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2008年3月28日 (金)

スルガコーポ調査報告書にみる反社対応の困難性

Photo 堺の裁判所の桜が5分咲きでしたので、弁論終了後、思わず撮影しました。この週末あたりは、大阪近辺の桜の名所はどこも花見客で大賑わいになりそうですね。

さて、「弁護士法嫌い」さんや、行方先生がご自身のブログでも紹介されていらっしゃるとおり、金融庁のHPにて「反社会的勢力による被害の防止」に係る監督指針のパブリックコメントの結果が出ております。本日は、この金融機関における反社会的勢力排除の仕組みとも深く関連するスルガコーポレーションの件(示談受託企業の弁護士法違反事件)についてのエントリーであります。立退交渉で弁護士法違反に問われた関係者らが、24日公判請求された件におきまして、スルガコーポレーション株式会社(東証二部)より一昨日(25日)、同社外部調査委員会作成に係る「調査報告書(中間報告)」が公表されております。企業不祥事にからむ外部調査委員会報告書をいろいろと読んできましたが、この報告書、まだ中間報告ではありますが、非常に価値の高いものであります。ひさしぶりにドキドキしながら最後まで拝読させていただきました。報告書の構成も巧みで、かつ文章がわかりやすい。これまで研究させていただいた報告書のなかでも、日興コーデ不正会計事件、関西テレビ取材捏造事件、三洋電機不正会計事件とならび、各企業において十分検討されるべき報告書であります。とりわけ、企業と反社会的勢力とがどのように癒着し、これを排除することがどれほど困難であるかを認識することができますし、また反社会的勢力との関係というものが、ある日突然、どこの企業にでも同様の事態が発生しうるリスクであることが、ご理解できるのではないでしょうか。とりわけ、この外部調査委員の方々が認定した事実が真実であるとしますと、これまで新聞等で報道されているところの事実はかなり歪曲(誇張)されており、何気ない日常の業務において、反社会的勢力と関係を有するリスクが潜んでいることに気づかされます。

1 弁護士による立退交渉の4分の1の時間で明渡完了!

スルガコーポも、以前は立退交渉に弁護士を活用していたのでありますが、あまりにも示談交渉に時間を要するため、融資を受けた資金の返済が滞り、資金繰りが悪化したとのこと。(なお、これはスルガコーポの「不動産専有卸業」なるビジネスモデルとも関係するわけですが)スルガコーポ社は、弁護士が示談交渉するのではとてもビジネスとしてはやっていけない、ということでT社、K社に依頼をすることになりますが、これが弁護士による交渉時間と比較して、約4分の1程度の時間で明渡を完了させることとなり、利用価値がとても高いわけであります。(まず、これには驚きました。)

しかしこの事件、今後の不動産事業にかなり大きな影響が出るのではないでしょうか?とくに以前村上ファンド関連のエントリーのなかでとりあげましたが、大阪は梅田ヤードをJRと阪神阪急グループが競って開発していくところですが、こういった事業はすべて弁護士が(すくなくとも)管理監督しながら進めていくことになるのでしょうね。もちろん弁護士が出てくれば、テナント側も弁護士を依頼するケースが増えるわけでして、訴訟案件に持ち込まれることも増えるのは間違いなさそうですし、テナントビルが一気に明け渡し完了物件になることも期待できないでしょうから、開発資金をどう調達すべきか、いろいろと難問が出てくるんじゃないでしょうか。このあたりがいわゆる「弁護士法リスク」と言われるところかもしれません。

2 スルガコーポが後戻りできる場面があったのでは?

