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2008年4月 2日 (水)

不誠実目的による内部通報への対応

横浜市大医学部の一連の騒動がますますたいへんなことになっておりますが、コンプライアンス推進委員会のメンバーの方にまで金銭授受があったとなりますと、これは言語道断でありますし(産経WEBニュース)、ましてや事実認定が不明瞭なまま委員会による調査が中止されたとなりますと(読売新聞ニュース)、もはや収集がつかない状況になってしまうように思われます。本日は金商法上の内部統制にも、また会社法上の内部統制システムにも関連する「内部通報制度」について、若干の考察をしてみたいと思います。

ところで、この一連の横浜市大騒動のニュースを閲覧しておりまして、同大学の研究員の方々が、コンプライアンス推進委員会に対して、内部通報者を処分するよう求める上申書を提出した、とあります。以下若干記事を引用いたしますと、

「内部通報者に悪意」横浜市大研究室員らが学長に処分要求

 横浜市立大の○○医学部長の研究室員らが、学位を巡る現金授受などについて、同大コンプライアンス推進委員会に対して内部通報した者を処分するよう求める申し入れ書を、理事長と学長あてに提出していたことがわかった。同大の規定では法令や倫理違反に関する内部通報者の保護を義務付けており、申し入れはこの趣旨に反している。読売新聞社が入手した申し入れ書によると、研究室の准教授ら11人の連名があり、2月12日付。

 申し入れ書では、内部通報者を「医局内での出来事を悪意に歪曲(わいきょく)している」などと指摘。「仲間を引きずり下ろそうとする人間」とした上で、委員会に、「厳しい責任追及」を求めている。

このような時点におきまして、とくに本騒動を批判するつもりはございませんが、内部通報が不誠実な目的によってなされた場合に、手続の上でどう対処するべきか・・・という問題は、一般企業における内部通報制度の運営上も当然起こりうるものであります。たとえば内部通報することをネタにあらかじめ被通報者に金銭を要求していたとか、被通報者を失脚させるために虚偽の事実を申告する、など専ら不誠実な目的で内部通報制度を利用する場合の対応であります。

公益通報者保護法第2条によりますと、不正の利益を得る目的、他人に損害を与える目的その他不正の目的による通報は、法の規定する公益通報には該当しない、とありますので、内部通報制度におきましても「誠実性」の要件は求められるものと考えられます。もちろん、当初から不誠実な通報かどうかはわからないケースが多いと思いますが、事実調査を進めている段階で不誠実な通報である、と判断された場合には、原則として内部通報手続を進める必要はないものと考えられます。しかし、若干の問題があります。

1 不誠実か誠実かは明確に区別できるか?

まったく根拠のない虚偽事実を申告しているような場合は別としまして、他人を失脚させようという意図がある場合でも、その申告事実が真実と認められ、企業として何らかの対応が必要と判断されるようなケースであれば、不誠実な意図が混在しているにすぎないとみて、これを無効な申告と扱うことはできないのではないかと思います。不誠実か誠実かという点はその境界がきわめて曖昧であり、また内部統制システムの一貫としてのヘルプラインの重要な目的は違法行為の予防、発見にありますので、内部通報制度は適正な手続によって継続しているものとして、企業側は当該手続を進める必要があろうかと思われます。

2 不誠実な申告に基づく調査を続行することはできるか?

たしかに、不誠実な申告に基づく場合(調査の結果、不誠実な申告であると会社が判断した場合)、会社は内部通報制度の続行を中止することができるわけでありますが、これは通報者との関係で手続を履行する義務、調査内容を報告する義務から解放されることを意味します。しかしながら、調査の段階で会社が社内の不正行為を「知ってしまった」場合に、会社側の判断で任意で調査を続行することは可能であると思われます。なぜなら、内部通報制度における「通報」は通報者の権利救済のシステムではなく、あくまでも違法行為(不正行為)発覚のための端緒にすぎないと考えられるからであります。

横浜市大の件に戻りますが、そもそもこういった調査は密行性の高いものでありますので、ここまで事実経過が公表されてしまったこと自体疑問に感じますが、通報者が事実を歪曲して申告している、といった事情を関係者から聴取することは、あながち的外れではなかろうと考えますが、内部通報の責任担当部署は受理すべき申告事実に制限がありますし、また責任追及を行うのは担当部署の権限ではないと考えられますので、こういった上申書につきましては、すみやかに担当部署の見解を回答すべきだと思われます。また、審議についても「事実歪曲があったかどうか」という点だけにとどめ、それ以外のことを審議することは回避する必要があります。そうでなければ、内部通報制度にも「無理がきく」といったウワサが流れることで、今後の内部統制システムの有効性に影響を与えかねないからであります。しかし、このような事件をみますと、内部通報制度自体が、その組織の体質を反映する場合もあるようで、すこしコワイ気持ちになりました。

