監査役が買収防衛策のお目付け役?
週刊経営財務2862号、2863号(最新版)のスペシャル対談「内部統制報告制度のあるべき姿と実務への期待」、もう読まれましたでしょうか?企業会計審議会内部統制部会長のH田教授とN会計士による対談でありますが、とりわけ最新号に掲載されております後半部分のH田教授のご発言は「読み応え」十分でありましたが、「重要な欠陥」と「不備」という評価区分、いまからでも変更できないでしょうかね?(もちろんできないでしょうけど)やっぱりネーミングがイマイチですよ。「もし重要な欠陥があるとしても、それを前向きに考えましょう」といわれましても、一般の投資家は「あれ、この会社の報告書に『重要な欠陥あり』って書かれてる。ということは財務諸表の数字が信用できないとうことだね?こわーい。買わんとこ」って思うはずです(きっと)。「重要な欠陥」という言葉のイメージは、「あなたの会社は上場すべき会社ではない・・・」といった烙印を押されたイメージが消えず、どうも前向きなイメージが湧いてこないのですね。現場担当者にしても、気分悪いですよね。そこそこの数の上場企業について「内部統制に問題がある」といった開示上の運用を目指し、なおかつこれを上場企業が前向きに捉えることを目指すのであれば、もうすこし前向きになれそうなネーミングにすべきだと思います。たとえば「重要な欠陥」は「早急に改善すべき整備上の(運用上の)課題」、「不備」は思い切って「整備上のリスク」「運用上のリスク」といった具合に変更すれば、監査人、上場会社、一般投資家の間の共通言語としての意味合いが出てくるのではないでしょうかね?
さて話はガラリと変わるのでありますが、本日(4月3日)の日経朝刊にて、「経営陣と株主対立の場合 監査役が仲介・調整 東証などルール検討へ」なる見出しの記事が掲載されておりました。4月9日の日本監査役協会全国大会の直前という絶妙のタイミングでのニュースであります。(日経ニュースはこちら)少しだけ記事を引用させていただきますと、
東京証券取引所と日本監査役協会は、買収防衛策の導入などで経営陣と株主の利害が対立する場合に、監査役が第三者の立場で仲介や調整を担う仕組みづくりに着手した。株主の利益を損ないかねない決定を経営陣が公表する際に、監査役の意見書添付を義務づけるルールなどを検討する。株主に適切な判断材料を提供し、経営陣の保身的な行動に歯止めをかける。 |
冒頭のH田教授の対談におきましても、H田教授は「これからは会計監査人と監査役は連帯責任を負う時代」「(上場企業の場合)すくなくとも監査役一名は公認会計士の資格を保有するものでなければならない、と証券取引所の自主ルールで決めるべき、との議論があってもいい」とされ、監査役と取引所自主ルールとの関係について「企業会計と監査役のかかわり」という立場から積極的な意向を示しておられます。監査役の地位権限について、会社法の改正という手法ではなく、自主ルールで決定していこうという対応についてはいよいよ本格化しそうな気配が漂いつつあります。(なお、取引所自主ルールによって、大会社以外の上場企業についても「監査役会」設置がすでにルール化されておりまして、これまでまったく検討されていなかった、というわけではございません)新聞記事において掲載されている監査役の具体的な仲介・調整の役割を列挙いたしますと、以下のとおりであります。
・親会社と子会社がともに上場する「親子上場」時の少数株主と親会社との利害対立の調整 ・大規模な第三者割当増資で一株あたり利益が目減りするおそれがある場合の株主保護(これも「意見書」添付でしょうか?) ・買収防衛策の導入などで経営陣と株主の利害対立のおそれがある場合に、経営陣の意見公表における監査役「意見書」添付 |
いやいや情報不足でした。本当に驚きましたです。しかし冷静に考えてみますと、上に掲げたような機能というのは、これまで監査役というよりも「社外取締役」に期待されたものとして議論されていたのではないでしょうか?監査役協会内に設置された研究会メンバーには経団連の方々も含まれている、とのことでありますが、「わざわざ社外取締役を強制導入せずとも、日本の会社法制度には社外監査役というものがあるではないか」との意見が強いところですので、すでに社外役員の数も多い「監査役制度」のほうでガバナンスの公正性確保をはかっていこう、という趣旨のものだと思われます。ただ、以下は私の勝手な思いつきによるものでありますが、いろいろと問題点は出てくるのではないでしょうか。
1 経営判断原則との関係
監査役は会社が大きなリスクを背負うことになるような経営判断を要する場合において、その判断の妥当性をチェックするというよりも、判断過程のプロセスをチェックするものである、と認識しておりますし、現に私自身もそのような対応をとっております。しかしながら、上記具体的な仲介・調整作用は、経営判断そのものに監査役が踏み込むことを前提としているようにも読めます。社外取締役が株主の代弁者として経営判断に関与するというのは理解できるのでありますが、監査役の本来期待されている職責との関係ではどうなるのでしょうか?また、そもそも会社法が「取締役会」制度に期待しているところとの関係についても問題になろうかと思われます。監査役による「事前監督機能」という点から、監査役に広く妥当性監査を求めることも可能ではありますが、ここでは株主に対する「意見公表」が前提となっておりますので、単に監査役が取締役(取締役会)に報告するだけのことではなく、基本は適法性監査を前提とせざるをえないのではないでしょうか。
