スルガコーポ事件にみる弁護士法違反リスク
東証二部のスルガ・コーポレーション社が大阪の建設会社に「地上げ」依頼(示談行為の委託)を行っていたことにつきまして、すでにいろいろなブログでも感想が述べられておりますが、このスルガコーポ社の依頼先企業による「弁護士法違反事件」につきまして、tetuさんより、またご質問をいただきました。
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一連の報道をみたかぎり、スルガコーポ社が取引先フロント企業を活用して収益を上げていたことに非難が集中しているようでありますが、この事件では問題をふたつに整理したほうがよろしいのではないでしょうか。ひとつは当然のことながら上場企業が反社会的勢力(いわゆるフロント企業)と接点をもっていた点でありますが、もうひとつは(相手が反社会的勢力かどうかにかかわらず)依頼先企業による弁護士法違反行為を助長していた点であります。この後者の点につきましては、このたびの事件で「ドキ!」っとされていらっしゃる企業様もいらっしゃるのではないかと思います。仲介業者さんのような立場の方々に、立ち退き交渉を依頼されている企業もひょっとしたら他にもあるかもしれません(私の経験上)。また、ズバリ「弁護士法違反」とまではいえなくても「法律事務を委任して、手数料らしきものを払っている」ような「グレーゾーン」の行動というものは、不動産業以外の世界でも散見されるところだと思います。今回、私的に当該事件で一番注目しておりますのは、こういった「弁護士法違反リスク」のようなものが、このたびの摘発によって、また新たな企業リスクとして浮かび上がってくるのではないか、と思われる点であります。「法律事務」に該当するかどうか、「単なる使者」ではなく、委任による代理人に該当するかどうか、その委任事務によって「報酬もしくは手数料」を受け取っていると評価されるかどうか、など、仔細に検討してみますと、弁護士の数が少ない日本の企業社会にはけっこう「グレーゾーン」が多いのが実態であります。このたび、警察がフロント企業の「反社会性」「組織的収益性」に正面から光を当てて摘発したのであれば別でありますが、少なくとも表向きは、フロント企業の反社会性を捉えて摘発したものではなく、どこにでもありそうな「弁護士法違反」に着目して摘発したわけですので、今後の当該事件の展開次第では、一般企業のコンプライアンス経営にも影響を与えそうな、とてもナーバスな問題点を含んでいるように感じております。
さて、「もし私がこのスルガコーポ社の監査役だったらどうするか」といったご質問へのお答えでありますが、検討するにあたりまして、私がどの時点において社外監査役であるか、によって場合分けをしなければならないと思います。昨年6月、つまり取引先金融機関によって、「あそこはフロント企業だから取引は避けたほうがいいですよ。」と指摘される時点より以前に監査役に就任した場合と、金融機関から指摘を受けました平成19年6月以降に就任した場合とで分けて考えるべきだと思います。これまでの新聞報道によれば、スルガコーポ社は社長自身が(担当役員に「だいじょうぶか?」と聞きながらも)「架空売買契約書」に決裁印を押捺していたことが判明しておりますので、おそらく役員会を構成するメンバーの方々も、フロント企業に対する「地上げ行為」の依頼の事実は知っていたのではないでしょうか。ただ、「反社会性の認識時点」につきましては、まだ確定したものではありませんので、ここで平成19年6月以前に「知っていた」というのは、取引先が反社会的勢力ということ知っていたことではなく、すくなくとも委託先において弁護士法違反のグレーな行為が行われることと、架空の売買契約のでっちあげに自ら組織的に関与することを知っていたこと、という意味であります。
そこで、まず私が平成19年6月以前に社外監査役として就任している場合でありますが、反社会的勢力かどうかは別として、上場企業が、弁護士法違反の疑いのある行動を(委託先が)行うことについて容認をすること、しかも賃借人を「仮想売買」によって騙して退去を求めることについては、絶対に許容できるものではありません。したがいまして、監査役の立場としましては、私が知っていたらかならず阻止する行動に出るでしょうし、それでも経営判断で経営トップが敢行するのであれば、私が監査役であれば辞任すると思います。たしかに報じられているところによりますと、このフロント企業に地上げを依頼する直前のスルガコーポ社の経営状況は急激に悪化していたようでありまして、フロント企業への交渉委託は「藁をもすがるつもり」で決断されたようでありますが、「弁護士法違反行為(72条問題)」に対する昨今の司法制度の厳格な対応や、マネロンに関する摘発強化の環境などを考慮するならば、あまりにも経営成績の挽回を狙うには不正リスクが大きすぎます。
