内部通報制度の運用はむずかしい・・・
読売新聞ニュースによりますと、一昨年の4月に内部通報制度の窓口業務に従事されていた弁護士の方が、会社側に匿名で連絡をしなければならなかったところを、実名で連絡をしてしまったことで、所属弁護士会の綱紀委員会より「懲戒相当」の決議を受けたようであります。以下、報道内容の要旨のみ。(ちなみに、3月10日読売夕刊には、トップ記事として掲載されております)
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2006年10月10日に大阪トヨタの社員4名が中古車架空販売によって大阪府警に逮捕されておりましたが、その4ヶ月ほど前である6月3日の読売、朝日の各新聞において、この「自宅待機命令」にまつわるトヨタ自動車販売グループのヘルプラインの問題点が報じられておりましたので、おそらく、このときの事件に関わる内部告発の件だと思われます。なお、大きく採り上げられたのは2006年9月の こちらの記事であります。また、記事では「公益通報者保護法」を紹介しておりますが、内部通報制度(ヘルプライン、ホットラインと呼称されるもの)と公益通報者保護法制やセクハラ相談窓口などとは似ているところもありますが、別個の制度でありますので、その相違点もまた理解しておく必要があります。
報道内容を読むかぎり、T社社員は実名を会社に通知されることを承諾しておらず、いっぽうの窓口弁護士側は、会社に通知したことは認めるが、それはT社社員の承諾があったからである、ということのようでして、「告発者の承諾の有無」が争点のようであります。そもそも、ヘルプライン(内部通報制度)の窓口を外部に設置すること自体、告発者の職務上の地位の安全を最優先に考えてのことですから、告発者が特定されないよう、会社側に告発事実を伝えるのが原則であります。そのうえで告発者が特定できる事項につきましては、事実認定のためにどうしても不可欠な場合などに限り、告発者の明確な意思を確認したうえで、規約上で限定された者に対してのみ通知することになるわけですから、おそらく内部通報規約上の手続に則って告発者の意思を確認することが不十分だった可能性が残ります。しかし、こういった事態が発生しますと、せっかくの外部窓口も「安全地帯ではない」ということで、内部通報制度の実効性、信頼性が失われてしまうことを危惧いたします。とりわけ、今回のT社社員の告発内容からしますと、(私の経験からして)年に1回あるかないかの、かなりキワドイ告発事実でありますので、(現実には、その後組織ぐるみでの犯行であったことが判明し、逮捕者まで出したわけですから)その取扱いには細心の注意が必要ではなかったかと推測されます。
さて、内部通報制度の運用にあたっては、ご承知の方もいらっしゃると思いますが、いろいろとムズカシイ問題も出てきます。たとえば上記の事例におきまして、内部通報により、社内の犯罪行為が発覚し、その事実確定作業もほぼ終了した段階で、告発人から「やっぱり、自分の立場が悪くなるのが嫌なので、告発を取り下げたい」と申出があった場合、会社としてはどうしたらいいのでしょうか?また、犯罪行為とまでは明白にいいがたい、たとえばセクハラ事例などにより、社内規則違反が発覚した場合に、告発人からの取り下げがあった場合はどうでしょうか?また、社員による告発事実が、重要な取引先も関与しているような違法行為の場合はどのように対応したらよいのでしょうか?(自社の事実確定作業だけをもって、共謀事実全体を公表してもだいじょうぶでしょうか?それともなんらかの連携が必要でしょうか?)実際に、内部通報窓口業務をやっておりますと、いろいろな難問にぶつかるわけでありまして、弁護士としては「自らの行動が、ひょっとして懲戒事例にあたるのではないか・・・・?」と常に自問自答しながら隠密裏に判断していかなければならないことが多い業務であります。
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コメント
そういえば今日の朝日新聞の朝刊にベネッセコーポレーションの内部通報制度に関する記事がありました。
常勤監査役を窓口とする内部通報制度で、そうすることで執行側に通報者の情報がいかないようにするとのことでした。
監査役が窓口になるという是非はともかく、弁護士に連絡する前に、会社内部で匿名で弁護士に連絡するかとか、色々と取り決めすることも重要なのではないかと思います。
投稿: m.n | 2008年3月12日 (水) 00時19分
ヘルプラインの建てつけとして監査役を窓口とする会社も時々ありますね。自分が監査役でありながら、このようなことを言うのもなんですが、監査役がどこまで社員の方々に信用されるのかは、すこし疑問をもっておりまして、制度の有効性としてはどうなんだろうか・・・と思っております。もちろん、私は積極的な広報が必要な制度である(ついでに、広報の際に社員研修も兼ねる)と思っておりますので、そういった広報に監査役さんが積極的であるならば話は別ですが。
