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2007年12月 7日 (金)

モリテックス社の総会決議取消判決(東京地裁)

そういえばキリンHDによる協和発酵社へのTOBの結果はどうなったんだろうか?などと気になる週末でありますが、また企業法務関連の重要な裁判が出ましたので、社外監査役の視点からすこしだけコメントしたいと思います。

ここのところ重要な裁判が続いておりますが、本日(12月6日)東京地裁で本年6月27日に開催されましたモリテックス社の株主総会決議(の一部)を取消す旨の判決が出たそうであります。原告は、総会において委任状獲得競争を会社側と演じた大株主であるIDEC社です。日経ニュース読売ニュースなどを読んでも、なんのこっちゃ?とわからなかったのでありますが、読売新聞夕刊の一面ニュースを喫茶店で読みまして、おぼろげながら問題点がわかったような次第であります。(ということで、まだ判決文を読んでおりませんので、問題点の整理のみということで失礼します)

問題点としましては、ひとつは朝日や読売ニュースで見出しになっておりますように、会社側が議決権を行使する株主に対して「500円の商品券(クオカード)」を交付する行為が会社法120条で禁止されている「株主への利益供与」に該当する、と判断されたことであります。なお、この問題につきましては、今年8月初めに当ブログにおきましても(仮に・・・という話ではありましたが) 「株主への利益供与禁止規定の応用度(その1)」  「(その2)」において検討していたところでして、私は「500円程度の商品券だったら社会的儀礼の範囲内であって、利益供与にはあたらない」と論じておりましたが、コメント欄でkazuさんが「プロキシーファイトの場面においては500円の商品券でも問題があるのでは?」とされており、まさに鹿子木裁判官の意見と、kazuさんのご意見とは近いものがあったようです。(さすが、いいセンスされています>kazuさん。)東京地裁判決でも、「500円の商品券は、社会的儀礼の範囲ではあるけれども、こういった時期に、議決権の行使を勧誘することと合わせて交付をすることは、会社提案への賛同を株主に求めていることを疑わせるものである」とされている(あくまでも報道内容からの推測)ようで、単に何を株主に交付したか、ということだけでなく、他の事情も考慮することで適用範囲を限定しようとしているものと推測されます。ただ、株主へ利益供与の事実が、どういった理由で株主総会の決議取消の要件と結びつくのか、そのあたりの流れが報道だけではわかりません。(なお、この点につきましては、判決文を読めるようになってから、もうすこし具体的に検討してみたいと思います)しかし、会社側が500円の商品券で問題になるんでしたら、株主側のヒルトンホテルでのディナー付き株主提案説明会は(利益供与の要件には該当しないから)オッケーになるのも、なんか少しへんな感じもしますが・・・・

そしてもうひとつの問題点は、委任状の取扱いに関する論点であります。これはなかなか法律家好みの面白い論点だと思います。たとえば、委任状を勧誘する場合に、その委任状の記載に瑕疵があったら、その委任状の効力をどうみるか・・・というあたりの論点ではないかと思われます。議決権行使に関する委任状を交付する際の、当事者の合理的な意思解釈とはどういったものか、(もし瑕疵ある場合に)その委任状自体を無効とみるのか、委任状は有効だとしても、瑕疵は決議取消原因になるのか、それとも瑕疵ある委任状を利用した人(もしくは会社)自体に民事上、行政上、刑事上のペナルティを課すことによって対処すれば足りるのか等、私法、公法、会社法、金商法(上場企業の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣府令)あたりが交錯するなかで、もっとも妥当を思われる結論を導くことになろうかと思われます。報道では結論しかわかりませんが、おそらく株主(IDEC社)側が集めてきた委任状には株主提案にかかる議案(モリテックス社の招集通知によれば4号、5号議案)への株主の賛否記入欄だけが記載されており、会社側提案議案(同、2号、3号議案)への株主の賛否記入欄は記載されていなかったのではないかと推測されます。そもそも、上場企業の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣府令(いわゆる委任状勧誘規則)の43条は、以下のとおり規程されております。

上場企業の議決権の代理行使の勧誘に関する内閣府令

(委任状の用紙の様式)
第43条  令第36条の2第5項 に規定する委任状の用紙には、議案ごとに被勧誘者が賛否を記載する欄を設けなければならない。ただし、別に棄権の欄を設けることを妨げない。