平成15年頃といえば、すでに経団連行動規範も公表されていた時期ですし、建設業界とはいえ、スルガコーポは上場企業だったわけですから、コンプライアンス違反(反社会的勢力との関係継続)は企業にとっての命取りになることは十分承知していたはずであります。そこで、この報告書をお読みになって検討すべき点は、いくつかの時点において「後戻りするための黄金の橋」がかかっていたことにお気づきになるはずであります。もしあなたが、会社の命運を賭けた不動産ソリューション事業をひとりで抱え込んでいたこのT元取締役の立場であれば、この黄金の橋のたもとで後戻りすることができたかどうか?とりわけ比較的初期の段階で、K社の代表者が地上げで逮捕されたことがある、という事実を(テナントからの情報提供で)知ることになるわけですが、それでもK社に任せるに至った心境はどのようなものだったのか?また、この元取締役に毅然とした態度をとった法務部の社員が登場しますが、なぜこの法務担当社員は元取締役に対して毅然とした態度がとれたのか?もしお時間がありましたら、貴社におかれましても、総務部、法務部等でご議論されてはいかがでしょうか。

なお、反社会的勢力の関係ではございませんが、内部管理体制に問題ありとして、東証および大証において特別注意市場銘柄に指定されてしまいました真柄建設社の社外調査委員会報告、社内調査委員会報告(中間報告)などと比較しながら検討いたしますと、「統制環境」の重要性がかなり理解できるのではないかと思います。

3 弁護士が気づかない「弁護士法違反」

最近、弁護士の間でも「弁護士法違反」リスクが話題になっております。たとえば私が所属しております「IPO企業統治システム研究会」には他業種の方も在籍されており、支援企業への報酬請求の方法を間違えますと、弁護士以外の者が法律事務を「業として」行ったとされるリスクを抱えることになりますので細心の注意が必要であります。また、最近話題になっております「事業承継支援」につきましても、株式の集約作業、会社の代理、オーナーの代理、番頭さんの代理、後継候補者の代理など、だれの支援をするか特定しておかなければ「利益相反」として懲戒されるリスクを負うことになります。しかし弁護士は(目先のお金に目がくらむのかもしれませんが・・・)こういったリスクに意外と「無頓着」であります。スルガコーポの調査報告書に登場する「J弁護士」も、果たしてT社、K社の「地上げに伴う犯罪行為」リスクだけでなく、そもそも弁護士が関与しないところでT社らが示談行為を行うリスクに気づかなかったのでしょうか?非常に残念ですし、またここにT元取締役が後戻りできなかった大きな要因があるような気がしてなりません。

4 調査報告書(中間報告)へのわずかな疑問(単なる私見ですが)

Cimg0421_320 スルガコーポ社は、地上げを委託していたT社の提案どおりに、テナントビルの所有権がT社に変わったことを仮装するための虚偽の不動産売買契約書を作成するわけでありますが、この点について外部調査委員会は「スルガコーポ社として、コンプライアンス上の問題行為だが、これ自体が犯罪行為に該当するわけではない」と結論付けております。はたして本当に「犯罪行為」にはならないのでしょうか?たしかに今回は、弁護士法違反が問題となっている事案であり、地上げ行為にからむ脅迫行為などは立件の対象とはされていない模様であります。しかし、詐欺罪(共謀共同正犯)の構成要件には該当しないのでしょうか。テナント側からすれば、上場企業であるスルガコーポが立退き交渉しているのか、それとも怖そうな企業が所有者として立退き交渉しているのか、という点は立退料の金額だけでなく、そもそも「立ち退くかどうか」という意思を決定するにあたって重要な影響を与える事情であると考えられます。その重要な事情をごまかすこと(つまり虚偽の不動産売買契約書を作成すること)にスルガコーポ社の役員が関与している以上は、かなり問題ではないかと思われます。また、詐欺罪の要件である「被害」は、被害者の全体財産の損失が認められる必要はなく、たとえ相当な立退料をもらっていても「借家権」そのものの処分行為(財産上の利益の損失)が「損害」とされるのが通説判例でありますので、事実上の告訴(もしくは被害届)が提出された場合には、一応の問題になるのではないでしょうか。(ただし、これはあくまでも私個人の意見にすぎません)

