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2008年4月30日 (水)

上場制度整備プログラム2007の履行状況雑感

昨年4月24日に東京証券取引所より「上場制度総合整備プログラム2007」が公表されましたが、その履行(予定)状況につきまして、問題点を整理する目的で一覧表にしてみました。(履行状況といいながら、マスコミで「検討中」として報道されているものも含んでいることにご注意ください。)また、私自身の記憶に頼りながら作成したものにすぎませんので、他の整備プログラム実施事項として、すでに履行済みのものがあるかもしれませんので、漏れがありましたらゴメンナサイです。なお、表の右側にA、B、Cと記しておりますのは、A;上場企業の行為自体を東証自主ルールによって規制しているもの、B;東証が原則的な行動指針を示し、その指針に反する企業行動については企業の合理的な説明を求めるもの、C;開示によって投資家の判断に評価を委ねることで、間接的に企業行動に影響を及ぼすもの、として区分しております。

Seibipuro_2 第三者割当増資の開示強化につきましては、すでに以前のエントリーでも述べましたが、開示による投資家への注意喚起では市場の健全性が維持できず、具体的な行動規範として株主総会決議などを必要とすることになるのでしょうか。第三者割当増資による現存株主の利益確保(少数株主保護)については、制度に関する国際比較が必要でしょうし、また第三者割当を規制することで、エクイティファイナンスの機会が失われる点については議決権制限株式(配当優先株式)の上場制度を充実させることによってカバーする予定なのかもしれません。

また先日、親子上場に関する規制方針に関する報道がありましたが、これも親子上場(子会社の上場)をすべて禁止してしまう、という方向には進まないと思われますので、「望ましいものではない」という東証の基本原則を表明したうえで、もし上場する(上場を維持する)のであれば、子会社上場を維持するための合理的な理由を説明させる、という方向で詰めることになるようであります。会社法施行規則においても、公開会社が総会集中日に株主総会を開催する場合には、その理由を述べさせるなど(ただし特に理由があるときに限りますが)、こういった手法による規制というのはときどきみかけますね。

法律家として興味深いのは、やはり「不服申立制度」ですね。先日のニュースにもありましたが、特設注意市場銘柄として指定されるケースや、制裁金を課される場合などにも不服申立の対象になる、というものであり、また申立によって東証による処分の効力が一時停止される、というものであれば、けっこう利用されるのではないでしょうか。また、この表には記載しておりませんが、「公認会計士との連携強化」ということで、監査人交代時における開示の充実も実現したところであります。

上記以外にも、マザーズ上場企業について、一定期間経過後に成長が見込まれない場合に退出を促す方策とか、すでに上場している会社の内部管理体制の確認方法に関する整理を行うこととか、実際に検討されているのかどうか、進捗状況を失念しているところもございますので、詳しい方いらっしゃいましたらご教示いただけますと幸いです。また、本件は取引所と発行企業との関係だけを採り上げましたが、取引参加者(金融商品取引業者)との過怠金引き上げに関する話題や、公開会社法に関する話題なども、こういった整備内容と関連するところであり、個別の論点については追ってまたエントリーで検討してみたいと思っております。

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2008年4月25日 (金)

メール機能が復旧しました(お知らせ)

ここ2日ほど、メール転送の不具合にて、正式なメールアドレスが利用できない(閲覧できない)状態が続いておりましたが、さきほど、toshi@lawyers.jp のメールアドレスが使用できるようになりました(作動確認済み)ので、それまでの「お知らせエントリー」を削除いたしました。ただし、この2日ほど、toshi@lawyers.jp へメールをいただいた方につきましては、内容が閲覧できないままになってしまいました。たいへん申し訳ございません。

とりいそぎ、お知らせのみ。

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2008年4月24日 (木)

野村證券インサイダー取引:法人責任を否定するのはまずいのでは?

ふたつ前のエントリーにおきまして、買収防衛策導入時に株主として是非聞いておきたいことをアップしておりますが、ズバリの回答が出そうな裁判(仮処分命令申立事件)が始まりそうですね。(4月23日付け原弘産リリース「日本ハウズイング株式会社の株主名簿閲覧謄写仮処分命令申立事件について」)少し長いですが、仮処分命令申立書がズバリそのまま掲載されております。事前警告型の買収防衛策の適法性を裁判所がどのように考えているか、この仮処分の判断過程において少しだけでも垣間見えてくるんじゃないかと期待をしております。私は月曜日のエントリーで書きましたとおり、この裁判の債権者側のご主張とほぼ同意見でありますので、事前警告型のライツプランが「勝てる防衛策」であるためには、すくなくとも同業他社によるTOBが前提となるケースでは、競争関係にあることを理由とした株主名簿の閲覧拒否は「すべきではない」ではなく「できない」と考えるのでありますが、さて債務者側はどのような反論をして、また裁判所はどのように判断するのでしょうか。今後の展開が非常に注目されるところであります。(ごあいさつ、ここまで)

(さて、ここからは野村證券インサイダー事件の続きでありますが)昨日のエントリーでは「社員のインサイダー取引を防止するのは内部統制の限界ではないか」といった趣旨のことを書きましたが、今朝の日経新聞(4月23日)を読みますと、野村インサイダー事件にあたり金融庁が「法人の責任」に関する調査を開始しており、行政処分に発展する可能性もある、とされております。これに対して野村側は「あくまでも個人の責任」と公表しておられるようで、メロさんがコメントされているとおり、行政処分を受けることをなんとか回避される意図があるのかもしれませんね。いずれにしましても、今回の事件が元社員によって社内調査も奏功しないほどに巧妙な手法によってなされたものであり、果たして野村證券においてこれを阻止できなかった法人としての責任の有無に関心が集まっているようであります。

しかし、昨日のエントリーで述べましたとおり、野村證券におけるこのたびのインサイダー問題が内部統制の限界事例であり、法人としての責任を問えないとなりましても、私は元社員らの刑事事件だけでは済まないように思います。とくに企業情報が集まるところで「会社としては止めることができない」情報漏えいが発生するわけですから、そうなりますと情報を受領した本人によるインサイダー取引問題だけでなく、利益相反関係にある相手方企業や関連企業にも情報が「筒抜け」になる可能性がありますよね。そのような事態が現実化すると、インサイダーどころの話ではなく、顧客企業に対して大きな損害を与えることになるわけでして、結局のところもし、今回の事件が元社員らによる「個人的な行為」で済んでしまった場合、「付随業務」として投資銀行業務などを行う証券会社全体の「利益相反取引の禁止」というガバナンスと内部管理体制構築の問題に発展するのではないでしょうか?少なくともシステムの構築によって大きなリスクを回避できるのであれば、できるだけのことをやって顧客の信頼回復に努める必要が出てくることになるのではないかと。

約2年ほど前に「阪神・阪急統合とコーポレートガバナンス」なるエントリーで、当時阪神電鉄のM&Aアドバイザーを務めていた大和證券SMBCが、阪急電鉄側のTOBにおける公開買付代理人を兼任されていたことについて疑問を呈しておりましたが、ある方よりメールにて「証券会社はそれほど利益相反ということについて関心はない」とのご意見を頂戴しておりました。しかし2006年10月には、日経BIZの佐山先生のコラムにて「認識うすいM&Aにおける利益相反問題」なるご意見を拝読し、やはり証券業界における利益相反問題については、一応検討されるべき課題なのだと認識したような次第であります。このたびのような情報漏えいを証券会社が自律的作用によって防止しえないものであるならば、利益相反問題については企業の信用を一気に落としてしまうような重大なリスクを抱えることになるわけでして、そこまで事件が発展してしまいますと、おそらく証券会社の仲介機能以外の営業利益に大きな影響が出るのではないでしょうか。

ということで、証券会社の今後の営業のことをかんがみますと、このたびのインサイダー事件につきましては、組織的ミスを認めたうえで、今後の内部統制システムの改善策を提案すること(および行政処分を甘受すること)で信用回復をはかっていくことがベストの対応ではなかろうかと思われますが、いかがでしょうか。

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2008年4月23日 (水)

野村證券インサイダー事件と内部統制の限界

本業のほうでかなり忙しくしているために、まともなエントリーを書く時間がなくて、申し訳ございません。(タイトルから期待されるほどの内容はございません(笑)が、とりあえず導入部分としてお読みください。)テレビをつけますと、山口県の母子殺害事件の高裁判決のニュースと並んで、野村證券社員らによるインサイダー刑事事件のニュースが深夜まで続いておりますね。最初このインサイダーのニュースに触れたときに、「また金融庁から内部管理体制の改善報告書の提出を求められると思うけど、これって内部管理体制をどう改善したらいいのだろう?どう変えてみても社員のインサイダーはなくならないのでは?」と感じましたが、野村證券の新しい社長さんも同様の見解のようであります。(インサイダー:「チェック限界あった」野村證券社長謝罪会見

この社長さんのおっしゃることは正論ではないかと思います。一般の上場企業の場合でしたら、社員教育と情報管理体制を改善することによってインサイダーリスクはかなり低減できると思いますが、NHKさんとか、公認会計士さんとか、企業情報印刷会社さん、そして証券会社さんなどは、どう考えても、企業情報に触れる社員の数を減らすことはできないわけでして、結局のところ、社員の倫理観とか、厳罰による威嚇などによって統制するしか方法がないのでは、と考えてしまいます。この記事にありますように、いくら地場受け、地場出しを禁止してみたところで、社員が第三者の口座を利用してインサイダー取引を行った場合には、証券会社としても管理は困難だと思われます。ましてや、投資銀行部門と本業である仲介機能部門や審査部門は利益相反防止のために、厳格な情報隔離体制が敷かれていると思われますが、そのような情報隔離体制のなかで、どうやって「社内におけるインサイダー防止体制」が構築できるのか、私にはイメージがあまり湧いてこないのであります。