ちなみに、「令第36条の2第5項」といいますのは、以下の金融商品取引法施行令であります。(ご参考まで)

金融商品取引法施行令(昭和四十年九月三十日政令第三百二十一号)

(議決権の代理行使の勧誘)
第36条の2

1 議決権の代理行使の勧誘(法第百九十四条に規定する金融商品取引 所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者にその議決権の行使を代理させることの勧誘をいう。第三十六条の四から第三十六条の六までにおいて同じ。)を行おうとする者(以下この条から第三十六条の四までにおいて「勧誘者」という。)は、当該勧誘に際し、その相手方(以下この条及び第三十六条の六において「被勧誘者」という。)に対し、委任状の用紙及び代理権の授与に関し参考となるべき事項として内閣府令で定めるものを記載した書類(以下この条から第三十六条の五までにおいて「参考書類」という。)を交付しなければならない。
2  勧誘者は、前項の規定による委任状の用紙又は参考書類の交付に代えて、当該被勧誘者の承諾を得て、当該委任状の用紙又は参考書類に記載すべき事項を電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて内閣府令で定めるもの(以下この条において「電磁的方法」という。)により提供することができる。この場合において、当該勧誘者は、当該委任状の用紙又は参考書類を交付したものとみなす。
3  勧誘者は、前項前段の規定により同項に規定する事項を提供しようとするときは、内閣府令で定めるところにより、あらかじめ、当該被勧誘者に対し、その用いる電磁的方法の種類及び内容を示し、書面又は電磁的方法による承諾を得なければならない。
4  前項の規定による承諾を得た勧誘者は、当該被勧誘者から書面又は電磁的方法により電磁的方法による提供を受けない旨の申出があつたときは、当該被勧誘者に対し、第二項に規定する事項の提供を電磁的方法によつてしてはならない。ただし、当該被勧誘者が再び前項の規定による承諾をした場合は、この限りでない。
5  第一項の委任状の用紙の様式は、内閣府令で定める。

さて、以上の「委任状勧誘規則」43条によりますと、「取締役、監査役を選任する議案」への株主の賛否を問う場合、会社提案と株主提案のすべて、つまり2号から5号議案までについて株主は賛否を明らかにすべきではないかとも思われます。したがいまして、もし2号議案、3号議案(会社側提案)に関する賛否記入欄が、株主側作成の委任状に記載されていないとすると、(本来、選任すべき候補者をすべて知ったうえで、議決権を行使すべきであるにもかかわらず、株主側の候補者しか知らないままで委任状を提出するわけですから)株主側が提出した委任状は委任状勧誘規則43条違反となり、形式的要件が欠けていることになりそうであります。この点を重視するのであれば、IDEC社側に賛同する株主の委任状には瑕疵があることになり、出席株主数に参入しなかったモリテックス社側の対応に合理性があることになります。しかし、そもそも2号3号議案と4号5号議案とは、対立する内容であって、株主が4号、5号に賛同している場合には、その意思解釈として2号、3号議案には反対しているものである・・・とみるのが合理的であって、とくに2号、3号への賛否欄を設ける必要はないものと考えれば、なんら本件委任状には瑕疵はないという結論になります。おそらく、東京地裁の判決は、こちらの考え方ではないかと推測されます。

もし、株主側の委任状に、会社側提案議案のすべてについて賛否記入欄を掲載しなければ委任状勧誘規則43条違反になるとしますと、招集通知発送時期まで、つまり総会直前まで株主側は委任状勧誘が困難な状況におかれますので、委任状勧誘競争の実質的な公平を期すためには、委任状の作成過程における合理的な意思解釈によって、判決のような結論に至るのが妥当ではないかとも思います。ただ、そもそも金融商品取引法194条は、議決権の代理行使については原則禁止であり、政令で規定している場合にかぎり禁止を解除するというものでありますので、委任状勧誘規則の解釈にあたっても、厳格に解釈すべきであることや、反社会勢力などによるフロント企業が会社乗っ取りをはかろうとする場合において、かなりグレーな委任状勧誘が行われる恐れがあり、そういった場合に議決権行使を制限できなくなるのではないかといった政策的な理由などから、判決の結論に反対する立場もあろうかと思います。いずれにしましても、ここでは結論に影響を与えそうな諸事情をさまざま組み合わせて、いろんな議論ができそうですので、また判決内容を精査したうえで、検討してみたいと思っております。

