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2007年12月18日 (火)

(続)船場吉兆記者会見から何を学ぶべきか

(本業中ですので、追記とさせていただきます。本エントリーに関しましては、こういったご事情をブログに書かせていただくことを了承いただけた調査委員会の方に感謝いたします。おそらく、独立第三者という立場上、かなりトーンを落として述べておられたものと推測いたしますし、私自身も伝聞という形で、かなりソフトにお伝えしていることを付言させていただきます。また朝から多くの有益なご意見を頂戴している方にも厚くお礼申し上げます。しかしいろいろな見方、見解があるものですね。私自身たいへん勉強になります。ぜひ、コメント欄のご意見をご覧いただければと。また、このような立派な意見でなくても結構ですので、こういったギリギリの場面において、企業やマスコミ等がどうあるべきか、感想をお持ちでしたら気軽にコメントをいただければ幸いです。仕事の関係でアップ時間が遅れますが、どうかよろしくお願いいたします)

17日深夜になりまして、立て続けに架空取引や不正請求など、「財務報告に係る内部統制制度の制度趣旨や、その限界論」と結びつきそうな事件の開示情報が流れておりますが、お約束のとおり、船場吉兆社の記者会見に関する続報をアップしておきたいと思います。とりわけ、企業コンプライアンス、クライシスマネジメントに関心のある方にとりましては、参考事例としてご検討いただければ幸いです。

以下は、私が船場吉兆社の外部第三者委員会の委員である弁護士の方より(第二弾として)お聞きしたところを要約したものであります。(伝聞ですので、文責はすべて私にありますので、内容の真偽に関しますご批判は私自身がお受けいたします。なお、下線は私の判断で付しております)

今回の後追い報道で、マスコミの記事の間違いがあまりに多いのに、正直驚いている。数え上げればきりがないのだが、攻撃されている側には、反論することもできない現実、(反論することそのものが反省していないと断罪されかねない現実)がそこにはある、いずれにせよ、これが現実だということであろう

いくつか具体例を上げると、

①「マニュアル」報道

新聞等で、会見にて「消費期限表示貼り替えマニュアルがあった」と認めたという報道がなされているが、そのような会見回答事実は一切ない。少なくとも、調査委員会による従業員調査でも、マニュアルなどの存在は認定されていない。 思い当たるのは、会見で、ある記者が、しつこく何回も「マニュアルがあっただろう」と重ねて聞いてきて、役員から何回も「マニュアルなどはない」と答えていたのに、最後に、「期限表示ラベルの張り方を従業員が自ら書いた簡単なメモみたいなものは、店にあったかも」と答えたのが、たぶん、「マニュアル」存在報道になってしまったのかと推測される。これなどは、思いこみ取材の典型である。

②全体のトーン

報告書でも触れており、会見でも強調していたと思うが、期限表示の張り替えを行った商品数は、全体からしたらごく一部であるのに、報道のトーンや、有識者のコメント、町中の批判でのイメージは、「全ての販売商品において、期限経過のものを、貼り替えて売っていた」かのような印象である。100個のうちの1個の行為に対して、100個とも偽装だったかのような、大げさな表現となって流布されている。もちろん、1個でも行ってはならないことは言うまでもないのだが、ここで言いたいのは、100個全部が偽装であったかのような報道こそ、読者に対する誤誘導報道だと思うのだが、いかがなものか。(ここでの個数表現は、わかりやすくするための工夫で、正確ではない、念のため)

③偽装商品数

局によってまちまちで、一番多い数41とか、45とかいう数字がどこから出たのか、分からなかったので、調べてみたら、どうも、あの混乱の中で出たデマ的なものが一人歩きしたようだ。そもそも、商品の原材料表示の表示順ミスという極めて微細なミス(微細とは言え法令違反だが)と、期限表示貼り替えというケースの数など、種類の異なる問題を、単純に合計数で表記して報道しようとする発想にはついて行けない。読む人は、その全部が極めて悪質な行為という印象を持つであろう。実は、ほとんどが、ミリグラム単位での重量違いで内容表示の順序が変わってしまうなどの極めて微細なミスや、行政側でも法令解釈で意見が分かれて、結局、調査委員会側で厳しく判断してミスとしたものまで含めたものまで、期限表示貼り替え事案と同じレベルのものとして、全てが「悪質偽装」と言われているのは、とうてい疑問である。

