(12月5日午後 エントリー内容に不正確な記述がありましたので、若干訂正および追記しております。なお、本エントリーはかなり重たい内容を含んでおり、昨夜、脊髄反射的に書いてはみたものの、修正すべき箇所が多々ありそうですので、いまだ「書きかけ」としてお読みいただければ幸いです。)
今朝(12月4日)の日経新聞社会面でも採り上げられておりましたように、融資先の経営状況を調査した自己査定資料について、銀行が裁判において当該資料の開示を拒否できるかどうかが争われた許可抗告審におきまして、この11月30日、最高裁(小法廷)は、 「融資先の債務者区分などを記した自己査定資料については、もっぱら銀行が自己使用の目的で作成された文書とはいえず、開示を拒否できない」として、破棄差戻しの決定を出しております。(日経ニュースはこちら です。新聞記事のほうがかなり詳細な解説がなされております)東京高裁では「自己査定資料の内部文書性 自己使用文書性」が認められ、銀行側が開示を拒否できる・・・とされておりましたので、最高裁におけるこの逆転決定は、金融実務にとりましては、かなり重大な決定であります。おそらく来年早々の金融法務に関する雑誌等におきましても、著名な学者、実務家の先生方による解説論稿が出されるものと予想されます。(なお、この最高裁決定はすでにネット上にも公開されておりますし、A4で6枚程度の決定文ですので、ご興味のある方は、こちらで全文をお読みいただきますと、理解が進むものと思います。さすがに重要な最高裁決定は公開時期が早いですね)
この文書提出命令最高裁決定に関する詳細で正確な論稿は、金融法務に詳しい著名な先生方に期待をしておりますが、私的に、この最高裁決定において最も関心がありますのが、内部統制報告制度が導入される一般事業会社にも、この最高裁決定の影響があるかどうか、という点であります。私のブログでも、2年半ほど前から、内部統制システムと文書提出命令の関係ということを、ひとつの検討課題としているところであります。(内部統制監査と文書提出命令制度 内部統制システムと文書提出命令(2)などご参照ください)私がコンプライアンス委員を務めております企業におきましても、この「自己使用文書性」(民訴法220条4号二に該当する文書か否か)につきましては、非常に気を遣うところであります。痛い目にあった後でないと、なかなか気がつきにくいリーガルリスクの一種だと認識しております。
1 文書提出命令とJ-SOX実務の関係(決定理由の検証)
ここでの問題点は、企業情報の開示のための「財務報告に係る内部統制報告制度」の一環として上場企業内部で作成される文書は、企業責任が問われるような裁判において(もしくは裁判の準備段階において)、相手方からの要求があれば、これを相手方の閲覧に供しなければならないか?というものであります。いわゆる文書化の3点セットと言われるものや、日々の自己監査の記録、内部監査人による監査記録、その他およそ監査法人さんによる内部統制監査のチェックを受ける書類一切が対象であります。私は銀行稟議書の自己文書性を否定した平成10年の高裁判断をもとに、こういった内部統制報告制度の運用に必要な文書等がいわゆる「法律関係文書」に該当するかどうか・・・といった視点で検討する必要があると思っておりましたが、今回の最高裁決定が、自己使用文書性を否定した理由を読みますと、どうもそういった観点からではなさそうであります。
(以下は追記です)
文書提出命令と自己使用文書(社内文書)との関係につきましては、平成11年11月12日最高裁決定(銀行の稟議書に関するもの)が代表的なものでありまして(金融法務事情1567号23頁以下参照)、本決定も、民訴法220条における「自己利用文書」性に関する判断基準について、その決定を踏襲しているようであります。また、平成18年2月17日最高裁決定では、銀行本部の担当部署から各営業店長あてに発出された社内通達文書であり、一般的な業務遂行上の指針等が記載されたものが、「自己利用文書(単なる内部文書) 」には当たらないとして開示を拒絶できないとされた決定もあります(金融法務事情1773号43頁以下参照)ので、本決定の射程範囲を検討するにあたっては、こういった代表的な最高裁決定につきましても、十分検討しなければならないと思われます。