ただ、平成9年ころの金融システム改革によって、証券会社は市場仲介も市場プレイヤーも自由にできるようになったわけですから、当然のことのように「付随業務」たるM&A助言業務のなかでインサイダーリスクは増えているはずですし、「なんでもできるようになった証券会社だからこそ」インサイダー取引には厳しい対応が必要だと思いますし、また実際に今回のような事件が発覚した場合には、あの「損失補てん騒動」同様、市場全体への影響はきわめて大きいものがあります。さらに発行企業のインサイダー取引を防止する役目があるにもかかわらずやってしまったところに非難が集まるのかもしれません。本件における「統制上の要点」がどこにあるのか、私にはまだよくわかりませんが、やはり内部統制の限界に近い問題として、社内規則の厳格化と刑事責任の厳罰化によって対処せざるをえないような気がいたします。(情報がもうすこしよく把握できましたら、また続編を書いてみたいと思っておりますので、本日は速報版ということで)

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2008年4月21日 (月)

買収防衛策導入(継続)時に株主として是非聞いておきたいこと

金曜日(4月18日)、大阪弁護士会におきまして「平成20年度株主総会対策」なる弁護士向けの研修がございました。著名な先生が講師をされるということもあり、さっそく受講してまいりました。総会運営から、今年の議案予想、対決型株主総会対策など、手際よく解説されて、とても参考になります。

研修のなかで、やはり買収防衛策導入に関する総会対策ということにも触れておられまして、ブルドックソース事件を中心として、いわゆる「負けない防衛策」の導入についての解説がなされました。「時間をかせぐ防衛策」「濫用的買収者を近づけない防衛策」ということでしたらそれほどの疑問も湧いてこないのでありますが、「負けない防衛策」ということを前面に出しますと、やはり株主側からそれなりの質問も飛び出してくるのではないかと思います。以下、事前警告型の買収防衛策を継続する、もしくは新規に導入するための議案(導入議案もしくは定款変更議案)が上程された場合に、ぜひとも株主の立場から経営者の方にお聞きしたい点をふたつほど。

1 敵対的買収者が25%の取得を目指すこと、それ以上は買い進まないことを宣言している場合、買収防衛策は発動するのか?(つまり株主総会で発動の是非を決議するのか?)

これは「想定悶答(その2)」でも問題にしていたところでありますが、そもそも買収防衛策が株主共同利益の保護を目的とするのであれば、それは経営支配権が濫用的買収者に移転するような場合に、これを阻止することによって初めて「株主共同利益」が確保されるということに間違いないと思います。ということは、たとえTOBによって20%以上の株式取得を目指す希望者であっても、25%までしか買い進みません、と誓約している人に対してなぜ経営支配権取得後の経営計画まで表明させる必要があるのでしょうか。まさにサッポロHDやTBSが議論していた問題であります。すでに「有事」に至っている企業ではなく、平時に防衛策を導入(継続)する予定の企業だからこそ、冷静な経営者の方々のご回答をぜひお聞きしたいところであります。

このあたりのひとつの回答は、株主総会において行使される議決権は実際のところ、全議決権の70%程度となるケースもあり、そうなりますと(たとえ25%を上限とする株式保有であったとしましても)実際の総会を基準に考えますと35%を超える議決権割合を握る可能性があるわけですね。そうであれば、やはり大量買付希望者は重要な案件における会社側提案を拒絶できるだけの力を持つことになるわけでして、やはりこれを「経営権の取得」と捉えることもあながち誤りとはいえないのではないか・・・と。こういったところが回答になるのではないでしょうか。(いろいろとご批判はあろうかとは思いますが、まぁ最大公約数的な回答・・・程度にお考えいただければ、と)

2 大量買付希望者は株主総会で委任状勧誘の機会は保障されるのか?

実は2006年8月7日の当ブログのエントリー(王子製紙による北越の株主名簿閲覧請求)でも問題にしていたのでありますが、同業他社(海外を含む)が敵対的買収者として大量買付を希望している場合、最近の傾向である株主総会発動型スキームでしたら、最終判断は総会における株主の判断によって発動の可否を決するというものであります。事前に取締役会は買付希望者の経営計画などを表明させたり、資金的裏づけ等の調査をしたりするわけでありますが、本当に経営計画などによって「どっちの経営が当会社の企業価値を向上させることができるか」を真剣に問うのが目的であれば、委任状勧誘行為によって直接株主と対話する機会は大量買付希望者側にも確保される必要があると思われます。

ところが、王子製紙、北越製紙のときにも問題になりましたし、最近の委任状争奪事例でもよく問題にされるように、現会社法の規定によりますと、同業他社から株主名簿の閲覧請求がなされた場合は、対象会社は開示することを拒絶できることになっております。(会社法125条3項3号)つまり、この法理によると、買収対象会社は、大量買付希望者に対して、防衛策発動の可否を決する株主総会を前にして、その株主名簿の閲覧要求を拒絶することができることになりそうであります。しかし、これはやはりフェアーではないように私は思いますし、総会前に株主との対話の機会を確保することがなければ、「負けない防衛策」を目指して導入する以上は不安定なスキームといわれてしまうのではないでしょうか。

そもそも、相手方の義務なきことに応じさせるような「事前ルール」に一定の合理性があるのであれば(夢真・日本技術開発東京地裁判決参照)、そのルールに従った相手のために、対象会社の権利(株主名簿閲覧拒絶権)が制限されることにも一定の合理性があるのではないでしょうか。いくら議決権の要件を厳格にしてみたところで、同業他社による株主への企業価値向上の説明機会が確保されなければ、本当に特別決議による総会意思が実現されたといえるのかはかなり疑問があり、結論としても事前警告型買収防衛策の適法性を担保できないのではないか、と考えております。買収防衛策導入(継続)に関する議案審理におきまして、こういった質問に対して経営者側がどのように回答したのか、そのあたりの回答集を作成することで、「指針」に近いような取扱いも可能になるかもしれませんし、「平時の会社だからこそ」ぜひお聞きしてみたい回答であります。「ギャングを近づけない防衛策」「時間かせぎの防衛策」ということであれば、このあたりは曖昧なままでも良いと思うのですが、「負けない防衛策」ということであれば、ぜひとも、このあたりの不明瞭さを吹き飛ばしてしまうほどの論旨明解な理論をもって、こういった疑問に回答いただきたいと思うのであります。

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2008年4月19日 (土)

大手監査法人に粉飾決算事例で初の賠償命令

(4月19日午後 追記、訂正があります)

来週月曜日(4月21日)は、いよいよ長銀違法配当刑事裁判の最高裁弁論期日であり、以前から当ブログにおきましても刑事、民事とも注目しているところでありますが、その直前の金曜日にたいへん注目すべき判決が大阪地裁で出たようです。日本を代表する監査法人さんが、大証二部に上場していたナナボシ社の監査において「適正意見」を出していたことで、ナナボシ社の管財人に対する監査法人の損害賠償責任を認めるビックリ判決であります。(朝日ニュース「監査法人トーマツに賠償命令、粉飾見抜けず損害認定」 なお日経ニュースはこちらです。)任意監査においては、平成3年3月19日東京地裁の「日本コッパーズ事件」(判例時報1381号116頁以下)が監査法人さんの(粉飾決算を見抜けなかったことによる)損害賠償責任を認めておりますが、一般の上場企業における監査(会社法による監査、金融商品取引法による監査、いわゆる法定監査です。)において、監査法人の監査上の過失を認め、損害賠償責任が認められるのはおそらく初めてのことであります。(なお、日本コッパーズ事件につきましては、控訴審では監査法人側が逆転勝訴しております)原告であるT先生(管財人)は、関西では倒産、金融法務ではたいへん著名かつ優秀な弁護士ですし、どのあたりに力点を置いて主張立証を構成されたのか、判決全文が入手できましたら検討してみたいと思っております。ともかく会計士業界におきましては、今後の大きな話題になることは間違いないでしょうね。なお本件のナナボシの粉飾決算につきましては、被告監査法人はすでに平成18年3月30日、金融庁(長官)より、懲戒処分を受けております。処分内容と事案の概要は以下のとおりでありますが、金融庁による処分が先行し、また懲戒対象の事案の全てについて裁判所が「債務不履行」を認めたわけではないことにご留意ください。

処分内容  戒告 

処分理由 

ナナボシの平成10年3月期から平成13年3月期有価証券報告書に重大な虚偽があったにもかかわらず、関与社員が相当の注意を怠ったことにより、重大な虚偽のないものとして証明した。

事案の概要

ナナボシは下請けのX社と通謀して架空の水利組合等による灌漑工事を仮装。ナナボシからX社に支払われた外注費を架空の水利組合等の名義を用いるなどして、ナナボシに対する完成工事代金として還流させ架空売上を計上し、虚偽のある財務書類を作成した。本財務書類に関し、当該公認会計士3名の行った証券取引法に基づく監査証明については、以下の問題点が認められた。

1 完成工事代金のうち一部が未収入金となっているにもかかわらず、ナナボシが補助金交付事業と説明した工事について、補助金交付事業であることを十分に確認しておらず、また、相手先の財務内容や延滞理由などを十分に確認していない。

2 工事現場視察にあたり、現場の工事状況と書類上の工事内容との整合性を十分に確認していない。

3 X社からの外注費請求書に明細が記載されていない等の問題があったにもかかわらず、外注工事の内容等につき十分な確認手続を行っていない。

この平成18年の懲戒処分事案と、日経新聞朝刊(4月19日)の記事内容とを見比べますと、日経記事では「(裁判官は)監査法人は財務上に不自然な兆候があった場合、原因解明する追加の監査手続をすべきで、怠れば責任を免れない、工事代金の入金がなかった点については工事の実在性などに懸念を抱き、追加の監査手続をすべきであった、とした」とありますので、この懲戒事案概要に掲示されている1ないし3が「不自然な兆候」といえるのでしょうか。ただ、4期にわたって、上記のような不自然な点が認められたのか、それとも最終の1期にかぎって認められたのか判然としておりませんが、当初は入金の確認等がなされたことを確認しており、それで監査人としても注意義務を尽くしたものであるが、借方の完成工事未収入金や貸方の工事未払金の一部が恒常的に残っていたりすることから、次第に監査人としては懐疑心を強めていく必要があった、ということではないかと推測いたします。(このあたりはぜひ判決内容で確認したい点であります)先日、当ブログでもご紹介しました「会計不正」(浜田康 著)の第五章では「監査人はなぜ会計不正を見逃すのか」(159P~212P)といったテーマで、有能な会計監査人とそうとはいえない(?)監査人とを分けて、不正会計を見逃すまでの原因究明とこれへの対応策などが詳細に分析されており、参考になるところであります。

