皆様すでにご承知のとおり、2月9日付けにて、IHI社が特設注意市場銘柄の第一号として指定されたそうであります。(朝日ニュースはこちら)いずれも過年度決算を訂正した名門企業の三洋電機社とIHI社でありますが、「有価証券報告書等」への虚偽記載の影響が重大とまではいえない、という点では同じ判断を辿るものの、結論につきましては、かたや注意勧告(三洋)、かたや特設注意市場銘柄の指定(IHI)ということで、行く末に大きな差が生じてしまったような次第であります。この差がどこからきたのか、東証や大証は企業の内部統制システム構築への努力をどう考えているのか、そのあたり、短時間では十分な答えを見出すことはできませんが、(新興企業ならずとも、こういった事態に陥るわけでありますので)一般の上場企業の立場からすこし考察をしてみたいと思います。(なお、今回の考察のための参考資料は、IHI社の社内調査委員会報告書、同社外調査委員会報告書、および三洋電機社の社外独立委員会報告書等であります。いずれもWEB上にて閲覧可能です。)
1 特設注意市場銘柄への指定は、新興企業にかぎらず、指定される可能性があること。
特設注意市場銘柄の指定を受ける、ということは、少なくとも今後1年間は特設注意市場の株式として売買されるわけでして、1年後に内部統制改善確認書を証券取引所に提出することになります。そして3回提出しても改善が認められない場合には、上場廃止処分を受けることになります。(東証有価証券上場規程501条以下)IHI社がこういった厳しい指定を受けることにつきまして、最初はすこし驚きましたが、よく考えますと、日興コーディアルの不正会計事件のときに「日興の上場維持」とする東証の対応にかなりの批判が集まりまして、上場廃止と注意勧告の間に、中間的な処分があったほうがいいのではないか、といった議論がありましたので、名門企業が指定されても不思議はないということでしょうね。ある意味で、今後も当然のように「上場廃止か特設市場行きか」といった噂の出る虚偽記載事例というのは増えるものと予想されます。
2 J-SOXとは関係なく、東証が上場企業の内部統制の問題を指摘すること
まだ内部統制報告制度は施行されておりませんが、財務報告の信頼性確保のためのシステム構築云々よりも、ともかく東証が独自の判断で「内部統制に問題あり」とすれば特設注意市場指定に踏み切る、ということのようであります。(IHI社はJ-SOX施行前に指定されてしまいましたし、三洋電機社につきましては、内部管理体制の面では問題なし、ということで注意勧告処分となった経緯からみて)もちろん、内部統制報告書が提出されるようになれば、それも参考になろうかとは思いますが、ともかく有価証券報告書等の虚偽記載に至ってしまった企業に対するものである以上、報告制度の結論には左右されないということでしょうね。ということは外部監査人(監査法人)が、対象企業の内部統制報告書に「適正意見」を出している場合でも、過年度決算の訂正事由によっては「内部管理体制に問題あり」として、特設注意市場に指定される可能性もありますね。
今回、両社とも「違法配当」が問題視されたかと思料いたしますが、結局のところ、いずれも組織ぐるみの故意(違法配当、粉飾決算に向けての)が認められなかったために、「上場廃止と認めるまでの悪質さはなかった」と、結論付けざるをえなかったものと推察されます。社外調査委員会などの報告書を読みましても、いずれも経営トップによる粉飾への積極的な関与は認められなかったとされております。このあたりが、おそらく重要な点ではないかと思いますが、東証が両社に求めているのは、「もし粉飾があった場合に、経営トップの関与が立証できるような社内の体制を築くこと」に関心が向けられているように思われます。つまり、東証は、経営トップ(本社管理部門)がカンパニー(三洋)や事業本部(IHI)に多くの権限を移譲していることは、その企業規模や環境などからみて当然のこととしても、会計基準の適用方針や、会計基準適用の前提となる重大な事実を全社的に共有できるだけの「情報の共有」と、なにかあれば公正な立場で問題を指摘し、経営トップに報告できるような強力なモニタリング部門の存在が不可欠とみなしているようであります。そのうえで、三洋電機社は過年度に多大な虚偽記載が認められるものの、平成18年3月に行われた社内のガバナンス体制の改編により、ほぼ再発を防止できるだけの内部統制システムが構築されていると判断され、いっぽうのIHI社については、いまだ再発を防止するだけのシステムは構築されていない、と判断されたものではないかと推察されます。
3 事後的な内部統制システム構築への努力が、東証の指定に影響を与える?
これもまだ検討を要する点ではありますが、たとえ過年度決算の訂正(有価証券報告書への虚偽記載)があり、東証による処分の対象となった場合でも、東証の要請している「内部管理体制」を確保するように努力をすることで、その処分内容に影響を与える可能性があるということであります。(注意勧告と特設注意市場銘柄になるのとでは大きな違いですよね・・)新聞報道では、両社の処分に違いが出たことにつきまして、三洋では会計基準の解釈が中心問題であったのと比較して、IHI社は審査体制や情報伝達の不備があったことなどに起因する、とされていますが、そもそも会計基準を問題とするのであれば、三洋の金融商品会計基準と同様、IHI社でも(エネルギー・プラント事業に関する)工事進行基準会計の解釈が問題となっており、またカンパニー制と事業本部制を採用することによる統制面での弊害(つまり内部統制システムの問題)という意味ではどちらも同じような問題を抱えていたと判断されますので、やはり「虚偽記載が認められる場合において、責任の所在がうやむやになることなく、組織ぐるみか、そうでなかったのか断定できるだけのシステムになっているか、また、モニタリング部門が最終責任を負える程度に強力な権限が付与されているかどうか」といった体制の整備に尽力することが要請されているものと考えられます。
このように考えますと、証券取引所が考えている「内部管理体制」なるものも、現場に従事されている社員の方々の創意工夫を失わせてしまうようなガチガチの内部統制システムを要求しているものではなく、専ら日興コーディアル事件のときから問題とされていた「組織ぐるみの不正」をさせないシステム作りに向けられたものである、と思う次第であります。
なお、最後に特設注意市場銘柄に指定された会社が、1年ごとに提出しなければならない「内部管理体制確認書」において斟酌されるべきポイントが、東証上場管理等に関するガイドラインⅢに記述されておりますので、ご参考まで。
内部管理体制等の認定において総合斟酌される事情は以下のとおり
・内部監査又は監査役による監査など、業務執行に対する監視体制n状況、監査の実施状況
・経営管理組織、社内規則の整備などの内部管理体制の状況
・経営に重大な影響を与える事実等の会社情報の管理状況
・会社情報の適時開示体制の状況
・法令等の遵守状況
・特設注意市場指定後の有価証券上場規程の上場管理に関する規定(適時開示、企業行動規範など)の遵守状況
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