④一部のテレビ報道について

お女将が「父に申し訳ない」と答えた内容について、有識者たるコメンテーターが、「父にだけ謝っているが、誤るべき対象は父だけではないだろう、誤る相手を間違っている」と述べていたのには、気の毒を超えて腹が立った。実は、この答えの前に質問者たる記者からの質問内容は、「父たる湯木貞一さんへの気持ち」を聞いたものである。ところが、テレビ放映では、その質問部分を切り取って、答えの部分だけを流して、コメンテーターに意見を言わせていたものである。これなど、報道のミスリード以外、なにもない。

お読みになる方にとりましては、少し船場吉兆寄りの意見ではないか・・・と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、私がお聞きした弁護士の方は、あくまでも外部の第三者委員であります。もちろん船場吉兆社の顧問弁護士でもありません。ただ、こういったマスコミ報道は、今後も企業不祥事発生直後の記者会見では「普通に」行われるでしょうし、新聞テレビ等においては、有識者のコメンテーターの方々の批判にさらされる「きっかけ」になってしまうわけであります。私自身、こういった批判を最小限度に抑えるためには、たとえば外部第三者委員会は、船場吉兆社のHP等を利用して、報告書の全文もしくは要約文を掲載したほうがよかったのではないか・・・とも思っておりますが、まぁいかんせん(DMORIさんのコメントにも代表されますように)「何を答えたか」ということよりも、「どのように答えたか」のほうに世間の関心が向かってしまいましたので、今となっては、なんとも(最小限度に抑える効果的な方策があったかどうかは)いえないところではありますが。

また、赤福や石屋製菓社のように、一般消費者が口にするものと、船場吉兆社のように「ある程度の富裕層のみ」が口にするものとでは、後者の場合、こういった不祥事発覚の際にも、立ち直りのための「後押し」が期待できないところもムズカシイ点かもしれません。

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コメント

こんにちは。山口先生の(続)船場吉兆記者会見、拝読しました。

①「マニュアル」報道の「思い込み取材の典型」についてですが、私は思い込みというよりマスコミの確信犯的報道と思っています。
多くのマスコミ報道番組(バラエティ報道も含めて)は、まずは視聴者受けするストーリーを推測で描き、そのストーリーの裏づけをするために取材をします。

したがって、このストーリーからはずれそうな材料があっても、ストーリーと矛盾するものでない限りは、こじつけの理由を添えて使いますし、ストーリーに反する情報は報道しなければよいわけです。

●クライシスマネジメントに日ごろからしっかり取り組んでいれば、不祥事が判明した場合にも、情報を小出しにしない、ウソの上塗りをしないなどが必須であることを認識して、会見に臨みます。

●発表するタイミングも大事です。自社の不祥事を上回る大事件が起こったタイミングで、1発で全部の情報を出し切る謝罪を演出すること。
マスコミは大事件を1面で取り上げざるを得ないので、自社のニュースは小さな扱いで済みます。
マスコミ人というものは、冷めたお茶を蒸し返すのは好まない習い性があるので、一度報道のタイミングが過ぎたものは、大きくは取り上げません。

●マスコミの報道姿勢にも確かに問題はありますが、私はすべて「勝負」だと思っています。マスコミは視聴率の重荷を背負って、報道でメシを食っているわけですから、単に情報を正確に伝えるだけでなく、演出が伴わないと視聴率を稼げません。
それが、たとえばマクドナルド報道でテレ朝が、すでに退職している従業員にわざわざマックの制服を着せてしゃべらせる、という過剰演出を生み出すわけです。

●マスコミも報道に人生を注いでいるわけですから、それを批判するだけでなく、いかにマスコミの演出と戦うか、それが人生のドラマにおける勝負だという心構えを常に持ってふるまうことです。

●船場吉兆の女将にしても、会見で「父に申し訳ない」と言うときは、「天国の父に、それよりも何よりもお客様に申し訳ない」と叫んで涙することが大切です。
このセリフを言うときにも、「父に申し訳ない。お客様に申し訳ない」と2つのセンテンスに切ってしまうと、マスコミは「父に申し訳ない」だけを取り出して報道することがある、そういうことも計算して、切りにくいような言い方を工夫することも、クライシスマネジメントではセオリーにしています。