まだ報道内容からしか事実は把握できませんが、本判決では過失相殺が認められ8:2(過失割合=会社8:監査法人2)として、損害額の一部(1700万円)のみ支払義務を認めているようであります。この8:2というのは、平成3年の日本コッパーズ事件の地裁判決も同様だったかと記憶しております。粉飾決算においては、経営者の故意過失や従業員の故意過失、そして監査人による監査が絡んでおりますところ、経営者や従業員の地位と法人としての会社とは法律上は別個の存在であるために理屈のうえでは過失相殺はないともいえそうでありますが、裁判所は「会社ぐるみによる粉飾」といった実態を重視して過失割合をそのまま過失相殺の対象としているようであります。(ただし、このあたりの議論が進展するかどうかは、まだ控訴審の結果をみてみないとわかりませんし、管財人の方が原告でありますので高裁で和解・・・ということも考えられます)また、このような「会社側の過失」といった内容が、賠償の金額を決定付けるとするならば、監査法人側は裁判において提出すべき抗弁としての「経営者の過失」「従業員の過失」をどのように基礎付けるか、という視点が監査実務にも影響することが予想されますので、今後の内部統制監査のあり方にも十分影響が出ることとなります。日本コッパーズ高裁判決や、山一證券事件などにおいては、監査人の責任が否定されてはいるものの、問題当時の「一般に公正妥当と認められる監査の基準」を参照しながら、監査計画の段階から、リスクアプローチの合理性や、内部統制の状況をどのように監査法人が把握していたか・・・といった点にも裁判所の注目が集まり出してきておりましたので、内部統制報告制度が施行されるに至った今日、こういった監査法人さんの民事責任を問う裁判の検討は欠かせないところになってきたものと思います。(中央青山の責任が問われたRCC→足利銀行の件はたしか和解的解決で終わったんでしたよね?)また、監査法人さんを被告とする民事事件の場合、高度の守秘義務を負う監査法人さんの手元にある証憑関係資料にどのように原告側がアクセスできたのか、その開示のあり方についても興味あるところであります。(注----本件事案は原告が倒産会社の管財人であるため、被告監査法人の手元にある資料と同一のものがすでに原告の手元に存在しているケースかもしれません。このあたりは、すこし注意をしておく必要がございます)

注)足利銀行事件につきましては、地裁判例が出ておりますね。正確なところは、追って確認次第またフォローいたします。失礼いたしました。(4月20日追記)

三田工業、フットワークエクスプレス、カネボウ、キャッツ、ライブドアと、会計士さん個人の逮捕劇から始まる粉飾決算刑事事件については、たいへん売れ筋のノンフィクションの本も出版されておりますし、自然と注目は集まるところではありますが、監査法人自身の民事賠償責任が問われる粉飾決算民事事件につきましても、このような賠償責任を認めるような判決が出ますと、今後は内部統制監査と絡めて注目が集まるものと推測いたします。また、民事事件の影響は、内部統制の評価を行ったり、法定監査を受ける立場にある上場企業にも大きな波紋を呼ぶことになると思われます。(ということで監査法人側も、控訴審で安易に和解することはできないかもしれませんね)

(追補)

日経新聞の朝刊では、上場企業における法定監査契約の性質についての裁判所の見解が記載されており、「監査契約には経営陣の不正をただす目的も当然含まれており、財務諸表が正確か、虚偽かを監査するのが監査法人の責務」であると述べられているようです。いわゆる積極的な不正発見義務を認めたものか、不正発見時の是正義務を認めたものかは、この内容では判然としませんが、4期のうちの最終の1期についてのみ監査法人の債務不履行を認めたことは、企業固有のリスクがどこにあったのか、それまでの監査人と企業経営陣との監査業務をもとに、監査要点は十分把握できたのではないか、等リスクアプローチの手続を適正に行うことが重要である、と考えているのではないかと想像されます。

先にご紹介しました浜田先生の「会計不正」にも、日本コッパーズ事件に関する印象などが書かれておりますが、そのなかで「監査手続、監査要点、実査、実在性などの用語は、監査の世界にいる公認会計士等は当然知っていますが、その世界に関係のない一般の人々にはほとんど理解できない言葉だと思います。そのような専門用語が判決文に何度も出てきたことに、監査業界の人間は驚きました。・・・(中略)・・・部外者である裁判官が専門用語を駆使して監査人の責任を追及しようとしたのです」と記されております。それからすでに17年が経過しており、財務報告に係る内部統制報告制度においては「経営者による有効性評価」を行う時代となり、もはや監査要点、実在性などの言葉は監査人と経営者との共有言語になりつつあるわけでして、もはや裁判官も部外者とは言えない時代であります。本件は、会社法上の内部統制の司法判断への影響だけでなく、金商法上の内部統制報告制度が司法判断に及ぼす影響についても無視できないことを改めて考えさせられる事案であります。

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2008年4月18日 (金)

同友会の買収防衛策指針の策定とTOBルール(その2)

東証一部のイーアクセス社が「買収防衛策の流れに一石」を投じる、とのことで、これまで導入していた買収防衛策(ライツプラン)の廃止(継続しないこと)を取締役会で決議されたそうであります。(過度の買収防衛策の流れに一石)日本オプティカル社、ニッセン社に続いて非継続とするのは3社目ではないでしょうか。(追記 おおすぎ先生のブログで知りましたが、信託型のプランだったそうです。ねんのため)ニッセン社と同様、イーアクセス社も社外取締役制度を充実させており、中長期的な企業価値向上に関する株主との対話の姿勢を打ち出そうとされていると思われます。(副次的な効果ではありますが、資本政策によって安定株主を確保することも検討されているのかもしれません)なお、5月初めには、ニッセン社の社外取締役の方から、買収防衛策非継続を決定された経緯について、直接お会いして(守秘義務に反しないかぎりで)伺う予定になっております。何度も申し上げておりますが、私自身は「買収防衛策」の有効性を否定するものではなく、ただ別の買収防衛効果策も含めて、自身の会社の重要なリスク管理のひとつとして、検討すべき課題であると思っております。(ちなみに、証研レポート4月号の奥村宏氏の「株主とは誰のことか」なども、なかなか興味ある内容で、参考になります)

さて、先日の「同友会の買収防衛策指針の策定とTOBルール」につきましては、go2cさんからもトラックバックをいただき、またコメントとは別に何名かの有識者の方々よりメールを頂戴いたしました。賛否両論でありますが、皆様方からのメールの内容につきまして、差しさわりのない範囲でご紹介させていただきますと、第一次案については、経営者支配寄りのもっと過激なものであったが修正された、メンバー構成が経営者サイド、買収者支援サイドなどいろいろであったため、まとまらず調整が一苦労であった、相当以前から「何か発表しなければ」という雰囲気はあったが、なんとか無事発表できてホッとしている、経営者サイドの方々は、誰もが「自分が一番この企業の価値を向上させることができる」ということを信じて疑わず、これは保身などという安っぽい意識とは全く別の意識である(笑)、といったところだそうであります。(本当に差し障りのない話ですいません、あまり具体的な話ですと、メールをいただいた方々にご迷惑がかかりますので・・・(^^;) )

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2008年4月16日 (水)

「行政処分リスク」は両刃の剣か?

関西では「チャペクリ」(チャペル・クリスマス)とか「チャペココ」(チャペル・ココナッツ)としてお馴染みの超大手ファッションホテル運営企業と、その経営者の方が風営法違反で書類送検された、という報道があり、私もたいへん驚きました。規制条例の合憲性が争われたケースがあるものの、風営法違反ということで立件を目指そうとする対応はおそらく初めてではないでしょうか。(たとえば毎日ニュース)ニュースによっては「偽装ラブホテル」なる用語で紹介されておりますが、あまり聞きなれない言葉であります。別の毎日新聞ニュースによりますと、今年に入ってから市民団体によって警察庁などへの取締要望があったようですので、これが契機となったものと推測されます。業界大手への「見せしめ」的取締とか、再三の要請を無視されたことへの対応、といったことも原因しているのかもしれません。しかし、風営法違反というのは、風営法の許可を得ずして「ラブホテル」を営業していた、ということですが、運営会社としてはこの「ラブホテル」に該当しなければいいわけでして、問題となっているチャペル・スイートについても一応は事前に行政の「旅館業」の許可は取得しているわけであります。そもそも行政は、このチャペル・スイートの外観や中身を審査して「ビジネスホテル」として許可したわけでありますので、警察が「ラブホテル」と認定したことと、事前の行政の「ビジネスホテル」と認定したこととは矛盾しないのでしょうか?今回警察が「ラブホテル」と認定した決め手は①駐車場進入口に目隠しがある、②部屋のなかでアダルトグッズを売っている、③部屋の値段表の看板が玄関前に置かれている、④宿泊者名簿が備え置かれていない、といったあたりのようであります。つまり、行政が旅館業の許可をおろした後の、ホテル側の対応のよろしくない点だけを捉えていますので、あえて行政の事前許可との矛盾が生じないような配慮があったのではないでしょうか。だとすれば、ホテル側としましては、先の決め手となった点に留意しながら、ちょっとした改装をして反省してみせれば、それでビジネスホテルであることの「お墨付き」がもらえるわけでして、なんとも要望(地域からのラブホテル締め出し、営業停止)を出した市民団体の意図とはまったく正反対の結果が生じてしまう可能性があります。日本全国に数え切れないほど存在する「偽装ラブホテル」のオーナーの方々も、「なんだぁ、警察が動いてもこの程度かぁ・・・」とホッと胸をなでおろしているのではないでしょうか。ただ、誰も「行政処分はないだろう」と考えていたところで、市民運動を契機として行政処分が動き出す・・・というのも、企業にとっては大きなリスクであり、いわゆる行政処分リスクの特色の一端であります。なお、最近は普通のビジネスホテルやシティホテルでも「デイユース」(お昼の2名さま時間利用)をやっていますし、ツインの宿泊でも代表者のサインだけでいけますし(ラブホテルで車のカギを預けるほうがよっぽど個人特定としてはましだと思いますが)、ビジネスホテルの外観で、中はラブホテルというのも出現しておりますので、ますます境界は曖昧になってきていると思います。