もう一点、この調査報告書を読んでおりまして、すっきりしないのがT元取締役以外の役員の方々が、いつからT社、K社が「反社会的勢力」であると認識したのか、という点であります。平成19年6月以降という点が強調されているのでありますが、それまでも実質的には取引銀行から「融資をとめる」という強制手段によって他力で反社会的勢力との断絶を要求されているわけですから、その時点において監査役を含む役員の方々が、「知らなかった」というためには、もうすこし説得的な理由付けがなければ、どうもすっきりしないのではないだろうか、と思った次第であります。(なおスルガコーポ社のHPに、25日付けにて、 「反社会的勢力への毅然とした対応に関する基本原則について」なる文書が公開されております。ご参考まで)

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コメント

資料が会社にあり、今は手元にありませんので、詳細なコメントは後程として、一言コメントさせていただきます。

私も中間報告書を楽しみにしていたのですが、読んでみての感想は、はっきり言って失望しました。反社会的勢力対策で著名な弁護士が数名委員として調査をしていながら、責任をT元取締役に擦り付けるかのような内容に非常にがっかりしました。

T社と取引を続けるなら今後の融資を打ち切るといわれた段階で、銀行出身の監査役やその報告を受けたI会長は、「このようなケースでは反社会的勢力が絡んでいることが通常である」ため、T元取締役に取引を止めるよう指示を出したと報告書には書かれています。この時点で、少なくとも代表者及び監査役が、ビジネススキーム自体が弁護士法違反になるかどうかの認識は別として、少なくとも反社会的勢力が介在している可能性は十分に認識しています。
 それにもかかわらず、報告書では、T元取締役に指示をしただけで、その後の状況に関心をもって監督、監査することを特段していないようです。ただ、この点、調査委員の先生方は、情報共有体制の問題に摩り替えてそれ以上の検討をしていないようにしか感じられません。
 その上で、一民間企業が反社会的勢力に関して調査をすることの限界を上げ、そのための体制の不備は指摘しつつも、全体として会社を擁護するかのような印象を与える内容だと思います。確かに、限界があるのは確かですが、取引開始前の調査の段階と取引先に反社会的勢力との疑義が生じた段階とでは、状況は全く違います。銀行の指摘があったわけですから、もっと積極的に調査、監督、監査を行うべきであり、その点の不備こそが最大の問題点であったような気がします。

 私個人の意見としては、外部調査委員会が問題の本質を指摘せず会社を擁護するという、失敗例ではないかと考えております。
 

投稿: コンプライアンス・プロフェショナル | 2008年3月28日 (金) 07時23分

おはようございます。いつも勉強させていただいております。
私はコンプライアンス・プロフェッショナルさんとは反対に、中間報告の段階では、このあたりが調査の限界だったのではないかと思っています。この報告書の最初のほうに委員会の開催日程とその内容が記載されていますが、この1か月の調査委員の活動はかなり密度の高いものであり、調査目的の最優先課題のほうから検討してきた結果、他の役員の認識の時期などまでどうしても手が回らなかったのではないかと思います。なお、刑事事件の進捗などをみたうえで最終報告が出るとのことですので、まだ今後に持ち越されている課題も多いのではないでしょうか。

投稿: garo | 2008年3月28日 (金) 09時36分

山口先生

ごぶさたしております。相変わらずお忙しそうで、ますますのご活躍、ご同慶の至りです。
さて、エントリに刺激を受けて、さっそくこの調査委員会報告書を読みました。私の感想からしますと、たしかにスルガは引き戻る道もあったかに思えますが、そもそも銀行が不祥事をやめさせたと評価できる内容ではないですか。自分で不祥事を断ち切る努力をせずに、結局は二度も銀行から融資拒絶の脅しをかけられて、やっと社外役員を迎え入れ、反社会的勢力との関係も断ち切ったわけですよね。
反社会的勢力を排除するための内部統制原則を公表しておられるようですが、トップも変わらず、なんら自浄作用が機能しなかった会社がどうして生まれ変われるのですか?どんな再犯防止策を導入したって、それは誰も信用できないのではないですか?

