« 同友会の買収防衛策指針の策定とTOBルール(その2) | トップページ | 買収防衛策導入(継続)時に株主として是非聞いておきたいこと »

2008年4月19日 (土)

大手監査法人に粉飾決算事例で初の賠償命令

(4月19日午後 追記、訂正があります)

来週月曜日(4月21日)は、いよいよ長銀違法配当刑事裁判の最高裁弁論期日であり、以前から当ブログにおきましても刑事、民事とも注目しているところでありますが、その直前の金曜日にたいへん注目すべき判決が大阪地裁で出たようです。日本を代表する監査法人さんが、大証二部に上場していたナナボシ社の監査において「適正意見」を出していたことで、ナナボシ社の管財人に対する監査法人の損害賠償責任を認めるビックリ判決であります。(朝日ニュース「監査法人トーマツに賠償命令、粉飾見抜けず損害認定」 なお日経ニュースはこちらです。)任意監査においては、平成3年3月19日東京地裁の「日本コッパーズ事件」(判例時報1381号116頁以下)が監査法人さんの(粉飾決算を見抜けなかったことによる)損害賠償責任を認めておりますが、一般の上場企業における監査(会社法による監査、金融商品取引法による監査、いわゆる法定監査です。)において、監査法人の監査上の過失を認め、損害賠償責任が認められるのはおそらく初めてのことであります。(なお、日本コッパーズ事件につきましては、控訴審では監査法人側が逆転勝訴しております)原告であるT先生(管財人)は、関西では倒産、金融法務ではたいへん著名かつ優秀な弁護士ですし、どのあたりに力点を置いて主張立証を構成されたのか、判決全文が入手できましたら検討してみたいと思っております。ともかく会計士業界におきましては、今後の大きな話題になることは間違いないでしょうね。なお本件のナナボシの粉飾決算につきましては、被告監査法人はすでに平成18年3月30日、金融庁(長官)より、懲戒処分を受けております。処分内容と事案の概要は以下のとおりでありますが、金融庁による処分が先行し、また懲戒対象の事案の全てについて裁判所が「債務不履行」を認めたわけではないことにご留意ください。

処分内容  戒告 

処分理由 

ナナボシの平成10年3月期から平成13年3月期有価証券報告書に重大な虚偽があったにもかかわらず、関与社員が相当の注意を怠ったことにより、重大な虚偽のないものとして証明した。

事案の概要

ナナボシは下請けのX社と通謀して架空の水利組合等による灌漑工事を仮装。ナナボシからX社に支払われた外注費を架空の水利組合等の名義を用いるなどして、ナナボシに対する完成工事代金として還流させ架空売上を計上し、虚偽のある財務書類を作成した。本財務書類に関し、当該公認会計士3名の行った証券取引法に基づく監査証明については、以下の問題点が認められた。

1 完成工事代金のうち一部が未収入金となっているにもかかわらず、ナナボシが補助金交付事業と説明した工事について、補助金交付事業であることを十分に確認しておらず、また、相手先の財務内容や延滞理由などを十分に確認していない。

2 工事現場視察にあたり、現場の工事状況と書類上の工事内容との整合性を十分に確認していない。

3 X社からの外注費請求書に明細が記載されていない等の問題があったにもかかわらず、外注工事の内容等につき十分な確認手続を行っていない。

この平成18年の懲戒処分事案と、日経新聞朝刊(4月19日)の記事内容とを見比べますと、日経記事では「(裁判官は)監査法人は財務上に不自然な兆候があった場合、原因解明する追加の監査手続をすべきで、怠れば責任を免れない、工事代金の入金がなかった点については工事の実在性などに懸念を抱き、追加の監査手続をすべきであった、とした」とありますので、この懲戒事案概要に掲示されている1ないし3が「不自然な兆候」といえるのでしょうか。ただ、4期にわたって、上記のような不自然な点が認められたのか、それとも最終の1期にかぎって認められたのか判然としておりませんが、当初は入金の確認等がなされたことを確認しており、それで監査人としても注意義務を尽くしたものであるが、借方の完成工事未収入金や貸方の工事未払金の一部が恒常的に残っていたりすることから、次第に監査人としては懐疑心を強めていく必要があった、ということではないかと推測いたします。(このあたりはぜひ判決内容で確認したい点であります)先日、当ブログでもご紹介しました「会計不正」(浜田康 著)の第五章では「監査人はなぜ会計不正を見逃すのか」(159P~212P)といったテーマで、有能な会計監査人とそうとはいえない(?)監査人とを分けて、不正会計を見逃すまでの原因究明とこれへの対応策などが詳細に分析されており、参考になるところであります。