さて、もうひとつの話題のホテルといえば新高輪プリンスホテルでありますが、こちらは旅館業法違反(正当な理由なく客を宿泊させなかったこと)で港区から行政処分を受けるのは必至と考えられておりましたところ、始末書を提出したことで「口頭注意」で終わってしまいそうであります。行政処分というのは過去の行為に対するペナルティではございませんので、なんともその裁量の具合がよくわからず、処分を受ける可能性のあるリスクというものは計り知れないところがございます。しかしながら、このプリンスホテルの件のように、始末書を上手に提出することで明らかな旅館業法違反の事実が認められても、すでに行政目的は達成できたとして、重大な処分は課されずに済むことがあるというわけであります。ひとつ予測を間違えますと、行政処分が刑事処分に発展することとなりますが、裏をかえせば、やり方次第では何もなかったかのように処分の対象からはずれてしまうという、この「両刃の剣」たる性質は、企業コンプライアンスの観点からは十分弁えて(わきまえて)おいたほうがよさそうであります。何度か当ブログでもとりあげましたが、改正された金商法上の課徴金制度(行政処分)によって、取締の歴史をつくっておいて、後から刑事罰(ただし証券取引等監視委員会は、あまり刑事罰に持ち込んで検察庁と共同作業をすることがお好きでないようですが)でピンポイントで締め付ける、という手法にも要注意であります。このままでは、「世の中の気分次第で」行政処分が出たり、出なかったりする風潮が高まるばかりであり、市民にとっても企業にとっても「よろしくない」事後規制社会が到来するのではないでしょうか。私が税務、独禁法以外の分野で行政と闘える有能な弁護士を待望する所以であります。

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2008年4月15日 (火)

同友会の買収防衛策指針の策定とTOBルール

経済同友会が買収防衛策などの法整備について提言をおこなったそうであります。(経済同友会企業・経済法制委員会作成に係る「健全なM&Aを促す法改正を」 )

毎度申し上げることですが、私はM&Aに詳しいものでもなく、あくまでも「素人的感覚」での意見でありますが、TOBルールの改正案のなかに、経営支配目的がある買収者に対し、①企業価値の持続的向上に資する経営改善策の提示を義務付ける、②経営改善策の実行に必要な期間中の株式保有を義務付ける、③買収にかかる資金源の開示を厳格化する、など、大量取得目的を有する株主への義務について提言されておりまして、このあたりがとてもビックリいたしました。

TOBルールは原則として、金融商品取引法の制度趣旨である「投資家保護」を目的とする制度ですから、開示による規制を中心としたものであり、買付希望者の行動に対する法的義務を課す制度ではないと思っておりました。たしかに「全部買付義務」というTOB時における実体的な義務は規定されておりますが、これはTOBの成功によって少数株主が切羽詰った状況に追い込まれてしまうことから、少数株主を解放するためのものであり、金商法の制度趣旨とも合致するものだと理解しております。しかし、経営改善策を提示させたり、株式保有を義務付けるのは、「少数株主保護」でもなく、むしろそういった改善策を提示しなかったり、株主保有をするつもりがないことにつきましては、そういった株主への説明に熱心ではない買取希望者のTOBに一般株主が応募しなければすむことであって、わざわざ実体的な行為義務を課す必要もないと考えておりました。

いままで金融商品取引法は、支配権のあり方を決定する規制として用いられてきたことはないと思いますし、敵対的買収、友好的買収いずれにしてもTOBは無色中立の立場でなければならないはずであります。そういった買収がありうることは念頭に置かれているとしましても、投資家保護のためには基本的には開示規制で対応すべきであり、そこに少数株主保護など、喫緊の課題が存在する場合のみ、実体的規制をかける・・・というのが私の理解なのですが、この同友会の提言内容まで「株主保護」と一括りにしてしまいますと、本来の金商法の制度趣旨と合致するのかどうか、少し疑問を抱いてしまいました。最近は委任状勧誘規則のあり方なども、会社法と金商法の狭間の問題として議論されておりますし、このあたりはけっこう気になるところであります。「株主保護」は理解できますが、「株主過保護」は健全な市場による価格形成の実現にはマイナスに働くのではないかと。やっぱり「公開会社法」的な特別組織法を作ったほうが理論的にはスッキリするような感じがしますが、いかがでしょうか。

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2008年4月14日 (月)

取引的不法行為と会社法上の内部統制構築

4月14日発売の日経ヴェリタス「放電塔」でも少しばかり紹介されておりますが、リーマン・ブラザーズ証券が丸紅社を被告として総額352億円の支払を求める裁判を東京地裁に提起したそうであります。リーマンがアスクレピオス社を介して病院再生事業に371億円のつなぎ融資をしたのでありますが、アスク社が破綻し、投資事業組合が集めた約400億円の行方がわからなくなってしまっているそうです。なお(一方当事者からのリリースではありますが)12日に丸紅社より、リーマン社の訴状内容(概要)と自社の反論要旨が開示されておりますので、詳しい事例内容につきましては、そちらをご参照ください。とりあえず、リリースの2ページ目に事案概要を図式化したものが掲載されておりますので、これがわかりやすいように思います。

丸紅社リリースから推測されるリーマン社の訴状の組み立てでありますが、①丸紅社の契約責任の追及(ただし、リリースからは「納品請求受領書」がリーマン社宛に保証の趣旨で出されたものなのか、投資事業組合宛に出されたものについてリーマンが代位して主張しているのかは不明でありますが、実質的には丸紅社とリーマン社間における融資債務に関する保証契約の有効性を前提としているように思われます。普通は会社法362条により、これだけの高額取引であれば取締役会決議が必要ですよね)、②かりに契約の有効性が認められないとしても、リーマン社は丸紅社の社員によって詐欺的被害を被ったのであるから、使用者責任(民法715条)に基づいて丸紅社に対して取引的不法行為に基づく損害賠償を請求する、というものであります。

本件に関与したとされる丸紅社元嘱託社員(懲戒解雇済み、双方より刑事告訴あり)2名が、どのような地位にあったのか、どういった理由で丸紅社内における取引が可能だったのか、といったあたりは不明ではありますが、おそらく取引的不法行為の責任が丸紅社に及ぶかどうか、といったあたりが実質的な争点になるものと思われます。ご承知のとおり、社員がその事業の執行について他人に損害を与えた場合には、社員とともに会社自身も使用者責任を負担するわけでして、この「事業の執行について」リーマンが丸紅社社員によって詐欺的行為による被害を受けたかどうか、という点がもっとも問題となるところではないでしょうか。

この「事業の執行について」といえるかどうか、判例はいわゆる「外形標準」説を採用しておりまして、この丸紅社元嘱託社員による保証的契約締結行為が「外形から客観的に判断して職務の範囲内であるかどうか」によって判断されることとなります。ただ、こういった外形標準説というものは、そもそも社員の行為を信頼して取引をしている相手方を保護するためであるといわれておりますので、「外形標準」とはいいましても、その取引相手方に社員の行動を信頼するにあたっての「落ち度」がある場合には、保護に値しない、ということも判例で認められております。どういった場合に保護されないかといいますと、悪意もしくは悪意に準じるような重大な過失が取引相手方に存在する場合、とされております。丸紅社のリリースのなかでリーマンの高額取引における確認義務違反をはじめとする「落ち度」について厳しく反論する趣旨は、本件において取引的不法行為による使用者責任が認められない、との主張と裏付けるためであろうと推測されます。

進行中の裁判ゆえに、どっちが有利だとか、こんな証拠があればこんな主張が通るのではないか・・・といった個別論点に踏み込むことはいたしませんが、一般論としてみると、たとえば取引的不法行為の相手方に「重過失とはいえない程度の過失」があった場合にはどうなるのだろうか・・・といった疑問が湧いてくると思います。「重過失」といいますのは、そもそも相手方の「悪意」(本件でいえばリーマン社が丸紅社員らが勝手に印鑑等を偽造して契約行為を行っていることを知っていること)を立証することが至難の業ですので、悪意があったのと同程度の非難に値するような重大な落ち度が立証されることが必要、ということを意味しております。嘱託社員の高額の取引的行為・・・というものが、そもそも「丸紅社においてあまりにも不自然な行為であって、ありえない。また天下の有名証券会社にとっても、そんな高額取引について嘱託社員を相手とすることもありえない。」と評価されるのであれば、外的的に見て「事業の執行について」不法行為があったと認定されないものと思われますが、そこで主張が認められない場合には、この重過失と過失の問題に直面する可能性が出てくるような気がします。

「会社法上の内部統制と司法判断」といいますと、大和銀行事件に代表されるような、取締役や監査役の善管注意義務(監視義務)違反に基づく法的責任問題を思い起こします。しかし今回のような取引的不法行為の外形標準理論や、代表取締役がその代表権を濫用して重要な取引を行った場合など、基本的には取引の相手方が保護されるケースにおきましても、取引相手方の過失の程度が問題となる場合があると思いますが、会社法上の内部統制システムの構築に関する議論が進むにつれて、保護されるべき過失の程度などに、いろいろと影響が出てくるのではないでしょうか。たとえば取引的不法行為の成否が問題となるような場面におきまして、(使用者責任を免れるための要件である)企業側の「相当な監督をしていた」事実を立証する場合におきまして、たとえ不法行為を行った社員を直接監督していなかったような状況があったとしても、そういった取引的不法行為を合理的に防止しうる程度の統制システムが構築されていたと評価される場合には「監督責任を尽くしていた」と認定できる場合も出てくるでしょうし、また内部統制の基本方針に基づき、整備の具体化や運用状況のチェックをするのが大会社の通例となりつつあるのであれば、取引相手方としては「社内チェック工程」の存在も十分予想がつくはずであり、「重過失」だけでなく、相手方保護のためには「無過失」であることも要求されてよいのかもしれません。また取引相手方の「表明保証」のとり方も問題になるケースも出てくるでしょうし、取引相手方自身も大きな会社であれば、自社のリスク管理の一貫として、高額融資を行う場合の取引内規が当然の内部統制ルールとして評価され、その内規に反する取引自体が「過失」とされるかもしれません。