また、MNさんがおっしゃるように、手続についてもわかりやすいものにしなければならないと思います。二次セクハラで会社が訴えられるケースがありますが、やはり手続が煩雑で、申立をした社員に不審感をもたれることにも原因のひとつがあるようです。
投稿: toshi | 2008年3月12日 (水) 01時15分
本日の朝日新聞では、エントリーの件が出ていまして、いきなり出勤停止だとか。これって報復じゃないのかと疑われる可能性があり、コンプライアンス上問題があると思うのですが、いかがでしょうか。
また、懲戒請求がなされたということですが、本人の衝撃や今後の出世を考えると、懲戒請求をしたくなる通報者の気持ちが分かるような気がします。実際、報復措置を執る可能性が高い(この件では、不幸にして通報者の読みがあたった。)という現実が匿名通報原則を作らせているのに、もし弁護士がそれを分かっていないとすると問題ですね。
投稿: Kazu | 2008年3月12日 (水) 10時46分
>kazuさん
情報どうもありがとうございます。(関西版の朝日新聞には、どうも掲載されていないようです)
5年ほど前でしたら、そんなに「内部通報制度」というものが認知されていなかったのですが、本件は2年ほど前の出来事ですよね。すでに公益通報者保護法も施行されている時期ですので、Kazuさんのご指摘も、もっともかと。。。しかし、どうしてこんなトラブルになってしまったんでしょうかね。少し信じられない気持ちです。
投稿: toshi | 2008年3月12日 (水) 12時04分
あくまでも推測ですが・・・。
1)一人の弁護士(事務所)が複数の(多くの)会社のヘルプライン窓口を請け負っていることがままある。
2)その弁護士(事務所)は、当然のことながら通常の弁護士業務も日夜遂行している。
3)ヘルプラインによる告発電話は、時間を選ばず、何の前触れもなく掛かってくる。
4)当然超多忙の最中に電話が掛かることもある。
5)弁護士は決して片手間に対応しているワケでもないが、上記のような状況下、忙しさにかまけてついつい記録に留めることがおろそかになり、かつ記憶もあいまいになることもある。
6)従って、通報者指名の会社への開示につき本人の明確な同意を取ったか否かにつき誤解してしまうこともある(明確な同意を取ったつもりだが、実はそうではない)。
本件はそういうことなんじゃないかなと勝手に推測しております。
が、通報者、弁護士のいずれかまたは双方が録音により記録を正確にとっておけば立証は容易である筈です。弁護士会の決議もそれなりの証拠に依拠している筈ですが、今回は何を根拠にしたのでしょうか。そこがよく判らないところです。
もし弁護士側がそういった録音による記録をとっていないとしたら、実はそこが最大の問題で、脇が甘いと言われてもしかたないように思います。
メディアにはそういったところをきちっと押さえた上で報道して貰いたいものです。
投稿: ブラックアイズ | 2008年3月13日 (木) 00時05分
この弁護士も弁護士だと思いますが、この告発者に対して明らかに不利益処分を課しているようにしか思えない会社側の対応の方をもっと問題にすべきではないでしょうか。
明らかに不正契約という違法行為を告発しているわけであり、公益通報という見方もできます。軽率だった弁護士の処分は当然として、会社側に対しては、このようなケースではなんらのお咎めもないのでしょうか。公益通報や内部通報に関する不利益取り扱いに関する監督官庁は、労働基準監督署なのでしょうか。今後、会社側へのお咎めがあるのか、注目したいところです。
世界のトヨタですが、このような処置はどうかと思います。不正契約自体もコンプライアンス意識が低い現れですが、内部告発者に対する不利益取り扱いもまたトヨタのコンプライアンス意識の表れなのでしょうか。もう少し、しっかりしてほしいものです。
投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2008年3月14日 (金) 00時27分
ブラックアイズさん、コンプロさん、コメントどうもありがとうございます。ブラックアイズさんの推察は、私もそれに近いのではないか・・・、と考えておりますし、自戒すべき点もあろうかと思って真摯に受け止めております。
本日(3月13日)の読売新聞夕刊(ひょっとすると関西版だけかもしれませんが)に、この内部告発者の方のインタビュー記事が掲載されておりました。もちろん一方当事者の言い分だけから判断することはできませんが、状況はかなりお気の毒であり、「匿名通知」の運用方針はとくに神経を使っていかなければ人権問題に発展することを改めて知らされました。
投稿: toshi | 2008年3月14日 (金) 01時35分