投稿: DMORI | 2007年12月18日 (火) 08時58分

この「問題」、内部統制報告制度のなかでどう捉えるかを考えるべき
なのですが、それはひとまず置きまして。

私が関与する事務所においても、かつて日本中を騒がした歴史的大事件に
関連して各マスコミの取材を受けるということがあったのです。
犯罪組織によってその事務所の創造物が悪用されたことによりその事務所
の名前が表に出てしまったのですが、その事務所としては全く関知しない
ことでありました。
ほとんどのマスコミの記者さんがたはその事務所の説明を信じていた
だけたのですが、1社だけ、ある著名な放送局のみその事務所を疑い
執拗に何度も取材をされてこられました。その矢面に立った私の知人は
たいへんなプレッシャーを受けたと話しております。
その著名な放送局とは、後日その犯罪組織への取材において許されざる
行為があったことで断罪され、「死んだ」とまで自社のキャスターが
言わざるを得ない羽目に陥ったあの放送局です。その局は現在進行形で
未だに報道上の問題を繰り返しています。

(個人的にはその局は決して嫌いな放送局ではなく残念でなりません)

報道におけるモラルの問題は繰り返し言われ続けている一方、
水に落ちたイヌなら安心して叩けるということなのか、
「弱いもの苛め」のような集中攻撃的報道はやむことがありません。
某宗教団体、某有力事務所など報道することに支障のあるような対象に
ついては過剰な自主規制をしているというのに。

船場吉兆報道の場合は、特に、(お書きのように)庶民には縁遠い料亭
ということでの「やっかみ感情」を多分に悪用していると思われます。

つまり潰れても別に「オレには関係ねー」ですな。

船場吉兆さんのマスコミ対応があまりにもまずかったのも事実ですが、
なんとも虚しい年の暮れではありますまいか。

投稿: 機野 | 2007年12月18日 (火) 10時14分

この弁護士の先生の方は、おそらく、マスコミの世界に余りご経験のないかただと推測します。といいますのは、少しでも、マスコミの世界に足を突っ込んだ者から見れば、ここに書いておられることは、ごく当然のことであるからです。

私も昔、企業内でのマスコミ対応の仕事をしていました。当時、大事件に恵まれ、大新聞の一面トップを何日か続けて掲載されるというような経験もしました。そのときにも、取材側の体制は全く同じで、作り上げたストーリーを前提にして、時には恐喝まがいの取材も受けました。

しかし、そのときの体験を振り返っても、要は人間どおしのぶつかり合いなのですから、信頼関係を結ぶほかありません。異常事態に信頼関係を結ぶというのは、確かに大変なことではありますが、そこは、担当者の腕の見せ所ではないでしょうか。

たとえば、本当のことを言わなければ、お前のところの企業体質が腐っていると書くぞ、と脅されたことがあります。正直なところ、企業体質が腐っていると書かれてもやむをえない部分もありました。しかし、はい、そうですかともいえません。詳しくは書けませんが、ありったけの知恵を絞って、信頼関係の構築に努めた経緯がありました。その結果、その新聞社とは、すっかり信頼関係ができ、好意的な記事に変わっていきました。こうした経験から、マスコミ対応のエッセンスは、マスコミの横暴を前提とした上で、いかに信頼関係を構築するかにあると考えています。船場吉兆にしても、もしそういうスポークスマンがおられれば、ずいぶんと報道スタンスは変わっていたと思います。

信頼関係を結ぶ方法は千差万別です。リークまがいのことをするなど、いろいろ考えられますが、やはり正道は、相手の記者に対して説明責任を尽くし、きちんと理解してもらうということに尽きると思います。誤った先入観の持ち主に理解をさせるのは骨の折れることですが、こちらの思いが正しく相手に伝わったときの喜びは、これまた何ものにも変えがたいものがあります。どの世界にも、仕事の面白さがあるということではないかと思います。