後日、きちんと整理したいと思いますが、まず最高裁平成11年決定が定立した「自己使用文書」(つまり開示を拒否できる文書)とされる三要件はそのまま今回も残したうえで、第一の要件である「専ら内部の者の利用に供する目的で作成された文書」であることの解釈が焦点とされているようです。もし、一般事業会社の内部統制報告制度との関係で議論をするのであれば、この第一要件の解釈の射程距離も重要でありますが、第二要件「個人のプライバシーの侵害や個人ないし団体の自由な意思形成の阻害など、開示によって文書の所持者の側に看過しがたい不利益が生ずるおそれがあるかどうか」といった論点についても検討が必要かと思われます。なお、この第二要件との関係でいえば、先の平成18年2月17日決定が参考になりそうです。いずれにしましても、まず民事訴訟法220条4号二の解釈問題として、きちんと問題の整理をすることが大前提ですね。
|
なお、本決定におきましては、銀行の自己査定文書と金融検査マニュアルとの関係から、単なる自己使用文書ではない、といった結論に至っております。関連部分を最高裁決定より引用しますと、
「これを本件についてみると、前記のとおり、相手方(ここでは金融機関 筆者注)は、法令により資産査定が義務付けられているところ、本件文書は、相手方が融資先であるAについて、前記検査マニュアルに沿って、同社に対して有する債権の資産査定を行う前提となる債務者区分を行うために作成し、事後的検証に備える目的もあって保存した資料であり、このことからすると、本件文書は、前記資産査定のために必要な資料であり、監督官庁による資産査定に関する前記検査において、資産査定の正確性を裏付ける資料として必要とされているものであるから、相手方自身による利用にとどまらず、相手方以外の者による利用が予定されているものということができる。そうすると、本件文書は専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であるということはできず、民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないというべきである。 |
財務報告に係る内部統制報告制度におきましては、金商法が直接的に、上場企業の取締役らに対して内部統制システムの構築義務を課したものではないことはすでに述べているとおりであります。(ただし、ここは私の個人的意見かもしれませんので、ご注意ください。)しかしながら、経営者による評価義務、監査人による監査義務といったものは金融商品取引法(および関連政令、府令)より導かれるところでありますので、金融検査マニュアル(金融庁から金融検査官への通達)と検査対象たる金融機関との関係に近いものがあるのではないでしょうか。たとえば先に引用した部分で検討してみますと、
①「法令により資産査定が義務付けられているところ」→「法令により経営者による評価が義務付けられているところ」
②「前記検査マニュアルに沿って・・・債務者区分を行うために作成し」→「内部統制実施基準に沿って・・・内部統制の有効性を評価するために作成し」
③「資産査定の正確性を裏付ける資料として必要とされるものであるから」→「財務報告の信頼性を裏付ける資料として必要とされるものであるから」
といったところで近接しておりまして、結論としましても、内部統制報告制度における「文書化」の対象は、外部への報告の基礎となり、かつ内部統制監査人(つまり監査法人)による監査に必要な記録でありますので、「専ら内部の者の利用に供する目的で作成される」ものではなく、外部の者へ開示することが予定されていない文書ということはできないことになるように思われます。つまり、内部統制報告制度においては、(基本的には)先の最高裁決定の射程範囲に含まれるのではないか・・・というのが私の意見であります。
2 更なる検討課題(コンプライアンスの視点)
なお、ここでは金商法上の内部統制システムとの関係のみを考察しておりますが、取締役の善管注意義務と密接に結びつく会社法上の内部統制システムの一環として作成される文書につきましては、また別個の考え方も成り立つように思います。(「法律関係文書」に該当する場合があるのではないか、等)また、上記最高裁決定は、「自己査定資料の内部文書性」を否定したにとどまり、さらに「職業上の秘密」が対象文書に含まれていないかどうか、審理を尽くすように高裁へ差し戻しておりますので、こういった内部統制システムによって文書化されたものにつきましても、自社の営業秘密や、他社の保護法益の侵害とはならないかどうか、といった判断(つまり、開示を拒絶できる正当な理由)についても別途考慮を要するところだと思われます。(また、これらの実質的な議論とは別に、財務報告に係る内部統制の一環として作成された文書は、どうやって特定していけばいいのか、開示された文書について、どのように書証化すればいいのか等、民事訴訟法特有の問題点も別個存在するはずであります。)いずれにしましても、社内文書を隠したり、徒に文書化を省略したりすることは、むしろ法令遵守の観点からみて妥当とはいえないわけですので、文書作成(記録化)の工夫が必要ではないかと思います。
