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2008年2月12日 (火)

東証の両社(IHI社と三洋電機社)への対応の違いはどこにあるのか?

皆様すでにご承知のとおり、2月9日付けにて、IHI社が特設注意市場銘柄の第一号として指定されたそうであります。(朝日ニュースはこちら)いずれも過年度決算を訂正した名門企業の三洋電機社とIHI社でありますが、「有価証券報告書等」への虚偽記載の影響が重大とまではいえない、という点では同じ判断を辿るものの、結論につきましては、かたや注意勧告(三洋)、かたや特設注意市場銘柄の指定(IHI)ということで、行く末に大きな差が生じてしまったような次第であります。この差がどこからきたのか、東証や大証は企業の内部統制システム構築への努力をどう考えているのか、そのあたり、短時間では十分な答えを見出すことはできませんが、(新興企業ならずとも、こういった事態に陥るわけでありますので)一般の上場企業の立場からすこし考察をしてみたいと思います。(なお、今回の考察のための参考資料は、IHI社の社内調査委員会報告書、同社外調査委員会報告書、および三洋電機社の社外独立委員会報告書等であります。いずれもWEB上にて閲覧可能です。)

1 特設注意市場銘柄への指定は、新興企業にかぎらず、指定される可能性があること。

特設注意市場銘柄の指定を受ける、ということは、少なくとも今後1年間は特設注意市場の株式として売買されるわけでして、1年後に内部統制改善確認書を証券取引所に提出することになります。そして3回提出しても改善が認められない場合には、上場廃止処分を受けることになります。(東証有価証券上場規程501条以下)IHI社がこういった厳しい指定を受けることにつきまして、最初はすこし驚きましたが、よく考えますと、日興コーディアルの不正会計事件のときに「日興の上場維持」とする東証の対応にかなりの批判が集まりまして、上場廃止と注意勧告の間に、中間的な処分があったほうがいいのではないか、といった議論がありましたので、名門企業が指定されても不思議はないということでしょうね。ある意味で、今後も当然のように「上場廃止か特設市場行きか」といった噂の出る虚偽記載事例というのは増えるものと予想されます。

2 J-SOXとは関係なく、東証が上場企業の内部統制の問題を指摘すること

まだ内部統制報告制度は施行されておりませんが、財務報告の信頼性確保のためのシステム構築云々よりも、ともかく東証が独自の判断で「内部統制に問題あり」とすれば特設注意市場指定に踏み切る、ということのようであります。(IHI社はJ-SOX施行前に指定されてしまいましたし、三洋電機社につきましては、内部管理体制の面では問題なし、ということで注意勧告処分となった経緯からみて)もちろん、内部統制報告書が提出されるようになれば、それも参考になろうかとは思いますが、ともかく有価証券報告書等の虚偽記載に至ってしまった企業に対するものである以上、報告制度の結論には左右されないということでしょうね。ということは外部監査人(監査法人)が、対象企業の内部統制報告書に「適正意見」を出している場合でも、過年度決算の訂正事由によっては「内部管理体制に問題あり」として、特設注意市場に指定される可能性もありますね。

今回、両社とも「違法配当」が問題視されたかと思料いたしますが、結局のところ、いずれも組織ぐるみの故意(違法配当、粉飾決算に向けての)が認められなかったために、「上場廃止と認めるまでの悪質さはなかった」と、結論付けざるをえなかったものと推察されます。社外調査委員会などの報告書を読みましても、いずれも経営トップによる粉飾への積極的な関与は認められなかったとされております。このあたりが、おそらく重要な点ではないかと思いますが、東証が両社に求めているのは、「もし粉飾があった場合に、経営トップの関与が立証できるような社内の体制を築くこと」に関心が向けられているように思われます。つまり、東証は、経営トップ(本社管理部門)がカンパニー(三洋)や事業本部(IHI)に多くの権限を移譲していることは、その企業規模や環境などからみて当然のこととしても、会計基準の適用方針や、会計基準適用の前提となる重大な事実を全社的に共有できるだけの「情報の共有」と、なにかあれば公正な立場で問題を指摘し、経営トップに報告できるような強力なモニタリング部門の存在が不可欠とみなしているようであります。そのうえで、三洋電機社は過年度に多大な虚偽記載が認められるものの、平成18年3月に行われた社内のガバナンス体制の改編により、ほぼ再発を防止できるだけの内部統制システムが構築されていると判断され、いっぽうのIHI社については、いまだ再発を防止するだけのシステムは構築されていない、と判断されたものではないかと推察されます。

