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2008年3月19日 (水)

東証の制裁金1000万円制度導入へ

大証(大阪証券取引所)も「警告」制度によって動き出したようでありますが、東証(東京証券取引所)は上場規則に違反した企業に対して1000万円の制裁金を課す制度を近々導入する方針を固めたそうであります。(日経ニュースはこちら)昨年3月にも、読売新聞の報道では東証が(証券会社に対してではなく)上場企業に対して「過怠金」を課す制度を導入する方針であり、2008年の実現を目指す、とありましたので、日興コーディアル不正会計事件における東証の対応に批判が集まって以来、ずっと上場企業に対する「注意」と「上場廃止」の中間に位置する制裁制度については検討を重ねていたものと思料されます。(しかし上場企業の規模にかかわらず、なぜ一律1000万円なんでしょうね?)

日経ニュースを読みますと、上場企業と取引所は上場契約を締結しているので、上場規則違反が認められる場合には、上場企業側にはいわゆる債務不履行があったものとして、その「損害賠償金」として1000万円を請求する、ことのようであります。(このあたり、規則違反=過怠金、という一般的な認識とは少し異なるようであります。)この場合、取引所にとって何が損害かといいますと、取引所が一般投資家のために維持しようとしている市場の健全性を害されたこと、または市場の信用を毀損されたことだと思われます。(一律1000万円・・・ということですから、規模の大小にかかわらず、上場企業による信用毀損の程度は同じ、とみるのでしょうね)また、一律1000万円ということですから、これは契約当事者間における「損害賠償額の予定」があったとする法的構成ですね。(なお、違約罰と損害賠償額の予定とは法律上異なる、といった議論がありますが、本件ではどちらも同じ意味と考えていいと思います)なるほど、こういった民事制裁金という性質のものであれば、懸案だった刑事罰や課徴金との調整に頭を悩ますこともなく、同時徴収も法的には可能になりそうであります。

ただ「損害賠償額の予定」として一律1000万円を課す、という構成ですと、若干問題も生じるように思われます。ひとつは、いくら当事者双方が損害賠償額を合意したとしても、支払義務が発生するのは上場企業側に債務不履行が認められる場合ですから、単に「規則違反」の事実だけでなく、そこに上場企業の故意過失(帰責性)が認められる必要があります。たとえば上場企業に通常要求される程度の内部統制システムとか開示統制システムをきちんと整備していた場合、たとえ規則違反事実が発生しても、それは「内部統制の限界事例」であって、規則違反は防ぎようがなかったといった事態が生じる場合は債務不履行が認められないケースが考えられます。また、もうひとつは、条文上は当事者が賠償額の予定を定めた場合には、裁判所はこれを増減することはできない、(民法420条1項)とされておりますが、判例上はその予定された賠償額が著しく高額であり、これを当事者に守らせることが公序良俗に反するような場合には全部(もしくは一部)無効とみなされます。この1000万円という金額が、市場の健全性を毀損されたことへの賠償金額として妥当かどうかはわかりませんが、こういった点について争われることも考えられるところであります。(したがいまして、これがもっと高額ですと、かなり問題ではないかと思われます)

規則違反の要件をどのように詳細に定めたとしても、取引所の処分はかなりあいまいな部分で勝負せざるをえないのが現実だと思いますし、1000万円程度の制裁金であれば、わざわざ弁護士をたててまで、必死になって闘う企業も出てくる可能性は薄いかもしれません。(そういった配慮があっての一律1000万円かと。。)また、そもそも取引所がムズカシイ判断に立たされることがないよう、実際の運用は、課徴金賦課処分などが先行するように工夫されるのかもしれません。とりあえず規則違反に対して、企業が従順に制裁金を支払ってくれる実績を多く残すことが重要な目標になってくるのではないでしょうか。

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コメント

日弁連も、会規違反に対しては、上限1000万円の課徴金を課すということで、懲戒制度の実効性を向上させるというのは、如何でしょう♪赤字体質の改善にも効くかも♬

投稿: 通りすがりのものですが。 | 2008年3月19日 (水) 03時00分

(えらいきびしいコメントでんなぁ)

赤字体質の改善ならば、課徴金制度を導入して、そのうえで課徴金保険を販売したらいいかもしれません。(冗談ですよ、冗談)

投稿: toshi | 2008年3月19日 (水) 03時13分

あまり言うとカドがたつのですが、日経の報道のとおり、「損害」賠償としての過怠金とすると、あまり筋がよくない法律構成だな、と思わずつぶやいてしまいました。本当の狙いは上場規則違反への制裁として実効性のある方策はどうかを議論する中で、課徴金を横目でみながら金銭的な制裁手段も導入してはどうか、という流れなのでしょうから、それならそうと正面から言えばいいのに、と。

東証に対してすぐに批判する勢力があると勝手に想像していますが、もし何らかの事情で本質的な議論ができない状況があれば、むしろそれが白日のもとにさらされるように、透明性のある制度議論がなされてほしいと思いますね。制度についての両論ができるだけ明らかになるように議論され、密室性がなくなってほしいなあと期待したいところです。そうでないと、日本の証券市場はこのまま低迷してしまわないか、懸念されます。

山口先生の論点提示である損害賠償の予定としての議論ですが、仮に投資家の損害を想定すると1000万円など下らないことの方が多いかもしれませんが、東証に対する損害というと、どういう損害を想定するのでしょう?市場の信頼を棄損したりしたことを想定しているのかもしれませんが、なかなか金銭的に回復されるような東証の損害を観念するのは想像力の乏しい小職には難しいです。。。。

投稿: 辰のお年ご | 2008年3月19日 (水) 07時01分

ううん、センセ、ヤラレタ♫ いかなる保険数学のプロを以てしても、安価な料率設定にするのは、至難を極めたりして♩

投稿: 通りすがりのものですが。 | 2008年3月19日 (水) 21時04分

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