参考(金融商品取引法194条)

(議決権の代理行使の勧誘の禁止)第194条 何人も、政令で定めるところに違反して、金融商品取引所に上場されている株式の発行会社の株式につき、自己又は第三者に議決権の行使を代理させることを勧誘してはならない。

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コメント

おはようございます。
いつも拝見しております。総会担当者ですので、今回の判決は非常に注目しております。

今朝の読売新聞朝刊の記事を読んだのですが、さっぱりわかりませんでした。委任状の問題とクオカードの発行との関係はどうなるのでしょうか?どっちかの問題だけだと取消はなかったのでしょうか?
また、お時間のあるときにでもお教えいただければありがたいです。

投稿: naoki | 2007年12月 7日 (金) 09時29分

naokiさん、はじめまして。

日経の解説記事をいま読んだのですが、私もまだ判決文にあたっておりませんので、(エントリーにも少し書きましたが)株主への利益供与にあたる、との結論と、委任状の形式的要件には違法性がなかった、という結論が、どのような判断過程で株主総会の取消事由に至ったのか、まだ理解できていないところであります。ただ、総会担当者の方々にとりましても、平成20年度以降の対応にかなり影響を及ぼす可能性があることは間違いないところみたいですね。この裁判はひょっとすると控訴審判決まではいかないかもしれませんが(和解的解決による終結)、いずれにしましても、一昨日の文書提出命令最高裁決定とならんで、著名な先生方による論文等に期待したいところです。(答えになっておらず、失礼しました)

投稿: toshi | 2007年12月 7日 (金) 12時38分

toshi先生、ごぶさたしております。ろじゃあさんのブログを読みますと、先週土曜日は東京にいらっしゃったとのこと、お会いできずに残念でした。

さて、冒頭「社外監査役の視点で」とありますが、日経新聞を読みましたところ、IDEC側はモリテックス社の監査役に対して商品券の代金分である約450万円を取締役から返還するように求めなさいと要求しているそうですが、こういった場合、監査役としては通常の責任追及訴訟の手続に則った形で動けばいいのですか?

そもそも、IDEC社としては、現在の監査役も「選任決議取消」を求めていたわけなんで、決議が取消された現在、その監査役に対して会社法上の監査役に対する要求はできるのでしょうか?なんだかおかしな話のように思いますが。理屈としてはどうなるのでしょう。

投稿: sara.onji | 2007年12月 7日 (金) 12時57分

素人の意見ですが
「会社側が500円の商品券で問題になるんでしたら、株主側のヒルトンホテルでのディナー付き株主提案説明会は(利益供与の要件には該当しないから)オッケーになるのも、なんか少しへんな感じもしますが・・・・」
 経営陣が会社の金を使って500円の商品券を購入したのでしょうか。会社の経営陣が個人の金で購入したのでしょうか。株主同士が総会で戦うのは当然なのですが、経営陣も株主として権利を主張したのだとしたら、会社の金を使うのは問題ではないでしょうか。大株主が自分の金を使って、接待するのは自由なんではないでしょうか。経営陣もどうせ金を使うのなら、自分の金を使えばよかったのに、と考えた素人です。

投稿: mm | 2007年12月24日 (月) 10時57分

mmさん、こんにちは。

議決権行使を促すということで、どちらかの案に賛同することを求めているわけではない・・・ということで、会社経費にて商品券を交付したんでしょうね。(ただ、この時期に議決権行使を促す、ということは、実質的には会社提案に賛同することを促しているのでは・・・というところが問題になろうかとは思いますが)もちろん、一方の大株主側が、自費でパーティをやることは自由ですし、そのこと自体は問題となっておりません。ただ、会社による株主への利益供与禁止の制度趣旨というものが、株主による権利行使に関する清廉性といったことを強調するのであれば、あまり好ましいもののようにも思えませんが、いかがでしょう。むしろ情報偏在の不公平を、実質的に是正するための勧誘としてはやむをえない、ということなんでしょうかね。

投稿: toshi | 2007年12月25日 (火) 14時00分

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