内部統制システムの構築論によって、取引の安全が高度に要求される商取引の効力に影響を与えることは直接的にはないものと思っておりますが、たとえば会社の代表権の内部的な制限の問題とか、権限濫用の問題とか、監督責任の問題など、会社内部の手続ルールに破綻が生じ、この破綻が取引相手方の主観的な要件にも影響を与えるような場面におきましては、その規範的要件を基礎付ける事実の選択とか、規範的要件自体(重過失か軽過失も含むか、など)に「内部統制の構築論」が関連する時代になってきたのではないかと考えたりしております。本件のリーマンとしましては、詐欺被害に関する保険請求をするための要件として「とりあえず裁判はきちんと提起しておこう」と考えての提訴なのか、それとも「丸紅は絶対に許せない」という趣旨での本気の裁判なのかは存じ上げませんが、いずれにせよ非常に興味深い内容の裁判でありますので、今後の展開については注目しておきたいと思っております。

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2008年4月13日 (日)

くいだおれ&かしだおれの夜

Cimg0451_320 新聞やテレビでも報道されておりますとおり、今年7月8日をもって、大阪名物のレストラン「くいだおれ」が60年の幕を閉じることとなります。きょうはミナミで東京からお越しの方と夕食をご一緒することになっておりましたので、少し早めにミナミに出向きまして、人波をかきわけながら、やっとのことで大阪のシンボル「くいだおれ人形」を記念撮影してきました。(テレビ局も来てましたし、いや、本当にすごい人です。。。)

閉店報道の後、すでに100件以上の商標、人形買取の打診が舞い込んでいるそうでありまして、きょうもナニワのシンボル通天閣を経営する通天閣観光さんより、打診があったとのこと。先日、テレビにて初めて「くいだおれ」経営者の方を知りましたが、柿木道子会長のお顔とこの人形、かなり似ていらっしゃいます。おそらく、この会長の方がモデルではないでしょうか。柿木会長のお話では、売却先決定はまだまだ先のことのようでありますが、これほどの「くいだおれ」フィーバーともなりますと、大阪に本拠を有するファミリーレストランチェーンなども名乗りをあげてほしいものですね。「くいだおれ」の屋号で、大阪で10店舗ほど、この人形を入り口に飾って経営すれば、けっこう集客力があるように思いますが。だめですかねぇ。

Cimg0458_320 このくいだおれ人形から徒歩10分ほどで、長堀というところがございまして、こちらのお店で本日はいつも拝読させていただいているあるブロガーの方と3時間ほど、楽しくお話をさせていただきました。年齢のことを申し上げるのは控えますが、ともかく失われた15年に関する「昔話」に花が咲きました。(実はこのお店は、昨年大杉先生やneon98さんと会食したときにも利用させていただいたお店であります。朝のNHK連続テレビ小説の舞台になったお店であります。)私が立退きの裁判で訴えられている会社の代理人を務めていた時代、この方は立退きを求める側におられて、粛々と過去の清算に勤しんでおられたようでして、なかなか感慨深いものであります。いろいろと書きたいこともございますが、あんまり書くと特定されてしまうおそれもありますので、このあたりで失礼いたします。

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2008年4月11日 (金)

講談社、社外調査委員会報告書にみる「コンプライアンスの脆さ」

奈良母子殺害事件の少年鑑定に従事された精神鑑定医師の秘密漏示罪(刑法134条1項)被告事件の第一回公判が4月14日に開廷されますが、これに先立ち、講談社HPより「『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会報告書および、この報告書に対する講談社のコメントが公表されております。調査報告書は46ページにわたるものであり、また1ページの文字数が非常に多いために、相当の大作でありますが、その内容はじっくり読むに値するだけの興味深さであります。この週末、企業コンプライアンスに関心をお持ちの方には、ご一読をお勧めいたします。また、この調査報告書も、総務、法務部等におかれましては、「自社が講談社の総務、法務部であれば、この出版を止めることができたか、たとえ止めることができなかったとしても、起こりうる重大な事業リスクへの対処ができたかどうか」を検討してみてはいかがでしょうか。お読みになればおわかりのとおり、この調査報告書はいろいろな論点を含んでおります。表現の自由とプライバシー権の関係(刑事と民事)、秘密漏示罪の構成要件該当性、取材活動と少年法の関係、医師の守秘義務とは?、出版社の取材源秘匿と公権力の介入などなど、数えだしたらきりがございませんが、当ブログの性格から挙げるとすれば、講談社という企業のリスク管理が最も大きな論点であります。なお、この調査報告書は調査委員の意見もふんだんに盛り込まれておりますので、こういった論点を議論する礎にもなろうかと思われます。(しかし著者がこの報告書をお読みになったら、かなりムッとされるのではないかと・・・)

年間の発刊数が300冊以上を越える講談社の学芸局でありますが、局長(責任者)はこの「僕はパパを・・・」(以下、本書といいます)については、出版にあたってはかなり大きなリスクがあることを認識されていたようであります。他の出版物とは異なったリスク評価を行ったわけで、これをそのまま出版すべきかどうか「いちおう」法務部に相談するように指示を出しておられます。しかし法務部に相談があったのは、すでに発刊予定の1週間前であり、法務部としても顧問弁護士とともに検討を行ったのでありますが、その検討内容は「この本を世に出していいかどうか」ではなく、「世に出した後、どのようなリスクが当社に発生するか」という点からスタートした、とのこと。

さて、これを読まれて、「法務部はなんとだらしないのだろう。こんなのじゃ、法務部への問い合わせなんて、単なる責任逃れのための理由付けにすぎないじゃん」と評価するのは簡単かもしれませんが、では、実際会社の存亡をかけるような営業活動において、社内のほとんどの人たちがゴーサインを待っているような状況のなかで、「ゴーサインは出せません」とノーを突きつけられる法務部員はどれほどおられるでしょうか?講談社の局長さんの「とりあえず」「いちおう」法務部の意見を聞いておいてくれ、なる対応は、社内における法務部の位置付けがなんとなく透けて見えるような気がいたします。また、「社内の異議」なる小見出し(23頁以下)のもとで、社内で公然と本書発刊に異議を唱えたのは、「動物的カン」をもった週刊誌編集長だけであった、とされておりますが、最終的にはこの異議も無視されて出版に至ったものであります。以前、関西テレビあるある大事典捏造事件の調査報告書においても問題にされておりましたが、番組下請会社で捏造が発生していなかった時期があり、それはある特定のプロデューサーが存在していた時期だった、とのことでありました。こういった事件の真相からすれば、社内でコンプライアンス経営が根付くことは本当にむずかしく、真相は特定個人の類まれな「コンプライアンス才能」に依拠しているにすぎないのかもしれません。

とくに、この調査報告書に3回登場される、週刊誌担当の編集長の位置付けは非常に特徴的であります。けっして「コンプライアンスおたく」のような頭の固い人ではなく、「読者におもしろい、好奇心をそそるような話題にはどんどんつっこめ!だけど「ここから先はやばい」というバランス感覚は身に着けろ」といった、「動物的カン」をお持ちの方のようであります。講談社においては、こういったバランス感覚豊かな方がいたにもかかわらず、発刊に至ったわけでありますが、こういった感覚をやはり経営トップにお持ちいただくのがもっとも幸福な企業の姿なのかもしれません。(弁護士という立場からは、この報告書の内容につきまして、たくさん書きたいこともございますが、とりあえずブログの性質上、上記の点のみに限らせていただきました。また公正を期するために、調査書に対する講談社側の意見書も読まれたほうがよろしいかと思います。)

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2008年4月10日 (木)

JASDAQ「処分を判断する際の留意事項」から何を学ぶか?

Yahooニュースよりお越しのみなさま、はじめまして。内容が不明でありましても、決してスパムブログではございませんので、どうかご安心ください。ときどきコンプライアンスネタもやっておりまして、いつもマニアックな話題ばかりではございませんので、どうかよろしくお願いいたします。

4月4日、株式会社ジャスダックより、取引参加者(金融商品取引業者)向けの「処分を判断する際の留意事項について(案)」が公表されておりまして、今後の取引参加者に対する処分の公正性、透明性向上をはかるために公表されたようであります。もちろん、これは取引参加者向けでありまして、証券発行企業向けではございませんが、こういった処分のための判断基準が公表されることはあまりないものと思いますし、今後発行企業を対象とした自主ルール(つい先日も、「違約罰」が検討されている、といった記事が出ておりました)や、金融庁による行政処分(ご承知のとおり、金商法の改正によって上場企業にも制裁的課徴金が課されることとなります)などにも通じるところもあると思われますので、ご興味のある方は一度目を通されてはいかがでしょうか。ところで、この判断の際の留意事項でありますが、ざーっと目を通しただけでは「特別なんてことない」ようにも思えますが、細かいところまでチェックしてみますと、いろんな疑問点が出てくるようです。たとえば、私が感じましたのは以下のような点であります。

1 この判断の留意事項で重い処分、軽い処分、不処分の区別は可能か?