(民事訴訟法220条 参照)
(文書提出義務)第220条 次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。 1.当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。 2.挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。 3.文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。 4.前3号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。 イ 文書の所持者又は文書の所持者と第196条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書 ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの ハ 第197条第1項第2号に規定する事実又は同項第3号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書 ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。) ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書 |
(追記)私がエントリーするより先に、行方先生のブログでも(速報版)としてとりあげていらっしゃったようで、金融法務に少なからぬ影響が出るのではないか、ということです。なお、金融検査マニュアル、金融商品取引業者等検査マニュアルの検査対象となります金融機関への実務的影響につきましては、ろじゃあさんがコメントで述べておられるように、今後の(雑誌等による正式な)解説等にご留意いただいたほうがよろしいかと思います。また、私自身も、この最高裁決定の射程範囲について、もう少し正確に理解したいところですので、(文書提出命令申立事件の)元になっている損害賠償請求訴訟の事案そのものを分析してみる予定であります。射程距離を検討するにあたっては、個別事案との関連性などもけっこう重要かもしれませんので。
(追記2)
金融法務事情1818号(平成19年11月5日、15日合併号)50頁以下におきまして、先に掲げております平成18年2月17日決定に関与された滝井繁男先生(元最高裁判事)が、一連の最高裁における「文書提出命令に関する決定」について問題点を整理されておられます。そのなかで、平成18年決定について「この決定は金融機関にとどまらず、すべての企業の文書に及ぶと解されます。・・・」とされておりまして、最近の文書提出命令に関する一連の最高裁決定につきましては、(今回の最高裁決定を含め)やはり一般事業会社における文書管理への影響が大きいものと思われます。とりわけ内部統制報告制度と「文書化」の問題につきましては、先日ご紹介した八田先生の著書でも指摘されているとおり、多くの誤解はあるものの、「記録化」という点では避けて通ることができない問題であります。企業側が開示の不利益をおそれて、文書の隠蔽や偽造など、後で大きな不祥事となるような事態を未然に回避するためにも、企業における文書化のルールを明確に規程しておくことが必要ではないかと思いますし、あるべきリスクマネジメントのひとつではないかと考えます。
今後の問題整理の手法としましては、①会社訴訟における文書提出命令の位置付け(誰から誰に対して求めるのか、いつ求めるのか、具体的な文書の特定や書証化の手続について等)、②最高裁平成11年決定における「自己利用文書性」の要件の判断基準について、現行民事訴訟法のもとでも維持されていることの確認、③各要件の解釈にあたって、これまでの文書提出命令について下された各最高裁決定の射程範囲の明確化、④そのうえで今回の平成19年最高裁決定の射程範囲の明確化(とくに平成18年最高裁決定との関係)⑤一般事業会社における内部統制システムの構築と文書化(記録化)の位置付け、⑥ ⑤によって整理された文書と「自己利用文書性」の三要件との関係性、とりわけ意思形成過程の記載された文書、営業秘密の記載された文書、プロセス特許等法的保護に値する内容が記述された文書等の保護と開示の必要性の利益考量 ⑦以上の考察に基づき、内部統制報告制度が適用される一般上場会社における取組み、およびルール化、などが考えられるところであり、おそらくこれでひとつの論文が書けるかもしれませんね。なお、以上はJ-SOXとの関係で捉えたものですから、ここに会社法上の内部統制システムの問題も加えることになりますと、もっと論点が増えることになりそうです。