2 買収防衛策のスキームとの関係
1とも関連するところでありますが、もし監査役が意見書を添付したうえで経営陣が意見表明する、ということであれば、これは現在の事前警告型買収防衛策における「独立委員会」の役割を監査役が担う・・・ということなんでしょうか。(紹介させていただいた記事内容からみると、事前警告型の防衛策の導入時だけでなく、発動時にも監査役が関与することが前提のように読めますよね)それとも、独立委員会はそのまま維持しておいて、監査役は手続上のチェックの結果のみを意見書で表明する、という意味なのでしょうか。しかし、大規模な第三者割当について監査役が調整役を果たすことも記載されておりまして、この「大規模な第三者割当」というのは買収防衛策として活用されるケースも想定されるでしょうから、やはり手続だけでなく、経営者意見の中身についても監査役が関与するものと考えられそうであります。そうしますと、やっぱり独立委員会に代替しうる監査役の関与、ということになるのではないかと推測されます。また、監査役が関与したからといって、「権限分配法理」との関係は解決されないと思われますので、株主に直接責任を負う監査役が関与しているという点は重視されるかもしれませんが、これで裁判に勝てるかどうかは未知数だと思います。(あくまでも、株主保護政策としての対外的信用をはかることに重きがおかれているのではないでしょうか)
3 株主代表訴訟(責任追及)、不提訴理由通知制度
買収防衛策発動にからんで、取締役の責任追及がはかられる場合、前提となる会社に対する提訴請求は監査役宛になされるわけでありますが(会社法386条2項1号)、そもそも取締役の意見表明に先立って監査役が「意見書」を添付するようなケースであれば、監査役にはもはや取締役と対峙して会社を代表するにふさわしい公正な立場を期待することはできないことになります。この場合は監査役自身も株主代表訴訟の被告になるケースが多いと思われますので(会社法847条)、同349条4項により、元にもどって代表取締役が会社を代表することになるのでしょうか。また、不提訴理由通知制度(847条4項)も意味がなくなってしまうのではないでしょうか。まぁ、内部統制システムに関する相当性監査とか、防衛策の相当性に関する監査、会計監査人の報酬や選任決定への関与など、妥当性監査へ傾斜しているところでありますので、このあたりはあまり大きな問題ではないのかもしれません。
4 監査役の任期、独任制との関係
以前エントリーにも記載しましたが、監査役はその職務の独立性を確保するために、上場企業の場合は4年と定められております。会社の適法性監査が期待されているからこそ、その職務の独立性が強く確保されているとは思うのでありますが、これだけ相当性、妥当性監査に傾斜してきますと、はたして4年の任期は妥当な期間なのかどうか、株主の権利保護という重責を担うとすれば、本当に2年ごとに選任されたほうが妥当ではないか、といった疑問も生じてきます。また、監査役は(上場企業の場合、上場ルールとしても)監査役会を形成しておりますが、その職務の独立性確保のために法律上は「独任制」であります。(監査報告も別々に作成します)今回考えられております「意見書」はおそらく「監査役会における協議のうえで作成」されるものだと思いますが、もしそうだとしますと、監査役の独任制たる地位と矛盾しないのでしょうか。(意見書は別々に作成しながら、監査役会としても作成する・・・というわけではないと思います)
そういえば、こういった「監査役制度の大転換」の気配を感じるなかで、「取締役兼務監査役」を提唱された大杉先生の商事法務論文「監査役制度改造論」を思い出しました。いずれにしましても、日本監査役協会における研究会や、東証の有識者懇談会で協議され、来春あたりに報告書がまとめられる・・・とのことですので(日経新聞の報道内容によれば)、会社法、規則との整合性、「公開会社法」提言との関連性、監査役監査基準の法規範性の認知度、買収防衛ルールの発展など、諸事情を勘案しながら中身が形成されていくものと思われます。また、中身が明らかになった段階で、私見も書いてみたいと思っております。今後の展開を楽しみにしております。
| 固定リンク
コメント
取締役自身に規律をもたらせる制度の構築を願いたいものです。
本当は株主がガンガンモノ言えばいいのでしょうが、株主に頼ってばかりいては持ち合いをかえって強化させますし、難しいですね。
スティールさんばかりに頼らず、国内の機関投資家が受託責任に目覚めて欲しいものです。
監査役って要するに何をする人なんでしょうか?