違反行為の内容や、市場への影響度、内部管理体制の状況などから、重い処分と軽い処分を区別すべき基準はなんとなく理解できるのでありますが、では軽い処分と処分をしないケースとは具体的にどのような基準によるのでしょうか?そのあたりが、これを読んでおりましてよくわかりませんでした。そもそも、この留意事項のなかで「違反行為」とか「違反状態」なる用語が使われているのですが、この「違反行為」というのは違反企業に故意過失を含んだものなのかどうかがよくわからないのであります。おそらく証券取引所で自主ルールをもって違反状態を排除するのが目的であり(たとえば取引所の公益性を維持したり、投資家を保護したり)、取引参加者にペナルティ(制裁)を課すことだけが目的ではないと思われます。(もちろん、重い処分と軽い処分が区別されておりますので、ペナルティとしての意味も含んでいるわけですが)そうだとしますと、取引参加者に故意、過失なる「責任」が認められなくても、この取引所による処分は課されることになりますので、「違法行為」とそうでない行為というものが取引参加者の故意過失とは別の基準で区別されるのではないか・・・と思われます。そういった観点からしますと、不処分と軽い処分とを分ける基準というものがどこにあるのか、かなり疑問を感じるところであります。

2 組織的関与の認定←「経営者が看過したとき」?

東証や大証が日興コーディアル証券に対して上場廃止としなかったときの理由として、「全社的、組織的な犯行とは認めるには至らなかった」ことが挙げられておりましたが、この処分留意事項の「④違反行為の関与者」のあたりを読みますと、「違反行為の関与者の役職、責務、人数や関与部店数などを考慮します。経営陣がそれを容認又は看過していた状況や上位役職者が関与した状況が認められる場合は、組織的に行われたものとして重い処分を課します」とされております。つまり、社員による違反行為について、経営陣がこれを首謀していたり、知悉していた場合のみならず、「うっかり知らなかった」場合であっても、これを組織的関与があった、と判断するということなんでしょうか?「看過」というのは知っていながら知らないふりをしていた・・・という意味ではなく、普通は「うっかり見過ごしていた」という意味に使われるでしょうから、「看過」まで含むとなりますと、かなり組織的関与があった、とされる違法行為の範囲は広くなってしまうのではないでしょうか。ホントにこれでいいのかどうか、少し疑問に思います。

3 内部管理体制-取引参加者としての責任の認識

これは先の1における疑問とも関連するのでありますが、違反行為が発生したことについて経営陣や内部管理統括責任者が責任を認識していないと認められる場合には重い処分を課します、とされており、つまり責任を認識していないような場合にはペナルティが課されることになっております。しかし、そもそも証券取引所が処分を課すのは、基本的には市場の健全性維持、投資家保護を第一義とするわけですから、取引参加者に故意過失がない場合であっても、その違法状態を排除するためであります。だとしますと、そもそも取引参加者側に故意過失がない場合であっても処分は可能なわけですから、経営陣がその責任を認識していない場合というのも出てくるわけでよね。ということですと、経営陣が責任を認識していないことを根拠として、ペナルティ(つまり重い処分)をその企業に課すということは少しおかしいのではないでしょうか。

いろいろと疑問点をあげておりますが、軽い処分と重い処分の区別基準から、学ぶべき点は多いと思います。また、このあたり詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけますと幸いです。

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2008年4月 9日 (水)

株主総会想定悶答(その2-買収防衛策編・・・あまり深く考えないでね 汗)

今年も買収防衛策を導入する企業は40社近くにのぼり、これまで導入している企業と合わせて400社を超える勢いだとか。(←日経新聞の報道による)先日ご紹介した指南書で、著名な弁護士さんがご指摘のとおり、「勧告型の導入決議が認められるのであれば、株主側からもいろんな勧告型の提案をしてもいいのかな・・・」といった鋭いツッコミも入るかもしれませんが、そういったムズカシイことはおいといて・・・・・(^^;;

大阪に本社のある上場企業におきまして、定款変更とともに事前警告型買収防衛策(ライツプラン)を導入する議案が上程された場合を想定しております。(あくまでも素人株主による質問です)

「なんや世間では買収防衛策って、よう話題になっとるけど、こんなもん、ほんまに必要なんやろかいな」

「私どもは、長期的視野にたって当社の成長を願う皆様方の共同の利益を守ることが職責であります。会社を食い物にしようとする者が出現する場合にそなえて、こういった防衛策を導入することを検討してまいりましたので、どうかご賛同のほど、よろしくお願いいたします」

「招集通知は一生懸命読んできたんやけど、これって株主総会で決めなあかんのでっか?そんな食い物にするような連中が来よるんやったら、おたくらで勝手に決めてくれたらええんとちゃうの?」

「昨年、買収防衛策に関する裁判がございまして、裁判所はこのような場合には、できるだけ株主総会で決するように、といった判断を出しております。私どもとしましても、防衛策を発動するかどうかは重要な決定事項であり、特別決議をもって株主様方に決めていただきたいと考えております」

「エ?わしらが決めたら裁判でも勝てるんでっか?もし負けたら誰が責任とるんでっか?たとえば、すちーるなんとか・・・みたいな会社が「なんちゅうことすんねん」みたいなこというて損害賠償とかかけてきたらどないなるんでっか?わしらが決めたからいうて、まさか株主が賠償請求されるんとちゃいますやろな?会社を食い物にするってゆうたって、あんた25%くらいの株をほしい場合までわしらが何で判断せなあかんのやろか?そんなときまでわしらの責任にされたらかなわんで・・・」

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2008年4月 8日 (火)

会計基準の国際化に対する監査役実務対応

昨日の英国における聖火リレーでは37人の逮捕者が出たそうでありますが、本日のフランスでの聖火リレーは、あまりの妨害行為のすさまじさに急遽中止になった、とのこと。(その後、聖火のみバスで移動)私はあまり国際事情に詳しいほうではありませんが、「人権」とか「行政不信」といった行動はやっぱり欧州は半端じゃないですね。さすが「法の支配」とか「人権宣言」などが生まれる国は違うなぁと妙に関心しながら記事を読んでおりますが、日本でもこれから排出権取引や、会計基準の国際化問題など、欧州中心のルールに否応なしに順応していなかければならないということで、少しばかり国民性の違いに不安感を抱いておりますのは、私だけではないと思います。ということで、会計基準の国際化に関する話題でありますが・・・

4月7日、日本監査役協会のHPより、(会計委員会作成による)会計基準の国際化に伴う企業への影響と監査役の実務対応がリリースされております。最近施行された新しい会計基準に関する「ポイント解説」と、実務対応マニュアル(実務対応編)に分かれておりまして、非常に使いやすいですね。ポイント解説編につきましては、今まさに話題になっております会計基準に関するものばかりですので、ちょっと易しすぎて「いまさら・・・」とお感じになる監査役の方もいらっしゃるかもしれませんが、「実務対応編」のほうは、会計監査人との「問題を共有」するためのマニュアルとしてはけっこう使えるのではないでしょうか。(私もこれで勉強したいと思っております)

最新号の旬刊経理情報(4月10日号)の特集記事「内部統制構築現場報告」におきましても、「内部統制構築における企業の対応と監査人の対応」(持永先生による)のなかで、内部統制実務指針における「多段階的な検証作業の利用」について指摘されておりますが、(そこで触れられているのは内部監査人による検証ではありますが)こういったマニュアルを最大限活用することで、監査役も監査人によって信頼されうる「多段階的な検証作業」の一翼を担えるようにしたいものであります。(とりいそぎ、本日は上記お知らせのみで失礼いたします。)

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2008年4月 6日 (日)

企業不祥事と「統制環境」評価(その2-食品Gメンの闘い)

(日曜、若干の追記あります)

4月5日(土曜)夜、NHKで「にっぽんの現場-食品表示Gメンの闘い」なるドキュメント番組がございまして、農林水産省の食品表示Gメンの方々(規格監視室)のお仕事が、実際にあった産地偽装事件の調査活動のなかで紹介されておりました。(とてもおもしろかったです)つい先日の東海澱粉株式会社の産地偽装事件について、どのような端緒によってGメンが調査を開始し、不祥事企業が行う記者会見までのわずかの期間に「組織的関与」であることをなんとか認めさせようと尽力するところまでの取材内容は詳細であり、なかなか勉強になりました。以下備忘録を兼ねて、若干ご紹介いたします。

農水省内の「食品表示Gメン」は現在9名ですが全国(おそらく農政事務所)には約2000名の食品Gメンが配置されており、このNHKの取材期間(3ヶ月間)でも約1000件の情報が寄せられた、とのことであります。ただ、そのうち実際に農水省で調査のうえ不正が発見できたのはわずか5件ということで、このあたりに任意調査としてのGメンの職務に大きな限界を感じられるようです。また、たとえ実際の調査によって「品質偽装」を暴くことができたとしましても、会社側担当者より「それは営業所が営業成績を上げたいがためにやったことで、本部では知らなかった」と言われてしまうと、それ以上の追及がなかなか困難であるのが現実のようであります

※ そういえば4月1日付けで「食品偽装特別Gメン」が20名、東京、大阪ほか地方農政事務所に配属された、というニュースがありましたが、この「特別Gメン」と、テレビで放映されていた農水省規格監視室の9名のGメンの方々との関係はどうなるのでしょうかね?(よくわかりませんでした)

さらに、品質偽装を暴くうえで、伝票と物流という、まさに財務報告の信頼性確保のための内部統制に関連する業務プロセスに重点的な調査が行われること、そのほか科学的な調査方法として産地ごとの商品のDNAデータをすでに蓄積しており、このデータによって食品産地偽装にはかなり対応できることなどが番組中で解説されておりました。もちろん調査の端緒は内部告発によるものが多いようですが、最近は他社と共謀して食品偽装を行っていた企業自身からの申告も多いようでして、このNHKの取材中にも、大阪の比較的大手の水産事業者自身より原産地偽装に関する自主申告がなされていたようであります。(偽装を隠匿していた・・・といった報道により、企業が被るダメージの大きさが認識されつつあるようです)こういった調査活動をみておりまして、やはり財務報告に係る内部統制を構築(整備、運用)するなかで、原産地偽装などの不正については、現場におけるセルフテストや内部監査人によるチェックの過程で容易に判明しうるものであり、「これは現場担当者が成績を上げるためにやったこと」なる言い訳はどうも通用しないのではないか・・・と思いました。もし、伝票を少しチェックすれば明らかに(取引業者と通謀して)原産地偽装をしているのではないかと認識できる程度でありますので、もし「知らなかった」なる言い訳が許されるのであれば、今度は内部統制のほうに重大な問題がある、と評価されざるをえないようでありました。(もちろん上場企業の場合・・でありますが)