まだ報道内容からしか事実は把握できませんが、本判決では過失相殺が認められ8:2(過失割合=会社8:監査法人2)として、損害額の一部(1700万円)のみ支払義務を認めているようであります。この8:2というのは、平成3年の日本コッパーズ事件の地裁判決も同様だったかと記憶しております。粉飾決算においては、経営者の故意過失や従業員の故意過失、そして監査人による監査が絡んでおりますところ、経営者や従業員の地位と法人としての会社とは法律上は別個の存在であるために理屈のうえでは過失相殺はないともいえそうでありますが、裁判所は「会社ぐるみによる粉飾」といった実態を重視して過失割合をそのまま過失相殺の対象としているようであります。(ただし、このあたりの議論が進展するかどうかは、まだ控訴審の結果をみてみないとわかりませんし、管財人の方が原告でありますので高裁で和解・・・ということも考えられます)また、このような「会社側の過失」といった内容が、賠償の金額を決定付けるとするならば、監査法人側は裁判において提出すべき抗弁としての「経営者の過失」「従業員の過失」をどのように基礎付けるか、という視点が監査実務にも影響することが予想されますので、今後の内部統制監査のあり方にも十分影響が出ることとなります。日本コッパーズ高裁判決や、山一證券事件などにおいては、監査人の責任が否定されてはいるものの、問題当時の「一般に公正妥当と認められる監査の基準」を参照しながら、監査計画の段階から、リスクアプローチの合理性や、内部統制の状況をどのように監査法人が把握していたか・・・といった点にも裁判所の注目が集まり出してきておりましたので、内部統制報告制度が施行されるに至った今日、こういった監査法人さんの民事責任を問う裁判の検討は欠かせないところになってきたものと思います。(中央青山の責任が問われたRCC→足利銀行の件はたしか和解的解決で終わったんでしたよね?)また、監査法人さんを被告とする民事事件の場合、高度の守秘義務を負う監査法人さんの手元にある証憑関係資料にどのように原告側がアクセスできたのか、その開示のあり方についても興味あるところであります。(注----本件事案は原告が倒産会社の管財人であるため、被告監査法人の手元にある資料と同一のものがすでに原告の手元に存在しているケースかもしれません。このあたりは、すこし注意をしておく必要がございます)

注)足利銀行事件につきましては、地裁判例が出ておりますね。正確なところは、追って確認次第またフォローいたします。失礼いたしました。(4月20日追記)

三田工業、フットワークエクスプレス、カネボウ、キャッツ、ライブドアと、会計士さん個人の逮捕劇から始まる粉飾決算刑事事件については、たいへん売れ筋のノンフィクションの本も出版されておりますし、自然と注目は集まるところではありますが、監査法人自身の民事賠償責任が問われる粉飾決算民事事件につきましても、このような賠償責任を認めるような判決が出ますと、今後は内部統制監査と絡めて注目が集まるものと推測いたします。また、民事事件の影響は、内部統制の評価を行ったり、法定監査を受ける立場にある上場企業にも大きな波紋を呼ぶことになると思われます。(ということで監査法人側も、控訴審で安易に和解することはできないかもしれませんね)

(追補)

日経新聞の朝刊では、上場企業における法定監査契約の性質についての裁判所の見解が記載されており、「監査契約には経営陣の不正をただす目的も当然含まれており、財務諸表が正確か、虚偽かを監査するのが監査法人の責務」であると述べられているようです。いわゆる積極的な不正発見義務を認めたものか、不正発見時の是正義務を認めたものかは、この内容では判然としませんが、4期のうちの最終の1期についてのみ監査法人の債務不履行を認めたことは、企業固有のリスクがどこにあったのか、それまでの監査人と企業経営陣との監査業務をもとに、監査要点は十分把握できたのではないか、等リスクアプローチの手続を適正に行うことが重要である、と考えているのではないかと想像されます。

先にご紹介しました浜田先生の「会計不正」にも、日本コッパーズ事件に関する印象などが書かれておりますが、そのなかで「監査手続、監査要点、実査、実在性などの用語は、監査の世界にいる公認会計士等は当然知っていますが、その世界に関係のない一般の人々にはほとんど理解できない言葉だと思います。そのような専門用語が判決文に何度も出てきたことに、監査業界の人間は驚きました。・・・(中略)・・・部外者である裁判官が専門用語を駆使して監査人の責任を追及しようとしたのです」と記されております。それからすでに17年が経過しており、財務報告に係る内部統制報告制度においては「経営者による有効性評価」を行う時代となり、もはや監査要点、実在性などの言葉は監査人と経営者との共有言語になりつつあるわけでして、もはや裁判官も部外者とは言えない時代であります。本件は、会社法上の内部統制の司法判断への影響だけでなく、金商法上の内部統制報告制度が司法判断に及ぼす影響についても無視できないことを改めて考えさせられる事案であります。

|

« 同友会の買収防衛策指針の策定とTOBルール(その2) | トップページ | 買収防衛策導入(継続)時に株主として是非聞いておきたいこと »

コメント

いつも興味深く拝見させていただいております。
当訴訟の原告側関係者ですが,公認会計士の監査責任に関して,先週発行のNBL879号(2008年4月15日号)で議論の整理を試みております(「公認会計士の監査証明業務に関する損害賠償責任について」)。
当訴訟の内容にわたらない一般論としての論考ですが,この問題に関する検討の参考になればと思い,紹介させていただきました。

投稿: 南国弁護士 | 2008年4月20日 (日) 08時55分

南国弁護士さん

はじめまして。
最近、NBLはフォローしていなかったもので、まったく存じ上げておりませんでした。(情報ありがとうございます)
さっそく、裁判所の法政書房で月曜日以降に購入しておきたいと思います。なお、エントリーでいたらない点がありましたら、気軽にご意見、ご批判よろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2008年4月20日 (日) 11時24分

NBL879号の論稿(これは南国弁護士さんの論稿ですよね)拝見いたしました。議論の整理としては抜群ではないかと思います。できれば法曹の方々に専門家責任訴訟の骨格としてみていただきたい内容ですね。たいへん勉強になります。この論稿への感想につきましては、また別エントリーにてアップいたしますので、よろしくお願いいたします。

投稿: toshi | 2008年4月21日 (月) 14時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大手監査法人に粉飾決算事例で初の賠償命令:

« 同友会の買収防衛策指針の策定とTOBルール(その2) | トップページ | 買収防衛策導入(継続)時に株主として是非聞いておきたいこと »