意見は言えるが、取締役は聞く義務がない、でしたか。
投稿: katsu | 2008年4月 4日 (金) 03時24分
取締役は聞く義務はないかもしれませんが、取締役会へはいろいろと監査役が報告を行い、また違法行為の是正を求めますから、取締役会としての行動を促す契機にはなると思いますよ。もうすこし厳密にいえば、会計監査人の選任とか報酬決定、他の監査役の選任等については聞く義務があるともいえますが。
有価証券報告書を提出する会社と、そうでない会社とでは監査役の職務も実際上は少しちがうようですが、有報提出会社の場合は、やっぱり会計監査人との問題共有が大きな仕事のような印象をもっています。本当は会社の大きなリスクを積極的にみつけていくのが仕事だと思うのですが、なかなかそこまで現実の仕事のなかで履行されていらっしゃる方はすくないかもしれません。
投稿: toshi | 2008年4月 4日 (金) 12時44分
山口先生、こんにちは。
監査役協会内の有識者懇談会の件、プレスリリースが本日掲載されてますね。
http://www.kansa.or.jp/news/index.html#news080404
それにしても、スペシャル対談とこの有識者懇談会の話題を結びつけるところは、なかなか鋭いですね(笑)リリースを読んで「なるほど」と思いました。
でも、東証が動くからこそ、大きな話題になるのではないか、と。
投稿: halcome2005 | 2008年4月 4日 (金) 14時10分
前回のコンプライアンス・オフィサーの会合にも出席できず、申し訳ありませんでした。
また、フォローありがとうございます。これは監査役協会としての見解ですね。たしかに東証サイドでのリリースがないと、昨日のニュースのサプライズには結びつかないように(私も)思います。
投稿: toshi | 2008年4月 4日 (金) 15時50分
もしも監査役協会や東証が提唱するように、買収防衛策との関連で監査役を正常に機能させるためには結局「会社と株主の利害調整できるだけの知見があるか」や「公平な視点をもって処理できるか、会社から精神的に独立して判断できるか」が重要になってくると思います。意見書を添付したり少数株主との利害調整をするにしても、監査役は会社組織に属しているわけですから、会社がやろうとしていることにケチをつけるようなことは中々できないと思います。監査役から提出された意見書が適切かどうかを評価する機関が東証とかに設置されるんでしょうか・・・。
投稿: m.n | 2008年4月 5日 (土) 00時13分
経営財務読みました。
失礼な言い方ですが、現場から言えば、二人の対談を読みますと無責任だなあと感じます。重要な欠陥なんて現場の立場からありえないし、あってはならないのです。ルールを作り解説する、正論を言うのはいいが、も少し慎重にやってほしいですね。
それと二人が監査役への期待というか、スーパー監査役論みたいなことを言われていましたが、少し悪乗りしてるんじゃないかな?変に張り切りすぎです。
また公認会計士を監査役メンバーに義務付けするという意見も自分たちが
会計士だから?会計士の稼ぎ先を増やしたいのか?なんて思ってしまう内容です。
企業は監査法人が監査しているんだから、その会計士がいかに不正を見抜くか、当然監査役や内部統制の仕組みが有効に機能することを、検討することが、第一であり、監査役メンバーに公認会計士を選定すべきなんて
、それで解決できると思っているんでしょうか。
監査役メンバーをどのような構成にするのかは、まず監査役会が企業の実情から必要とする人材を検討し、結果として弁護士であったり公認会計士であったり、経営者であったりするんです。現実は弁護士や公認会計士が多くなる傾向にはあると思います。
それから新聞の記事はこれまた刺激的ですね。
監査役にそんなことまで求めるでしょうか。監査役協会もかなり力が入ってますね。現在でも買収防衛策に関しては取締役会において監査役はその立場から適法性、妥当性監査観点から意見表明している筈です。
もっと監査役のプレゼンスを上げていくのは賛成ですが、でも監査役があまり表に出てくる会社もそれなりに大変な会社ですよね。
監査役が閑散役ですむ会社になりたいですね。
