不足という点まで、現実に踏み込めるかどうかは、「一般投資家」という概念とは異なりますので、まだまだむずかしいように思います。もし、消費者の意識改革という点を突っ込むのであれば、安全のための表示や検査というものは「お金がかかるもの」として、食品の値段に転嫁されるべきものである・・・といった意識を持つほうが重要ではないかと思いますね。
投稿: toshi | 2007年11月 7日 (水) 02時41分
ご無沙汰しておりました。
私は、内部統制により取締役の役割は数段に拡大する。それは企業不祥事等のさまざまなリスク要因が早期に発覚、顕在化しやすい社会情勢になっているからであると考えております。
1.他社の例を他山の石にしながら、
2.経営者、取締役自らが、自社の状況を改めて確認、検証し、
3.問題があればすぐに改善を支持し、率先して行動し、
4.早め早めに消費者や社会に情報開示を行う
ことが求められているのではと考えています。
情報と伝達の例で考えれば、企業不祥事との関係では、社外への開示もさることながら、社内での情報伝達、それも従来型の下→上への流れではなく、上→下への流れ、すなわち「確認」が極めて重要だと考えます。
下からの情報を待っているから、情報を断絶され裸の王様になったり、歪曲された情報を信じてしまって、記者会見等に失敗するという構図につながります。
報告するほうは、部分最適で物を考え情報を発信しているケースが多く、また都合の悪い情報を隠したり、歪曲したり、意図的に操作したりということが、企業や組織の中では意外と多いと思います。
報告者に報告の内容をゆだねるのではなく、役員や上長自らが、部下に確認したり、現場に出向いて確認する。これが実は非常に大切なんではないかと思います。
多くの企業不祥事の際の社内調査の際に、比較的多く遭遇するケースに「ルールどおりやっていると思います」「やっているはずです」と担当役員や所属長が言っているケースがありますが、「思います」「はずです」じゃダメなんですね。日ごろから、このあたりをきちんと確認できるか、そこが結局は実務レベルの分岐点になるのかなと思います。
百聞は一見にしかずではありませんが、結局は、リスク管理においても危機管理においても、ある程度上の立場にある人間が、主体的情報を取りに確認する姿勢を見せる必要があるのです。
投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2007年11月 8日 (木) 01時28分
山口先生、「清き一票」(複数議決権がありませんが)を投じさせていただきました。
清水建設、これも10月の検査で指摘され、11月先にマスコミで報道され、その後正式謝罪コメント・・・。
実はマンションもこだわりがありまして、今回問題になったマンションの売主の1社が今の自宅と同じで、ギョっとしております。
消費者の意識改革というのは少し、説明不足ですが、要はマスコミの報道を鵜呑みにしてはいかんし、彼らの報道姿勢もクエスチョン名ところがあるので、そういった過剰報道を冷静に見ようみたいなところを言いたかったのです。実際発生していますから。
信じて疑わない経営者…私は銀行員やコンサルを通じて知り合った経営者に言動不一致の方の方が多かった(商売柄かもしれませんが)ので、不運なビジネスマン生活なのでしょうか。
皆最後は自分の保身に走る人が多かったです・・・。
投稿: katsu | 2007年11月 8日 (木) 02時20分
この清水建設さんの件につきましては、報道内容から「信じられない」と思っておりまして、いろんな事情が錯綜しているのではないかと想像しております。(ということで、まだ続報があるまではエントリーを控えております)
ニチアスさんに関連した続報ニュースを読みまして、企業コンプライアンスを語るときに、行政の関与というものを無視することはできないことをあらためて痛感しております。談合についても「官製談合」という言葉あがありますし。赤福さんのときにも、数年前の事前相談の話が出ておりましたし。
うがった見方かもしれませんが、行政機関が厳格な審査をすることで、もし不祥事発生の事態において、監督責任が問われることを回避する仕組みのようなもの(というか、そのような思想)がまかり通っているところもあるんじゃないでしょうか。
投稿: toshi | 2007年11月10日 (土) 20時14分