投稿: 酔狂 | 2007年12月18日 (火) 10時27分

どうも結局のところ、消費者に正確な情報を伝えていくためには、マスコミに“面白そう”と思わせないことなのでしょうね。
マスコミのコメントのつまみ食いは、政治家の失言事件でもそうですし、後で同足掻いても回復不可能、と覚悟して、さてマスコミのスクラムと言いますか、アジリといいますか、ワイドショーの餌食にならないように、ではどうしたらいいか、ということになりますと、社長に頑張ってもらうしかなさそうです。かつてあれだけ叩かれた東横インの社長さんはその後お元気なのでしょうかね。多分、あれくらいの精神的タフさと演技力や表情コントロールも必要でしょうし、逆に、マスコミがストーリーを求めるなら、想定問答もあまり意味がないのかもしれませんしね。
こうした危機対応の社内ルールを作ろうとしていますが、これは適時開示ルールを整備することで、本当にやばい場合はその時に知恵を振り絞り、誠心誠意しかないのではないか、と思っていますが。
ついでですが、最近の食の消費期限に関する不祥事は、つまるところ消費期限に余裕がありすぎて、多少期限を延ばしても問題は起きない、ということが原因のような気がします。メーカーは「勿体無い」を実践したわけですが、信頼を裏切っちゃいけません、よね。
メーカーで対応がテーマとなっている「消費生活用安全法」というのがありまして、「経年劣化」に対応するとなると、言わばこれは製品の寿命まで、ということで、寿命に近いものを表現すると、その時期まで「保証します」とならないか、今から頭を痛めています。きっとこれもネタ元でしょうしね。

投稿: 総務部長見習 | 2007年12月18日 (火) 11時00分

何度も書き込みすいません。竹村です。記者会見は、生放送で、時間を分けて1日何度もやるべきでしょう!時間によって視聴対象が常に変わるわけですから、編集した会見映像を流されないように1日中記者会見するくらいの対応をして、間違った内容を視聴者に伝えられないように努力するしかないのではないかと思います。翌日には、都合よく編集されているとは思いますけれど・・・会見場の広い映像で違う質問の音声を入れて、「はい」と答えているアップの映像を入れたら、素人には、そう答えたと思われるわけで、勝手に違う内容の会見に作りかえるくらいテレビ局は平気でやります。今の編集技術は怖いと思って下さい。

投稿: 竹村 | 2007年12月18日 (火) 11時05分

上記コメントを読みながら、漠然と考えたのですが、マスコミ側にいいように料理されてしまうことに対して、「知恵」を働かせたり、関係を築いたりするのもいいのですが、後で言った言わないの問題になるのは、結局はそのやりとりの記録が残らないからではないかな、と思ったりしています。

その点で、記者会見の要旨を会社側でもしっかり記録にとり、ウェブで公表するようなことは対応として有効ではないかな、とも思ったりします。いかでしょうか。マスコミの矢面にたった方またはその対策をされた方の意見などもうかがいたいな、と思う次第です。

良心的な記者も、そうでない記者もいろいろ玉石混交もあるでしょう。他方、マスコミの報道で厳しい追及にものらりくらりしている会見もあり、見ている方がマスコミ以上に、歯がゆさを感じることもあります。常にマスコミが過剰とも言えませんし、マスコミが「絶対真実で正義」だと思っている人も多くはないでしょう。
水掛け論にならないようにすること、また企業側がきちんと対応していることを示すうえでも、防衛策として、するべきこともあるかな、と漠然と考えておりますが、いかがでしょう?

投稿: 辰のお年ご | 2007年12月18日 (火) 20時01分

皆様、貴重なご意見ありがとうございました。
弁護士の力量が問われる場面として、「反対尋問テスト」というものがあります。主尋問の後に、相手方代理人とか裁判官(正確には補充尋問)から何を聞かれ、どう答えるかについて、事前準備をします。主尋問はこちらに有利なことを聞くわけですから、比較的簡単ですが、反対尋問は、自分たちにとってどこが不利で、どういった質問が予想されるか、想像しながら準備テストをしますので、有能な弁護士であればかなり予想が的中します。そういった反対尋問テストに似たようなことを考えてしましました。
また、「信頼関係」「勝負」など、私が普段あまり考えていなかったような趣旨の意見、たいへん勉強になりました。このたびの件は、いったんマスコミを「騙した」経緯があるわけですから、ある意味で信頼関係が破壊されている状況だったり、すでに勝負がついていたのかもしれませんが、たしかに「一発目」の記者会見では、おっしゃるような点、たいへん重要なのかもしれません。私自身も過去に何度かマスコミ対策の支援の経験がありますので、また肝に銘じておきます。
おそらく来年もまた、こういった記者会見はテレビで見受けることが多いのではないでしょうか。