3 事後的な内部統制システム構築への努力が、東証の指定に影響を与える?

これもまだ検討を要する点ではありますが、たとえ過年度決算の訂正(有価証券報告書への虚偽記載)があり、東証による処分の対象となった場合でも、東証の要請している「内部管理体制」を確保するように努力をすることで、その処分内容に影響を与える可能性があるということであります。(注意勧告と特設注意市場銘柄になるのとでは大きな違いですよね・・)新聞報道では、両社の処分に違いが出たことにつきまして、三洋では会計基準の解釈が中心問題であったのと比較して、IHI社は審査体制や情報伝達の不備があったことなどに起因する、とされていますが、そもそも会計基準を問題とするのであれば、三洋の金融商品会計基準と同様、IHI社でも(エネルギー・プラント事業に関する)工事進行基準会計の解釈が問題となっており、またカンパニー制と事業本部制を採用することによる統制面での弊害(つまり内部統制システムの問題)という意味ではどちらも同じような問題を抱えていたと判断されますので、やはり「虚偽記載が認められる場合において、責任の所在がうやむやになることなく、組織ぐるみか、そうでなかったのか断定できるだけのシステムになっているか、また、モニタリング部門が最終責任を負える程度に強力な権限が付与されているかどうか」といった体制の整備に尽力することが要請されているものと考えられます。

このように考えますと、証券取引所が考えている「内部管理体制」なるものも、現場に従事されている社員の方々の創意工夫を失わせてしまうようなガチガチの内部統制システムを要求しているものではなく、専ら日興コーディアル事件のときから問題とされていた「組織ぐるみの不正」をさせないシステム作りに向けられたものである、と思う次第であります。

なお、最後に特設注意市場銘柄に指定された会社が、1年ごとに提出しなければならない「内部管理体制確認書」において斟酌されるべきポイントが、東証上場管理等に関するガイドラインⅢに記述されておりますので、ご参考まで。

 内部管理体制等の認定において総合斟酌される事情は以下のとおり

・内部監査又は監査役による監査など、業務執行に対する監視体制n状況、監査の実施状況

・経営管理組織、社内規則の整備などの内部管理体制の状況

・経営に重大な影響を与える事実等の会社情報の管理状況

・会社情報の適時開示体制の状況

・法令等の遵守状況

・特設注意市場指定後の有価証券上場規程の上場管理に関する規定(適時開示、企業行動規範など)の遵守状況

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コメント

のらねこです。

「内部統制の限界」というのがあります。
それは、経営者による内部統制の無視、共謀(組織ぐるみの不正)などです。

先生がご指摘されているように、「組織ぐるみの不正」をさせないシステム作りであれば、証券取引所が目指しているものは「内部統制の限界」のカバーということになりませんか。

投稿: のらねこ | 2008年2月12日 (火) 22時23分

のらねこさん、ご質問ありがとうございます。

内部統制の限界論は、以前も何度かとりあげましたが、私は内部統制報告制度における限界論と、会社法上の内部統制システムにおける限界論とは区別すべきだと思っております。(前者は有効性評価や報告書監査における合理的保証との関係、後者は経営判断原則や信頼の抗弁との関係など)
もちろん、限界論は私も認めるところでありますが、経営者不正をなくすことへ向けたシステム、ということであれば(限界をできるだけ狭めるという意味で)矛盾はないと考えております。