いっぽう、取引先が反社会的勢力であることを経営トップが知ってしまった(とされる)昨年6月以降に社外監査役に就任した場合は、どうでしょうか。まず、企業コンプライアンスの見地からみて、将来にわたって、契約関係を解消するための努力はするのは当然だと思われます。しかし、反社会的勢力との取引があったこと(および現在もあること)を、自らすすんで公表することはなかなかできないかもしれません。このたび、事件が報道されて以来、スルガコーポ社の株式がストップ安で推移していることから明らかなとおり、企業と反社会的勢力との癒着構造というものは、市場から最も忌み嫌われるところであり、これを公表することで会社が背負うブランドの毀損については、そのリスクの大きさを経営者として測ることが困難だからであります。将来的に反社会的勢力との関係を断絶すれば過去の癒着問題は法的に問題ないのではないか、そのために平成19年6月以降、元警察庁生活安全局長の方や、さいたま地検の元検事正だった方を役員に迎え入れ、安全に関係解消を図ろうと考えていたのではなかろうか、とも考えられます。したがいまして、テナントとは比較的高額な立退料によって示談が成立している以上は、すでに弁護士法違反を助長してしまった事実につきましては、そのまま隠匿しておけば済むのではないか、と(監査役としても)考えるかもしれません。また、わざわざ株価が急落しそうな事実を、自ら公表することが、株主から委任を受けて監査役に就任した者として妥当な対応かどうかは悩むこともあるかもしれません。
しかしながら、あのダスキン高裁判決が「過去の違法事実を公表しない」とする取締役、監査役の決断に下した判断(法的責任)を前提とした場合、たとえ自ら違法行為に手を染めたものではないとしても、委託先の違法行為を助長したことや、反社会的勢力を利用したことについて、公表しないとする行動が法的に容認されるものでしょうか?もしスルガコーポ社の上場企業としての持続的経営が、社会的に要請されるのであれば、たとえその時点で公表に踏み切ったとしても再建できる可能性は残っているはずであり、これを隠匿して、後で実態が暴露されるときの社会的信用の失墜に比較すれば正しい選択ではないかと私は考えます。ましてや、反社会的勢力との接点がある、ということは、単に将来的に関係解消をはかろうとしても、その癒着は簡単には解決しない問題でありまして、断絶のための「公表行為」に至らなければ完全な解消を図ることはできないのが現実ではないでしょうか。とりわけ本件では、反社会的勢力に狙われた上場企業というよりも、反社会的勢力の力を積極的に活用したわけでありますので、単に将来的に関係を解消しよう、との意図だけで、本当に解消できるはずはないわけでして、そこには「公表の覚悟」がなければ、本当の排除はありえないと思います。本件はすでに昨年の11月の時点では、すでに警察による内偵が行われていたそうでありますが、100を超えるテナントの明け渡しをこのフロント企業に委託していた以上、反社会的勢力とのつながりだけでなく、弁護士法違反によるリスクが顕在化する可能性は高いはずだと思いますし、反社会的勢力との癒着の問題を含めて、発覚の確率は高いものだったと思われます。そのような重大なリスクに思い至らなかったのであれば、かなり問題ではないかと思います。
まぁ、そもそも社外監査役に就任する時点で、「あやしい」と思えば就任することはないわけでありますが、やはり「グレーな行為を知ってしまった」場合を想定しますと、自分の身の処し方を含め、おおいに悩むところではないかと思われます。しかし、一般企業におきましても、たとえば相手方代理人弁護士から突然「警告書」が届いた場合など、まず最初に税理士さんや会計士さんに対処方法を相談したりするケースもあるのではないでしょうか?どこからが「法律事務」に該当するのか、微妙だとは思いますが、今後、一般の企業に発生する「弁護士法違反行為」リスクにつきましては、一度きちんと問題点をまとめておいたほうがよろしいのではないかと思います。弁護士法72条違反の事実を発生せしめてしまうことは、企業自身の違法行為を構成するものではないとしましても、発覚時に大きな社会的信用の毀損にもつながる可能性があり、今後の要注意リスクのひとつであります。
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コメント
http://www.moj.go.jp/KEIJI/keiji42-01.html
如何でしょうか。
投稿: 通りすがりのものですが。 | 2008年3月10日 (月) 22時27分
本当に弁護士法違反の問題でしょうか。弁護士法は「法律事件に関する法律事務」ですよね。例えば、コンビニのレジ打ちのバイトですが、これは売買契約の締結という法律事務の代理を行っているのは間違いないのですが、弁護士資格は必要でしょうか。「法律事件」を「争い」と捉えればコンビニのレジ打ちでは弁護士法の問題はなくなりますが、例えば、銀行員が延滞顧客の督促をするとか、不動産会社の従業員が不動産売買交渉(地上げ)をするとかは、どうなのでしょう。スルガコーポの例も、スルガコーポの従業員が不動産の売買交渉(地上げ)をするのも、同じ理屈で言えば、弁護士法違反ですね。すると、顧客との交渉というものは従業員にはできなくて、代表取締役と支配人にしかできなくなりますが、それで良いのでしょうか。弁護士法は八百代言を取り締まるために作られたと言われていますが、現在の法文には問題があると思っています。
投稿: 弁護士法嫌い | 2008年3月11日 (火) 01時07分
>通りすがりさん
情報どうもありがとうございます。
昨年6月の政府指針ですね。
「調査の結果、反社会的勢力の指摘が虚偽であると判明した場合には、その旨を理由として不当要求を拒絶する。また、真実であると判明した場合でも、不当要求自体は拒絶し、不祥事案の問題については、別途、当該事実関係の適切な開示や再発防止策の徹底等により対応する。」