監査役の機能強化も大切ですが、会社法制全体から国益をどう守るのか
という観点からの見直しを優先すべきではないでしょうか。
いつもながら纏まらない話になりました。
投稿: 若葉 | 2008年4月 6日 (日) 00時00分
タイトルの本筋からは離れてしまうのですが、内部統制報告制度もいよいよ本番年度となったこともあり、「監査役」と「内部統制報告制度」というキーワードにからめて少し書かせていただきます。
内部統制(以下、金商法上の財務報告に係る内部統制を指します)の全社的統制においては、取締役会は全社的統制の重要な一部であるとし、また監査役(又は監査委員会)についても統制環境やモニタリングの一部として考えるという定義をしております。
したがって、全社的統制を評価する上では、取締役会や監査役会も評価対象となると理解しておりまして、運用状況を確認、評価するために、取締役会議事録、監査役会議事録、監査調書等を閲覧、確認するという内部統制評価手続を考えていました。
ところが、社内からこの評価手続について疑問の声が上がりました。
1つは、経営者に代わり内部統制の評価を行う内部監査人に、会社法上独立した立場の監査役が作成した監査役会議事録、監査調書を閲覧する権限までを認めてよいのか。内部統制上、監査役の機能を評価するというのは金商法上では仕方がないとしても、評価とは具体的にどこまでやるべきか。
もう1つは、内部監査人に、内部統制評価という大義名分はあるせよ、取締役会議事録という重要文書の閲覧を認めてよいものなのか(当社では、取締役、監査役、取締役会事務局しか見れません)。また、経営者に代わり内部統制の評価を行う内部監査人が、経営者の業務遂行の記録である取締役会議事録を閲覧して、最終的に経営者評価とすること自体が有効なのか。
確かに、会社法と金商法では所轄官庁も異なる故、取締役会にせよ監査役会にせよ位置づけが異なるとしても、社内的に統一した位置づけができないのは説得性に欠けるものがあり、正直なところ非常にやりにくいのですが、山口先生や他の会社ではどうお考えでしょうか。
投稿: 内部統制右往左往 | 2008年4月 6日 (日) 00時24分
>右往左往さん
こんにちは。やっぱりご指摘のような疑問(といいますか論点)が出ているんですね。私も同様の質問を現場や研究会等で受けております。3月3日付けのエントリー「インダイレクト・レポーティングを採用するJ-SOX上の悩ましい問題」として、本件に少し触れておりますので、参考になるかどうかはわかりませんが、ご覧いただけますでしょうか。
>M.Nさん
おひさしぶりです。ご意見、ありがとうございます。
監査役の意見書の内容を審査する、という機関はおそらく証券取引所のなかにもできないと思います。開示ルールについてはいちおう形式的な手続履行の有無までしか審査しないと考えます。
ただそうなりますと、MNさんご指摘のとおり、そのような立ち回りができる監査役が果たしているのかどうか・・・不提訴理由通知を発送しなければならないような状況が、監査役に頻繁に降りかかるものと想像したほうがいいかもしれません。
>若葉さん
おひさしぶりです。コメント拝読いたしました。
八田先生モノ(って、すでにカテゴリーになってしまってますが 笑)をエントリーにしますと、若葉さんのみならず、ここの常連の皆様方からは「まってました」とばかりに管理人と趣旨の異なるご意見がとんできますので、今回はサラっと流そうかな・・・と考えておりましたが、やっぱり
異論が出てきました(^^;; でもこのブログでは大歓迎ですよ。とくに現場の雰囲気と企画者のイメージとが合わないところがあれば、それをどう修正するか検討することも大事ですし、最近の「11の誤解」をみればそれが必要であることは当局もお認めになっていると思いますので。
あと「スーパー監査役」につきましては、けっして悪乗りではなく、私は監査役制度の充実を願う人たちとのコラボの世界(?)だと認識しております。このあたりは書きたいことが山ほどあるのですが、管理人が最近中途半端な立場にいる関係から(^^;、もう少し世間の様子をみながら自説を開陳しようかと思っているところです。
投稿: toshi | 2008年4月 6日 (日) 19時13分