投稿: toshi | 2007年12月18日 (火) 20時20分

辰のお年ごさん、コメントが時間的にかぶってしまいましたね。

とりあえず、私は「調査報告書要旨」を記者に配布することから始めてみてはどうかな、と思います。今回、私がいろいろとお話を聞いたのは独立委員会の方ですので、記者会見支援弁護士とは立場が違いますが、より客観的な報道を求めるという意味では、まず紙ベースが必要ではないかと思いますし、記者会見と同時にWEB上でも公開する、ということも行うべきかと思います。
動画をアップすることが簡単になりましたので、記者会見の一部始終を自社HPにて公開する、というのは、おそらく来年あたりは出てくるのではないでしょうか。最近、編集による報道のあり方について、かなり緩やかな審議内容で決着したことがあったように記憶しておりますが、そういった編集のあり方にも影響が出るかもしれませんね。

投稿: toshi | 2007年12月18日 (火) 20時30分

■総務部長見習さんに同感の意見を
コンプライアンスから少し離れますが、
「消費期限に余裕がありすぎて、多少期限を延ばしても問題は起きない、ということが原因のような気が」に、同感の意見を述べます。

●これだけ多くの消費期限延ばしが発生するのは、制度もおかしいからです。
食品の賞味期限など、保管する環境によってものすごい開きがあるのに、一律の表示をさせていることが、基本的に間違いです。

●出荷先から返品された山積みの製品を見て、食品を製造した人たちは味見をします。
「ぜんぜんおかしくなっていないものを、どうして捨てなければならないのかなあ…」そんな疑問が出て当然です。
再出荷して儲けようという気持ちより、捨てたくないのです。
自分たちで気持ちを注いで、作った食べ物ですから。

●赤福は30年も前から、餡(あん)の再利用をやってきたといっていますね。その間に食中毒を出したことがあるのでしょうか。

●世界では、毎日多くの子どもたちが飢えで死んでいます。
食べ物を大切にしなさいと教えている親が、スーパーに行けば製造日の新しいものを、わざわざ棚の奥から引っ張り出して買う。
その結果、多くの食品が返品されて、廃棄されているのです。

●保管環境によって痛みが全く違う食品を、一律の期限で表示させることが正しいのか。
この主張を、食品製造の関係者は言いにくいでしょうが、国民全体で考える必要があるのではないでしょうか。
いたずらに短く厳しい消費期限設定は、食品行政側の免罪符のためになされているのではないか。

●ちなみに私は女房に、「期限切れのものが冷蔵庫に残っていても、絶対捨てるな。俺が食べてやる」と昔から言っています。
食べられるかどうかは、自分で責任を持って決めます。
それでおなかを悪くしたことは、まだありません。

投稿: DMORI | 2007年12月18日 (火) 22時42分

 第二弾を大変興味深く読ませていただきました。批判を受けているメディアの仕事してきた者として、反省させられる点もありますし、、理解してほしい点もあります。危機管理広報の勉強をしていると、今までとは少し違う目で事象を見られるようになりました。一概には言えませんが、目に余る誤報や度を越えたミスリードには毅然とした対応をどんどんされるしかないと思っています。コンサルの中にはマスコミにはとにかく低姿勢で対応するように言われる人もおられますが、不二家ケースの時、取材について「地検の取調べでもあんなひどいことはしない」といった趣旨の発言を郷原先生がされ、TV局と対峙しておられるように、こうした流れが強くなっていくように感じています。ただ、体力と一定の覚悟は必要になります。手法が確立しているわけでもありませんので、さまざまな選択肢の中から損得を判断しなければならないでしょうが、失礼ですが経営法曹の方々には、慣れない領域かもしれません。