4月 2, 2008 内部通報制度 |

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» 横浜市大謝礼金問題が、余計な派生を見せている トラックバック へっぽこな現場から 2nd -紅の弾幕編-
「横浜市大医学部の学位謝礼金問題等」のニュースは 「ふ~ん、またそんなニュース出てるんだ」ぐらいに流して聞いてたんですが、 ちょっと余計な派生が・・・ 何気な~く見たblogの記事 ■不誠実目的による内部通報への対応(4/2付 「ビジネス法務の部屋」) で、以下に相当する神奈川新聞の記事が引用され、そのことについて色々書かれてます。  横浜市大医学部(同市金沢区)の学位謝礼問題をめぐり、金銭授受をしていた嶋田紘・前医学部長が主任を務める教室の医局員らが、問題を市大コンプラ... [続きを読む]

受信: 2008年4月 6日 (日) 22時36分

コメント

ごぶさたしております。読売新聞社の入手した「申し入れ書」が真正のものであるならば、--そして、これまでにある程度の怪しげな事実があったことまでは明らかになっていることをも踏まえると--、「研究室」全体が腐っているといわれても仕方のない事例ですね。

投稿: おおすぎ | 2008年4月 2日 (水) 10時45分

失礼いたします。

世の中には「常識」というものがあって、或いは「恥」や罪の意識と
いうものがあって、それを定性化・定量化して評価することは
難しいですが、社会や組織内の秩序を守り物事を進めることに
特に意識されることなく大きな役割を果たしているわけであります。

学校、特に大学という組織に関しては、そういう常識や恥・罪の意識が
乏しい場所だという話はよく聞きますが、
今回のドタバタ劇はその極致のような気がします。

つまり統制環境が極めて不備、欠陥状態にあるということでしょうね。
そういう状態では「内部通報制度」も有効に働かないということであり、
根本的な組織の改革にまで立ち戻って進める必要がありそうです。

投稿: 機野 | 2008年4月 2日 (水) 11時04分

先日は失礼しました。
いつもながら、勉強になります。

ところで、「しかしながら、調査の段階で会社が社内の不正行為を「知ってしまった」場合に、会社側の判断で任意で調査を続行することは可能であると思われます。なぜなら、内部通報制度における「通報」は通報者の権利救済のシステムではなく、あくまでも違法行為(不正行為)発覚のための端緒にすぎないと考えられるからであります。」
という件ですが、以前先生のブログでは、通報者が手続の途中で「やっぱり申告を取り下げます」といってきた場合は、会社のほうで事実関係を調査して処分の予定があっても、それ以上のことはできない、といった趣旨のご意見があったかと思いますが、そのことと、今回の対処とは矛盾しないのでしょうか?
すいません、もし私の勘違いだったらお許しください。

投稿: garo | 2008年4月 2日 (水) 11時36分

私としては、いくつかの論点が錯綜して(あるいは、敢えて混同させて?)いるのではないかと思います。

1.内部通報の意義
  内部通報は、あくまで法令違反を改善するための「端緒」であって、それ自体に不誠実な目的があったとしても、内部調査や改善を行わなくてもよい理由にはならないかと思います。少なくとも、不誠実な通報だからといって会社が違法行為を放置することが正当化されることはないと思います。そうでなければ、違法行為が野放しに・・・。

2.通報者へのフィードバック(今回は派生論点?)
 これは、申告が取り下げられた場合のフィードバック義務との関係は微妙かと思いますが、不誠実な通報かどうかの判断に際して、通報者との面談・協議は欠かせないので、現実には、会社側が一方的にフィードバックをしないという決定をすることではなく、協議の上フィードバックをしない決定をすることになると思います。

3.誠実な通報と濫用目的(不誠実では弱いか?)な通報の差
 この両者の差は、適正な内部通報に対する懲戒等の不利益行為の禁止との関係、つまり、会社から通報者に対する不利益行為の可否によるのではないでしょうか。もちろん、会社が一方的に「不誠実」と言い切って通報者を処分することは問題だと思われ、実際には、多少の不誠実さがあっても「濫用」や「虚偽通報」でない限り、会社が通報者に不利益処分を課すことは難しい。

 こんな整理になろうかと思います。今回の准教授の申入は、「事実の歪曲」(「虚偽事実」ではないところが?ですが。)という真実性の問題と「仲間を引きずり下ろそうとする」という動機を混同(意識的?)しているように見えます。このままでは、内部通報制度があっても違法行為を行った者が救われる余地があるという、困った制度になってしまうので、この案件の処理については、注目しています。