このあたりの解釈だと思いますが、エントリーのなかで述べましたように、開示することが反社会的勢力との断絶に寄与するときには開示し、再発防止策の徹底をもって足りる場合には、開示までは(法的には)要求されない・・・と解釈するのが私の立場です。ただし、後日マスコミによって癒着が報道されたり、内部告発がなされることが確実と思われるケースでは、ダスキン事件の判決にもあるように、「リスク発生の先延ばし」とみなされ、「隠蔽」を評価されることによって損害拡大防止義務違反に問われる可能性があることは認識しておくべきであろうと思います。したがって、開示すべきかどうかは、取締役らの自己責任とみるべきではないかと思います。
>弁護士法嫌いさん
ご意見ありがとうございます。
今回の件は、「弁護士法」の解釈の曖昧さが社会的なリスクになっていくのではないか、ということを申し上げたかったところです。
弁護士に独占されているのは「法律行為の委任」であります。したがって、法人による法律行為の執行部分だけを補助する場合とか、法律行為の準備段階を補助するようなケースについては、弁護士法違反は認められないものといえます。
レジの方や不動産会社の社員の方は、そもそも自ら法律行為を行うものではありませんので、弁護士法違反に問われる可能性はないと思います。しかし、仲介業者が賃借人に「立ち退きの意向聴取を行う」といったケースでは、かなり微妙な問題が含まれるでしょうし、交通事故の相談などにも同様のケースがみられます。また、エントリーのようなケースで、会計士さんや税理士さんが、顧問契約の範囲内で相談に乗る事例などはどう解釈したらいいでしょうかね?かなり微妙な気がします。
投稿: toshi | 2008年3月12日 (水) 12時25分
ごぶさたしています。
弁護士法72条のあいまいさの「社会的リスク」というのが「企業のリスク」にとどまるだけでなく、そこまで職業独占をするのならグレーゾーンまで十分に対応できるくらい人数を増やせ、という弁護士会へのプレッシャーになるのではないかと思い、TBさせていただきました。
投稿: go2c | 2008年3月13日 (木) 02時05分
go2cさん、おひさしぶりです。
そちらでのエントリー拝読いたしました。なかなか厳しいご意見ですが、おそらく社会一般の方の見方だと思い、真摯に受け止めます。
司法書士さん、行政書士さん、税理士さん、弁理士さんなど、法律事務にかかわる職域の方とも協議しなければならない問題ですし、また「少額事件」や「特定調停」など、市民が比較的容易にアクセスできる法律紛争の解決手段の広報なども一緒に考えるべき問題なのでしょうね。
(もし、よろしければTBをお願いいたします)
投稿: toshi | 2008年3月13日 (木) 11時58分
>レジの方や不動産会社の社員の方は、そもそも自ら法律行為を行うものではありませんので
「使者」という意味でしょうか。そうでしたら、商法25条、26条をご覧下さい。「前項の使用人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない」という極めて強い代理権が付与されていて、商法は彼らが自ら法律行為することを当然としています。
商法25条26条と弁護士法72条の関係をどう見るかはいくつもあると思いますが。法律事件を争いと捉え、争いがあるものは弁護士しか扱えないとする考え、法律事件を商法の「裁判上」と同義と捉え、裁判外であれば争いがあっても商業使用人が取り扱えるとする考え、商法は弁護士法にいう「別段の定め」と捉え、商業使用人には弁護士法が適用されないとする考えなどがあるでしょう。
>法人による法律行為の執行部分だけを補助する場合とか、法律行為の準備段階を補助するようなケースについては、弁護士法違反は認められないものといえます。
「地上げ屋」とか「取立て屋」「示談屋」のすることは、「法律行為の準備段階」がほとんどだと思います。現実にはそれで有罪になっているんですが。
やっぱり、弁護士法は変な意味で難しいですね。
投稿: 弁護士法嫌い | 2008年3月14日 (金) 00時29分
toshi先生、「また」の質問にコメントいただきありがとうございました。論点を整理していただいて、プロとアマの違いが良くわかり、汗顔の至りです。また、先生の真摯で正直なスタンスがよく理解できました。
ただ、クライシスマネージメントの一環で企業のお手伝いをすることがありますが、本当のことは知らせてもらえず、それでは広報戦術は作れないと感ずることがあります。非弁の論点ではありませんが、企業の構造的非倫理性といいますか、内在的グレーゾーンといいますか、要するに従前の社会的正義とは乖離した企業の論理があります。社外には言わないが社内では別に問題にならないことです。反社会的勢力との癒着にしたって、連中の総売上から考えれば、一部の例外的事象とはとても思えません(というか単に手が込んできただけで、スルガのようなケースは古典的な感じです)。やはり透明化を図り社会的正義と調和を図っていくことが、結局企業のためにもなると考えるのですが、なかなか難しいテーマだと思います。
非司法競売(民間競売)の導入問題を調べていて、制度とは万人の利益で作られる時代ではないことが分かりました。成熟社会の宿命なのでしょうね。それだけに法曹人のバランス感覚が重要だと思っています。
投稿: tetu | 2008年3月16日 (日) 18時14分