食品コンプライアンスと製造物責任(その1)
いまだに中国産ギョーザの食中毒事件につきまして、どういった経路で有機リン系農薬成分が混入したのかは不明でありますが、すでに多数の食中毒被害者の方々がいらっしゃるのは事実であります。ところで、あまりブログ等で輸入販売業者や加工食品を用いた外食産業の製造物責任について論じられているものがないように見受けられます。こういった時点で法律問題に触れるのもどうかとは思ったのでありますが、やはり企業コンプライアンスをまじめに議論するブログとしましては、輸入企業や販売企業、加工品を使用した外食産業など、食品コンプライアンスにかかわる企業のリスク(とりわけ有事の危機管理)はどこにあるのだろうか、といった視点で「食中毒事件に製造物責任(PL法責任)は問われるのか」といった問題について考察してみたいと思います。なお、私は消費者保護に詳しい弁護士ではなく、これはあくまでも一個人としての意見でありますので、正式なリーガルリスクのチェックはお近くの弁護士さんとご相談ください。また、今回の事例につきましては、コンプライアンスという視点からは「農薬成分入りの食品を輸入、販売してしまった」ことと、「発見してから報告、公表が遅れたことで被害が拡大してしまったこと」とは別の責任構成になるのではないかと考えますので、今回の製造物責任論は前者の問題と関連するものとご理解ください。
1 食中毒事件について製造物責任法(PL法)は適用されるのか
製造物責任法は平成6年7月1日に公布され、同7年7月1日より施行されておりますが、それに先立つ平成5年11月に、「食品に係る消費者被害防止・救済対策研究会」(農水省流通局)より「食品に係る消費者被害防止・救済対策のあり方」なる報告書が提出され、この報告内容も踏まえて法律が制定された経緯があります。内容はみなさまご承知のとおり、民法の不法行為責任の特則でありまして、加害者側に主観的な責任事由(いわゆる故意、過失)がなくても製品(商品)に「欠陥」があれば(拡大損害----購入したその「製品」が毀損したことの損害ではなく、その欠陥によって生命、身体、財産等に拡張的に損害が発生した場合---に対する)賠償責任が認められる、といった無過失責任の構造になっております。なお「製造物責任法(平成6年第85号)」はわずか6カ条からなる、たいへんコンパクトな法律ですから、全体像はすぐに把握できると思います。さて、食品に関してこのPL法が適用されるかどうか、といった問題でありますが、そもそも製造物責任法2条2項によれば、「欠陥」とは製品において通常人が正当に期待できる安全性を欠く場合をいうものとされておりますが、①食品は人の健康に直結する物資であり、その安全性につきましては、きわめて高度なものが要請されていること、②近年、加工食品は複雑な工程のもとで製造されたものが多く、製造物責任制度を考えるうえで他の工業製品と同じ側面があることは否めないこと、また③PL法制定以前の判例におきましても、食品の安全への配慮には製造業者側に高度な注意義務が課されるのが通常であったことなどを勘案しまして、消費者保護の立場を明確にするためにも、食品にも製造物責任が適用されるというのがほぼ定説となっているようであります。
ただ、食品といいましても、この製造物責任法が適用されるのは加工品に関してであり、一般の農水産物につきましては、同法2条1項の「製造又は加工された動産」には含まれないとされるのが一般的であります。このような理解からしますと、今回の農薬成分の混入したギョーザは加工食品ということで、原則としましては製造物責任法の適用範囲にあるものと思われます。
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2 製造物責任法が適用されるとして、何が問題となるのか
さて、農薬入りギョーザに製造物責任法の適用があるとの前提に立ったとしましても、今回の事例におきまして同法による賠償責任は発生するのか(食品について「欠陥」とは何か)、誰が欠陥を証明するのか、誰に対して責任が発生するのか、食品というものの特性はPL法の要件を解釈するにあたっては特別に検討される点はあるか、100%の安全を確認できないような場合にまで業者は責任を負担しなければならないのか、食品安全法などで行政が安全対策を企業に要求していることで結論が変わるか、などなど、検討すべき論点がたくさんあるようです。(これらは、仕事の合間に、事務所にありました相当古い解説書をパラパラ読みながら頭に浮かんだものにすぎませんので、本当はもっとたくさんあると思われます)これらの論点につきましては、また(その2)で検討していきたいと思います。ちなみに、わかりやすい判例をひとつご紹介しておきますと、異物混入ジュース事件(名古屋地裁平成11年6月30日 判例時報1682号106頁)が著名なものではないでしょうか。