投稿: Kazu | 2008年4月 2日 (水) 14時04分

一般に、「従業員の人権侵害や会社の不正行為を糺す正義の機能」という受け止め方をされるかもしれませんがこれは一面で、先生が《内部通報制度における「通報」は通報者の権利救済のシステムではなく、あくまでも違法行為(不正行為)発覚のための端緒にすぎない》とおっしゃるように、真の制度設計の狙いは企業防衛策だと思います。だとすれば、個人の感情や被害解消よりも、組織にてどれだけのリスクになるかが重要となります。この《誤解》をきちんと整理していない、もしくは《誤解させようとしている》ために混乱が生まれているように思います。ただ、これは少し考えれば分かることで、顧問弁護士に社外ヘルプライン窓口を置いたり、会社の委託を受けた民間業者が窓口になったりしていますが、いずれも従業員からみて中立的立場ではありません。もし、本気に制度を活用しようと考えるならば、例えば会社と組合が資金を出し合って受け皿となる別組織を作るとかの工夫が必要でしょう。いまだ有効に活用されていないような調査を見たことがありますが、大方の人はこの制度の限界と本質を理解して、《それなり》の活用の仕方をしているでしょう。
そういう意味では、横浜のケースは類稀なる純粋な人たちだなぁ、と思います。
内部通報は公益通報者保護法とセットで考えなければならないと思いますが、まず内部告発をどう統制するか、があり、保護法では極力内部告発を制限する手立てを講じています。その代わり「中の話は中で何とかする」ということで、組織内の内部通報制度が補完する形で位置付けられるのではないでしょうか。しかし、昨年の食品不正表示の事例を見ても、内部通報は有効に機能していません。不正を告発するのはそれなりの動機と勇気と覚悟が要ります。内部通報はそれにふさわしいたたずまいを備えていないのでしょうね。

投稿: tetu | 2008年4月 2日 (水) 14時09分

>おおすぎ先生
ごぶさたしております。
おそらく学内では「こんなこと、どこでもやってるじゃん!なんでウチだけこんなことになるの?」といった雰囲気が漂っているのではないでしょうかね?(いえ、あくまでも想像ですが・・・)
赤信号みんなで渡れば・・の世界で、「みんなのうちのひとり」をピンポイントで指摘するのがコンプライアンスの世界のコワイところだと思いますが、このへんにツッコミを入れると、また多方面からご批判を受けそうなので、このたりで。

>機野さん
おひさしぶりです。たしかに組織によっては「そもそも内部統制など機能しない(もしくは機能させようと思っていない)」ところもあるのでは?というご指摘におおいに賛同いたします。「不誠実な申告への対応問題」とこの市大騒動を結びつけるのは若干無理があると思いますが、(「研究室」内の問題だけであれば、私もスルーしましたが、)公立大学内の出来事であることや、コンプライアンス委員会が登場していることなどから、やはりこういった告発の扱いについては無視できないところがあると考えました。

>garoさん
いつもありがとうございます。
たしかにご指摘の点は過去に書いたような記憶があります。
これは私の体験に基づくものですが、「やっぱりやめます」の件では、私と別の担当者で、最後まで申告を取り下げるのを控えてほしい、会社のために今後の対応を会社側にまかせてほしい、あなたの秘密は守ります、と説得したのですが、翻意にいたらず、やむなく社内調査を打ち切ったような次第です。
ところで、私の見解ではたしかに申告者の権利保護も重要と考えてはおりますが、今回のエントリーの事案においては、果たして内部通報制度によって守るべき申告者の利益というものがあるでしょうかね?取り下げ事案とは状況が異なるものと思っておりますので、矛盾が生じているとはいえないものと考えております。

>Kazuさん
いつもありがとうございます。
問題整理のなかで、一番のポイントは「不誠実な目的による内部通報」について、ヘルプラインの制度を手続き的に続行すべきかどうか・・ということだと思います。
たしかに「不法行為発見の端緒」であることを重視すればKazuさんのおっしゃるとおりかとは思いますが、企業の内部統制システムの一貫としての制度であり、「社内研修制度」と表裏で浸透させようとしますと、やはり社員の方々に「不誠実は目的の申告は受け付けない」といったことを基本原則として掲げざるをえないように考えております。もちろん、公益通報者保護法の制度趣旨と内部通報制度の趣旨とは若干異なることは承知しているつもりですが、広報実務、コンプライアンス研修実務とのバランスを考えますと、ここははずせないところかなと思っております。

>tetuさん
いつもありがとうございます。
たしかに「社外への通報」のまえに、いかにして「社内へ通報」することへのインセンティブを高めるか・・・という点については配慮する必要がありますね。そう考えるとまさに「企業防衛」だなと感じます。
被害拡大を早期に防止するため、というのが社内通報優先主義の理由になるわけですが、もうひとつ「社内で不正を察知すれば、社外で不正が察知されるよりも不祥事発覚を防ぎやすい」というのも現実的なところかもしれません。(ただし、これは異論のあるところだとも思えますね。)

投稿: toshi | 2008年4月 2日 (水) 15時23分

虚偽内容であれば名誉毀損などでいいんじゃないでしょうか?

投稿: 匿名 | 2008年4月 3日 (木) 15時53分

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