 1、2点感ずるままに記します。1の「マニュアル報道」ですが、私たちなら考えられません。何故なら公式会見で聞くのは「言質を得るため」であって、肯定されないことが前提でしょう。しつこく聞く場所ではありません。取材で証拠物、証言を得た上で、会見で言われたことと矛盾していませんか、と個別取材で聞きます。2、3に関しては少し反論があります。問題が顕在化した場合、これまでもそうですが、全部本当のことを言ったためしがありません。それで「これをしたならもっといろいろやっているだろう」と考えるのが世間でしょう。人間の本能的な反応だからです。いいとか悪いではなく、信用を失うというのはそういうことだと思います。ただ、それと正確度の問題は少し分けて考えるべきではないかと思っています。この対抗手段は情報の開示だと思います。どうメディアが書こうが、違うなら正しいことを合理的に納得してもらえる形で社会に開示すればいいだけです。もちろん、これには責任が伴います。お互いに責任を持って対峙する緊張関係の中でしか打開できないと考えます。刑事弁護とある意味相通ずるのかもしれません。合理的に事実の確定がされていなければ説得力を持ちません。
 
 そういう意味で、第三者委員会の責任は大変重くなると思っています。しかし、赤福のケースでは「コンプライアンス諮問委員会」という会社のための委員会という位置付けだったためでしょうか、第三者としての判断が開示されていないようです。立場は違いますが国の審議会ですら議論は公開され、議事録も開示されています。エマージェンシーの時になぜ透明性を担保しない委員会を設置するのか不思議です。外資系のコンサルも目立っています。信用=のれんを守る手法もいろいろ工夫されてきたように思います。ただ、隠れ蓑のように第三者委員会が使われるなら、なった委員も含めて批判を浴びることになるでしょう。そういう意味でIHIの報告書は注目です。商品の種類などによって信用回復の対象が違ってくるので、やり方もまた異なるでしょうが、《誠実な自らの情報開示》が今後ポイントになってくるように思います。ただ、動画は編集しなければ見るに耐えないし、編集すれば、指摘されているような恣意的なものを払拭したことの担保をどう実現するかの問題がでてきます。文字のほうが現実的なような気がしますが、要約だけというのは止められた方が賢明と考えます。全文が長いということでしょうが、これでは動画と同じ問題が起こります。信頼性が保証されていない中では、全文しかありません。長い場合にはサマリーを付けるのはいいですが。信頼を失っているという状況の中で、記者側がどう考えるかという視点は必須だと思います。このあたりを広告・宣伝系や外資系のコンサルの方が時々「ん?」という話をされています。エマージェンシー・シーンには「性善説」は全く通用しないのです。

 「シナリオに合わせてくる」という指摘は、大変重い話です。記者は公的な資格職ではありません。極端に言えば誰でも今日からなれます。活字メディアと映像メディアでも違います。映像メディアでも局によって違うでしょう。倫理基準も訓練程度もさまざまだと言っていいでしょう。どんな仕事でもそうでしょうが、頭の中にシナリオはあります。構成といったらいいのかもしれません。大きなテーマになるほど、チーム取材になり、取材結果をはめ込んでジグソーパズルをつくることになります。このとき想定外の取材結果は困ります。そこで「シナリオに合わせる」ということが起こりがちになるのだと思います。正確性=真実性を最優先にするか、効率を優先するかでもあります。このせめぎ合いが日常だということは分かっておられるのでしょうから、そのバランスが程度を越えて崩れているという指摘だと思います。人数的な余裕もない中で、十数時間働き、毎日記事が求められます。構造的な点でかわいそうな部分もあることは分かってほしいと思います。もちろんこれで免罪されるとは思っていませんが。
最近の食品不祥事の程度の問題はここでは考慮していません。2次被害も含めてあらゆる想定外が起こりうるわけですから、クライシスマネージメントの一般論と受け止めています。
 長文になり申し訳ありません。

投稿: TETU | 2007年12月19日 (水) 01時39分

皆さんのコメントを拝見していて、記者会見がマスコミ対応と捕らえておられる方が多いように感じます。しかし、私の体験からすれば、記者会見は、マスコミ対応において、一種の儀式的な位置づけであり、本当のマスコミ対応は、記者会見の前後にあります。しいて言えば、全体に占めるウェイトは、記者会見はたかだか1割程度であり、後の9割は記者会見の前後に占める対応といえるのではないかと思います。