最近の傾向としまして、原産地偽装による販売の場合、不正競争防止法違反の要件にも該当する場合が多いと思われますので、(このNHKの番組でも報じられておりましたが)東海澱粉社の場合も警察による捜査が開始されているようであります。この番組のなかで、少し残念だったのが、この東海澱粉社の原産地偽装の事実がどのような端緒をもって調査が開始されたのか番組のなかでは不明なままでしたし、(社内の社員によるものか、通謀していた取引先業者によるものなのか、それ以外の第三者によるものなのか)また、調査後、組織ぐるみでの犯行を会社側が否定していながら、記者会見の5時間前になって一転して担当取締役が原産地偽装の事実を認める発言をするようになった原因はどこにあったのか、という点についても触れずじまいでありました。ひょっとすると、告発した人と会社との番組には出てこなかったような深い事情があったのかもしれません。

なお、NHKの取材対象となってしまった東海澱粉社でありますが、農水省から立入調査に基づく追加情報が開示されたにもかかわらず、自社HPにおいては、この追加情報には触れないままに再発防止策を公表しておりますが、ちょっと信じられない対応であります。(組織的関与があったのか、なかったのか、についても触れられておりませんし、これはあまりにも不誠実な対応ではないでしょうか。)こういった対応がなされたうえで、どんなに立派な再発防止策を公表しても、不祥事体質が変更されないものとおもわれても仕方ないように思いました。かなり大きな会社ですし、ぜひとも情報開示のあり方を改善していただきたいと思います。

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2008年4月 4日 (金)

株主総会想定悶答(お気楽に)

halcome2005さんから教えていただいて、監査役協会のHPをのぞいてみましたが、「財務報告内部統制報告制度」に関するアンケート調査結果が公表されております。また月刊監査役5月号に掲載される予定とのことでありますが、このアンケート結果をちらっと読ませていただいたところ、問9で「専門の対応組織の統括責任者は誰か」との問いに対して「社長」と回答された企業が全体の25%(新興市場36%、その他22%)もあるようです。

ということは以下のような株主総会想定問答が考えられますね。

「新聞で新しい制度が始まったって聞いたけど、おたくの会社は内部統制報告制度の準備はやってはるん?」

「当社は私を責任者として、一丸となって構築してまいりました。実際の評価は今後になりますが、適正な報告を行い、皆様方に信頼されるような財務諸表を開示すべく尽力してまいりたいと考えております」

「評価は誰がするんかいな?」

「もちろん、経営責任者である私が行う予定であります」

「おたくが責任者で作ったものを、おたくが評価するって、そらあんた、そんなんでまともな評価ができるわけがないですやろ?(会場全体を見渡しながら苦笑)もし評価するんやったら、どうやって公正な評価ができるのか説明してくだはれ」

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監査役が買収防衛策のお目付け役?

週刊経営財務2862号、2863号(最新版)のスペシャル対談「内部統制報告制度のあるべき姿と実務への期待」、もう読まれましたでしょうか?企業会計審議会内部統制部会長のH田教授とN会計士による対談でありますが、とりわけ最新号に掲載されております後半部分のH田教授のご発言は「読み応え」十分でありましたが、「重要な欠陥」と「不備」という評価区分、いまからでも変更できないでしょうかね?(もちろんできないでしょうけど)やっぱりネーミングがイマイチですよ。「もし重要な欠陥があるとしても、それを前向きに考えましょう」といわれましても、一般の投資家は「あれ、この会社の報告書に『重要な欠陥あり』って書かれてる。ということは財務諸表の数字が信用できないとうことだね?こわーい。買わんとこ」って思うはずです(きっと)。「重要な欠陥」という言葉のイメージは、「あなたの会社は上場すべき会社ではない・・・」といった烙印を押されたイメージが消えず、どうも前向きなイメージが湧いてこないのですね。現場担当者にしても、気分悪いですよね。そこそこの数の上場企業について「内部統制に問題がある」といった開示上の運用を目指し、なおかつこれを上場企業が前向きに捉えることを目指すのであれば、もうすこし前向きになれそうなネーミングにすべきだと思います。たとえば「重要な欠陥」は「早急に改善すべき整備上の(運用上の)課題」、「不備」は思い切って「整備上のリスク」「運用上のリスク」といった具合に変更すれば、監査人、上場会社、一般投資家の間の共通言語としての意味合いが出てくるのではないでしょうかね?

さて話はガラリと変わるのでありますが、本日(4月3日)の日経朝刊にて、「経営陣と株主対立の場合 監査役が仲介・調整 東証などルール検討へ」なる見出しの記事が掲載されておりました。4月9日の日本監査役協会全国大会の直前という絶妙のタイミングでのニュースであります。(日経ニュースはこちら)少しだけ記事を引用させていただきますと、

東京証券取引所と日本監査役協会は、買収防衛策の導入などで経営陣と株主の利害が対立する場合に、監査役が第三者の立場で仲介や調整を担う仕組みづくりに着手した。株主の利益を損ないかねない決定を経営陣が公表する際に、監査役の意見書添付を義務づけるルールなどを検討する。株主に適切な判断材料を提供し、経営陣の保身的な行動に歯止めをかける。

冒頭のH田教授の対談におきましても、H田教授は「これからは会計監査人と監査役は連帯責任を負う時代」「(上場企業の場合)すくなくとも監査役一名は公認会計士の資格を保有するものでなければならない、と証券取引所の自主ルールで決めるべき、との議論があってもいい」とされ、監査役と取引所自主ルールとの関係について「企業会計と監査役のかかわり」という立場から積極的な意向を示しておられます。監査役の地位権限について、会社法の改正という手法ではなく、自主ルールで決定していこうという対応についてはいよいよ本格化しそうな気配が漂いつつあります。(なお、取引所自主ルールによって、大会社以外の上場企業についても「監査役会」設置がすでにルール化されておりまして、これまでまったく検討されていなかった、というわけではございません)新聞記事において掲載されている監査役の具体的な仲介・調整の役割を列挙いたしますと、以下のとおりであります。

・親会社と子会社がともに上場する「親子上場」時の少数株主と親会社との利害対立の調整

・大規模な第三者割当増資で一株あたり利益が目減りするおそれがある場合の株主保護(これも「意見書」添付でしょうか?)

・買収防衛策の導入などで経営陣と株主の利害対立のおそれがある場合に、経営陣の意見公表における監査役「意見書」添付

いやいや情報不足でした。本当に驚きましたです。しかし冷静に考えてみますと、上に掲げたような機能というのは、これまで監査役というよりも「社外取締役」に期待されたものとして議論されていたのではないでしょうか?監査役協会内に設置された研究会メンバーには経団連の方々も含まれている、とのことでありますが、「わざわざ社外取締役を強制導入せずとも、日本の会社法制度には社外監査役というものがあるではないか」との意見が強いところですので、すでに社外役員の数も多い「監査役制度」のほうでガバナンスの公正性確保をはかっていこう、という趣旨のものだと思われます。ただ、以下は私の勝手な思いつきによるものでありますが、いろいろと問題点は出てくるのではないでしょうか。

1 経営判断原則との関係

監査役は会社が大きなリスクを背負うことになるような経営判断を要する場合において、その判断の妥当性をチェックするというよりも、判断過程のプロセスをチェックするものである、と認識しておりますし、現に私自身もそのような対応をとっております。しかしながら、上記具体的な仲介・調整作用は、経営判断そのものに監査役が踏み込むことを前提としているようにも読めます。社外取締役が株主の代弁者として経営判断に関与するというのは理解できるのでありますが、監査役の本来期待されている職責との関係ではどうなるのでしょうか?また、そもそも会社法が「取締役会」制度に期待しているところとの関係についても問題になろうかと思われます。監査役による「事前監督機能」という点から、監査役に広く妥当性監査を求めることも可能ではありますが、ここでは株主に対する「意見公表」が前提となっておりますので、単に監査役が取締役(取締役会)に報告するだけのことではなく、基本は適法性監査を前提とせざるをえないのではないでしょうか。

2 買収防衛策のスキームとの関係

1とも関連するところでありますが、もし監査役が意見書を添付したうえで経営陣が意見表明する、ということであれば、これは現在の事前警告型買収防衛策における「独立委員会」の役割を監査役が担う・・・ということなんでしょうか。(紹介させていただいた記事内容からみると、事前警告型の防衛策の導入時だけでなく、発動時にも監査役が関与することが前提のように読めますよね)それとも、独立委員会はそのまま維持しておいて、監査役は手続上のチェックの結果のみを意見書で表明する、という意味なのでしょうか。しかし、大規模な第三者割当について監査役が調整役を果たすことも記載されておりまして、この「大規模な第三者割当」というのは買収防衛策として活用されるケースも想定されるでしょうから、やはり手続だけでなく、経営者意見の中身についても監査役が関与するものと考えられそうであります。そうしますと、やっぱり独立委員会に代替しうる監査役の関与、ということになるのではないかと推測されます。また、監査役が関与したからといって、「権限分配法理」との関係は解決されないと思われますので、株主に直接責任を負う監査役が関与しているという点は重視されるかもしれませんが、これで裁判に勝てるかどうかは未知数だと思います。(あくまでも、株主保護政策としての対外的信用をはかることに重きがおかれているのではないでしょうか)