あるファーストフード店で女性がジュースを購入し、これを飲んだところ、ジュースのなかに異物が含まれており、喉を負傷した、というものでありますが、裁判所はこのファーストフード店に対して、慰謝料を含む損害賠償責任を認めております。裁判では、異物自体が何であったのか、どこから混入されたのか不明ではありましたが、このジュースを飲んだことで喉を負傷したことは事実であるために、ジュースの「欠陥」を認め、詳細な「因果関係」の認定の末、製造物責任法を適用したものであります。とくに「製造業者」の範囲は製造物責任法ではかなり広いものであることにご留意ください。(その2へ続く)
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(PS)今回、製造物責任法を調べているうちに、興味ある法律を見つけました。
「流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法」 (昭和62年9月26日 法律第103号 昭和62年10月16日 施行)
こういった法律があるということは、国にも食品流通における毒物排除への責務があり、また企業もこれに協力する責務(義務?)があることが法律上で認められている、ということですね。私も存じ上げませんでした。この法律はどちらかといいますと、製造物責任というよりも、事後の報告通知義務とか、行政の連絡体制の不備など、いわゆる「二次不祥事」のほうと関係がありそうな感じがいたします。
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コメント
のらねこです。
例えば、商店が毒物入りの食品を販売した場合について
1.食品を陳列した商品として販売した場合
2.食品を惣菜として加工して販売した場合
の2つのパターンが考えられます。
1の場合の製造物責任は食品の仕入先が負うもので、2の場合は惣菜に加工した商店が負うとのことになると思います。
また、毒物が製造段階で混入した場合と流通段階で混入した場合とで、責任を問われる業者が異なる場合もあります。
あるいは、第三者が故意に行った可能性もあります。(他の犯罪になると思いますが)
以上のことから、製造物責任を問う場合は、毒物の混入状況、最終加工者(輸入者)を明確にしてからになるわけですね。
もし、毒物の混入過程が不明な場合は、誰に製造物責任を問えば良いのでしょうか。
投稿: のらねこ | 2008年2月 5日 (火) 20時52分
「流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法」 ですが、時期的に考えてグリコ・森永事件がらみの立法ではないかと思ったら、Wikipedia「グリコ・森永事件」の記事中にその旨の記述がありました。模倣犯も結構ありましたものね。Wikiには「毒入り危険食べたら死ぬで」の警告のために殺人未遂罪に問えない可能性のあることが、立法動機になったと書かれていますが、その辺が罰則の法9条4項に表れているようにも思います(ただ、仮にそうだとしても遡及処罰禁止の問題があるので将来の類似犯への対処ということでしょうね。)。あと、死傷の結果が生じなかった場合の自首については必要的減軽(法9条5項)としています。すっかり脇道にそれてしまいましたが・・・。
投稿: taka-mojito | 2008年2月 6日 (水) 02時29分
のらねこさん、解説ありがとうございます。1と2の区分につきましては、のらねこさんの解説のとおりかと思います。外食産業も、加工するという意味では製造物責任の対象企業になるわけですね。
また、「第三者が故意で混入した場合」ということですが、現在のニュースによりますと、この可能性も高まってきたみたいです。ということで、この点はまた(その2)のなかでエントリーとして採り上げてみたいと思います。(その他ののらねこさんの疑問点も含めて)
taka-mojitoさん、こんばんは。
私自身、あまり深くも考えずに当該法律を掲載しましたが、そのような歴史的犯行と関わる法律だったことは私も存じ上げませんでした。国民生活の基本に関わる食の安全を脅かすことについては、厳罰も当然でしょうね。とくに食の安全だけでなく、信用を失った企業への犯罪という意味もあるでしょうし。ただ、刑罰の厳格化とは別に、やはり「企業としてできるかぎりの安全性配慮措置」はどの程度なのか、ということも考えていかなければいけないと(今回の事件をみて)思いました。「二次不祥事」を可能な限り減らすことも大切ですよね。
また、このエントリーはシリーズ化していきたいと思います。
投稿: toshi | 2008年2月 7日 (木) 01時58分