記者会見の前段階というのは、記者がネタをつかみ、事実確認を求めてくるところから始まります。すべてをオープンにする社風の企業であればいいのですが、中には、どうしても外部に出したくないというネタを抱えた企業もあります(今回の船場吉兆はその一例です)。そのときに、広報マンはどう対応すべきか、ここから勝負が始まります。勝負の相手は、記者の場合もありますし、また、自社の社内の場合もあります。記者、社内の両者に対して信頼関係を保ちながら、バランスの取れた判断をしていくことが求められます。

記者会見の後段階というのは、記事ネタの規模が大きく、まだまだ広がりが予想される場合です。記者会見で一応の落ち着きは取り戻しますが、新たな問題が予想されるようなときには、また新たな取材合戦が始まります。この勝負も、信頼関係をベースにしないとマスコミの横暴に翻弄されることになります。

かつて、暴力団との癒着について取材があり、記事に出ることを覚悟しましたが、その新聞社の信頼関係のあるデスクに説明したところ、了解してもらった上、私の会社はむしろ被害者であったという記事になり、世間からは非難どころか、同情を得たことがありました。マスコミ対応ノウハウの一例です。

投稿: 酔狂 | 2007年12月19日 (水) 09時28分

竹村です。辰のお年ごさんのお話、知らない世界の尋問の話、とても興味深く読ませていただきました。ただ、率直な感想として、WEBの更に自社のホームページという限定された世界では、テレビや新聞のように周知する力が弱く感じてしまいました。自分の両親や、両親の友人たちは、未だに携帯電話を持っていなかったり、パソコンなどもってのほかですから、世代も、ホームページまで見に行く人間も限定されてしまうことが頭に浮かびました。やはり、テレビと新聞をメインに対応を考えるというのが私個人の考えです。
 また、消費期限については、先生と同じで、火を通せばまだまだ食べられる、とか結局期限など誰も分からないというのが本当のところだと思っています。

投稿: 竹村 | 2007年12月19日 (水) 10時02分

多くの方のコメントを読んで、”Web ”による、発表をうまく使いこなすことが、重要だと感じました。

マスコミの取材とどうつきあうか、大変ですが、一方Webなら、自社の意見・考え方・対処方針・現状を正確に伝えることができるし、しかも費用も安い。そのWebを印刷した紙を渡したり、Webを見てくださいと言えるし。取引先や従業員の全員に対しても、会社の考え方はWebに示したと説明できる。

Webという手段を、うまく使いこなすことが、様々なことに対処するのにも重要だと思いました。

投稿: ある経営コンサルタント | 2007年12月19日 (水) 10時17分

竹村です。全くの別件ですが、以前に先生がこのブログで紹介されていました、京都大の山中伸弥教授の万能細胞(iPS細胞)について、最近凄い注目が集まってますね。米科学誌サイエンスの2007年の科学進歩ベスト10の第2位に選ばれたり、文部科学省が、再生医療応用研究を加速させるため、京大に研究センターを新設するとともに、関連研究者を集めた「コンソーシアム」を組織する方針を固めたなど、先生の評価以上に展開のスピード化が進んでいます。
 ですが、こうした医療の進歩を進めるからには、薬害肝炎のような過去の過ちは、早期に清算して欲しいですよね。
早期民営化すべきなのか、政治家自体に問題があるのか、上場企業ではないけれど、官庁関係は全て、内部統制を導入し、業務の透明化をして、業務の効率化を図ることが重要ではないでしょうか?
そうしないと、せっかくの山中教授の研究も保険適用ができるのか、不必要な施設、業者との癒着などが出ないで大丈夫かなど教授が安心して研究できる環境を作るという問題が出てしまうように思われます。
※やっぱり、私の官僚嫌いは直りません。