3 株主代表訴訟(責任追及)、不提訴理由通知制度

買収防衛策発動にからんで、取締役の責任追及がはかられる場合、前提となる会社に対する提訴請求は監査役宛になされるわけでありますが(会社法386条2項1号)、そもそも取締役の意見表明に先立って監査役が「意見書」を添付するようなケースであれば、監査役にはもはや取締役と対峙して会社を代表するにふさわしい公正な立場を期待することはできないことになります。この場合は監査役自身も株主代表訴訟の被告になるケースが多いと思われますので(会社法847条)、同349条4項により、元にもどって代表取締役が会社を代表することになるのでしょうか。また、不提訴理由通知制度(847条4項)も意味がなくなってしまうのではないでしょうか。まぁ、内部統制システムに関する相当性監査とか、防衛策の相当性に関する監査、会計監査人の報酬や選任決定への関与など、妥当性監査へ傾斜しているところでありますので、このあたりはあまり大きな問題ではないのかもしれません。

4 監査役の任期、独任制との関係

以前エントリーにも記載しましたが、監査役はその職務の独立性を確保するために、上場企業の場合は4年と定められております。会社の適法性監査が期待されているからこそ、その職務の独立性が強く確保されているとは思うのでありますが、これだけ相当性、妥当性監査に傾斜してきますと、はたして4年の任期は妥当な期間なのかどうか、株主の権利保護という重責を担うとすれば、本当に2年ごとに選任されたほうが妥当ではないか、といった疑問も生じてきます。また、監査役は(上場企業の場合、上場ルールとしても)監査役会を形成しておりますが、その職務の独立性確保のために法律上は「独任制」であります。(監査報告も別々に作成します)今回考えられております「意見書」はおそらく「監査役会における協議のうえで作成」されるものだと思いますが、もしそうだとしますと、監査役の独任制たる地位と矛盾しないのでしょうか。(意見書は別々に作成しながら、監査役会としても作成する・・・というわけではないと思います)

そういえば、こういった「監査役制度の大転換」の気配を感じるなかで、「取締役兼務監査役」を提唱された大杉先生の商事法務論文「監査役制度改造論」を思い出しました。いずれにしましても、日本監査役協会における研究会や、東証の有識者懇談会で協議され、来春あたりに報告書がまとめられる・・・とのことですので(日経新聞の報道内容によれば)、会社法、規則との整合性、「公開会社法」提言との関連性、監査役監査基準の法規範性の認知度、買収防衛ルールの発展など、諸事情を勘案しながら中身が形成されていくものと思われます。また、中身が明らかになった段階で、私見も書いてみたいと思っております。今後の展開を楽しみにしております。

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2008年4月 2日 (水)

不誠実目的による内部通報への対応

横浜市大医学部の一連の騒動がますますたいへんなことになっておりますが、コンプライアンス推進委員会のメンバーの方にまで金銭授受があったとなりますと、これは言語道断でありますし(産経WEBニュース)、ましてや事実認定が不明瞭なまま委員会による調査が中止されたとなりますと(読売新聞ニュース)、もはや収集がつかない状況になってしまうように思われます。本日は金商法上の内部統制にも、また会社法上の内部統制システムにも関連する「内部通報制度」について、若干の考察をしてみたいと思います。

ところで、この一連の横浜市大騒動のニュースを閲覧しておりまして、同大学の研究員の方々が、コンプライアンス推進委員会に対して、内部通報者を処分するよう求める上申書を提出した、とあります。以下若干記事を引用いたしますと、

「内部通報者に悪意」横浜市大研究室員らが学長に処分要求

 横浜市立大の○○医学部長の研究室員らが、学位を巡る現金授受などについて、同大コンプライアンス推進委員会に対して内部通報した者を処分するよう求める申し入れ書を、理事長と学長あてに提出していたことがわかった。同大の規定では法令や倫理違反に関する内部通報者の保護を義務付けており、申し入れはこの趣旨に反している。読売新聞社が入手した申し入れ書によると、研究室の准教授ら11人の連名があり、2月12日付。

 申し入れ書では、内部通報者を「医局内での出来事を悪意に歪曲(わいきょく)している」などと指摘。「仲間を引きずり下ろそうとする人間」とした上で、委員会に、「厳しい責任追及」を求めている。

このような時点におきまして、とくに本騒動を批判するつもりはございませんが、内部通報が不誠実な目的によってなされた場合に、手続の上でどう対処するべきか・・・という問題は、一般企業における内部通報制度の運営上も当然起こりうるものであります。たとえば内部通報することをネタにあらかじめ被通報者に金銭を要求していたとか、被通報者を失脚させるために虚偽の事実を申告する、など専ら不誠実な目的で内部通報制度を利用する場合の対応であります。

公益通報者保護法第2条によりますと、不正の利益を得る目的、他人に損害を与える目的その他不正の目的による通報は、法の規定する公益通報には該当しない、とありますので、内部通報制度におきましても「誠実性」の要件は求められるものと考えられます。もちろん、当初から不誠実な通報かどうかはわからないケースが多いと思いますが、事実調査を進めている段階で不誠実な通報である、と判断された場合には、原則として内部通報手続を進める必要はないものと考えられます。しかし、若干の問題があります。

1 不誠実か誠実かは明確に区別できるか?

まったく根拠のない虚偽事実を申告しているような場合は別としまして、他人を失脚させようという意図がある場合でも、その申告事実が真実と認められ、企業として何らかの対応が必要と判断されるようなケースであれば、不誠実な意図が混在しているにすぎないとみて、これを無効な申告と扱うことはできないのではないかと思います。不誠実か誠実かという点はその境界がきわめて曖昧であり、また内部統制システムの一貫としてのヘルプラインの重要な目的は違法行為の予防、発見にありますので、内部通報制度は適正な手続によって継続しているものとして、企業側は当該手続を進める必要があろうかと思われます。

2 不誠実な申告に基づく調査を続行することはできるか?

たしかに、不誠実な申告に基づく場合(調査の結果、不誠実な申告であると会社が判断した場合)、会社は内部通報制度の続行を中止することができるわけでありますが、これは通報者との関係で手続を履行する義務、調査内容を報告する義務から解放されることを意味します。しかしながら、調査の段階で会社が社内の不正行為を「知ってしまった」場合に、会社側の判断で任意で調査を続行することは可能であると思われます。なぜなら、内部通報制度における「通報」は通報者の権利救済のシステムではなく、あくまでも違法行為(不正行為)発覚のための端緒にすぎないと考えられるからであります。

横浜市大の件に戻りますが、そもそもこういった調査は密行性の高いものでありますので、ここまで事実経過が公表されてしまったこと自体疑問に感じますが、通報者が事実を歪曲して申告している、といった事情を関係者から聴取することは、あながち的外れではなかろうと考えますが、内部通報の責任担当部署は受理すべき申告事実に制限がありますし、また責任追及を行うのは担当部署の権限ではないと考えられますので、こういった上申書につきましては、すみやかに担当部署の見解を回答すべきだと思われます。また、審議についても「事実歪曲があったかどうか」という点だけにとどめ、それ以外のことを審議することは回避する必要があります。そうでなければ、内部通報制度にも「無理がきく」といったウワサが流れることで、今後の内部統制システムの有効性に影響を与えかねないからであります。しかし、このような事件をみますと、内部通報制度自体が、その組織の体質を反映する場合もあるようで、すこしコワイ気持ちになりました。

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2008年4月 1日 (火)

企業不祥事と「統制環境」評価(その1)

いよいよ4月となりまして、このブログではやっぱり本日施行の内部統制報告制度ネタを考えてみました。(といいましても、とくに驚くような内容ではございませんが・・・)

丸山満彦会計士のブログ(まるちゃんの情報セキュリティきまぐれ日記)におきまして、「財務報告に係る統制環境だけを抜き出して評価できるか?」というエントリーが盛り上がっておりまして、やりとりを興味深く拝見しておりますが、たしかに内部統制報告制度における評価方法としてはむずかしい問題を含んでいるものと思います。たとえば、「・商品が一定の品質基準を満たしていないため、販売できない可能性が非常に高いという事実が分かったが減損しないとか、・工場跡地から有害物質が発見されその除去に多額の費用がかかることがわかったが、その事実を開示しない」場合など、といった事例があげられておりますが、そもそもそういった不祥事は財務報告に係る内部統制上の統制環境とは無関係な業務プロセス上で発生するものであり、評価対象には該当しないのではないか、という疑問が生じます。(「重要性」の観点から、評価範囲からはずれてしまうことも多いと思われます)

そもそも不祥事を発生させる企業体質全般を、内部統制報告制度における経営者評価の対象と捉えることは、「経営者による評価」は可能であったとしても、監査人による「内部統制監査」の対象とできるのかどうか、素朴な疑問が生じるところであります。そこで、品質偽装を見逃すような経営者は、財務報告に係る粉飾についても見逃すだろう・・・という推定が働くようにも思いますが、現実にその推定から「統制環境に重要な欠陥あり」と判断(評価もしくは監査)するところまではなかなか届かないケースも多いかもしれません。(判断に相当な勇気がいるようにも思います)しかし一方において、架空循環取引のリスクや粉飾リスクなどの不正会計リスクと、食品偽装や環境汚染などの不祥事リスクを切り分けて前者のみを考慮しながら「統制環境」を評価することは、少し技巧的すぎるようでなんかおかしい気もします。(これまた現実的でないようですね)

ところで、この4月から「棚卸資産の評価に関する会計基準」が施行されて、いわゆる「低価法」が強制適用されることになるそうですが、そこでは収益性が低下しているものにつきましては、棚卸資産の金額を評価減しなければならないとされています。つまり、上場企業の場合、棚卸資産の収益性については、会社も監査人も注視しなければいけなくなった、ということですよね。そこで、このあたりは会計制度にくわしい方に教えていただきたいのですが、たとえば品質偽装の問題とか、販売目的で保有している土地の土壌汚染を隠蔽して販売(もしくは保持)する問題などの場合、企業としては棚卸資産に明らかな収益低減要素が含まれているわけですから、これはまさに財務報告に係る内部統制と関連する問題と捉えることはできないでしょうかね?もしこういった点で「財務報告に係る内部統制」と企業不祥事との接点が見出せるのであれば、不祥事体質自体を「統制環境」の評価要素として含めることの説明が容易になるように思うのでありますが、いかがでしょうか。

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