投稿: 品田 | 2008年3月28日 (金) 15時54分

中間報告などを一読しました。
スルガが面白い先行事例になってきましたね。
会社の組織図を見た時、コンプライアンス系が教科書的に完備されていて、業種、企業体力などから違和感がありました。これでは間接経費が掛かりすぎて、会社が立ち行かないのではないだろうか、よそ様ながら心配になりました。それは逆に言えば有名無実化する以外にないだろうと思っていました。
ところが中間報告を大真面目に公表しました。もう後戻りはできないということです。諸先輩が述べられているように、内容的には「?」という部分はありますが、あの業界でとにかく縁を切ると宣言したわけです。
この先例効果は大きいと思います。ズブズブの業界です。少なくとも上場している金融もゼネコンもこれ以下というわけには行かなくなったのではないでしょうか。
そこで疑問が一つあります。「反社」の定義です。①組のメンバー②企業舎弟(フロント企業)は入るのでしょうが、その外側および周辺などは入るのでしょうか。つまり暴対法ができれば破門にすれば外れたわけで、その線引きをどうするかが重要です。例えば、闇金の取り立てからオレオレ詐欺に移ったような人たちの多くは周辺が多いですが、実働部隊としては経験をつんで育っています。でも①でも②でもないので「反社」には入らないかもしれません。
結局、本籍も現住所も役に立たないように思いますし、またこれで区別するのは、憲法上疑義が出てくるようにも思います。となると、行為規制しかないのではないだろうか、と素人考えしてしまいます。
「反社」というのは人間を排除しようとするものなのか、それとも行為を厳格に排除しようと言うのかということです。暴力装置を背景にして畏怖させるのは、何も暴対法の範囲にとどまりません。
警察が公式、非公式に「反社」と認定したものだとしても、もちろん大きな前進にはなるでしょう。企業がそれぞれに決別を具体的に《宣言》していけば、画期的です。過去の不祥事と違うのは企業が自ら社会と約束するからです。波及効がどう出てくるか、注目です。

投稿: tetu | 2008年3月29日 (土) 01時36分

皆様、コメント、ご意見どうもありがとうございます。興味深く拝見いたしました。
実はこの件では、ある新聞記者さんから取材を受けたのでありますが(もちろん第三者としての感想として・・・ですが)、コンプロさんのおっしゃるように、どうも「会社寄りではないか」といったご意見をお持ちの方が多いようです。ただ、garoさんも少しコメントされておりますが、この報告書の最初のほうに調査、委員会経過が記載されておりまして、それを読むと相当な時間を調査と協議に費やしていることがわかります。社外の人間であれば、これが限界ではないかと思われます。そのなかで、断定的な事実認定がどこまでできるだろうか・・・と考えてみますと、やはり1か月という期間としては、ここまでが精一杯ではなかろうかと、私も思います。エントリーのなかで少し疑問点を書かせていただきましたが、断定的に判断するにはもうすこしいろいろな利害関係者の意見も集約する必要があろうかと思われます。

tetuさんのご指摘はまさに(その3)で書くつもりにしているところでして、属人的判断には限界がありますので、反社会的勢力であるかどうか、という点よりも「反社会的行為」であるかどうかに力点を置かざるをえない部分も多いと考えております。そのあたりは継続的取引(取引基本契約)などに排除条項を挿入する際、反社会的団体の構成員であることを要件とするのではなく、そういった構成員であることを推定させるような「行為」があったことを要件とするような仕組みにすべきです。このあたりは昨年6月の政府指針のなかにもヒントが記載されております。

投稿: toshi | 2008年3月30日 (日) 17時26分

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