投稿: 竹村 | 2007年12月21日 (金) 09時46分

メディア関係の方も議論に参加され、面白い内容になっていますが、やはりマスコミ関係者の性なのか、視点に公平性、客観性がありません。対抗して情報開示をしろといっても、映像メディアで印象操作されて報道されたものをHP上の文字ばかりの報告書の掲載や社告等で払拭するのは極めて困難です。そのあたり、特にテレビメディアの方なら重々承知しているはずです。知っているからこそ、企業側に都合の悪い映像や言葉尻をつかみにくるのですから。以前もコメントしましたが、少なくともテレビメディアのやっていることは、公正な報道の域を超え、イメージ操作、情報操作を意図して徹底的に行う社会的ないじめでしかありません。

もちろん企業側も、うその開示はいけません。それはうその開示をすることが、さらに消費者をはじめとするステークホルダーを欺くことですから、メディア対応だろうが、IRだろうが、このことは変わりません。

特にテレビメディアの歪曲報道、過剰演出が多い現状を踏まえると、竹村さんの言うように、ゴールデンタイムの生放送の形で、メディアの作為的な編集を回避形での国民や消費者の皆さんへの直接の説明、謝罪を行うことが企業危機管理上の重要なメディア戦略となるでしょう。もちろん失敗も許されませんが、歪曲・過剰な報道先にありきの作為的。意図的な編集により、企業イメージを低下させられるよりは、生放送の形での失言等情報発信の失敗があってイメージが低下するほうが、まだ、社長自身も自分のミスということで割り切れると思います。それこそ、まさに勝負といえるのではないでしょうか。

企業の言うことは全て本当ではないというのも正論でしょうが、マスコミの取材や演出、編集が真実の報道を意図したものでない現状であることも疑いのないことです。

マスコミとの信頼関係を作ることも重要ですし、歪曲報道の姿勢のあるマスコミ機関には抗議も含めた毅然とした対応も必要です。映像と活字という意味で、テレビと新聞への対応も場合によっては戦術を変えていくことが必要になってきます。新聞メディアはまだ、活字メインの上、良識のある記者、編集局が多いようですが・・・。ただ、絶対に忘れるべきではないのは、被害者に説明・謝罪を尽くし、誠心誠意対応していくこと、そして国民に対しても必要な範囲(食品偽装のように広く消費者全般に被害が出る可能性がある場合は絶対)で、説明(場合により謝罪)をしていくことです。記者が相手ではなく、被害者や国民が相手です。マスコミ対応においてマスメディアとの信頼関係も大事ですが、それより大事なのは、誰に対しての説明・謝罪なのかというそのベクトルの方向を間違わないことにあるのではないでしょうか。その意味では、DMORIさんが指摘されているように、
>>船場吉兆の女将にしても、会見で「父に申し訳ない」と言うときは、「天国の父に、それよりも何よりもお客様に申し訳ない」と叫んで涙することが大切です。

というのが、本来のあるべきスタンスです。お客様より父の方を大切にしているかのような説明をしたこと自体が吉兆の危機管理対応(上記のようにメディアに謝罪するわけではなく、国民に謝罪するのが本筋ですのでメディア対応とは書きません)の最大の失敗だと思います。ベクトルの向いている方向が違っていたのではないかと考えます。

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2007年12月22日 (土) 14時19分

DMORIです。
船場吉兆が、料理使い回し問題で話題再燃です。

前社長の指示で5~7年前から使い回しが始まっていたが、本年1月の営業再開後は一切やっていない、との釈明が報道されました。

この報道の発端は、大阪市の保健所が5/2に立ち入り調査をしたことですが、これに至った理由が「関係者の証言で分かった」との報道のみです。

おそらく保健所への内部告発だと推察するのですが、お分かりの方、おられましたら教えていただきたいです。
コンプライアンスの観点から、何を隠していたかよりも、どうして発覚したかに興味があります。

投稿: DMORI | 2008年5月 7日 (水) 15時04分

私もDMORIさんと同様、このあたりの事情については興味がありますので、情報よろしくお願いいたします。

今回のはちょっとヤバイですよね・・・・・

なんといってもお得意さまを敵に回してしまうような内容ですよね。

再生計画案は8月までに提出されるんでしたっけ?
かなり今回のは影響しますよね?
というよりも、不正競争防止法違反の捜査はいつまで続くのか。

投稿: toshi | 2008年5月 7日 (水) 15時29分

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