投稿: toshi | 2008年2月12日 (火) 22時37分

横スレで誠に失礼します。

>前者は有効性評価や報告書監査における合理的保証との関係、後者は…

「内部統制の限界」は、監査手続き・監査技術・鑑査計画の如何によらず、統制にまつわる本質的特性を踏まえた(監査論の説く)指摘と思われます。
すなわち、共謀・統制無視・不可避的な過誤等は入念な統制を敷いたとしても無効化される、あるいは専門家による監査においても必ずしも効果的に発見出来ないと説いていると解しております。有効性評価と報告書監査との関係やこれらの前提において述べられているものなのでしょうか。

この点は──今回の内部統制報告制度について感ずる最大の疑問です。エンロン、ワールドコム、カネボウ、ライブドア等々、いずれも「組織ぐるみ」であり、「経営者の統制無視」です。皆さんもこれは十分に感じておられると思います。
とは言え、私も例えば「経営者の統制無視」や「共謀」も場合によってはその限界を破る統制があるような気がします。そういう点では、監査論のこの部分にはもう少し奥に限界線が引けないものかと考えておりました。例えば内部告発などはそれを可能にするのではないかと思っています。

この部分を律するには、王国で国王に対して耳の痛い意見を述べる英雄や、殿様に命に代えて意見を具申する家老など──と言うのは大げさにしても、これに類似の構造があるのかと思われます。
ただ──何度もこちらに拙文で引用しておりますが、近代会計監査は内部統制の有効性の評価に依存して進められると言う理論があります。財務報告の有効性を全般的に考える上では、ここで言う内部統制の有効性を(これまでは監査法人がリポートせずに、しかし会計監査の不可欠な過程として実施していたわけですが)きちんとリポートする事は意義があると思っております。
確かに企業がこれを負担する点に関する是非の議論はあると思いますが。

投稿: 日下 雅貴 | 2008年2月12日 (火) 23時54分

このてのお話になると、かならず日下さんには理屈で負けてしまいますので(悔しいですけど 笑)、素直に勉強させていただきます。ただ、私も社会科学としての(世の中の役に立つための)監査制度である以上、根っこのところでは日下さんの意見と一致していると思っております。会計や監査の世界で「重要性」なる概念がたびたび出てくることに、最初は違和感を覚えたのですが、限られた時間で、人間ができることを前提にしている以上は、どこかで線引きしなければいけないわけですので、そこに「内部統制の限界」なる概念をどうしても必要とするのではないでしょうか。

ただ、その「限界」はこれまた曖昧な概念でありまして、普通に「限界」と思っていたものが、実はそうではない、ということも考えられますので、内部通報制度の充実や、監査能力の向上、本エントリーでも述べているような情報伝達方法の工夫などによって、限界ではない部分を広げることは十分可能ではないかと考えています。

投稿: toshi | 2008年2月13日 (水) 22時24分

>TOSHI先生

余裕の回答を頂戴致しまして──こちらこそ身の程を知る思いです。
実はTOSHI先生の表現(=前者は有効性評価や報告書監査における合理的保証との関係、後者は…)を拝見して、ふと先日のJICAのシンポジウムの場面が回想されました。鳥飼先生がいみじくも仰った「J-SOXは法律視点での思考が停止している」です。

そして更には、上記のスレでTOSHI先生が仰るように「統制の限界」は近代監査論の初期に定義されて以来、振り返られていない印象を覚えます。このような概念や基本を再点検する必要を感じます。概念上の原理原則と現実の距離は確かに当時より開いていると実感します。

投稿: 日下 雅貴 | 2008年2月14日 (木) 01時21分

TOSHI先生、連発でまことに失礼します。
上記のスレでの鳥飼先生のJICAシンポでの発言に関する要約引用が言葉足らずでしたので、以下に訂正をさせて頂きたいと思います。

「これまでの企業のJ-SOX対応は(コンサルビジネスも含めて)法的視点での思考が停止している(印象を受ける)」

こちらの方が正確だと思います。

投稿: 日下 雅貴 | 2008年2月14日 (木) 10時36分

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